男女の距離はきちんと考えましょう
「名前はきちんと確認しましょう」と同じ世界観で連作となっていますす。
前作をベースにありますので、貴族の成り立ちなどはそちらをお読みください。
「でも、女性ですよね?」
私の向かいで先程まで馴れ合いをしていたふたりは気まずそうな顔をした。
それを冷めた気持ちで眺めた後、私は口を開いた。
「お二人のことは既に報告しています。後は大人に任せますが、婚約は解消されますのでご理解下さいね」
やっと一つの煩わしさから解放される、と私は久々に心から笑った。
私はネグロス王国の南部を統治するサラ侯爵領にあるサラエ伯爵の娘、エリシア・ハ・サラエだ。
サラハ伯爵家からサラエ伯爵家に母が嫁ぎその二人から生まれた私は、幼い頃からサラ侯爵令息ドミニク様の「友人」をしていたが、ある時から更にひとつ肩書きを増やした。
南部でドミニク様と同じ歳に生まれた子供は多く、伯爵家でも五人いる。男が三人、女が二人。その五人はもれなくドミニク様の側近となることも決まっていた。
王都にある学園に通うと、南部以外の人間がこんなにもいるのかと感心することが多い。
特にドミニク様が入学された年は奇跡的に四侯爵家の嫡男が揃った。そして四人とも婚約者がいないのでその座を狙う令嬢達が沸いた。
側近の役割はそんな有象無象をいなすことだけど、本当にこれが大変なのだ。挨拶に来るだけならまだいい。しかし、手作りのお菓子を差し入れなど本当に勘弁して欲しい。
高位貴族が、誰が作ったかも分からない素人のお菓子を食べるわけがないのに。
五人いても捌くのが大変なのに、東部のラグ侯爵令息には二人しか側近がいないけれど綺麗に対処しているのはすごいと感心する。
アナスタシア・ラグレミ・ラグレ様はとてつもない美人で、東部地域の令嬢を取りまとめているが、完全なる上下関係ができているからなのだろうと思う。
四地域はそれぞれ特性が異なる。
東部は血族としての繋がりが強く、一致団結している。
南部はあまり血族感はない、ただ、大らかな気質なのは間違いないし、あまり深く物事を考えないところもある。
人によっては無神経とか言われることもあるけれど、思い悩みすぎるよりはさっさと思考を切り替えるような、あまり長引かせないところがある。
だからこそ、距離感を見誤ることもあるのだけど。
その一例が私の婚約者だ。
バルト・ベルシグレ・サラノル。西部地域ベルシグレ男爵家から嫁いできた母を持つサラノル子爵家の令息。本人は騎士になりたいと願っており、その関係で私と婚約を結んでいた。
サラノル子爵家は南部の端も端にある、簡単に言えばド田舎の領主。それに対してサラエ伯爵家は領都に近い場所の領主。地図を見てもとても離れている場所にあり、婚約するまでそんな家があることも意識していなかった。
バルトは明るい性格をしていて人から好かれるタイプなのだろう、常に誰かと共にいる姿を見かけていた。
私は学園にいる間、ドミニク様のお傍から離れられないので遠目に見るだけなのだが、人気者なのだな、と感じていた。
ただ一つ気になることがあった。
何時の頃からかバルトの隣に居るようになった一人の令嬢。
騎士科の制服を着ているので同じ騎士科なのだろう。胸ポケットにポケットチーフをつけていないので王都の人間なのは分かる。
あくまでもカラーのポケットチーフを付けるのは代々の慣例でしかないけれど、それ一枚でトラブル防止になるので四地域の人間はきっちりと使っている。
因みに、王族の方もこのポケットチーフがある方が助かるみたいだから無くならない慣例だ。
で、だ。
距離感のとても近い二人は見る度に体を寄り添わせていたりしている。
