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魔王が居る世界  作者: GT
1章 新しい世界
15/25

15


 礼の言葉を残し、去り行く背中が視界から消えると。

 ザリっと砂を踏む足音に振り返り、ゆっくりと此方へ歩み寄る姿を認め。

 先程までの激昂を吐き出すように呼吸を整え、うんざりとした表情を浮かべて其の人物を出迎える。


「あいかわらずのしかめっ面ですね隊長さん。今の奴等は?」


「隊長とか呼んでんじゃねぇよ。観光だとさ、気楽なもんだ」


 吐き捨てるように返答しつつ、自分の言った言葉にそれはないだろうけどな、と即座に否定する。

 あんな面子を揃えて観光などと、冗談にもならない真っ赤な嘘だと。

 

「はーん、観光ねぇ。てことは…ここにいるってことは、これからハルムーンに?」


「怖い人達がいるからやめとけっつっといたけどな。まぁ、どうすんのかまで俺は知らん」


 おどけた様に肩を竦めるその様に、慣れて来たとはいえチリリとしたイラつきを覚える。

 手の掛かる子供だと言われたようで。

 我が侭なガキだと見下されたようで。

 

「相変わらずお優しく面倒見のいいことで」


 だからこそその言葉を言われるたびに、表情だけは不機嫌に染まる中、胸に安堵が込上げる。

 素直に成れないだけなんでしょう? と、それくらいは解ってますからと告げているその視線に。


「ちげぇよ。言ってんだろ? 俺はあんな頭が天気良すぎじゃねぇのかって奴らが嫌いなだけだ。

 其の上で鴨に葱を背負わせる趣味がねぇだけだよ」


「はいはい。んじゃ昼飯の準備の時間だってあいつら煩いから、一緒に来てくださいな、カシミア隊長殿」










 『調査団の村』を出て二日後の日が暮れかけた頃、信士達一行は目的地である『エスプリ』の街へ辿り着いた。 

 

「いやはや、随分と賑やかな街だね」


「いや~…俺がここでる前まではこんなに喧しくなかったんだが……ん? 何だこれ?」


 リーの感嘆の声に返答した信士は、やや戸惑いながらその光景を眺めて、ふと視界の隅に捉えた張り紙が気になり何が書いてあるのかと顔を近づける。

 それを読み進めていき、あぁそういうことかと納得する。

 そうしてその張り紙を指差して、今日は町興しの祭りの日らしいことを皆に伝える。

 

「まぁ、とりあえず部屋を借りに行くか。先に歩くからついてきて」


 そうして慣れた足取りで進む先に、やや日当たりの悪い歩きなれた路地が見え始める。

 複数の足音が控えめに響き、不安げな声が時折聞こえては苦笑いを浮かべ。

 申し訳程度に作られた門柱を越えると、その存在感を誇らしげに示すやや大きめの看板に出迎えられた。


 ― 此れ池荘  『空室あり』 ―


 大きく、それはそれは立派な字で書かれているそれは、変わることなく其処に在った。


 リーとカーリンを205号室へと詰め込み、ウサミッチと二人、並んで管理人室へと足を向ける。

 101号室に住むこのアパートの管理人は、この部屋か206号室に居ることが多い。

 コンコン、と軽くノックをした後、返答が聞こえたために今日は部屋にいたのかと、そんなことを考えつつ、ならば206号室の住人は今頃『どう』なっているのだろうかと、そんなことを考えた。

