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「…PKも、在りうると?」
かすれる声で絞り出された問い返しに。
残念ながら考えられる、という諦めきった声が返され、より問題の深刻さが浮き彫りにされる。
『天上転華』というゲームには、PvP(プレイヤー・vs・プレイヤー)に関するシステムは存在していない。
それだけに町で出会おうがダンジョンで出会おうが、特にプレイヤー同士で問題が起きるということはまずない。
が、それはゲーム時代は、というだけで。
現実が変わってしまい、常識が変わってしまっている今。
これが指し示す意味は、考えるだけで恐ろしい。
「その…ゲーム時代的な攻撃というのは、ダメージが全くない、体への変化は?」
「ある。大ダメージを喰らい続ければ…」
体が重くなり、動くこともままならなくなる。
そんな無防備な姿を晒した末路は。
「そういう意味でも、今後は知らない奴ってなるべく敬遠したいところはあんだよな。
特にお前とかあの妹も、女ってだけでそうだろ?」
「…大きな街というのは、今後危険になりそうだな…一度パニックになるとどうなるか…」
「ここもそろそろ危ないだろう。さっきの死んだらどうこうの話だが、徐々に浸透していってるらしい」
そのパニックに、飲み込まれるか、持ちこたえるか。
どちらの可能性が高いかわからない。それだけに大勢がどちらに傾くか。
PKがこれまでなかっただけに、その人の本性は計りづらい。
これだけ人の居る場所で、一体どれだけの人間が隣の人物を心から信じているだろうか。
だからこそ、できるだけ急いでという思い。
悩む時間すらもう無いのだというように。
そんな時に。
「話は決まったかい?お二人さん」
リーさんという男性が妹と共に戻ってくる。
同行を告げ、無邪気に喜ぶ妹の姿に、全てを伝えるべきか悩む。
もしその凶行を目にした時に、妹以外が解ったような顔でそれを眺めることになったとしたら。
知らされて居ないのが自分だけという立ち居地に孤独を抱き、そこに距離ができてしまうだろうか。
それともその状況を受け入れているという態度ができる私達の姿に、畏怖の視線が向けられるのか。
願わくばそのような場面にはというこの考えは、果たして自分の弱さだろうか?
再び合流し、全員のメインクエストの進み具合、これまでの分岐ルートの精査、戦闘スタイルの詳細、その他確認したいことは終わったと告げてこれからどうするかを決めようという流れへ話は進む。
「5章Cルート。それはそれではずれじゃないよ。AとBだとその後素材集めがあるからね。
次は魔王城の視察だろう。城門脇にある『調査団の足跡』の確認だね」
「Cルートだともうそんなに進んじゃうのかよ。あぁ、俺もそれ引きたかったな」
「私達は……Bルートだったか。あぁ、あの沼で延々と河童狩りしたんだったか…」
「まぁ。Cルートは去年から追加だからね。条件クリアで選択肢に入るんだよ」
じゃなければゲマニエ指定は厳しいでしょ、と苦笑しながらリーさんが補足した。
それからやはり。
ミルドサレムの情勢が怪しいということは一応伏せ、できるかぎり早急にクリアを目指そうと。
銀行施設も今後は気軽に訪ねられなくなるだろうという話に、一番堪えたのは誰かと名前を挙げるまでもなく。
「そうなると…どこかに移すべきなんだろうが。あいにく私には安全そうな場所が思いつかん」
「やはり、諦めるしか、ないか」
「あー、んじゃ俺の部屋の隣借りればいいんじゃね?安っぽいアパートだけど」
「ならば、他に案もないだろう。そこに運び込もうか。ちなみに…只の興味本位なんだがね。
『ウエポン・マニア』の収集品は、どれだけあるのか聞いてみてもいいかね?」
「ん。確か……二百五十七、かな。その他に自分で使う武器が五本」
「……また五本増えてんぞ……」
「昨日妹に一つ渡したから、昨日までなら二百五十八だった」
「「………」」「お姉ちゃんすごいねぇ」
それがよく解らない妹だけが、どうやら自分の味方らしいと、そんなことを思ってしまった。
一人、準備の済んでいない自分の為と妹が街を嬉しそうに駆けずり回り、男性二人が銀行施設まで同行し、引き出される宝物の数々を遠い目をしながら自身のアイテムポーチへバケツリレーを繰り返し。
上限百種という枠一杯を、三人でぎりぎりというまでに使い切って、ようやく終わったその作業に誰ともなく溜息を吐いた。
「そろそろ日も暮れる時間だけど…。信士の住み家ってのはどっち方面? ゲマニエに居たってことは西か南だよね?」
