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「それにしても本当に久しぶりだよね。最後に会ったのは…春休みの時だっけ?」
「そうだねぇ。それにしても元気そうで良かったよ」
お姉ちゃんはなんか疲れてるね、ということを無邪気な笑顔で言われ、否定できずに苦笑を浮かべる。
今までどうしていた、とか逆にどうしていたのか聞かれたりと、その口が軽快に動くさまを見ると、現実での妹の姿が重なって見えた。
作られた姿のそのエルフの体に、日の光を浴びると栗色に輝いて見えるその髪が、入学先の高校の制服を嬉しそうに見せてくれたその姿が、小さい頃から見慣れた良く動いていた其の口に、懐かしくも暖かい気持ちが胸に込上げる。
「でね! …どうしたのお姉ちゃん?」
そんな郷愁に返事をせずに黙っていたためか、心配そうに見上げる視線を向けられ。
なんでもない、と口にしつつ、相変わらずだねぇと呟くと、少し恥ずかしそうに顔を背けた。
そんなどこも変わってない妹の姿に、それで、と続きを促せば、怒ってますよと言いたげに睨まれたものの、それに態度を変えることの無い自分の姿に、諦めたような溜息を吐くとまたゆっくりと続きを話始めた。
「ふーん。でもまぁ、よく一人でゲマニエに行こうとか考えたね。あぁ、誰にも会ってなかったんだっけ。
先にミルドに寄ってみるとか考えなかったの?」
うっと言葉を詰まらせた姿を見て、相変わらずだねぇと呟くと、肩を落としてシュンとなった。
「まぁ、あそこにはガーディアンゴーレムが居るから…カーリンじゃ無理でしょ?そこで引き返したの?」
其の言葉にはっと顔を上げると、そのまま不機嫌な顔に変わる。
あぁ、やっぱりそうかと思い、そればっかりはしょうがないと言葉をかけようとすると
「それが、ね。後からもう一人ゲマニエに来てたみたいでね……助けてもらった、んだけど」
ほう、と思いつつも、疑問を覚える。
助けて貰ったのなら、何でそんな顔するんだろ?
嫌な人物だったのか? と考えるも、それなら助けたりはしないんじゃ?
そんな思考が顔に出てたのか、ぶすっとした表情で、嫌そうにその時のことを語ってくれた。
「本当にね、助けてくれたのは、嬉しいんだけどさ…。ありえないと思うんだよね。もっとこう…。
その人ね、私を見るなり『純エルフだと? ネカマか?』って言ったのよ!」
「は?」
その言葉を理解して、思わず笑い転げてしまった。
呆然と見つめられて悪いとは思いつつ、どんな猛者がそんなことをと想像してしまう。
純エルフ=ネカマ説
確かにその見た目から、男女問わず人気が出、更にはそんな噂も一時流れた。
だが、それを真っ向から信じている人物など、そうそう居ないだろうに、と思う。
「あー…ごめんごめん。いやそれにしても凄い人物に出会ったもんだね。貴重な体験だと思うよ」
未だ怒り収まらず、とじっとりとした視線を向けられるも、それが照れ隠しに見え逆に笑いが込上げて来る。が、これ以上はと気力を振り絞って押しとどめ、それから? と続きを促した。
「うん、まぁ、その人がガーディアンもそこのボスも……サックリ倒しちゃってね……」
「…それは、凄いね。あそこはあれでいてなかなか上級ダンジョンなんだがねぇ」
知り合いに一人で何処へでも出かける人物が居るおかげで、何処でどの武器をという話を聞いたり教えたりしていたこともあり、これでも色々な場所の知識はある。
その人物が「ゲマニエのボス、魔術書をDROPするんだぜ」という話を持ってきたので一緒に行ったこともあるのだが、さて自分が一人あそこに行ったとして、そこまでサックリと行けるだろうか?
「姉としても師匠としても、其の人に会って挨拶の一つはして置きたいが…ミルドには一緒に?」
待ってましたとばかりにギラリとした視線を返され、やや腰が引けた。
その後に続けられた含み笑いにも、どことなく黒い色が付いて見える。
「その人は今、知力の上位霊核をオークションに出しててね、そのトレードが終わったら一旦合流しようってことになってるの!」
「そ、そうなんだ。それは、是非向かわなければ、行けない、の?」
向かわなければ行けない『ね』という言葉を言おうとしたが、そんな妹の姿に腰と共に五十音順が一つ後退し、『ね』から『の』になってしまう。更にはクエスチョンマークまでオプションで付随した。
「そのとおりです!」
ここで肯定を示すのは、目の前に仕掛けられた罠に飛び込むような物だと思考回路が警報を鳴らし続けて居るが、もはや回避する術は無いという所まで追い込まれているという感覚に
「…そう、なんだ」
と力なく返すことが精一杯だった。
「誰かと思えば、我が親愛なる友人、変態君じゃぁないか」
背後から聞こえたその声に、誰との会話だろう? と振り向くと、其の声を発したであろう人物がこちらを見ていることに疑問を覚える。
「おや?私が解らない?しょうがない、名乗ってあげよう、そう私の名は「いやもういい、わかった」…相変わらず愛想がないね君は」
「うるせぇよ、なんだよいきなり『変態』とか言いやがって」
「はっはっは。それは君がシンs「しん”じ”だ!」…まぁ、そう怒らないでもいいではないか」
誰が怒らせてんだよ、と憮然と言い放つも、それすらも飄々とした笑い声で流される。
「で? 何の用だってんだ、リーさん」
「そんな邪険にしなくてもいいだろうに、器が小さいといわれないかい?」
言われたこと等一度も無い、とは言わないが、大きなお世話だと噛み付くと逆に嬉しそうな顔をされそうなので無視をする。
まことに不本意ながら、この人物こそ探したかった人物でもある。
何時もこんな感じではあるが、今日はより一層に饒舌な気もする。それも神経を逆撫でる方向に。
こういう時は機嫌が良い時なのだと知っているだけに、何かいいことでもあったのかと聞くと、「おや、私のことを良く知ってるねぇ」などとニヤニヤ笑いながら言ってくるに違いがない。
「そんなつんけんしなさんな。用という程でも…いやそうだね、どこか落ち着いて話でもと、どうだい?」
「落ち着いて、というのには賛成だね。ただ俺は今日ここに来たばっかなんだ、どっかある?」
「あぁ、そうなのか。なら…朝食はもう?」
「いや、まだ。できれば飯も食えるところがいいな」
それから向かった場所は、活気の少ない小さな食堂。まぁ、確かに落ち着いて話はできるだろうけれど、と相変わらず掴みどころの無いこの人物に苦笑した。
はすむかいからは活気に溢れた食堂が、人の往来を忙しそうに迎え入れていた。
「で? 話ってどんな?」
頑固そうな壮年の男性一人で切り盛りしている其の店で、男前な料理の品目に目を通しつつ朝からこんな店を勧める人物に、喉まで出かけた文句の数々を飲み込み声をかける。
「何、誰しも思って居るだろうことだ。この世界について、どう思う?」
直球だねぇ、と考えつつも、自分としてもそれに関して話があっただけにありがたいと思う。
「少なくとも、この世界が”どんなものか”ってのは、まあ誰もが疑う余地無く一緒だろ?
