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「さて、それじゃぁ行こうか」
項垂れる敗残兵を尻目に、満面の笑みを浮かべたその人物は、その手に銀色の輝きを放つ掌大の宝玉を弄びながら上機嫌で声を掛けてくる。
隣には平静を装いきれなかった眼鏡の男性が崩れ落ちていたが、それに視線をむけることができずに表示されている文字を目で追い続けていた。
『知力の霊核 上位』
現在 金貨百枚 残り時間 --H
現最高入札者 『REPOBITANN』 様
喜んでいいのかすらもよく解らず、信士は渡されたその重さに『え? これ現実?』と認識できずに呆然とするも、ずるずると引き摺られるような感覚に空を仰げば。
今日も今日とていい天気であった。
「おはよーお姉ちゃん。ほらほら、そんなぐずぐずしないで!」
ゆらゆらと揺られる感覚と共に聞こえてくる声に、ウサミッチの意識はぼんやりと覚醒をはじめる。
何時もより早めに起された為か、何で家の妹は朝からこんな元気なのかと思うも、これが何時も通りだっけ? 昨日の朝はそんな事はなかったのにな、と思ったところで。
そういえば今日は何か約束のある日だったっけと昨日の会話を思い出す。
何でそんなに嬉しそうなんだろうと苦笑を浮かべつつも、はいはいと二つ返事で妹に従うことにした。
「それで、何処でとかって話はもう決まってるの?」
昨日会ったから大丈夫という声の後に、ここの食堂で朝食を取りつつということになったと、昨日のオークションの様子と共に楽しそうな声で語られた。
何だそのカオスぶり、と思わず言ってしまったものの、言わずに居られないほどの高騰ぶりと、見ではい無いが酷く珍しい状況になったものだとその光景を頭に思い描きながら話を聞いていた。
「まぁ、それなら準備も出来たし、そろそろ行こうか」
さてどんな人物が、とどこか期待もしている自分にふと気が付く。
話を聞くだけでどこか自分達に似ている気がする。
一部では、奇人変人として有名人。
そんな自分達ではあるが…一部では、って結構便利な言葉だなと考え込んでしまう。
そんなことをこんな時に考えてしまう自分に苦笑しつつ元気よく立ち上がった妹の姿に自分も習う。
部屋を出ると、扉を閉めて食堂を目指した。
カーリンは姉を引き摺り食堂に辿り着くと、見知った後姿のその隣には知らない男性の姿があった。
そういえばメインクエストに詳しそうな人を当たってみるといっていたから、きっと隣に座る人がそうなのだろう。
どんな人なのかなぁ、と思いつつ。
隣を歩いていたはずの姉が、少し後ろで呆然と立ち尽くしている。
その視線の先に捉らえられていた姿は、私の憎き恩人たる、悪魔のハーフの男の姿。
動く気配の見せない姉の姿に、待たせるのも悪いしと声をかけつつ強引に腕を取ってその席へと引き摺って行く。
「おまたせしました。カーリンと言います。純エルフでレベル九十。支援魔法主体の魔法型です。
こっちは…」
「あぁ、そちらは知っていますよ。一部で有名な人物ですし。まぁ、私も、この隣のこいつもですが」
「こいつってどうなのよ。てかなんだよ一部でって。てか俺も一部で有名なの?」
「…あぁ、君もそうなんだが…知らなかったのかい?『今夜の山田』という名で…」「えっ! あの?!」
「何時からそんなになってんの? え、何カーリン、その『えっ! あの?!』って反応。ほんとに一部でなの? ねぇ誰か答えてくれていいんじゃない?」
あれなんだろうこの漫才みたいな空気は、と急な展開に引きそうにはなりつつも、そこに姉が普通に参加している姿に驚いた。いや、普通とはいったものの、その瞳は未だにどこか現実を認識していないように見える。
戸惑って、とも違う気がする。躊躇う……いや、怯えている? お姉ちゃんが?