男勝りだと言われる私でも、深く物事を考えない脳筋だと言われる私でも、「はぁ?」となるのは無理もないだろう。
「シアー、どうしたの?」
「ノア。ねぇ、あれどう思う?」
「えー……はぁ? あれ、シアの婚約者じゃん。何あれ、浮気?」
「そう見えるわよね?」
ドミニク様の側近仲間で、親友で、従姉妹のミレノア・エ・サラムが学生食堂の中、私が指さした方を見て眉間に皺を寄せた。
ミレノアの母親はサラエ家出身で父の妹。偶然にも同じ歳に生まれた私たちは頻繁に顔を合わせていたからとても仲が良い。
顔は似てるところもあるよね、という感じだけど体格がよく似ているので遠目から見ると区別が付きにくいと言われる。
侯爵家は王族に次いで特別な存在だから学生食堂でも特別な席を用意されている。
他の学生が一階なのに対し、侯爵家とその側近は二階とまでは行かないけれど上から下を見渡せるような場所をあてがわれる。
王族は特別室があるので、この中二階とでも言うフロアは侯爵家専用なのだが、それぞれの方角に合わせているし、テーブルカバーもそれぞれの色にしてくれているので席に迷うことはない。
南部は赤色で、オレンジ混じりだからか元気が出る色で私は好きだ。
で、そこからは下がよーく見える。
なので、婚約者の隣の席に座りまるで恋人のようにイチャつく姿を私は発見した。
私とミレノアが話しているとドミニク様がひょいと下を覗き込み、その後私を見てニヤニヤ笑った。
「シア、どーすんの?」
「情報を集めます」
「ふーん。まあ、早めに決着つけろよ。俺の経験上、あー言った女は面倒だからな」
経験も何も同じ歳なのに何を言ってるのか。だけど確かに私たちよりも遥かに広い範囲で人付き合いをするドミニク様なので私よりも多くのことを知っているのだろう。
「それにしても、サラノルの息子はシアの立場わかってないのか?」
「分かってたら迂闊な行動はしないっしょ」
「サラハのおっさん敵に回しかねないのになぁ」
私やミレノアと同じドミニク様の側近のアシュレイ、マーカス、ロドリスが下を覗き、顔を引っ込めた後好き勝手に話すのを聞き流す。
騎士科に通えているのも私の婚約者だからと言うのを忘れてしまったのだろうか。
まあいいか、と考えるのをやめて本日のメインであるチキンの香草焼きをしっかりと堪能した。
いずれ領主となるドミニク様は領主経営科に在籍しており、その側近達も同じクラスに配属されている。
他の侯爵令息達も同じで、つまり、アナスタシア様も同じ教室にいるので私のテンションはかなり高い。
常に冷静沈着で有能なアナスタシア様は私の憧れだ。
分厚い手帳を広げてもう一人の側近であるユリアン様と打ち合わせをしている姿や、左右に分かれてテオドール様と歩く姿はかっこいいとしか言えない。
少なくとも、男四人が馬鹿笑いしているのを呆れた目で見るだけの南部とは大違いだ。
「ミレノア様、よろしいでしょうか」
「はい、アナスタシア様。どうなさいましたか?」
「テオドール様よりサラ侯爵領内のご令嬢方の中からお茶会を望まれる方を招待したいとお話がございます。ご希望の方がいらしたら私にお声かけをお願いいたします」
「畏まりました。近日中にリストにしてお渡し致します」
女子は女子同士でやり取りをするのが通例で、婚約者の座を狙う令嬢達を管理するのは側近のお仕事。私とミレノアならミレノアの方が適性があるのでこうした時は対応する。
それにしても、アナスタシア様とお話できるミレノアが羨ましい、と思うけど、スケジュール管理など私には出来ないのでそこはもう諦めている。
悲しいかな、私は脳筋と言われているけれど、身体的にも筋肉女なのだ。
母の実家であるサラハ伯爵家はサラ侯爵領内随一の騎士団を有している。いや、最早騎士育成の領地である。