 埋められてるのかなぁ、そうじゃないといいなぁ、これから挨拶したいしなぁ。

 ガチャリという音に次いで、姿を現した女性の姿に、隣から息を呑む音が聞こえる。


「あら、山田さんでしたか。お帰りなさい…隣の女性は?」


 相変わらず美しいとしか言えないその姿に、袖に見える赤い何かを考えないようにし、ただいま帰りましたと告げた後、来訪の意図を説明し契約をするべく説明をする。


「実はこの、ウサミッチっていうんですけど。こいつの部屋を借りたいんですよ」


「そうでしたか。空き部屋はそうですね…山田さんの隣も空いてますから、其方でよろしいですか?」


「204号室ですね。それでいいと思います。いいよな?」


 それに未だ心ここに在らずという表情で未だ視線を彷徨わせたまま、それでも話は聞こえていたのかカクカクと頷き肯定を示すのを見て、リヴィアさんは一度室内へ戻ると『204』と書かれたプレートの付いた鍵をウサミへ渡し、それから月契約にするか、年契約にするかと契約事項、諸説明を話し始める。

 それを横目に見つつ、視線を周囲へ向けて向けてみると。


 …あぁ、あそこだけ土が盛り上がって……埋まって、いや、這出た跡?

 

「あぁそうでした。今日はお祭りがあるそうですよ。長旅の帰りのようですし、お二人で行かれてはどうですか?」


 そんな声が聞こえ、視線を戻してみると契約を終えて部屋へと戻るリヴィアさんの後ろ姿と、此方を呆然とした表情で、それでも少しだけ何か期待した目で見ているウサミの姿に苦笑を浮かべると、今日位はそんな息抜きもいいのかな、と部屋で待つ二人にどう提案しようかと考えながら、とりあえずは部屋に行こうとウサミを促し、耳慣れた悲鳴で迎えてくれる階段をゆっくりと昇り始めた。


 204号室の玄関を抜けると、同じ造りの部屋ではあるが、やはり何も無いからか少し広く感じられた。

 リーも呼んで早速とばかりにぽんぽん武器を出し始めると、そこに拘りがあるのかせっせと並べ始めるウサミの姿に、何処か必死さというか鬼気迫るものを感じ。

 漸くといいたくなる程の時間経過の後、そんな作業を終えたウサミは満足そうに頷いていた。

 もはや人の住む場所を失ったその部屋は、只の倉庫と言っていいような気がする。

 

「祭りは夜メインらしいからもう始まってそうだな。飯もまだだし皆で見に行こうか?」


「ふむ、今日はそのほうが良さそうだな。それじゃぁ私がカーリンを呼んでこよう」


 そう言い残して隣の部屋へと逃げるリーの姿を尻目に、この目の前の光景に、この部屋で朝を迎えることは出来るのだろうかとそんなことを考え始めた。

 宿の空きがあればいいが、祭りとなるとどうなのだろう?

 最悪自分の部屋に四人も? さてどうしたもんかなと考えていると、バタリと戸の閉まる音と、二つの足音が聞こえ、まぁその辺りは街に出てから考えようかと未だ自分の世界に居るウサミを引き摺りその部屋を後に、四人は並んで歩き始めた。





「少し、疲れちゃった」


 食事を並ぶ屋台を巡りながら済ませ、出し物の演目に足を止めたとき、ウサミに呟くカーリンの言葉を拾い、それもそうか、と余り考えずに誘い出したことを少し後悔した。

 幾ら姉が一緒とはいえ、知らない人間との長旅というのは、十六歳という年齢から考えてみると精神をすり減らすものだったのではないだろうか。

 それなら先に戻ってなさいとウサミが自身の部屋の鍵を渡すのを見て、そのほうがいいだろうと頷きかけた時、え、ちょっと待てあの惨状の部屋に休むスペースが? と慌ててそれを止めに入る。


「ん? 信士?」


「あ、いや、ほら。カーリンの荷物とかは俺の部屋だろ?だったら俺の部屋使えばいいよ」


 そういい『205』と書かれたプレートの付いた鍵を渡し、道は覚えているか聞くと、大丈夫という返答を貰う。


「とはいえ、この時間だ。途中まで私が送っていこう」


 リーのその提案に、カーリンは戸惑いや躊躇いを見せずに感謝の言葉を告げていた。

 何時の間にそんなに仲がよくなったのだろうかと不思議に思いつつも、ウサミは疲れとか大丈夫? と声を掛けると、問題ない、という返答を貰った。

 二人が消え、周りが騒がしくなってきたなと思って会話を拾ってみると、もうすぐ花火が上がるという声が聞こえ、懐かしいなと思いながら歩いていると、前方に見知った姿を見かけ、声を掛けておこうかと思い、歩き出そうとして足を止めた。


