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魔王が居る世界  作者: GT
2章 商業都市 ハルムーン
17/25

02


「魔王城の視察ってのは、どんな内容だっけ?」


 信士達一行は昨日まで過ごしていた此れ池荘の在る『エスプリ』の街を後にすると、一路魔王城へ足を向けている。


 結局お祭りからの帰宅後、204号室が惨状を呈して居る為、ベッドをウサミッチとカーリン姉妹に提供し、男は床にごろ寝で四人同じ部屋にて一夜を明かすことになり。

 早朝の奇声絶叫断末魔にベッドの上で体を寄せ合う二人、それを目覚ましにしている自分、お構いなしにすやすやとしている図太い神経の持ち主で迎えた一日の始まりに、早めにここを出たほうがいいかな、とそんなことを考えた。


「城門に沿って右に真っ直ぐ行けば『焚き火跡』があるんだよ。その周辺にある調査員の残したメッセージを探すこと」


 それを報告して終わり、と締めくくったリーは、未だ眠そうにふらふらと歩いている。

 昨夜も何時帰ってきたのか、朝起きたら近くで寝ていた。

 起き抜けに昨日は何がと尋ねてみると、それはとても意味深に、少し困ったように眉を寄せ其の上で面白そうに、あざ笑うような形を浮かべた口を開くと

『それは野暮な詮索だよ? 私は君と違って大人だからね。あぁ、それが解ってて聞きたいんだね。全く、おませな子だね。しょうがない、教えてあげよう、そう、始まりから終わりまで』

 ということを上位者という目線で見つめながら語る様に、ついカッとなってやった。

 俗に言う敗北者の一撃と言う名の強制的二度寝誘引である。






 魔王城。

 最大級のダンジョンであり、また数々のイベントで訪れる場所であり、武器、防具、魔具、レアアイテムの宝庫とも言える、難易度の高い狩場でもある。

 敷地も広く、其の中には独立したように離れた場所の建物があり、そこもまたダンジョンとしてプレイヤーを迎え入れている。地下水路、地下坑道などもあり、そこは上に下にと様々な姿を以て。


 そんな敷地を囲うように巡らされた城壁には、人の背丈を軽く越える、三メートルから四メートル程の巨大な城門がどしりと構え。

 現在その城門前に二つの人影が立っている。

 

「ここら辺で多いのはあの羽目玉だよな? 他どんなのいたっけ?」


「羽目玉って……もう少し製作者サイドの気苦労をわかってあげてもいいんじゃないかい?

 まぁ、そうだね。一番多いのはビボイドだけど、黒蛇が少数、他だとデュラハンかな」


 やや緊張した足取りで歩いているウサミッチと、その後ろをおっかなびっくり付き従うように歩くカーリンの後姿を眺めながら、デゥラハンが出たらきついだろうか? と考えながらも、追いかけることはせずにただ見送った。


「それにしても…純エルフで光魔法持ってるなら、そこまでは制限しなくてもよかったんじゃないかい?」


 表情こそは変えないものの、声音にやや不満を乗せて響かせたリーの言葉には心配の色がアリアリと窺える。


「今後のことを考えるとそうもいってられないだろ? 今はまだ五章だけど、どっちにしろ……」


 濁された言葉に、そこに含まれる意味は互いに言うまでもなく認識している。

 メインクエストを進める上で、どうしても通る街の名前。

 商業都市 ハルムーン

 中央都市 ミルドサレム

 ハルムーンの惨状は聞いただけではあるが、もしそれが事実だとしたら其の街にてクエストを進めるために滞在するとなると、自衛の手段は多いにこしたことはないだろう。

 それに、ウサミッチもまたこれまで自室に篭りきりであったことを考えると、この世界での戦闘を経験させておかなければまずい。

 その為に今回の魔王城の視察というクエストにおいて、二人だけで行動させ、其の上でカーリンには『ルナ・ボウ』の扱いに慣れて貰うように光魔法の使用を三度までと制限を加えた。


「それに、あの二人には聞かれて無いほうが話易いこともあるだろ?」


 それに対して返る言葉は、まぁねという簡単なもの。

 