「まぁ……それは置いておくか。久しぶり、ウサミ」
「あ、あぁ、そうだね信士。しかし…久しぶりっていう…気が、しないね。相変わらず破天荒というか…」
「ウサミと会うのは一ヶ月ぶり、になるのか? しかしまぁ、ウサミが師匠ねぇ…どんな経緯で?」
その言葉に苦笑をしつつも、此方に向けられた視線で話すべきか迷っているように見えた。
「えっと、実はというか…ウサミッチというのは私の姉なんですよ」
そういうことなんだ、続ける姉に、成程と二人の男性が頷き
「「弟か」」
と。
綺麗にハモった声を発した。
姉はやっぱりというような表情で諦めたように顔を俯きかけた後、何か面白い物でも見たかのような視線を見知らぬ純悪魔の男性へと向けた。
その一方で、私は殺意と悪意と害意の波動の目覚めを実感した。
そんな黒く染まりつつある一人の修羅を除き、会話は続く。
「ん?でもウサミに弟とかいたっけ?」
「あー、ほら、小学生の頃に集団登校というのがあっただろう? 私達が高学年の時、やんちゃなのが三人くらい居たのは、覚えてる?」
「あぁ、居たなそういえば。確か一個下に一人と、二個下に二人だっけ」
「二個下の方だ」
「確か……すすむ君とかおりちゃん、だっけ?」
「そうそう、その「すすむ君かぁ」……そうだね…「お姉ちゃん!」」
納得顔の悪魔のハーフの憎き恩人。項垂れ哀愁を漂わせる獣人のハーフの姉。憤る波動に目覚めた純エルフの私。含み笑いを上げ始める純悪魔の男性。
もうやだなにこのカオス…。
「いやいや。なかなかに愉快な構成だね。そうなると、私以外の三人は顔見知りなのかい?」
「あー、そういや言ってなかったな。俺とウサミは同じ高校だよ。クラスも一緒」
「妹は、学校は違うね。二市離れた、地元の中央高校だ」
「中央? あそこ結構偏差値きつくなかったっけ? ん? 妹?」
それで寄せられた二つの視線は、『マジで?』というような疑り深い物で。
どれだけ自分をネカマに仕立てあげたかったんだという怒りに、テーブルを掴む両手がわなわなと震え始める。胸が怒気怒気してくる。
それから暫らく。
運ばれた料理を先に片付けてしまおうと他愛もない会話に移行して。
「ウサミは今後の予定とかあんのか?」
その問いに、姉は迷いを見せていた。
やっぱりこの人なんだ、とそんな姉を見て確信する。
話し辛そうに、何かを言いよどむその姿に、何か声をかけるべきか迷う。
二人だけにしたほうがいいのか、それとも私からお願いしてみれば?
「少しそのお嬢さんを借りていいかい? これまでのクエストの分岐経路を確認しておきたい」
という言葉が聞こえ、顔を上げるとその男性、リーさんと呼ばれていた人に腕を取られて引き摺られていく。
「まぁ、君がそんな顔をしてると、君のお姉さんも色々考えてしまうだろうしね」
「すいません、お気遣いいただきまして…あの、それで姉も同行させたいと思うんですが」
「何、信士も状況は解っている。君のお姉さんを連れ出そうと誘ってくれているだろう」
だから、気にしなくてもいいよ、という柔らかい声音に、向けられる視線の先は二人の姿。
食堂から少し離れたエントランスにある応接ソファで、向き合うように座る私に、あの二人はどういう関係なんだろうねぇ、という呟きが聞こえてきた。
「まぁ、そんなに構えなくてもいいよ。私の名前は、『REPOBITANN』と書く。」
「……はぁ」
一瞬何処となくインテリ的な名前に見えたそれが、声に出してみるとお手頃な物に変わり、なんとも言えない表情を浮かべてしまう。
「呼び方は、そうだね。1、リーさん 2、お兄ちゃん 3、ご主人様 どれでもいいよ。
お勧めは二番目かな。いやぁ、家にも妹が居るんだけどね。可愛げ?何それ?って感じでね。只一人の兄をこき使おうとするんだよこれが。ひどいと思わないかい?」
「それは……まぁ、むしろその人の気持ちがわかるというか…」
「なんか壁を感じるねぇ。それじゃあ、私の秘密も教えよう。聞きたい? 聞きたいでしょ?」
「はぁ……」
「あ、ちなみにこれはあの二人に秘密だよ? 君だけに内緒で教えるんだからね。
実は四年前なんだけど、僕に弟が増えてね」
楽しそうに話す其の姿は、まるで子供のように無警戒に綻ばされ。
聞きたいと言わずとも次々と言葉を紡ぎ、流していく。
それに返せた声には、きっと感情も乗らない相槌だけで。
そろそろ戻ろうかと言うその人の視線を追うと、悲哀の表情を浮かべる姉と、其の正面に座る見慣れ始めた後姿。
そちらへと足を運ぶ中、考えてしまうの先の会話。
曖昧な態度で生返事をした、数秒前の自分に後悔を浮かべる。
今、目の前を歩くこの人は
何故そんなことを私に教えたのだろう?
「……誰も、来なかったね…」
「どうやら途中、モドに出会ったようで、そこで潰えたそうです」
「レンタル料…取られちゃったね……」
「えぇ、これで当分は魔王城を借りられませんね」
「アム…嬉しそうだったね……」
「後ろ指差しながら爆笑してましたね」
「どこで間違ったんだろうね……」
「生まれ……失礼しました、えぇ、サタン様に非は在りませんよ」
「……死のうかな」
「それはなりません、サタン様。それでは私はどうなるのです?」
「……喜ぶ?」
「えぇそれはも…いえいえ、悲しみに暮れて後を追いかねない勢いです」
「リヴィアって残酷なほど素直だよね……誰に似たのかな…」
「……サタン様。その先は…どうか言わないでください」
「……そうだね、ごめんねリヴィア」
「サタン様が謝ることでは御座いません。これは私の、浅ましく安いプライドの為なのですから」
「そういうところも……。帰ろうかリヴィア」
「はい、それでは参りましょう」