「あれは、管理人さん、だよね?」


「あ、あぁうん。それであの、隣の一緒に腕組んでる人が206号室の沙丹さんだ」


 どこか信じられない物を見たという感じで呆然と突っ立っている自分達は、押されるように人の流れに意識を取り戻すと、祭りの目玉である花火を見るため、その流れに従って歩き始めた。


「こうして祭りに来るのも、久しぶりだよね」


「そう、だな。高1の時だっけかあれ。あん時は洋介も…あいつも居たけどな」


「……二人で、だと小学校以来になるのかな」


「んー? あったっけそんな…あぁ、神社の、あれは小6の時か」


 良く覚えているなぁ、と思いながらも、そういえばそんな事もあったっけとそのことを思い出す。


 あの頃は、平穏な日常だったな、と。

 それから。


 終焉へと向かい始めた平穏を。

 何がいけなかったんだろうな。 

 どこで間違ったんだろうな。

 どうしてそうならなければいけなかったんだろうな。 


 原因はなんだったのだろう?


「-―――んじ? 信士! どうしたの急に?」


 それを思い出しそうになった時に声を掛けられた。


「あ、あぁ悪ぃ、ちょっと昔を……それより行こうぜ。もうすぐ始まるみたいだ」


 昔を、と聞いてビクリとしたウサミに、失言だったと思いつつも気持ちを切り替えるように話題を変える。

 わっとあがり始めた歓声に目を向けると、空に大輪が咲き誇り夜空を色取り取りの色彩で染めて。

 鮮やかな色形で観衆の期待に応えるそれを見ながら。

 無邪気にはしゃぐ子供を、それを笑顔で見つめる親を、手を繋ぎ幸せそうな笑顔を浮かべる男女を。




 微笑ましいと思えず


 羨む事もできず

 



 ただ鼓動に併せて胸に響く、鈍い痛みを感じながら

 自分が居るべきはあの世界ではないのだと




 アノヒトタチハソバニイナイノダト




 どうしようもないほどに 開放感を覚えていた。











 祭りの醍醐味、もしくは締めくくりとでも言うべき一際大きな大輪が夜空を染める。

 その光が闇に飲まれると、一瞬の静寂の後には引き返す人波の喧騒が辺りを占め始め。

 その人波から外れた位置にある高台に、静かに佇む一組の男女。

 その一方がゆっくりと視線を空から外し、先程から感じる気配へと向き直る。

 その高台へと続く、一本道に立つその姿へと。


「ごめん、リヴィア、先に戻っててくれないかな?」


「どうしまし……わかりました。それでは失礼いたします」


 常なら気づいていようそれに、反応が遅れたことを悔やむようにそれ以上の言及は続けず、素直にその願いの通りに行動するべく、その男の側を離れた女性は、帰宅の途を辿るべくその道に立つ男の脇を通り過ぎ、振り返ることなくその姿を消した。


「さて……はじめましてでいいのかな? それで一体、どのような用件なんだい?」


「用件は…そうですね、お話をしましょうというものですよ」


「お話、ねぇ? それにしては…随分物騒な雰囲気というか表情というか。まぁいっか。それで、何を話そうか?」


 対峙からこれまで、抑えていたのか微かな気配が感じられただけのそれが、二人きりになった途端に暴風の如く顕現する。

 それが何を意味するのかは、考えるだけで様々な答えを自身に示す。

 その上で目の前の人物の正体が、どんなものであるのかという答えに近づける気はする物の。

 さてその距離は、どれ程の物かと思案する。


「先ずは何から、と考えると、難しいものですね。っと、時間は大丈夫なのでしょうかね?

