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最初の出会いは、小学生の時。
上級生の卒業に寄る、集団登校の班併合からだった。
自分の地区と、すぐ隣の彼の地区が、上級生が抜けたために一番の年上が自分達二人だけしかいない状況になった。
三年生になった時、クラス替えで同じクラスにはなっていたものの、接点もなく一年を過ごし、そうして小学四年生となったその時が、きっと最初の接点だったと思う。
クラスが同じというだけで、緊張もなく気軽に話し始めていたきもするけど、それでも会話をするのは朝の其の時間だけだった。
教室に入るとそれぞれに男の子は男の子で、女の子は女の子で集団を作り、それが当たり前の生活であるように過ぎていった時間は、小学校の卒業と同時にひとつの変化を迎えていた。
中学にあがり、三つの小学校から集まった生徒数は、一学年の人数が今までの倍以上に増え、其の上様々な知識を得始めている少年少女に取っては、これまでの子供じみた行いに恥ずかしさを覚え、それと同時に大人に憧れ、そしてそれがどんなものなのかという情報に必死に食らいつくように背伸びを始める。
誰が可愛い、誰が格好良い、背が高い、運動が得意、勉強ができるなど、その最たる例なのかもしれない。
小学校の頃よりも、自分に向けられる視線が増えたのは分かっていたが、それ以上に視線を集める同級生の女の子も居たおかげで、それほどまでの息苦しさは感じなかったが。
度々耳にしはじめる、好感を持てる男の同級生という会話の中に、その名前を耳にすると言い知れない何かを胸に抱くようにもなっていた。
共に部活に入ることも無く、家が近い為に帰りに一緒になることがあると、昔の登校時のように他愛もない話をして家路を並んで歩いた。
成長を見せ始めたその顔は、昔ほどの無邪気さは隠され始めたものの、優しそうなところは変わることなく存在し、最近嵌まり始めたという趣味の話を聞かせてくれたり、また自分が好きで読んでいる小説の話などを興味深そうに聞いてくれたりもした。
そして、そんな関係は急激な程唐突に。
中学も二年に進級し、夏休みが開けたばかりの賑やかな教室で。
その日朝から姿を見せない彼に、そういえば最後に会った時、あまり顔色もよくなかったことを思い出し、病気、入院、などの不吉な単語が頭に浮かぶ。
それからガラガラと教室の戸を開けて姿を現した担任の姿に。
その少し沈んだ表情に。
「あー、皆静かに。驚かないで聞いてくれ。うちのクラスの山田信士が、この度家庭の事情で転校することになった。もう知っている者もいるかもしれない。級友が遠くへ行くというのは残念なことではあるが、二度と会えないという訳じゃない。卒業まで一緒に居たかったが―――――」
其の後もことは、うまく思い出すことができない。
何故そのことがそれほど衝撃的だったのか。それをきっとわからなかったからなのかもしれない。
色の無い世界、そんなことを考えながら過ごした中学時代。
告白をされ、変化を求めて肯定の返事を告げたものの、その関係にもどこか空虚さを覚える自分。
そんな付き合いが長く続くはずも無く、数ヶ月で終わりを告げた後。
そこには未練も何もなく、だからこそより一層あの時の別れが思い起こされた。
あぁ、そうか。
これほど未練がましいく思う程。
私は、彼の事を好きだったのか。
と。
今まで必死に忘れようとしていた思い出が浮かび上がると、それに併せて二人で交わした数々の会話の遣り取りが色づき始める。
忘れられなかった記憶は、忘れたくないものとなり、それでも連絡などつくことのない現状に、無力な自分を痛感させられる。
中学三年の夏。
淡い期待を持って調べ、解ったことは少なかった。
現在は二つ離れた市にある、母方の家に居るらしいこと。
そんなことを考えつつも、進学先に悩んでいるとき、その地域にある高校が何気なく目に入った。
そういえば、彼は工作が好きだったっけ。
その理由というのも、父親が大工さん、という物で。
きっとそんな父親の姿に憧れがあったんだろう。
そんな。
何気ない思いつき。
