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魔王が居る世界  作者: GT
2章 商業都市 ハルムーン
18/25

03


 城内の、という声にカーリンの息を呑む音が聞こえる。

 魔王城=上位者パーティーでも死と隣り合わせという噂でしか、足を踏み入れたことの無い人にはそこに存在するモンスターの強さを推測することが出来ない。

 妹の反応を見る限り城内に入ったことはなく、デュラハンも、レイジーすらも見たことがないということだろう。

 あんな武器の宝庫に勿体無いとは思うものの、今はそんなことを考える暇は無い。

 

 深紅の鎧姿のそれ、レイジーはまだ此方を認識していないのか、カチン、カチンと歩く度に微かな音を耳に届けるだけで、徘徊するように、しかし此方との距離をゆっくりと詰める。

 突如のイレギュラーな事態に逃げるべきか? という思考が擡げる。

 自身は獣人のハーフという種族であり、その特性としての俊敏値のボーナス、その他にも移動速度に対する恩恵もある為、一人であれば余裕があると考える。

 しかし。

 怯えるように瞳を揺らすカーリンに、それに冷静に対処して行動することが出来るだろうか?

 考える。


 逃げを打って一度躓き、そこから戦闘となった場合を。

 戦闘準備を十全とした後、奇襲を持って先頭を開始した後を。


「カーリン。私が先に出る。ターゲットを取り、その後レイジーのHPを七割まで削る。

 そうしたらあいつは両手剣技能『閃武』を使ってくる」


 片手剣、両手剣技能の一つ、『閃武』

 上位技能の一つであり、攻撃速度を一定時間上昇させる技能である。

 ゴクリ、と喉が鳴る音と共に、それでも緩く頷いた。


「そこまでいったら、カーリンは『シャイニング・ショット』を三回、其の間に私も攻撃を加え続ければ――」

ガチャン、ガチャン


 という音に迫る気配が速度を上げて距離を詰め始めるのを、次第に近く大きく聞こえ始めるその音量から実感させられる。

 話を打ち切り即座に駆ける。

 

 走り出し、迫る巨体が出迎えるのはその手に握る巨大なクレイモア。

 全長二.五メートルはあろうかというその鎧姿に、其の中に納まってあるべき姿は何処にも無い。

 空洞、に見えるそこには、ぞわりと黒い煙が漂うように揺らぐだけ。

 まるで見えない糸に繰られる人形のような動きで振り上げられたその巨剣は、それだけで人間の身長ほどもあり、必殺という名が似合いそうな威容を誇るそれは、振り下ろされるだけで鳥肌が出てくる。


 あれはゲーム時代からある、データ上だけの攻撃だ


 と、引けそうになる腰を深く落とし、一息に前進をすべく両足に力を篭めると、ふっと短く息を吐くと同時両の手に持つ愛用の双剣『双竜・天地』を、すれ違い様に深紅の鎧に叩き込む。

 いける、と自信を取り戻すと、先ずはHPの三割を貰おうと双剣を持つ手に力を篭め、踵を返し駆け出した。


 剣戟を潜り、着実に切りつけられたレイジーの動きが数瞬止まる。

 そして其の手に握られるクレイモアが淡い光を放ったその後、其れまでの動きが嘘であったかの様に鋭く多彩な動きを見せ始める。

 はじまった、という思いを口には出さず、グッと歯を食いしばると意識を切り替える。


 獣人という種族は体力値と知力値の伸びが悪い。

 とはいえ近接戦闘を主体とする種族である為、エルフのそれよりは高いとはいえ。

 最高峰の俊敏ボーナスを誇るその機動性で戦うことを旨とするだけに、重装な防具を捨て軽装を好む故に、強力な一撃で受けるダメージは大きい。

 そして知力値の伸びが悪いということは最大SP値も低いということになる。

 その俊敏な動きと其れによる手数で押し、決め時を見極め技能を使う。

 それが獣人種の基本的な戦闘スタイルである。


 一度のミスが招く結果は大きい。

 大きいけれど、致命的ではない。が、今は一撃こそが致命的だと考えて動くべきだ。

 それを意識し、しかし怯むことなく果敢に迫り、正確に、確実に、それでいて明確に相手のHPを削っていく。

 一閃、すれ違うと同時振り向くと、その深紅の巨体は別方向からの攻撃にグラリと体を大きく揺らす。

 闇属性に類するレイジーに、カーリンの光属性魔法『シャイニング・ショット』が命中する。


 光魔法に攻撃手段は少なく、其の上攻撃力自体もそれほど高いものは無い。

 とはいえ、闇属性のモンスターは火、水、風、地魔法に対する耐性が高い。

 唯一といっていい有効属性が光であり、その効果も二倍と軽視できない威力上昇である。

 其の上で純エルフという知力ボーナス値が最高峰を誇る種族が使うと、其の効果の程はいうまでも無い物となる。

 

 期待通りの援護に自分も負けては居られないと、ターゲットが移らない様即座に駆ける。

 焦らなければ問題ない、このまま押せば三度目のシャイニング・ショットで戦闘は終了するだろう。

 そうして踏み出された足は、ふとした違和感を感じて躊躇う様に速度を落とす。

 何が気になった? と思うも特に自身の体に違和感は無い。

 成らばと視線を移した先、その場で停止しているレイジーの巨体を捉える。


 停止?