平民でも努力すれば騎士になれる、をモットーに平民向けの養成所を作っているし、侯爵領内のあらゆる領地に騎士隊を派遣している。
通常、伯爵領の内側には子爵家や男爵家を抱えるものだけど、サラハ伯爵家は違う。伯爵領のみで内包はしていない。なので領地の規模も実際は男爵家二つ分しかない。
その代わりに防衛を担う騎士育成をしている。
鍛錬の一環で畑を耕したり家畜を飼うこともしているので税収的にはまあ、困らないのだろう。
収入の大半は騎士の派遣料で、育成などを一手に引き受けるから派遣料を請求しても渋られない。かなり質が高く強いしね。
私はそんな伯父から守りの技術をとことん仕込まれている。ドミニク様を護衛するためだ。
女というのは油断を誘う。私は体型を変えないように努力しながら防御鍛錬を積んできたのだ。
頭が良ければミレノアと同じような仕事ができたんだろうけどなぁ。
……うん、無理。
で、私の伯父がサラハ伯爵ということは、つまりバルト以外にも関わりがある騎士科の子女がいるわけだ。
内密にと呼び出した彼らに話を聞けば、そりゃあもうザクザクと話が出てきた。
女の名前は、リコエッタ・ドゥルードル。王都住まいの男爵家の娘。分かってはいたけれど、やはり王都の女だったか。
騎士科内で彼女は「男っぽいとよく言われる」「サバサバしている」「男友達と思って欲しい」なんて言いながらバルトに近付いたそうだ。
バルトはサラハ伯爵に目を掛けられている。それは確かにそう。
だから騎士に近いと言えばそうなんだけど、目を掛けられているのは私の婚約者だからだと分かってるのかな。
「自サバ女か~」
「じさば、ですか?」
報告を共に聞いていたドミニク様が、うへぇ、と言った顔をしたけれど耳慣れない言葉に私が首を傾げるとニンマリ笑った。
「自称サバサバ女。要はノンデリ女ってこと。サバサバしてるから本当のことをすぐ言っちゃうの~。ってほざくことが多いんだよ。ただの考え無しの失言女ってことな」
「ドミニク様って天使のような見た目で本当に言葉遣い悪いですよね」
「俺の話聞いてた?」
「はい。ただ、お口が悪すぎます」
南部特有の褐色肌に麦の稲穂のような柔らかな金色のふわふわとした髪の毛。キラキラとかがやくオレンジの目は感情豊かだ。
黙っていれば天使にも見える可愛い顔立ちなのに、大らかな南部だからなのか、口は悪いし態度も悪いし、一人称は「俺」でバカ笑いをする。
まあ、それでも私達の愛すべき主君で嫌いになることは無い。
「サラノルの息子にシアは勿体無いな。シア、どれだけ男友達だと思って欲しいと言っても女であることを辞めない女をどう思う」
「最初からずっと女ですね。男と同じように扱って欲しい。なるほど。男同士は腕を組んだり触れたりしませんよね?」
「肩を叩くとかはあるけど、意味深に触れねぇよ」
うげぇ、と舌を出して嫌そうな顔をしたマーカス。ロドリスはわざとらしくアシュレイにしなだれ掛かり殴られた。
「ハニートラップに負けるやつはいらないな」
同じ歳の令息に紛れて馬鹿笑いをするドミニク様だけど、やはり次代の頂点に立つ為に育てられた方なのだと分かる瞬間がある。
それが今。
それまで年相応にしていた男三人の表情が変わる。
天使のような顔をした悪魔。それが私達の主君。
暴力を振るう訳でもないし人を傷つける訳でもない。ただ、彼は侯爵領においては絶対的な立場を持つ方。
人が従うのは当たり前。彼が頭を下げるのは当主である父親と国王のみ。たとえ王太子殿下であろうと、王でなければ主君ではない。
私達南部の人間は大らかな気質を持っている。
バルトも同じ南部の人間だけど、土地が離れているからかやはり違いがある。