「八章開始にハルムーンでの進行に入る。それまでに対策を考えないといけないだろうね。

 もしあの話が本当だとして、信士はどう考える?」


「実際厳しいよな。たぶん、うてる手は少ないだろ? こっちは何にも情報ない。あっちはどんなこったろうと人体実験まがいのことまでやって知っている」


 モンスター討伐ではなく、対人戦。

 それも有効な手段を手探りで調べるしかない自分と、それを繰り返してきた相手との戦い。

 逃げ回るだけでいいなら、幾らでも対抗手段はある。

 しかし、それだけのために街に行くのではない。


「ただ、それについても相手はどのくらいまで知っているのかなんだよな。

 例えばさぁ、技能あんじゃん? あれ『声』を出して発動なんだけど、それ知らない相手なら口塞いじゃえばそれで終わる、とかさ。その辺で対応も変わってくっから」


「あぁ、成程ね。いやしかし、結構考えてるね。僕としては孤島行きの船に押し込めてさようならが一番かなと考えてたくらいだよ。どうやってというのはまだ思案中だが」


「あぁ、それもいい……てもそれもある程度自由奪ってからにしねぇと無理なんじゃねぇの?」


「そうなんだよ。そこで止まっちゃうんだよね。魔法主体の奴は猿轡でもなんでも噛ましておくとして、他だよねぇ」


「普通にHP削ったところで、自然回復したら戻るしなあ。関節外しておく? ……それとも……」


 自然回復、というのは座る、寝る等の非戦闘行動、非臨戦待機行動時に発生するHP/SP回復を指す。

 自然回復には其々にHPは体力値、SPは知力値に依存し、その数値が高ければ高いほどに回復力も高い。


「あぁ、肉体言語だね。因みに私はインドア派でね。そっち系の素養はないよ」


「普通にサブミッションって言えよ……」


 なんとも前途多難なことだ。

 十章はミルドサレムにてクエスト進行が始まる。

 そちらも気になるし、その他の街も気にしなければならない。

 問題は山済み、其の上命は一つきり。


「八章を進める前に、あのお嬢さんにも…話さない訳にはいかないしね」


 そんな状況に変わってしまった中で、メインクエストを進めて街を歩き回るということは、そういう事だと知らなければまずいだろう。

 危機感もなくはしゃぎ回ればどうなるかなど考えるまでも無い。

 ここで引くならそれも良し。

 それでも進むなら―――


「もし、カーリンが降りるとしたら。信士、君はどうするんだい?」


「そうなったらそうなったで構わないよ。俺は、一人になったとしても」


 それでも先へ進むために。

 其の途中で、野垂れ死ぬことになろうとも。

 あの時の自分を救ってくれ、それからも自分を受け入れていた。



 『山田 信士』の名で呼ばれ。

 『山田 信士』で居られた世界。



 その世界の物語を見届けることができるというなら。

 その過程がどれほど過酷だろうが、ここで足を止めるつもりは無い。

 

「なら私も共に行こう。十八章には二人でという物がある。そこまでも、そこからの知識も必要だろう。

 それに……私にも理由ができたのでね。ここで降りるわけにはいかないのだよ」


 それが、昨夜の遅い帰宅に関係するものなのか。

 それはわからないし、探ろうとも思わないが。

 カーリンが降りるとなれば、ウサミもきっと降りるだろう。

 この男と二人旅というのは、疲れるような気もするが、それもきっと悪くないだろう。


 そんな感慨に似た気持ちを振り払うように、ふと思いついたことを声に出す。


「あいつら、遅いよな? どうすっか。どうせメッセージっての見つければここに用も無いし、帰るだけってんならこっちから向かっておく?」


「心配性だねぇ。まぁ、言ってることは尤もだ、追いかけようか」


 二人が壁に沿って歩き始める。

 その足が三度土を踏みしめた後。

 後にした城門の開く音に、振り返って見ると、その大きな扉が開き始めていた。







 


 ギキィ、ギキィという異音に、前を歩く姉が歩く速度を緩めこちらへ顔を向ける。

 あの声は『羽目玉』だね、と呟き臨戦態勢へと入っていく。

 羽目玉というのはここに一番多いらしいモンスターと聞いた。

 攻撃力は低く、防御力も然程高くはない。

 が、その移動速度の速さと数の多さ故に魔法主体のプレイヤーには厳しい相手らしい。


 すっと左手にルナ・ボウを取り出す。

 弦の張られていないそれが、淡く光を放ちながら、それに薄く緑色の弦を現し始める。

 姉は両手に剣と言うにはやや短めの、短剣というよりはやや大きいそれを握り締め、それから一息に走り始めると、その移動速度で距離を詰め始めた。


 ―――速い


 と思うと同時、出遅れたことに慌てて後を追いかけると、そこには三匹の羽目玉と、それを同時に相手取る姉の姿に、追いついたと同時弓を構える。

 弦に手を触れると同時現われた魔力の矢に、凄い便利だと目を瞠り驚くと慌てて頭を振り、次いで込上げた不安、自分に弓術の経験などないが大丈夫なのかという思案が脳裏に過ぎる。

