説得
艦隊戦は、すでに決着していた。
宇宙空間には無数の艦艇の残骸が漂い、敗北側の艦隊で航行能力を維持している艦は、わずか数隻しかない。
「敵旗艦から通信です」
「繋げ」
大型モニターに、敵艦の通信司令官が映った。
『こちら連合艦隊。貴艦隊は完全に包囲されている。これ以上の戦闘は無意味だ。降伏せよ』
「……断る」
『なぜだ?』
「我々には、まだ戦う理由がある」
『理由?』
「我々は、この国を守る」
敵司令官は静かに頷いた。
『分かった。ならば、最後まで戦おう』
しばらく沈黙が続いた。
「……ところで」
『何だ?』
「卿は目玉焼きには何をかける?」
『……何?』
「目玉焼きだ」
『聞こえている。なぜ今、その話をする?』
「重要な問題だからだ」
『戦争よりもか?』
「場合によっては」
敵司令官は額を押さえた。
『……醤油だ』
「醤油?」
『そうだ』
「卿は醤油派なのか」
『そうだ。それがどうした』
「我々は塩だ」
『……そうか』
「我々は、目玉焼きに醤油をかけるなど考えられない」
『こちらも、塩をかける意味が分からん』
「素材の味を引き立てる」
『醤油の方がご飯に合う』
「朝食だからご飯に合う必要はない」
『朝食ならご飯だろう』
「パンの可能性もある」
『……』
敵司令官の顔から、先ほどまでの緊張感が消えていた。
『卿は、目玉焼きをどの程度焼く?』
「半熟だ」
『……私もだ』
「だが、黄身には触れない」
『当然だ』
「白身の端は少し焦がす」
『それも当然だ』
「フライパンに蓋はするか?」
『……しない』
「我々はする」
『そこは譲れないな』
通信室の兵士たちは、誰一人として口を挟めなかった。
艦隊戦の最中である。
敵味方合わせて何万人もの命が失われている。
なのに、二人の司令官は目玉焼きについて真剣に議論している。
『……卿』
「何だ?」
『我々は、なぜ戦っているのだろうな』
「分からない」
『私もだ』
モニターの向こうで、敵司令官が苦笑した。
『だが、目玉焼きの焼き方については、我々は決して譲れないらしい』
「そうだな」
そのとき、通信室に報告が入った。
「敵艦隊、最終攻撃態勢に入りました!」
司令官は目を閉じた。
「……そうか」
そして、敵司令官に向き直った。
「我々の敗北だ」
『降伏するか?』
「いや」
司令官は机の引き出しから拳銃を取り出した。
『待て!』
「我々は負けた」
『ならば降伏しろ! もう戦う必要はない!』
「いや。私は、最後まで責任を取る」
拳銃をこめかみに当てる。
『やめろ!』
「……卿」
『何だ!』
「最後に一つだけ聞きたい」
『何だ?』
「目玉焼きにソースをかける人間を、どう思う?」
『……』
敵司令官は絶句した。
「答えてくれ」
『……許せない』
「そうか」
司令官は満足そうに微笑んだ。
「我々は、最後まで同じだったな」
銃声。
通信画面の向こうで、敵司令官はしばらく動かなかった。
やがて、小さく呟いた。
「……ちなみに私は、半熟ではなく固焼き派だ」