 と考えた直後、其の足元に浮かぶ光に目を瞠る。

 現れているそれは、淡く、闇色の影を浮かべる、円形に形取る――――魔法円!


 しまった! と自分の失策を認めると同時、それが何で在るのかに思考が加速する。


 ――思い出せ

 レイジーが持つ闇魔法技能がどんな物なのか

 ――思い出せ

 魔王城へと狩りに出向いた際、注意すべき点はなんであったのかを

 ――思い出せ

 これから何が起こり、それにどう対処すればいいのかを


 ぞわりと吹き上がる闇色の何かが、自身に向けて迫り始める。

 迫るそれを睨み付けながら、ようやく全てを思い出す。

 が、既にレイジーにより放たれたそれに捕らえられた後


「カーリン!走って逃げて!」


 視界が暗転するのを感じ、浮かぶ焦燥を吐き出すように力の限りに叫んでいた。











 徐々に開かれた城門の、その隙間が人の通れる程に開いた時。

 ひょっこりと覗かせた姿を見て、それがモンスターで無いことに詰めていた息を吐き出す。

 それに連動するようにピクリと揺れた獣耳に、此方に気がついたのを示す様に興味深げな視線が向けられた。

 そこに新たに現れたのは、一人の小柄な女性の姿。


「こんな所に人が来るとは……私だけかと思っていたが物好きな者が他にも居たのだな」


 そう言い、嬉しそうに近寄る其の姿に、其の手に在る存在に、目の前の人物がどんな人であるのかを、名前を聞くまでもなく悟らされる。

 

 特殊武器カタール その最上位に在る『断罪の執行者』


 それを持つ人物は一人しか知られておらず、また其の人物を指し示す、揶揄するような、畏敬を示すような俗称が


 『戦闘狂』


 純獣人にして現在最高レベルと称される、レベル百四の頂点プレイヤーである。

 転生後の上限レベルが目下百五までなのでは?と噂される中、そこに迫る人間の一人であり、雲の上の存在である人物の登場に、どうすべきかという判断が瞬時に下せない。

 そんな気後れし、戸惑い焦る信士とリーの二人を尻目に、当の人物はというと嬉しそうに笑顔を浮かべて近づいてくる。

 構えるべきかと考えるも、そうしたところで勝ち目があるのか、逃げ切れる確率は? と思考が一部で計算を始めるのだが……。目の前の人物の無警戒ぶりに、こちらが先に刺激するのもどうかという意識が強く浮かぶ。


「いやぁっはっはっは。そんなに構えなくてもいいんじゃないかね? 私としてはもっとフレンドリーに『いい天気ですね』の一言くらい欲しいものだが、おっとそう言えばまだ名乗っていなかったか。

 私の名は『ティラミス』と言う。聞いたことはないかい? ほら道場破りの獣人が等の噂は?」


 スタスタと距離を詰める中、楽しそうに、嬉しそうにニコニコと笑い休む暇なく話し続ける。


「……なぁ、ティラミスって人はあんな性格の人だったのか? てかなんであんな嬉しそうなんだ?」 


「いや、私がわかる訳ないだろう? 次元からして違う存在だよ。なんでこんな超有名人が……」


「……なぁ、なんであんな探るような目で口の端曲げ始めてんだ?なんであんな手をわきわきさせてんだ?」


「いや、私がわかる訳ないだろう? きっと狩り疲れで手が凝ってるんだよ」


 じっとりと手に汗を感じ始め、まるで捕食者に睨まれた被食者のようだと感じ、その歩みを戦々恐々と眺めながら立ち尽くすことしか出来ず。


「あの噂が広まってくれたお陰で色々楽しかったのだが、ここ最近ぱったりでね。

 沈む気持ちで家に帰ってみると、我が恩師たる人物の家宅損害を目撃してしまって。

 聞いてみると其の相手というのは恐ろしく強く、まだ近くで暴れているのではと言うじゃないか!