「ん? ああ、ゲマニエから歩きで半日も掛からん所の…こっから南西にさ、あの七章の開始で行く『調査団の村』ってあるじゃん?そこから南東に二日くらい行けば、五章で一回だけ寄る『エスプリ』って街あんの知ってる? あそこあそこ」
「タイムリーというか何と言うか、今の状況だと都合がいいね。人も少なそうだし、その上魔王城も近い。
それに、南の商業都市ハルムーンまでそれ程距離もない。できればあそこの様子も知っておきたい」
それなら早速行きますかという呑気な声と共に、ミルドサレムを出るべく一行は歩き始めた。
大陸中の至るところに生息するモンスターではあるが、脅威となるモンスターは高レベルダンジョンの側にしか生息していない。
そのため比較的安全な位置に村や街は出来るのであるが、立地的に重要な地点には囲いを作ったり衛兵を置くなどの処置をとり、そこに居を構える場合もある。
『調査団の村』というのは遺跡郡のある砂漠地帯からやや近い場所に作られた拠点。
近くに数多くある遺跡周辺は、脅威度の高いモンスターも数多く。
それでも退けぬと軍を置き、研究者を集めて一種独特の村を形成している。
熱気と喧騒に溢れた村は、旅行く冒険者の持ち寄る情報に、厚い歓迎をもって迎えるであろう。
それがゲーム時代、この村に対する説明として語られた内容であった。
「どうなってんだこれは…」
先頭を歩く信士の呟きに、追いついてきた一行もまたそれを認識する。
広場中央にある大きな篝火は変わることなくそこに在り。
簡素なあばら家も、テントに見える陣幕も、立て札も、二つ並んだ井戸も変わらず見受けられた。
しかし。
人影が、人の気配が、生活の匂いがまったくしない。
あばら家へと忙しなく詰め掛ける研究者の姿も
陣幕で怒鳴り声を発する軍人、巡視兵も。
井戸へと赴く人の影も。
何がと考えて解る物では無いその光景に、物陰からの物音で視線を移す。
「あーあぁ。よく寝た……ん?誰だおまえら?」
エルフのハーフと思われるその姿の男は、眠そうに眼をこすりながら、順繰りと確認するように此方を眺め始める。
その視線が一度、二度と動くたび、その口元には笑みが浮かぶ。
「はっはっは。これはこれは。奇人変人七人の内、なんだこの勢ぞろいっぷりは。
奇行士のREPOBITANNに武器マニアのウサミッチ、おまけにあの山田様まで居るときた」
どんな合縁奇縁だと高笑いするその姿に、どう話しかけるべきかが思い浮かばない。
「それならば、君もその内の一人だろう?『ソリスト』だっけ?それともカシミアと呼べばいいかね?」
ソリスト、というのは永遠のソロプレイヤーの意味だったか、とその言葉が指し示す意味を思い浮かべる。
それからふと、なんだその奇人変人七人というのはとその言葉にやや呆れてしまう。
そして、思う。
あれ? 今自分もその内の一人として一緒くたに言われなかったっけ? と。
自分以外の、リーもウサミも奇人に変人だとは思うものの、何で自分がと思ってしまう。
いやそれよりも。あのって何だ、あのって。何故様付けなんだとこう、小一時間問い詰めたい。
「名前まで覚えていただけてたとはね。っは、さすがというかなんというか。
それで?そんな御一行様が一体全体何の用でこんなとこまで来たんだ?」
「いや何、この世界の観光がてら、知っている場所を見て回ろうかとね」
笑いながら話すその目は、探るように冷徹な色を見せ。
なにやら探りあいが始まったようだと、下手に口を挟んで巻き込まれないように会話を全てリーに任せるべく信士はリーに視線を送り、頷くのを確認すると残る二人を促しやや後ろへと引き下がる。
感情が顔に出やすい人物が側にいては、手札を伏せた会話は無理そうだし、と。
信士を含む三人が会話の聞こえないであろう位置まで移動したのを確認すると、再び視線を依然動くことの無い目の前の男、カシミアへと向ける。
そして映った挑発的な笑みに、仮面を被るように微笑を返し、待たせてすまないね、と言葉を続けた。
「各地を見たいね。それなら俺が教えてやろうか? ガルエイムとリンレンはのんびりしたもんだったよ。ミルドは五月蝿すぎて吐き気がするね。その点、ハルムーンはカオスっぷりがいいね。是非訪れたまえよ」
「学術都市ガルエイム、山岳都市リンレン…位置的にも、街の施設的にも静かな所だろうね。
私達はミルドから来たのだが…ハルムーンがカオスとは、どのような状況か聞いても?」
「へぇ、ミルドからね。じゃぁ、答えという名の質問だ」
ミルドのプレイヤーは正気か?狂気か?
