第3話 魔王はアイドルになる
ヴェルネスはそのまま、紙袋を抱えてリビングへ入って行った。
俺も後を追ってリビングへ入り、ソファに座る。
「このソファというやつ、ふかふかで心地よいのぅ」
ヴェルネスは俺の正面のソファに腰を下ろしながら、そう言った。
――そのとき、ふと気づく。
足音が、していなかった。
フローリングをスリッパで歩いていたはずなのに、音はゼロ。
まるで、空気の中をすり抜けて歩いてきたような、そんな静けさだった。
(やっぱ……人間じゃないんだよな)
まるで姉ちゃんの姿をした幽霊みたいだ。
そう思うと、なんだか胸がザワつく。
「なんじゃ? また顔がこわばっておるぞ?」
ヴェルネスは軽く髪をかきあげながら、俺を見つめてきた。
くっきりと浮かぶ谷間をあえて見ないようにしながら、俺は口を開く。
「なあ……姉ちゃんは、本当に“そっちの世界”を楽しんでるのか?」
ヴェルネスは一瞬、目を伏せたあと――ゆっくりと頷いた。
「――そうじゃよ」
その言葉には、迷いがなかった。
姉ちゃんの顔で、しっかりとこちらを見据える。
その目の奥に、たしかに“いの姉ちゃん”の気配があった気がして――俺は黙って続きを待った。
「我の世界には、性別という概念がない。
男も女もなく、生殖も分裂によって行われ、個体の形も自由に選べる。
だから――外見に価値はあっても、それに“上下”は存在しない」
「上下……?」
「この世界のように、美しさが妬まれたり、所有されたりすることはないということじゃ。
お主の姉は――その“美しさ”のせいで、何度も苦しめられていたな」
俺は、ぎゅっと拳を握った。
あの日々を思い出す。
“美人”というだけで敵視され、男にしつこく言い寄られ、
誰かの彼氏に勝手に告白されて、逆に責められて――
「……あの子は、“見られる”ことが怖かったのじゃ」
ヴェルネスの言葉が、静かに胸に刺さる。
「だが、あちらでは違う。
姉は、我の魔王の器を得て、堂々と人々の前に立った。
その姿を見て、誰もが跪き、敬い、助けを求める。
……姉はそれを“嬉しい”と感じている」
「……ほんとに?」
「ふふ、ほんとじゃ」
その言葉の直後、スマホが震えた。
リビングに電子音が響く。
(ん? 通知?)
画面を開くと、動画アプリからの通知だった。
トレンド動画:【歌って踊る黒髪美少女】が“バズ”ってます!
俺は眉をひそめながら再生ボタンを押す。
映ったのは、暗い背景に照明が当たるステージのような空間。
そこに――姉ちゃん(の身体)がいた。
ギャル化したいの姉が、完璧なメイクと美しい衣装で、軽快にダンスしながら歌っていた。
「え……なにこれ……!? 姉ちゃん、踊ってる!? 歌ってる!?」
俺がスマホの画面を突き出すと、ヴェルネスは涼しい顔で頷いた。
「ふむ。我の力で、動画というやつを撮影・加工し、即席の投稿をした。
“応援される者”こそ、この世界の覇者に近いと感じたのでな」
「応援……アイドル……?」
「見られることは、もはや恐怖ではない。
それが力となり、我が支配の礎となる。
――ならば、やる価値はあろう?」
俺はあきれながらも、その映像の再生数が数十万を超えていくのを見て、
ただただ言葉を失った。
魔王が、SNSバズり中。
姉ちゃんの身体で――ギャル化した姿で。
「……お前、マジで……この世界で、何しようとしてんだ?」
「決まっておろう。
我は、アイドルとしてこの世界を支配する。愛されし魔王としてな!」
リビングの照明がキラリと彼女の目に映る。
照人はただ、スマホを握りしめたまま呆然と呟く。
「終わった……色々と……俺の平和な日常が……」
でも――心のどこかで思った。
(この魔王、思ってたよりも……悪いやつじゃないのかも。)




