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一緒ニ行こうヨォオオ……

作者: 雛束たき
掲載日:2026/03/25

 私の以前いたバイト先は、事故物件だった。

 大島てるさんのサイトにも載っている、巷では有名な場所だったらしい。今は閉業して更地になっているので炎マークも消えているが、私が知る中で店舗内で三人の方が亡くなっている。

 詳細はご遺族のためにも省こうと思う。


 営業していた当時は、些細な家なりや知らない誰かが店内を徘徊していたりとよく分からない現象が日常茶飯事的に起こっていた。

 バイトしたての頃は、従業員しか入れない筈の部屋に知らない四十代くらいの女性がいるのが気になり、上司に聞いたりしていたが、皆に口を揃えて「良くある事だから気にしなくていいよ」と言われていた。

 そこで過去に自死した女性がいたというのを知ったのは数年後である。


 私はたまに不可思議なモノが見える……が、自分の視えているモノを全く信用していないのもあり、深く考えずに錯覚なのだと思い込んでいた。

 疲れた脳は幻覚を見せる。よくある事だ。


 目の前を二十代の女の人、中年の女性、ある時は老婆、ある時は中年男性、おじいちゃんが歩いていく。

 たまに話しかけられ、顔を上げると誰も居ないというのも多々起こる。害があるわけじゃないので怖いという気持ちもなかった。


 その認識が覆される日が来るとは思ってもなかったが。

 この日は朝のバイトが休みで、夕方からの事故物件でのバイトのみだった。

 久しぶりにアラームで起きない日だった為に少し寝すぎた感がある。体が固まっていて背中が痛かった。


 布団の上に座ったまま背伸びし、テレビのリモコンに手を伸ばす。ボーッとする頭でテレビを見ていた。


 ——あれ? 耳……。


 不意に両耳がおかしい事に気がつく。耳の中に大量の水が入っているような感じだった。


 それぞれの耳を交互に下に向けて反対側の頭を叩く。

 耳に水が入った記憶なんてないから出てくる筈はないのだが、この時の私は昨夜風呂の時に耳に水が入ったのかもしれないとしか考えていなかった。


 何とか水を出そうと何度も何度もトントンと叩く。水……というよりも藻が耳の奥に詰まっているような妙な不快感があった。


 中耳炎にでもなったのかと考えてみたものの、熱っぽくも何ともないので、その考えを自分で否定した。


 だが、不快感は拭えない。叩きすぎたのかだんだん頭痛がしてきた。叩くのをやめ、のんびり過ごしたあとは数時間後にバイトへと向かった。


「どした? 耳、痛いの?」


 バイト仲間からの質問に首を縦に降る。


「んー、痛いというより不快感? 藻が詰まってるみたい」

「何だそれ。川で水浴びでもしたの?」


 笑いながら言われた。

 ガボガボと水中に沈んでいく体を、水中で何かに絡みとられているようなイメージが浮かんでは囚われる。


「イメージはそんな感じだね」


 友人と話しながら職務に就いた。

 そのあと休憩に入り、飲み物を買おうと外に出ると事務の女の子が口元を押さえて駐車場の横に蹲っているのに気がついた。


「気分悪いの?」


 声をかけると顔面を蒼白にしたまま頷く。それと同時にやたら外野がうるさいのも気になった。

 警官らしき人もいたから、何か起こっているのは理解できた。


 その時働いていたバイト先がバイト先だったのもあり、暴れたお客さんを取り押さえる為に警察官が来るのは結構見慣れた光景だったりする。

 今回もそうだろうと思い、さして気にはしていなかった。


「見ちゃった……」


 彼女がボソリと呟く。

 思い出したらまた気持ち悪くなったのか、彼女は自分の口元を押さえて言葉を詰まらせた。


「見たって何を? 本当に大丈夫なの?」


 ——いったい何が起こったのだろう。


 今にも嘔吐しそうな感じで、尋常じゃない。


「流れ着いた女の人の水死体が店の横にある川の木に引っかかってたらしいよ。その子第一発見者だってさ」


 ちょうど私たちの横を通りかかった常連のお客さんがそう言った。

 野次馬根性で見たと話したお客さんが詳細を教えてくれたけど、グロくて聞いている私も気分が悪くなるレベルだった。


「うわ、マジですか……」

「う……。あたし……このまま帰ります」

「お大事にね」


 書類を持っていたから残業する気だったのかもしれない。彼女はフラフラしながら定時で帰って行った。


 お客さんの話を要約すると、海で入水自殺した死体がここまで流されて来たという事だった。この場所に至るまでに、他にも枝の伸びた木は数えきれない程あるのにここまで流されたのは奇跡としか言いようがない。