 ならば是非お手合――成敗せねばと各地を巡りここまで来たものの……聞いているかい?」


 はぃっ! と背筋を伸ばしてびしりと直立不動すると、ぱちくりと瞬きした後、そんな自分達が面白かったのか、ふはははと声量を増した笑いを零す。

 それにえへ、えへへへと追従するように情けない笑い声を被せると、ようやく笑いを収めた相手は此方へ名前を尋ねてきた。


「あ、はぁ。えぇと、俺の方は山田 信士で、こっちのとっぽいのがREPOBITANNってのです」


 とっぽいのって、と小声で愚痴を零すのを無視し、尋ねられたことを答える。

 と。

 すごく嫌な予感のする笑みを浮かべ、更に嬉しそうに目を細め始める。


「どこかで耳にしたことがある……あぁ。尋ねるが、山田というのはあの「違いま「えぇその通りです」お前何人のこと売ってんだよ……」」


 切羽詰った表情で否定する自分の声に、しれっと割り込み肯定を告げ、それに満足したようなニヤリとした笑みを浮かべて嫌な感じに眺め始める其の人物に。


 あぁ、なんだろう、何か終わった気がする。

 そんなことを考えながら、遠く広がる青空を眺めた。


「とりあえず、自己紹介も終わったことですし。改めましてREPOBITANNと申します。

 あ、気軽にリーさんでも、リーお兄ちゃんでも大丈夫です。後者で問題ないです」


 そう口上を述べて、「ふむ、ではリーお兄ちゃん」と言われ悶えている何かを足蹴に。


 先程の話に出た恐ろしく強いというそれには出会えていないという話が気になり尋ねてみた。

 もしかしたら近くにいるのだと思うと、やはり少し腰が引けてしまう。

 話された内容は、その恩人の住む街周辺から始まり、気がついたら魔王城の中に足が伸びていたというちょっとした大冒険で。

 そこに列挙された単語には、其の人となりをありありと示す言葉がふんだんに、盛大に、所狭しと並べ立てられていたが、其の合間にふと紛れ込むように紡がれた単語に目の色が変わり詰め寄るように問い掛ける。


「配置が、変わっている?」


「ん? あぁ、そうなんだよ。魔王城にはちょくちょく暇潰しに一人で来ているのだが、今までとはどこか違うと感じていたのだよ。そこで、何が? と考えてみて漸く気がついたのだがね。

 城内のモンスターが外に居たり、違うダンジョンのボスが城内に居た―――「ぐえぇ」」


 心臓が焦燥からか早鐘を打つように鼓動を早め。

 何かを踏んだ気もするが、それすら気に掛ける暇もなく。


 


 何故考えなかったのか!

 以前の常識は、全て崩壊しているのだと!



 

 何故もっと早く動かなかったのか

 帰りの遅さに気がついていながら




 走り、其の姿が無事に其処に在ってくれと祈り

 それと同時、その場外で見かけたというモンスターがどんなものだったのか聞いてくるべきだったかと考え、どこにそんな時間が! とその思考を吐き捨てる。




 何が居ようと構わない。

 そこに魔王が居ようとも。




 

 願うように、請うように。焦る気持ちだけが滑る様に先を駆け。

 それでも早くなることのない足にただ自分の無力さに失望すら感じた。

 




 俺の所為でこれ以上――――






「サタン様、お話して置きたいことが。実は少しここを離れることになりまして」

「へ? そーなの? 何かあったっけ? まぁうん了解。で、どこ行くの?」

「はい、実家に帰らせていただこうと」

「実家? ……え? 実家? え、っていうか…な、何? 実家あるの? というかどんな理由で?」

「はい、先日ズー殿と少々賭けをしまして……」

「うわこの流れで聞きたくない名前出てきたね……それはどんな?」

「サタン様の浪費癖を抑えることができているのか? と。私は勿論サタン様はそんな簡単に誘惑に堕ちることは無い、ときっぱりと、はっきりと大丈夫だと申したのです。が…」

「え、あ、うん。ありがとう……。そ、そそそれで、その、続きを窺っても?」

「成らば賭けをしてみましょうと。ドンと来いですという私に掲示された内容は『簡単なことです。このズー先生の通信教育のパンフを目に付くところに置いてもらえれば』と。

 其れを聞いて私は鼻で笑ったものですよ。こんな物に手を伸ばすサタン様では無いと」

「………」

「えぇ、即答しましたよ。すぐにそれを寄越しなさいと。嬉々として作成を始めると、ものの数秒でそれを作り上げ渡されました。

 ですから、私も言ってやったものです。もしこの賭けが私の勝利となった場合は」

「ば、場合は?」

「再び魔王城をサタン様の手に、と」

「………」

「大仰に頷き了承したのを確認して、私は此方へと戻り、早速とばかりにそれを目に付くところに置きました。より目に付きやすいように慣れない小芝居までして、です」

「え、演技には、見えなかったなぁ、ななーんてヒィィィッ!」

「という訳で、長い間お世話になりました。私の助力等何一つ役に立たなかったようですので……えぇ、痛感させられた思いでした。それでは失礼します」

「え、あの、急にっていうか、あ悪いの僕なんだけど、僕なんだろうけど…あ、そんな怖い顔で、あはいすいません怖くないです。いやそうじゃなくて、あちょっと行かないで! リヴィアさん、様! 戻ってきて!

 おねが痛っ! あ、やめっ! あ嘘ですいくらでも、あ、そんな目で、見てもいいから行かないでー!!」



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