「あっはっはっは! いい顔だ! この村の様子が気になっただろ? 正にそれが答えさ!」
「殺し合い、という言葉でいいのかな、そこまで発展していると?」
「おや? ミルドはまだあそこまでいってないのか? もうすでにと思ったんだがな」
「…あそこまで、ね。その様子だと見て来たようだね。聞いてもいいかい?死んだ後、その体はどうなるのか」
「変わった質問だな…いや、ミルドで誰か消えたか? おいおい、その顔は正解か?
くそっ! ミルドも始まってんのかよ! こっから先は胸糞悪くなる情報ばっかだ、それでも聞くか?」
その怒りを隠さず、堪える様に強く握られた手には、語るだけでも強い覚悟が強いられているように見え、この先一字一句、違えることなく聞くべきであると、強く確りとうなずいて見せた。
「俺がハルムーンに着いた時…そん時はまだそこまで酷くなかった。だが街の気配にそうなり掛けているという何処か嫌な予感はあった。
それが何かを探ってみて、あの阿呆共を探り当てた。
一人相手に十人ほどで魔法撃ったり、剣で槍でと弄ぶようにな。
強奪だよあれは。これ以上やられんのが嫌なら持ってるもんを寄越せって怒鳴りながらな。
ある日、もう手も動かない程になろうが、そんな強請りを拒み続けた勇気ある馬鹿が居た。
何難しい顔してんだ? そんなことで命を捨てるような奴は頑固なだけの馬鹿だろ? 誰も得しねぇよ。
それに感情的になった阿呆が激昂し、初めて死人がでたんだよ。ぴくりともしなくなってたね。
俺たちが死んだら? モンスターと違ってそいつの死体はその場に残ってたよ。
ここでブルってくれたらよかったんだが、それからその阿呆共は留まるどころかエスカレートしていった。
動けなくなるまで剣やら魔法やらで痛めつけて、その後殴る蹴るをして死んだらどうなるか、今度はモンスターに殺させてみればどうなるかとね。
モンスターにやられると俺達の体は消滅し、装備品は解除され、その場にDROPアイテムとして手にすることが出来るようになるらしい。
もちろん、最寄の大聖堂に送られることなくな。
それから何日後だったか、どっかから流れてきた一人を同じように強奪すべく攫っていった。
そして、大物を手に入れた。
『神剣 ミストルティン』
そっからは……わかるだろ?
阿呆の集まりだ。
仲間内での奪い合い。それだけに留まらず、周囲を巻き込み手勢を増やし…爆発的にその腐った実験結果が広まった」
出来上がったのは狂乱の宴。
収集のつかない欲望の坩堝。
逃げ場の無い悪逆の祭典。
逃げ惑う弱者を手勢に引き込み、それが叶わなければ敵に回る前にその芽を摘む。
そうして次第に誰の元には何があり、誰の周囲にはどれだけが居ると。
剣で、魔法で自由が奪われて行くその瞬間、人は何を思うのだろうか?
猜疑、対立、懐柔、懸念、恐怖、疑心、憤怒、孤独、強欲、禍根
一度始まってしまったそれは、もはや修復不可能であろう。
それを留める法もなければ権利もないこの世界で。
この世界から開放される日があるとして
ここまでこの世界の常識に囚われてしまった我々は
果たして、開放されてもいいのだろうか?
「ふふん、ついにこのときが来たようだね……今日こそ君達の出番だ!
キラリと輝くその肢体!数々の『無駄遣い』という魔の手を逃れ、共に戦い抜いた君達の!」
「御待たせ致しました。サタン様、準備はよろしいですか?」
「やぁ! 思ったよりも早かったね! 何時と違う装いで、随分と輝いて見えるよリヴィア!
僕のほうも準備はばっちりさ!」
「ありがとうございます。それで、その手に握り締めている……」
「これかい! ふふふ、これこそ正に! 僕の努力の結晶さ!飢えに耐え、欲望に耐え、共に生き残った正に! 正に魔王軍と呼ぶに相応しい勇士達さ!」
「…その銀貨五枚がですか? …おっと、ポケットから金貨が三枚も」
「………」
「あらあら、拾おうとしたらまた五枚ほど溢れてしまいました」
「………」
「すいません、これから出かけようという時に、とんだ粗相を」
「……うん、気にしないで。ほんと、大丈夫だから。ほら、僕魔王だし、そんな……そんな……」
「すみません、サタン様。はしゃぎすぎまして…その、つい癖で」
「…つい…癖……ゴクッ。あっあぁ、うん気にして無いからね! それじゃ行こうかリヴィア」
「はい。それでは腕を組んで参りましょうか」
「ははは、リヴィアは魔王の右腕だもんね。うんそれじゃそうしようか」