 特に事件性のないものはニュースにも載らないようだ。調べても新聞にも載っておらず、ニュースにもなってなかった。


「ごめんなさい、私時間ないんでまた後で店の中で会いましょね!」

「おー! またな」


 外でお客さんと話していると休憩時間がなくなってきて、私は急いで持ち場についた。


 チャプン……。


 背後から川べりに水が当たったような水音がした気がして振り返る。でもそこには何もなくて、私は仕事の続きに取り組んだ。


 チャプン……。


 また水の音がする。

 視界の端で黒いモヤのようなものが漂っていた。同時に裸足の女性の足だけが通り過ぎる。

 腰から下しか形になっていない。上半身は膨張したように膨らみ白い雲のかたまりみたいになっていた。


 さっきの女の人の遺体が上がった話が脳裏をかすめる。

 心臓が早鐘を打ち、ザワザワとした鳥肌めいた怖気が背中を駆け抜けた。


 これって気のせいじゃないかもしれない。

 そう感じてしまったものの、確証もなければ確信も持てずに、無理やり脳内の片隅に追いやった。

 とりあえず念のためにと小分けして持っていた粗塩を、誰にも気が付かれないようにそこら辺に数回にわけてかけておいた。


 仕事が終わる時間に近づくと、私から離れた女の人が店内をウロウロと彷徨いはじめていた。


 耳の閉塞感が酷くて耳鳴りまでしてくる。やっぱりこれ遺体で発見された女の人の影響なのだろうか。いわゆる霊障と言うものかもしれない。

 店内でウロウロとし始めた女の人に纏わりつかれながら、時間だけが過ぎていく。


 チャプン……。


 近くに来るたびに水音がして、後ろから両手を首に回されているような妙な危機感と悪寒が走った。


 一日経ち、二日経ち——。

 いつの間にか店内をウロついていた足は見えなくなっていて、元の生活に戻れたのだと気を緩めてしまっていた。浮遊霊くらいなら気にならない。


 その日は仕事中に使用している機械の調子が相次いで悪くなると言う事が相次いで起き、忙しく動いていた。

 お客さんに呼ばれてそこへ行ってみると、また「この機械、調子が悪いみたいだから見てくれる?」と言われる。これで五台目だ。

 普段から考えてあり得ない確率だった。上司と社員数名がそれぞれ一台ずつ直している最中で、正直人手が足りていない。


「そっちのやつ直せる人が今いないからお前見れるか?」

「はい。やってみます」


 口頭で説明を受け、作業を引き受ける。

 機械の扉を開けて右手を奥に伸ばして悪い箇所を直していく。

 その機械を使っていた外人のお客さんが私が作業しているところを見つめていた。その時だった。不意に体が硬直して動かなくなったのだ。

 腕が重い。違う……動かしにくい。タイミング悪く袖口がどこかに引っかかってるような印象を受けた。


 動かそうにも突っ張るような違和感があってピクリともしなかった。

 壁の中にはめ込む形で設置している機械だったので、その扉を開けて作業していた私は引っかかっている腕をどうにかしようと思いきり引いた。


 が、意思に反して腕は動かなかった。それどころか台の中へとグイグイ引っ張られている。いや、おかしい。引っかかっているんじゃない。誰かに引きずり込まれそうになっているのだと初めて理解した。こんな事は初めてでどうしていいのか分からずに軽くパニックに陥る。


 ——なにこれ。


 お客さんに助けを求めようとした時に妙な声が聞こえてきた。


『うぅうう、うう……』


 店内に流れているBGMに混ざって女の人のうめき声が聞こえてくる。その間にも私の腕は壁の中にどんどん引き込まれていった。


『ぅうう……うう、あああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』


 声が大きくなってくる。


 ——何これ何これ……っ。


 内部なんて配線コードだけで人の入るスペースなんてない。

 なのに腕を機械の内部から誰かが引っ張っていて離して貰えない。それどころか声さえも出なくてどうしていいのか分からなかった。

 助けを求めようと、作業を見ていた外人のお客さんを瞬きもせずに見つめた。


「どうしたの、お姉さん?」


 異変は察知してくれたみたいだけど私の口が動いてくれない。自分の体なのに自由がきかなかった。

 喉の奥に言葉が詰まって、声は音にならない。今思えば金縛り状態だったのだと思う。どんなに口を開こうとしても開かなければ、もちろん声一つ出せないのだ。


 その間もうめき声と共に私の腕はグイグイと引っ張られている。

 動かない腕に視線だけを向けると、私の右腕に女の人の両腕が絡みついているのが分かって息を呑んだ。


 ——もうムリ。


 体が大きく右側にバランスを崩す。その瞬間、パチンとゴムが弾ける音がした。お守りだと言われて知り合いに貰ったクリスタルのブレスレットがばらばらになって散らばっていく。