領都に近い人間は大らかだけではない。それだけで生きていけるわけない。
残念だよ、バルト。貴方は今この瞬間、未来が閉ざされた。私の婚約者でなければ問題なかったのにね。
「バルト、今いいかしら?」
お昼の時間の学生食堂は混みあっているけれど、広いので席に困ることは無い。
今日もバルトはリコエッタと共に並んで座っている。そこに私は突撃をした。
「シア? 珍しいな。ドミニク様はどうされたんだ?」
「いつも通りお席にいるわ。貴方に話があるから一時的に抜けさせてもらったのよ」
「そうなのか。で、話って?」
「ええ。その前に、そちらの方は?」
私が向かいに来た途端睨み付けてきた女の名前も実家のことも調べあげているけれど敢えて聞いた。
どんな紹介をしてくれるのかな。
「同じ騎士科のやつで、リコエッタって言うんだ。リコ、彼女は俺の婚約者のエリシアだよ」
「初めまして、エリシア様。リコエッタ・ドゥルードルです。バルトとはいつも仲良くさせてもらってます」
おっと、いつも、を強調したね。学園で傍にいるのは私ってアピールかな。しかも呼び捨てかぁ。バルトもリコって呼んでるのよね。わかってないんだろうな、この男。
脳筋と言われる私よりも馬鹿じゃないのかな。
「初めまして。バルトから貴女のお話を聞いたことがありませんでしたので、ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
「あー、気にしないでください。私、こういう性格だから高位の貴族のお嬢様とはあんまり合わないんですよね。サバサバしてるっていうか、思ったことをそのまま言っちゃうから女の子には嫌われるみたいで」
「まあ、そうなのですね」
「リコは男連中といる方が楽なんだってさ。俺も最初は女だから気を遣ってたんだけど、そんなことしなくていいって怒られたくらいなんだ」
「怒ってないって。バルトが勝手に気を遣ってたから、男友達と同じように扱ってよって言っただけじゃん」
「それで殴られたんだよなー、俺」
「あれはバルトが馬鹿なこと言うからでしょ? もう、そういうこと言わないでよ」
「いてっ、ほら、すぐ叩く」
「もう! バルトが悪いんだからね!」
男友達ねぇ。二の腕を叩いた後に摩るのは男友達同士でするのかな。
アシュレイがロドリスを叩いても摩ることなんてしないけどね。
「仲がよろしいのですね」
「まあな。同じ騎士科だし、訓練でも組むことが多いからな。リコとは気が合うんだよ」
「そうそう。バルトって変に気を遣わなくていいから楽なんですよ。私のこと女として扱わないし」
女扱いをしていない、ねぇ。それは無理じゃないのかな。
親しい人の中では私は女らしくないと言われるけれど、大雑把なマーカスですら無自覚に私を女として対応するよ。
リコエッタは女らしい体つきを隠そうともしていない。それで女として扱わないとか無理じゃない?
「それで確認したいのですが、いつもお二人で昼食を取っているのですか?」
「いつもってほどじゃないけど、席が空いてたら一緒に食べるよな?」
「うん。訓練の後なんか一緒に来ること多いよね。あ、もしかしてエリシア様、気にしてます?」
「気にしているからお聞きしていますわ」
というか、名前呼び許してないのだけどね?
男爵家のリコエッタと伯爵家の私なら私の方が身分として上。許しがなければ名前で呼ぶなど貴族マナーとして有り得ないのだ。
「えー、でも私とバルトって本当にそういうんじゃないですよ? 私、男友達みたいなものだし。バルトだってそう思ってるよね?」
「おう。リコを女として意識したことなんてないぞ」
「だそうですよー」
「はい?」
にっこりと笑ったリコエッタ。
喧嘩売ってるのかな?