そうじゃなくってことか?」
「そうじゃなく、だな。まぁ順番に考えを聞くほうがいいだろう。
まずは、ステータス画面の確認は、もうしているだろ?」
「あぁ、キャラクター名だろ?」
へいお待ち、と出されたそれは、油が輝く唐上げ定食。
ついで自分の前に差し出されたのは、大盛りの味噌ラーメン。
材料などはどうなってるんだろうとは考えてみるも、何か恐ろしい方向に思考が飛びそうでそれ以上考えず箸に手を伸ばした。
「現実の世界の体は、”どうなって”いると思う?」
此方に来てすでに一ヶ月弱。
そのままであるならまず間違いなく、と誰もが考えるだろう。
「あくまで可能性の話だ、自分の考えでいい。どう思う?」
「この体が、どう言えばいいかな…自分の体と重なったと、考えている」
同じか、と呟かれたそれには、何処と無く怒りにも似たものが混じっていた。
キャラクター名ではなく、現実世界での本名。
それは、やはり体ごとの移動を想起させる。
「最近街を出て戻らない者が居る。集められた情報だけで三人だな。他の街に行ったのかもしれないと考えることも出来るが…最後に出かける先を聞いた人に聞くと、ダンジョンへ行くというものだったらしい」
不意に告げられたなんとも不穏な話題に眉根が寄る。
同じ考えに至った人物からのこの話。その先にある答えはきっとそれも同じなのだろう。
「だけど…死んだら大聖堂で復活とか、あるんじゃないのか?」
ゲーム時代は死亡したら大聖堂にて復活を果たしていた。
デスペナルティーとして経験地と所持金の減少は地味に痛かったが。
「その人は今でも大聖堂にて待っているらしい。私もそのダンジョンに行って昨日帰ってきたんだがね…。すれ違うどころか、手掛かりの一つもなかったよ」
「なんというか……」
キャラクター名を見たとき、ふと疑問を持った。
最初はそんなちょっとした疑問でしかなかった。
だが、其の疑問の裏づけを取れたみたいに、まるでその問いに答えを示されたようで。
「この話を知っているのは? 探索隊、は無理だろうな…」
「まだそれほどは広まっていない、が。時間の問題だろうね」
探索は…、と濁された言葉に、期待は無いのだと暗に告げられた。
「パニック、になるだろうな…だが、知らなければならない事実だろう」
「特に低レベルの者のことを考えるとね。背伸びするのは危険だ」
チャット機能が無いからか、PT行動が少ないしね、と。
「全く、面倒なことが多いことで……早めに出たほうがいいなこりゃ」
「何か用事でもあるのかい?」
「ん?あぁ、金策とレベル上げってことでゲマニエ行ったとき、メインクエストを進めてるっていう純エルフの少女に出会ってね。そのお手伝いってとこ」
「純エルフ? 成程、ネカマか」
声が女の子だったけどたぶんそうじゃね? と返してやると、確定だろ、断定的に話し残存兵力1となった唐上げをひょいと掴むと口に運んび、冷め切っているそれを咀嚼した。
「サタン様。台所が魔王軍に占拠されました。奴らの首領様、どうにかしてください」
「……いろいろ突っ込みたいんだけど…ねぇ、あの黒くてカサカサ動いてるのが魔王軍なの?」
「そうです、どうにかして下さい」
「そう、なんだ……てより魔王軍てこの程度の規模なの? 違うよね?」
「……はやくどうにかして下さい」
「え? 何で違うって言ってくれないの?」
「いや、それはちょっと…」
「そ、それにさ、ほら、明らかに種族というか根本的に違う生命体だよね? 仮に俺が首領だったとして、あいつら俺の言うこと聞くと思うの?」
「あぁ、そこは考えてませんでした。無理ですよね」
「………」
「おや?どうしましたサタン様」
「ねぇリヴィア。優しさって言葉、知ってる?」
「えぇ、甘やかさないことです」
「ねぇリヴィア。傍若無人って言葉は、知ってる?」
「サタン様、それは知らなくていい言葉です」
「………グスッ」