 直後、物凄い力で引かれていた腕も途端に軽くなって全身から力が抜けた。


 ——良かった。腕……動く。


 その隙に腕を戻し、私は急いで扉をしめた。

 深夜ならまだしも、まさかこんなに人がたくさんいる時に霊的な現象に巻き込まれるとは思ってもいなかったから恐怖よりも驚きの方が勝った。

 心臓が痛いくらいに鼓動を刻んでいて、ハッハッと短い呼吸を何度も口で繰り返した。


「お姉さん、大丈夫? これ、落ちたよ」


 ばらばらになったクリスタルを拾い集めてくれたらしい。片言の日本語で外人のお客さんが話しかけてきた。


 礼を言ってクリスタルを受け取り、全て制服のスカートのポケットにしまった。私の身代わりになってくれたのかもしれない。これをくれた人に感謝した。


 その後、あんなに調子の悪かった機械たちは全台勝手に本調子に戻り、おかしな事も起こらなくなった。


 だけど私は仕事が終わるまで気を宥められる事もなく、心臓がドキドキしたままだった。


 それからもおかしな事件が多々あったが、もはや日常化していて気にしても仕方ない状態に戻っていた。

 辞めたいと思いつつも仕事仲間は皆仲が良かったし、何より給料も良かったので次を探しつつもダラダラと居続けた。


 慣れたからなのか、何か視ても「ああ、またか」くらいで済んだ。

 それに大抵は浮遊霊の類だったので、目に見えた被害がなかったのが大きい。


 そんな時にまた事態は大きく状況が変わったのである。


 その日はいつも以上に何だか寝苦しくて、ベッドの上で携帯を片手にずっとゴロゴロしていた。

 息苦しいと言えばいいのだろうか。まるで喉を圧迫されているような違和感がある。


 帯のような長くて太いものが首に絡みついている。そんなイメージが脳裏をよぎった。


 緩やかに……だけど確実に、ギリギリと首を絞められていく。そう錯覚しそうになるくらいの息苦しさだった。

 幾度となく寝返りを打って、テーブルの上に置いてある時計に、ふと視線を向けた。


 ——三時、か。


 後二時間半もしないうちに掛け持ちをしているバイトに行く為に起きる時間だなと思うと、途端に時間が惜しくなってくる。少しだけでも寝ようと思い直し、目を瞑った。


 ズル……ズル……。


 頭の中のイメージで浮かび上がる自室の床を、黒い何かがゆっくりと這っている。


 ズル……ズル……。


 とうとうベッドの真横までやってきてしまった。


 ズル……ズル。


 ああ、マズい。そう思った時には遅かった。慣れていて平和ボケしていたのかもしれない。


 ベッドの上に乗り上がってきたものが、首と両手首、両足首に巻きついて動けなくなっていた。


 ギリギリと全身を絞められる。

 圧迫されて苦しい筈なのに、込み上げてくるのは吐き気だった。


 これはダメだ……と思った時にそこで目が覚めた。

 目に見える異常は体にはない。

 ホッと息をついてみるも、妙な不快感は抜けていなかった。

 しかも寝てから一時間もたっていない。再度寝る気はおきなくて、朝のバイトに行く準備を始めた。


「あー、もう眠い。無理、立ったまま寝れる」


 ここ最近の事を愚痴りながら、バイト仲間の友人と一緒に職場に向かっていた。

 夕方になっても未だに体には不快感が残っていて、気持ちが滅入っている。


「はははっ、そりゃ眠いわな」


 この友人も視える仲間だったりする。軽快な笑い声をあげながら、歩いていた。

 店の裏口から入り、それから従業員の休憩所に足を踏み入れる。視界に飛び込んできたモノが信じきれなくて凝視した。


 ——は? 何……アレ。


 こんなにハッキリと視覚化出来たのは久しぶりだったのもあり、息を飲んだ。

 女の上半身が突き出ていた。

 禍々しい黒い影をまとわりつかせた女の上半身が、椅子に腰掛けている男性バイト仲間に巻きついている。

 バイト仲間と壁との狭い隙間に挟まれているのもあって、壁から突き出ているようにも見えた。

 しかし、しっかりとバイト仲間の首に両腕と髪の毛を巻きつけていて、絶対に離れないと言わんばかりに絡み付いている。