何でもないような記憶の一部に、どこかしら期待が込上げてくる。
父親が設計の仕事をしているためか、自分が其の進路を選ぶと言ったとき、母と妹はそんな男子校みたいなところは、と否定的なことをいうも、父は諦めたように自分の好きにすればいいと言ってくれた。
成績的には余裕だろうという言葉と共に、もう少し上の、近いところを受けないか? という進路指導の教師の言葉に首を振り、それでもここまで来て落ちることだけはできないと、必死に勉強をした。
合格を確認し、それに胸を撫で下ろしながら周囲に視線を巡らせはしたものの。
離れた土地、見た事の無い顔ばかりの孤立を感じ、居心地の悪さが胸に蔓延し、見知った顔を捜したい気持ちを引き摺りつつも、母校へと合格の旨を告げる為やや足早にその場を去った。
入学後、クラス名簿に目を通した私は。
逸る気持ちを落ち着けつつも、『山』という苗字を探して視線を滑らせる。
一つだけ見つかったそれに、続く文字は『山中』というもので。
そこに期待していた名前が無いことを知ると、覚悟はしていたものの、やはりそれはひどく堪えた。
そっか。
という思いと、それでもこの近くに家があるなら、もしかしたら会えるのでは、というここまで来ても諦めきれないその思いに、こればっかりはどうしようもないのかな、と自嘲した。
入学式が始まるまで、自分の名前の紙が張られた机に顔を伏せ。
そんな思いに自分の顔がどうなっているのか気になったまま、時間の経過だけを只願っていた。
「はい、皆さん。入学おめでとうございます。これから一年、クラスの担任になる○○です」
そんな声に顔を上げ、気が付けば周りにある机はすでに埋まっているのを確認する。
女子生徒は名簿の通りに少なく、窓際の席に八名いるだけ。残りは全て男子生徒。
名前と出身学校を告げる簡単な自己紹介を、ということになり、それから暫くすれば体育館に移動して貰う、という担任の言葉に続いて、教室の右側前席から自己紹介が始まった。
ガタリという椅子の動く音で立ち上がった右隣の一つ前の男子生徒の時。
「えー、はじめまして。○○中出身で、名前は徳間 しん”じ” です。趣味は読書、かな」
そんな。
懐かしい自己紹介が耳朶を打つ。
中学入学のときも。2学年への進級時、そのクラス替えのときにも。
信士、という名前を、シンシと言われ、其の都度しん”じ”と、子供のように反論していた、懐かしい記憶が色づき始める。
ひどく嬉しかった。今すぐ声を掛けたかった。振り向いて、其の顔を見せて欲しかった。
それでも、込上げるものを押さえつけなければ溢れてしそうになると思い、必死に、本当に必死にそれを押しとどめることに気力を振るった。
自分の自己紹介で、きっと彼は振り向いてくれるだろうと考えると。それまで我慢しなければ、と、浮かぶ笑みを消すために。
その時にどんな反応が返ってくるかを考えて。
「二つ隣の○○市の○○中から来ました……っ、高木 由香利です。趣味は読書です」
○○市、という辺りでぴくりと動いた体は、その出身中学を耳にした段階で振り向けられていた。
最後に見た時から、かなり変わっちゃったなぁ。
どこにも子供染みたところがなく、優しげな印象のあったその表情は、今は驚きを一面に出し、その視線が自分を捕らえると、其の後は急に不信な行動をしたためか、恥ずかしそうに前を向きなおした。
その一連の動作を楽しそうに見れたけれど、背中しか見えなくなったその姿に少しだけ寂しさも感じた。
椅子に座ると、それまでよりも気持ちが落ち着いているのを実感する。
趣味の読書というのも気になった。あの驚いた表情も面白かった。まだ忘れていなかったんだなぁと嬉しかった。背ものびたなぁ、等、そんな思いが溢れ始めた。
そこで漸く気が付いた。
彼の苗字が変わっていた事に。
二人きり、という空間となった途端、改めて自信の感情が彷彿と蘇る。
「信士も、この世界に囚われてしまったんだね」
「俺は…これでよかったのかもしれない、って思ってるよ。でも、お前は違うだろ?」
家族も居るだろうし、と。
それを告げる時の冷めた表情に、ずきんと鈍い痛みを覚える。
「どう、なんだろうな。よくわからないんだよね、その辺」