優越感を滲ませる彼女は私に対して何をしているのか分かっているのだろうか。
周りでちらちらと様子を見ていた人達は次第に状況が分かってきたのか、少しずつ遠巻きにし始める。
危機管理が出来ていて良い。その本能を大事にしてね。
「だから気にしなくて大丈夫ですよ。私、そういう女同士の嫉妬とか苦手なんですよねぇ。友達の彼女とか婚約者とかに勘違いされること多くて。普通に仲良くしてるだけなのに、なんでそんなに怒るんだろうって」
「リコは距離が近いからなぁ」
「それもよく言われる。でも男友達なら普通じゃない?」
「そうだな。俺も気にしたことないし」
お前は気にしろよ。
汚い言葉が口から出そうになり必死に喉奥へ押し込む。
ドミニク様の護衛のお役目はあまり公にはしたくない。なので私は普段貴族令嬢らしい話し方をしている。
これは母の厳しい……とても、とても、厳しい教育の成果だ。
頭が痛くなってきたからさっさと済ませてしまおう。
「腕を組むことも?」
「しますね。バルトって歩くの速いから、置いてかれないように掴まったり」
「肩に頭を乗せることも?」
「疲れてる時とかは? それくらい友達なら普通じゃないですか?」
「抱きつくことも?」
「抱きつくって大袈裟だな。リコはじゃれてくるだけだぞ」
「そうそう。バルトって身体大きいから、ちょっとぶつかったくらいじゃ何ともないし。男同士みたいなノリですよ」
バルトは本当に分かっていないのだろうか。
だからドミニク様に切り捨てられたわけだけど。
「そうですか。ところでドゥルードル様」
「なんですか? あ、リコエッタでいいですよ?」
「貴女は女性ですよね?」
名前呼びしてくれとか言われても今日この時しか話さないので無視をする。今後彼女を視界に入れることは無いだろうし。
「……え?」
「どれだけ男っぽいと言われようと、サバサバしていようと、男友達のように扱ってほしいと仰ろうと、女性ですよね?」
「でも、私は本当にバルトを男として見てませんよ?」
「それは聞いていません。女性ですよね、と確認しています」
「……女ですけど」
「ですよね。ではバルト。貴方は婚約者のいる身で、未婚の女性と頻繁に二人で食事をし、腕を組み、身体を寄せ、肩に頭を預けられ、抱きつかれても何も問題ないと考えているのね?」
言質は取ったのでバルトに視線を向けて問い質すと、バルトは困ったような表情を浮かべていた。
本当にこの男は馬鹿なの?
「いや、だからリコは男友達みたいなもので」
「でも、女性ですよね? 男の方ではありませんよ?」
「そうだけど、リコはそういう女じゃないって。シアだって話せば分かるよ。こいつ本当にサバサバしてるし、女同士で固まるようなタイプじゃないから」
「そうですよ。エリシア様が心配するようなことなんて何もないです。というか、婚約者だからって男友達との付き合いにまで口を出すのって、ちょっと束縛が強すぎません?」
「リコ」
「だってそうじゃない? 私だったら嫌だな。婚約しただけで友達と仲良くするなとか言われるの。バルトだって窮屈でしょ?」
「まあ……リコと付き合うなって言われたら困るかな。騎士科で一番気が合うし」
「ほらね?」
あーあ。終わりは決まっていたけれど、最悪な終わり方を選んだのはバルトの方だからね。
ここで私の方に合わせられない時点で終わりだってなんで気づかないかな?
貴族の婚約の持つ意味をわかっていない時点で二人共に貴族には向いていないわ。私にだってよく分かる。
「分かりましたわ」
「シア?」
「お二人のことは既に報告しています。後は大人に任せますが、婚約は解消されますのでご理解下さいね」
結論は変わりない。ドミニク様が要らないと言った時点で家にも伯父にも連絡が送られた。もう手遅れなのだ。
「……は?」
「え?」
「ちょ、ちょっと待てよシア。なんでいきなり婚約解消になるんだよ」
「いきなりではありません。私はお二人の様子を何度も確認しましたし、騎士科の方々からもお話を伺いました。その上で今、貴方自身に確認しました」
「だから何もないって言ってるだろ!」
必死な顔をしているバルトだけど全ては自分の行動がもたらしたものだよ。
