第2話 魔王、ギャルになる
あれから二度寝をして、目が覚めたのは、夕方近くだった。
西日がカーテン越しに差し込んで、部屋の中はやけに暖かい。
俺――**東雲 照人**は、上体を起こして、ゆっくりと辺りを見回す。
リビングは、静かだった。
ステーキの匂いもしない。
姉ちゃんの姿も――ない。
「……やっぱ夢か」
思わず小さく笑ってしまった。
そりゃそうだ。
半年も引きこもってた姉ちゃんが、いきなり魔王名乗ってステーキ焼いて、下着姿でTシャツ着て――
あんなの、現実なわけない。
俺は少し気が抜けたようにトースターに食パンを入れて、キッチンへ。
カチリ、という音とともに、焼き始める。
コーヒーを淹れ、パンが焼き上がるのを待ちながら、ぼんやりとリビングのソファに腰を下ろす。
母さんは、俺が小学生のころに亡くなった。
父さんは、国内最大手の総合商社で役員をしていて、今は海外赴任中。
だからこの家には――俺と、いの姉ちゃんのふたりしかいない。
「……フルーツ、なくなってたな。姉ちゃん、桃好きだったっけ……?あとで買いに行こうかな。」
そんなことを考えながら、焼けたトーストを取り出し、バターを塗る。
コーヒーと一緒に、静かな時間を過ごす。平和な日常――そのはずだった。
――ガチャ。
玄関の扉が開く音がした。
「……え?」
父さんは海外。
姉ちゃんは引きこもり。
この時間に帰ってくる人なんて――いないはず、なのに。
「……ど、泥棒?」
食パンをくわえたまま、俺は恐る恐る玄関に向かう。
そして――そこで、**見覚えのある“姉ちゃん(の身体)”**が、両手いっぱいの買い物袋を抱えて立っていた。
「……えっ!? 姉ちゃん!?!?」
けど、その姿はあまりにも別人だった。
胸や腰のラインがくっきり出る、黒のミニスカワンピース。
化粧までしっかり施され、ツヤのある黒髪は美容室帰りのように整えられていて――
まるで雑誌の中のモデルだった。
「ちょ、どうしたの!? それ、なに!? ってかまさか……夢じゃなかったの!?」
俺の声に、姉ちゃん――いや、中身ヴェルネスは、ふふんと得意げに笑った。
「我の器に相応しいように、少し整えてきたのじゃ。どうだ? かわいいであろう?」
どや顔で片足をクイッと前に出すその仕草も、完璧に“見られること”を意識してる。
かつての姉ちゃん――地味で控えめで、人の視線を避けていたあの姉ちゃんとは、正反対すぎる。
「え……いや、確かにかわいいけど……っていうか、どこ行ってたの!?」
両手に下げられた紙袋には、ブランド物っぽいロゴがびっしり。
服、化粧品、アクセサリー、バッグ……とにかく盛りだくさん。
「ほほっ。人間界の通貨、“円”は我が封印していた財宝の一部を変換して入手した。
以後の支配活動に向けて、まずは外見から整えるのが王の嗜みというものじゃろう?」
「いやいやいやいや……! ちょっと待って!? どこでどうやってお金得たの!?!?」
ヴェルネスは、胸を張って言い放つ。
「我の魔力を込めたアクセサリーを古物市場に流しただけじゃ。正規の取引であるぞ?」
「それ、完全に詐欺まがいの錬金術じゃねぇかあああああああ!!!」
俺は、再び頭を抱えた。
夢でも幻でもない。
魔王は、完全にこの世界に馴染む気でいる――!
とにかく、これは夢じゃない。
現実だ。
いま目の前にいるのは、
俺の姉ちゃんの身体を使った異世界の魔王ヴェルネスであり、
その外見は――完全にギャル化したモテ系モデルだった。
「そ、それ……どこで買ったの……?」
俺が指差したのは、ヴェルネスの着ている黒のミニスカワンピース。
肩がやや開いていて、ウエストはしっかり絞られ、
胸元は……がっつりV字カットで谷間がくっきり見えている。
Fカップのポテンシャルをフルに活かした仕様。
しかも素材は柔らかく、ぴったりと体にフィットしていて――
「な、なんでそんな服選んだんだよ!!」
「ふむ? 店員とやらに“きっと、お似合いです♡”と進められたからな。試着してみたら、なかなか良かったので買ったのじゃ」
そう言ってクルリとターンするヴェルネス。
黒髪ロングがふわっと舞い、香水の匂いが鼻をかすめた。
まるで姉ちゃんじゃない誰かが、姉ちゃんの顔で目の前にいるようだった。
いや、そうなのだ。これが夢でなければ。
「……お主、やたら顔が赤いのう? 体調でも悪いのか?」
「悪くなるわ!! 目のやり場に困るんだよこっちは!!」
姉ちゃんは――いや、いの姉ちゃんは、
あんな派手な服なんて着なかった。
いつも白とかベージュとか、地味めのカーディガンとか。
目立つのを避けて、前髪で目を隠して……。
「なんで、そんな……ギャルみたいな格好してるんだよ……!」
思わず口をついて出た言葉に、ヴェルネスはふっと笑った。
「気にいったからじゃ。お主も可愛いと言ったではないか」
全く悪びれない笑顔。
それが余計に――いの姉ちゃんとの違いを際立たせていた。
まるで、姉の亡霊を、姉の身体に見ているみたいだった。
「……やっぱ返せよ。姉ちゃんを」
俺の声は、少しだけ震えていた。
だけどヴェルネスは――その場に、軽く紙袋を置くと、ゆっくりと腰に手を当てた。
「焦るな、東雲照人。我が言ったであろう。
お主の姉は、我の世界で元気にしておると」
「……っ!」
「それに――あやつは、もう“弱者”ではない。
魔力を手にし、我の城を乗っ取り、“自分の居場所”を手に入れた。
だから……」
ヴェルネスは、小さく微笑んだ。
「心配するな。
あやつは、お主が想像する以上に、強いのじゃよ」