 えぇっと。そうですね、話をするとして私はあなたをどう呼べばいいのでしょうか?

 沙丹さん? サタン様? それともジ「ストップだ」――」


「そこで、ストップだ。いいね、リヴィア。わかったら離れて」


 この状況にあっても表情を変えること無く佇む姿に、目の前のこの男を賞賛したくなる。

 瞬時に背後を取り、その頚動脈上にその鋭利な爪を突きつけられ、殺生与奪を握られて尚動じる素振りをかけらも見せない。

 その上で、先の言葉。


「やれやれ、先に戻ってと言ったのにね。まぁ、今回は助かった、のかな?

 さて、時間だっけ? 全く気にしなくていいよ。僕も色々話をしたくなった。

 僕のことは、サタンさんでもなんでもいいよ。それで、僕は君を何と呼べばいいのかな?」


 さて、帰ってくるのはどんな答えかな、とその先を予想し期待に鼓動が逸る。

 

「そうですね、リーさんでも何でもいいですが……判り易く『四番』とでもおよび下さい」


 先程止められた言葉。

 四番。

 

 それから導かれる答えは、必然的に一つであり


「成程。そういうこと、ね。いやはや、これは何の因果だろうね……」


 そうだろう?

 そうとしか言えないだろうこんな偶然。

 それとも、これは必然であると?

 全く、こんな世界が存在するのは、一体どうしてなのだろうね。

 話したいことは山ほどあると、それもそうだろう君と僕は。

 







「それじゃあ話し合いをはじめようか?  貴志君」








「サタン様、申し訳ございません。米が尽きました」

「……え? ……、え??」

「サタン様、申し訳ございません。お米様が、お米様がもうっ!」

「は、はは、あはは、やだなぁリヴィア。そ、そんな悲しそうな顔しなくてもいいじゃないか。

 米がないなら花林糖を食べればいいじゃない」

「サタン様、それは『炭』です! チャコールです!」

―コンコン、ガチャリ

「お久しぶりで御座います、サタン様。同士リヴィア……どうしました?」

「これはズー殿、丁度いいところに参られました。サタン様、ズー殿がお見えに、サタン様、どうぞ現実へお戻りください」

「おや? サタン様はどうなされたので?」

「それが、目下食糧不足の憂き目に……」

「――――っは!僕はなにをっ!? あっズーじゃないか! 久しぶりだね」

「これはこれは、お久しぶりで御座います。事情は聞きました。私が一肌脱ぎましょう」

「えっ! いやそんな、悪いよそんなっ! べ、別に僕は肉が食べたいとか、そんなこと思ってないよ!」

「いえ、気にすることは在りませんサタン様。さぁ、ガブッと来てください。さぁ」

「え? いや、あの…何、ガブッと?」

「”お腹が空いてるんだね! 僕の顔を食べなよ!”」

「なんでそんな裏声でっ!? いや、それにそのセリフは不味いよ! 色々と駄目だよ!!

 えっ?大丈夫なのこれ?! 見た目的にも大丈夫なのそれ?! 僕のキャラ大丈夫なの?!」

「今ですサタン様。ガブッっと行ってください! スペアはアムおじさんに作って貰っておきますから!」

「ちょっ! リヴィアなんで流れに乗っちゃってんの?! 止めてよ! アムおじさんて誰?!」

「”遠慮は要らないよ。僕はみんなのヒーローだからねっ”」

「遠慮じゃないよ! 厭悪でしかないよ!? えっ!何でそんな白い目でみられなきゃいけないの?!」

「同士リヴィア……あなたはサタン様の食事に贅を尽くしすぎたのではないですか?」

「……否定できません。そうですね、これからはもう少し質素にするよう勤めます」

「やめてよっ! それ以上僕の心を削るのはやめてよっ!!!!」

 


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