今更になって自分の立場を思い出したのかもしれないけれど遅い。遅すぎる。
「何もないなら、婚約者のいる男性が他の女性と恋人に見える距離で接していても構わないということにはなりません」
「でも俺はリコを女として見てないんだって!」
「貴方がどう見ているかなど関係ありません。ドゥルードル様は女性です。その事実に変わりはありませんよね?」
「エリシア様って、意外と嫉妬深いんですね。私、本当にバルトなんか恋愛対象じゃないですよ? そんなに心配しなくても取ったりしませんから」
「取られる心配はしていません。嫉妬でもありません」
「じゃあ何でですか? 私に負けたとか思ったんじゃ」
嫉妬も何も、恋愛感情を持っていないから嫉妬なんてしない。
私に勝ちたいとでも思ったのか、負けるとかそんな言葉を出したリコエッタの言葉をぶった切る。妄言は結構。
「私が要らなくなっただけです。あなたに負けたとかそんな訳ないでしょう? 領地も持たない男爵家の娘と領地持ちで次期当主の腹心で側近の伯爵家の娘。あなたごときが私と同じ舞台にいるとでも思っていたのですか?」
周囲から「うわぁ」という声が聞こえるけれど、引いたと言うよりも、「え、同じ舞台にいると思ってたの?」というリコエッタへの反応と思われる。
侯爵嫡男の側近というのはかなり意味を持つ。当主になった時も側近のままでいることが多いからだ。
だからこそ私だってそれなりに尊重されている。
「……え?」
「婚約者が不快に思うかもしれないと考えることもなく、周囲からどう見えるのかを判断することも出来ず、指摘されてもなお自分は悪くないと言い張る方を夫にしたくありません」
「そんな大袈裟な……」
「それにバルト。貴方、騎士になりたいのでしょう?」
「それが何だよ」
「女性一人に『男友達だと思って』と言われただけで、相手が女性であることすら意識から外して距離を詰められる方が、騎士として誘惑に耐えられるのでしょうか」
「リコは誘惑なんかしてない!」
「ですから、ドゥルードル様が何を考えているかは関係ありません。貴方の判断力について話しています」
それと、誘惑してたわよ。女の体を密着させてるんだから。馬鹿にも程がない?
「……」
「伯父のサラハ伯爵にも全て報告済みです」
「待てよシア、それは困る! 伯爵には俺の騎士科卒業後のことも相談してて――」
「ええ。私の婚約者でしたからね」
「……え?」
「貴方がサラハ伯爵に目を掛けていただいていたのは、私の婚約者だったからです。まさかご自分の実力だけで特別に目を掛けられていたと思っていたのですか?」
「いや……だって、伯爵は俺なら良い騎士になれるって……」
「だから育てようとしてくださったのでしょう。姪の夫になる方なのですから」
「そんな……」
そんなことも分からなかったバルトは絶句している。
リコエッタはどうやらフリーになったバルトを本格的に落とそうと思っていたのだろう。しかしその未来に暗雲が立ち込めていることを理解して顔色を変えた。
ねえ、貴方がしかけたのだから、責任を取りなさいよ。
喧嘩を売るならきちんと相手のことを知ってからにしないと痛い目に遭うんだよ。
「ドゥルードル様は騎士科でいずれは女性王族の護衛騎士を望んでいたみたいですけれど、その未来はないとお思い下さい」
「は、はぁ!? 何でよ!」
「私の伯父サラハ伯爵はサラ侯爵領の騎士団統括ですが、王国騎士団南部騎士団長でもあります。私とバルトの婚約を損ねる原因になった貴方への心象は最悪です」
「な、関係ないじゃない! 貴方が勝手に勘違いしただけで」
「ですが。それが原因ではありません。貴方はご自分でサバサバしており、思ったことをそのまま言うので女性から嫌われる、と仰いました。女性王族は女性です。その身の回りにいる方も女性です。女性に嫌われる方を配属できるわけないではありませんか」
「あ……」
「しかも思ったことをそのまま言う? 物事を深く考えられない浅慮な人間だとご自分で認めていらっしゃる。そんな方をどうして王族の傍に置けましょうか。貴方はご自分で己の未来を潰した、それだけですわ」
顔から血の気が引いたリコエッタを冷めた目で見つめる。バルトは頭を抱えて呆然としたままだ。