「だったらなんだってそんな……まだあのこと気にしてんのか? まぁ、何時も言ってるけどそんなに気にすんなよ。あれは俺の問題だし、もう済んだことだろうが」
そうなんだけどね、と思うものの。
それを言葉に出来なかった。
「まぁそれは、今は考えないようにしとけ。それより、今後のことだが…。
あいつの姉ねぇ。性格が似てない気もするけど、実際どうなん?」
「そうだね…見た目だと、顔はそれなりに似てるといわれたことはある、かな。
性格はまぁ私は父親に、あの子は母親に似たんだろうとよく言われる」
言いたいことがすぐ顔にでるあたりとか、という言葉には即座に苦笑を返される。
まぁ、その反応だけで色々とわかってしまう。妹から聞いたゲマニエ以降の旅の話に、その相手が信士であると認識した上で考えてみると、面白い程の喜劇が出来上がってしまう。
「メインクエストを進めるんだっけ? 私と信士は…11章の開始からだったかな」
「確か。お前の付き合いで進めてただけだし、お前の方が詳しいだろ?」
「まぁ、あんな妹だからね。姉としては助けてあげたいわけだよ」
このゲームにおいての指標として、それを進めた身としては。
そんな言い訳を利用して、誘い出していただけの気もするけれど。
「あぁ、成程ね。しっかし……確定じゃないんだが…言っておいたほうがいいだろうしなぁ…」
「何か問題が?」
考え込むように遠い目をし始めるこんな姿の信士には、早い段階で答えをせびった方が隠し事をされないですむというのを知っているだけに、さぁ早く吐けとでも言わんばかりに返答を求め言及する。
「死んだときの…あぁ…。まぁ、聞いても大声は出すなよ?」
考え込むようなその姿勢から、自身が漏らした言葉を反芻し、バツの悪そうな顔を浮かべたと思うと、気難しくも躊躇うように言葉を続ける。
その言葉に、よからぬ気配を感じ、背筋が伸びる。
きっと知らないほうがいい情報で。
知って居なければ行けない凶報。
そんな予感を肯定するように重い口調で語られた言葉は
「この世界で、死ぬと。 復活……できないっぽいんだよね」
と。
正確ではないが知っている情報は…と話された続きは。
耳に残ることは無く。素通りしていくようで、その都度胸に重くのしかかり。
「カーリンに、伝えるべきかは…お前に任せる。言いにくいなら俺かリーに言えばそれとなく時間を作って教えておく。
その上で聞くんだが…」
「お前は俺達を止めるか? それとも、お前も一緒に来るか?」
告げられたそれが、真実であったとして。
ここで別れて、その後逢えなくなるという意味は。
断わることのできない宣告をされたような。
囚われた体に、更に楔を打ち込まれたような。
思考が重く、沈みこむように捉われる一方で。
どうしようもないほどに。
その言葉を告げるその人物が。
例え其の先が破滅であろうと
『彼』が『私』に言うのだから。
私は。
私には。
それを止めることも
その誘いを断わることも
私に出来る日は、今後訪れることがあるのだろうか?
「聞いた?! リヴィア! 明日この街でお祭りがあるそうだよ!」
「はぁ、血祭りですか? モドでも帰ってきましたか?」
「……いや、普通の、町興しの…小さい規模らしいけど…」
「どうしました、そんなに肩を落とされて?」
「うん……なんかね、最近、疲れやすくなったのかな」
「それはいけませんね。私が元気の出る薬を大量に手に入れてきましょう」
「いや、うん。そこまでしなくてもいいかなぁ? ほら、僕貧乏だしね? 自分でいうと傷つくけど、ほら僕貧乏だしね!」
「幾らか元気になられましたね。あぁその自虐的な表情、私を誘ってるんですか?」
「えっ?! あ、いやうん、お、お祭りにね! うん、そう一緒に行かないかとね!」
「そうですか。明日は…ところで開始時間などは?」
「確か昼過ぎから始まるみたいだけど…夜がメインっぽいから、日が暮れたらかな?」
「それなら時間的にも大丈夫でしょう。明日私は朝には出ますが、日が暮れる前に戻りますので」
「うん、それなら僕も家で待ってるから」
「わかりました。それでは今日のお仕事を開始しましょう」