 それでも練習あるのみと狙いをつけるべく構えて見ると。

 赤いマーカーの様な物が視界に映る。

 これはひょっとして? と思いつつ、それを人の頭程の大きさを持つ羽目玉の一匹に照準を合わせ、右手を引き絞ると同時その力を解放する。

 カッ、という小気味良い音が鳴ったのは先程マーカーが見えた位置。

 吸い込まれるように疾った矢は羽目玉の体を穿ち、続けて放たれたもう一本の矢に次いで、姉の双剣による一撃の下、小さな断末魔を一度響かせその姿を霧散させた。


「カーリーン。少し走り回ってみるからー、動いてる的に当てられるか試しておこーかー」


 その後に二匹目をサクリと切り裂き、残るは一匹の羽目玉の体当たりを、ひょいひょいと交わしながら姉が叫んでいた。

 それにりょーかいと返事をすると、姉は左に飛んでいた。


 速い、と視線の先から簡単に姿を消す姉を目で追うと、ややその速度に遅れつつも羽目玉もまたかなりの速度で追随していた。

 狙う、放つ、外れる。狙う、放つ、外れる。狙う、放つ、外れる…………あ、かすった。

 幾度となく外れる攻撃に、羽目玉の行動を追うのではなく姉の動きを予測するべきという方向に切り替える。

 右に左に奥に手前にと動き回る姉の姿に、それをやや遅れて追い回す羽目玉。

 その姉が左に飛び、それを追いすがる羽目玉にくるりときびすを返すとその脇をすれ違うよう移動方向を真逆に変える。

 その瞬間の数瞬の停止。

 カッという手応えを示す音を耳にし、嬉しさに飛び上がって喜ぶ。


 気が付くと目前まで迫っていた羽目玉、の体には剣が生えており。

 断末魔に続いて霧散を始める羽目玉の奥。現われた苦笑する姉の表情に、気まずげに笑みを浮かべ、笑って過ごそうと考えて漏れた声は、えへへというやや乾いた物だった。

 それから聞こえた相変わらずだねぇという呟きも、先程の嬉しさが消えてないせいか、肩を落とすことなく聞くことができた。


  


「焚き火跡ってこれかなー?」


 暫く同じように遭遇する羽目玉を武器を変えてみたり技能を試してみたり、其の合間の空白にのんびり話しをしながらゆっくりと進んで居ると。

 城壁の切れ目が見え始めたころ、漸くと言いたげに重い息を吐き出すと、周辺に存在するとされるメッセージを探そうと二人はやや距離を離してその周辺へと歩き始めた。

 こうしてこちらの世界の住人となってみると、この焚き火跡というものも結構度胸のある行動だなあ、と益体も無いことを考えつつ、それでも視線だけは探すべき何かを求めてキョロリキョロリと動き回る。

 それからもあちらこちらと探してみるも、なかなか見つかることのないそのメッセージに、せめてヒントぐらいはあってもいいのでは? と焚き火跡をもう一度調べてみると

 ”木の根元”

 と小さな文字を見つけ、あったんだ、と自分の見落としに苦笑する。


「お姉ちゃーん! こっちこっち! これだと思うー」


 そんな時に掛けられた声に、妹の姿を求めて巡った視線が止まった場所は。

 そこから少しはなれた一本の木の根元。

 言いようの無い疲労感を覚えながら側まで歩いていく。そこにあったメッセージを見、きっとそれで大丈夫だろうと、ならば早速戻ろうかと話し、残して来た二人の居る城門のほうへと足を向け、

―――カチン、カチン

 不意に聞こえた其の音に、何処かで聞いた覚えの在る、それでいて最大限の警報が鳴るような錯覚に囚われ、ゆっくりと視線を動かしそれを認めて浮かぶ思考は


 何故こんな所にあんなやつが?


「お姉ちゃん、あの、あれがデュラハンとかいうモンスター?」


 其のか細く不安で震える声にハッと頭を振ると、そうだよねと尋ねるような、確認するような表情で突如現れたそれを見つめる妹の姿が映る。




「いや、デュラハンはあんな深紅の鎧姿じゃないし、怨嗟の声を上げて歩いてるからね。

 あれは、『レイジー』という奴なんだが……」



 しかし、何故……


 あれは城内のモンスターのはずだ

 はずなのだ


 従来ならば




 世界が変わり、常識が変わった今

 魔王城の中は、魔王城は一体どうなっていると言うのだろう? 







「しかし……ズー先生の通信講座、無駄な位の数が…おや? これは……『理不尽な暴力 耐性講座』だと? 資料……銀貨二枚……ゴクリ」

――数日後

「いやぁ、やっちゃったね! 送っちゃったね資料請求! 届くの早いね! 流石ズー先生だね!

 えーと、何々、先ずは心得を心に刻み込む、か」

『理不尽な暴力に対して必要なものはなにか。諦める。受け入れる。そして現実逃避だ』

「…ここは、勇気とか覚悟とか、挫けない心とか、そんなのじゃないの…お? そう思っていた人は?」

『そんなものがなんになる!そんな役にもたたんもの、犬にでも食わせておけ!』

「そうか…諦める。受け入れる。現実逃避……。こうしてみると、いい響きだね。胸と胃が痛くなる」

『最初の内は辛いだろう。慣れれば其の痛みも消える』

「そう、なんだ。…こんな俺でも生きていていいのかな」

『これに応募する人は、きっとここで弱気になるだろう。だが聞いておいて欲しい。

 いいか、その理不尽な暴力ってのは、耐えられる奴は少ない。お前が消えたら、それが何処に向かうと思う? お前の死体が跡形をなくすのは確定だとして、その次は何処へ向かうのか』

「跡形も……確定……何処へ……何処へ向かっちゃうの?」

『獲物はそこかと追い回し、死後の世界、死後転生が在った先でも追われまくる』

「……安寧の地は、無いのですね」

『それが運命。だからこその心得であり、勇気ある戦士に送るべき言葉である』

「はい、ズー先生、いや師匠! いやマイロード!」

『とまぁ気休めになることを書いておいたので、後はがんばってください。強く生きてください』

「………」

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