「許しもないのにドゥルードル様はずっと私を名前で呼び続けていた。不快でしたわ。貴族としての礼儀もなっていない方だとずっと周りに示してきたのですもの。貴方を騎士として雇う方がいるのかしら。少なくとも、サラ侯爵令息ドミニク様は貴方様をいらないと断じておりますから南部にはお越しにならない方がよろしいですよ」
これは見せしめだ。
南部の人間は大らかで大雑把で距離感を間違えやすい。バルト以外にもそんな人はそこそこにいる。それを許せば最終的にドミニク様の名誉に傷が付きかねない。
だから側近である私が己の婚約者を排除することで知らしめたのだ。
調子に乗るな、と。ドミニク様は愚か者を不要とされているのだと。
「では、私はこれで失礼します。ドミニク様のお傍を長く離れるわけにはいきませんので」
「待ってくれ、シア!」
「それから、私をシアと呼んでよいのは親しい方だけです。今後はエリシア・ハ・サラエとお呼びください」
「エリシア!」
「ごきげんよう、サラノル令息様。ドゥルードル様」
席を立った時、周囲は綺麗に空白が出来ていた。ちらっと確認した限り赤色のポケットチーフを胸につけた令息達数名の顔色が悪い。
後は自分達で対処して下さい。
階段を昇る私の背中に視線が突き刺さるけれど気にしない。中二階の席ではにこにこと笑うドミニク様といつも通りの友人達。
少し離れた席に座る侯爵家の皆様方の値踏みするような視線も無視をして私はいつもの席に座る。
「すっきりしましたわ」
「おつかれー。早く食べないと授業間に合わなくなるよ」
「サンドイッチで良かったよな?」
「はは、地獄だなぁ」
ミレノアが用意してくれていたサンドイッチを手に食べ始める私を横に、下を眺めて笑うマーカスとロドリスは性格が悪い。
お互いに肩をバンバン叩きあっているがそれだけ。男友達ってこんなものでしょ。
男女の友情はあると思う。だけどね、女の体と女の心のまま関係だけ男同士で、なんて無理がある。最初から男女としての友情だとか言った方が良かったのに。
「シア、これでフリーになったと公になったわけだ」
口に食べ物が入っている時は話してはならない。なのでドミニク様に声を掛けられた私は頷くしか出来ない。
「争奪戦が始まるな。はぁ……荒れるぞ」
アシュレイの言葉に私は首を傾げる。もう、と頬を膨らませたミレノアがわけの分かっていない私に説明をしてくれた。
「サラ侯爵嫡男ドミニク様の信頼する側近。王国騎士団南部騎士団長の溺愛する姪。サラエ伯爵家のご令嬢。そりゃあ妻にと望む男は多いよ。サラハ伯爵に気にいられたら騎士への道が近いわけだし」
「ん……いくら伯父様でも才能皆無なら手を差し出さないわよ?」
「申し込む時点で腕がある自信のあるやつよ。それ以外だと嫡男とかね。騎士隊の強化を望むところとか」
「政略結婚は構わないけれど、下心しかないのはもう結構よ」
「えー。あ、恋愛したくなった?」
「そういう訳では無いけれど……まあでも、少しくらいはあってもいいかなとは思ったわ。だって嫉妬していないからどうにかしようなんて思わなかったのよ。流石にそれもどうかと思ったわ」
「へぇ~」
にまにまと一斉に笑うのなんなの。ドミニク様は真顔で私を見ているし。え、怖い。天使の真顔って怖いのね。
と、まあ恋愛感情を知らなかった私は、一ヶ月後にドミニク様の婚約者に収まっていた。そして、恋愛感情というものを教え込まれた私は初めて嫉妬とかを知った。
褐色肌+金髪+橙目の天使のような美少年が腹黒で馬鹿笑いとかして年相応なの最高だと思う。南部は肌の色が濃いめ。
最初はラテン系のノリにしようと思ったけど、書き手がラテン系のノリになれないから断念。
東部は真面目なのに対し、南部は明るく大らか。ただし人による。
前回のテーマがテンプレの「真実の愛+勘違い婚約破棄」
今回のテーマがテンプレの「自サバ女が男友達と近付く」
本当にサバサバしてる人は自分で言わない。
「あたし~天然だから~」とほざく養殖の『天然』と同じ。
※設定が難しいとのことで説明ページ作成しました。
https://ncode.syosetu.com/n2729mp/1/
こちらをご参照ください。