 灰色がかった肌の色からは生気が感じられない。目は落ち窪み、黒い空洞があるだけだ。一目でこの世のものではないとわかるくらいだった。


『……に……行……こう…………よぉ……おお』


『一緒……に…………行こう……よぉお、おおお』


 間延びした甲高い声が、室内にこだましている。


「あー、これまたヤッバイのいるなー」


 頭のてっぺんから背筋にかけて一気に肌が栗だった。友人も同じだったのか両腕を手で擦り合わせている。

 バイト仲間は今にも死にそうな程に青黒い顔色をしていた。


 今まで見てきた中で二番目にヤバいものだと思った。鳥肌を通り越して、全身をビリビリと電気が駆け抜けていく。

 寒気がするなんて可愛らしいものではなく、関わってはいけないと全身が拒否反応を起こしていた。

 どうしようか。かなり醜悪な気を感じるから私がどうにか出来るレベルじゃない。


 少し前に見た下半身だけの水を滴らせて歩いていた霊がそのバイト生の腰に足を巻き付けている。

 その人の上半身を覆うように、首に両腕と長い黒髪を巻き付けてずっと「一緒に行こうよ」と言っていた。醜怪としか言えない。

 昨夜の夢は彼女がもたらしたものだとハッキリと感じ取れた。この異様なまでのプレッシャーが同じだ。


 ——まずい、気持ち悪い。


 夢の中と同じように吐き気が込み上げてきた。全身を何かに絡め取られている錯覚を覚える。


「一応聞くけど……何か……あった?」


 恐る恐る声をかけると、驚いた表現で顔をあげる。


「え、何でわかるの? 昨日オレ初めて心霊体験しちゃってさ……」


 現在進行形でヤバいのが二体もへばりついてるとは本人には言えなかった。その人が話してる間も、声がしている。


『一緒に……行こうよぉおお』

『あぁ……あああ゛あ゛あ゛あ゛』


 悪いモノが居る時の、独特なプレッシャー。そこだけ感じる重力が違うと言えばいいのだろうか。

 体が重く、空気が体にのしかかる。息をするのさえも億劫なくらいだった。

 どう言い表していいのか分からないくらい、言葉で表現するのが難しい。


『……行こう……よぉおお』


 その人に巻きついていた灰色の女の手がこっちに向けて伸びてくる。

 こっちに寄って来ようとしているのが分かったので、女に『来るな』『どこか行け』と心の中で念じた。


「昨日の夜中息苦しくて起きたら首に何か絡まっててさ。でも金縛りで動けないし。一緒に行こうって声はするし、散々だったよ。金縛り解けたって思って、首に絡まってるの引き剥がしてみたら、それ全部髪の毛だったし! あー!! 鳥肌やべえんだって!」


 昨夜私が体験したのと全く同じだ。

 短く息を吐く。それよりも、あの禍々しい気を直にあてられたほうは無事じゃ済まない気がしていた。


「気休めだけどこれあげる」


 簡易的なお守りとして持っていたクリスタルの内の一つと塩を別容器に入れていたものを手渡す。


 渡して数時間後。手渡した容器を見せて貰ったら、中に入れていたクリスタルは濁り、塩は既に湿って固まりかけていた。

 やはり気休めにしかならなかったようだ。これではもう効力が消えている。


 それから、その人は周りの誰にも告げずに突然失踪してしまった。

 私もそこのバイトを辞めて、関係を断ち切ることが出来た。


 彼は無事でいるだろうか。あれ以来彼と連絡を取れた者はいない。私には祈る事しか出来なかった。ただ、それから度々電話でこの話をすると通話口から聞こえてくるのだ。


『一緒に……行こうよぉおお』


 間延びした女の声が……。




(おわり)

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― 新着の感想 ―
「実話がベース」という前置きが期待と不安を一層高める導入で印象的でした。 主人公が耳の中に大量の水が入り込んだような感覚を覚えた直後、店の横を流れる川の木に水死体が引っかかっていると判明する場面は、瞬…
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