第1話 俺の姉ちゃんが魔王になった朝
家には、“決して開けてはいけない扉”がある。
俺――**東雲照人**の家にも、その扉が存在する。
二階の廊下、一番奥の右側――姉、東雲いのの部屋だ。
美人で成績もよく、どこか神秘的だった姉は、半年前にいじめを受け、学校に行かなくなった。
同級生の彼氏(学年一のイケメンで人気者だったらしい)に告白されたせいで、嫉妬され、孤立し、壊れていった。
それから姉は半年間、一歩も外に出なかった。
家族と顔を合わせることすら避け、夜中にこっそり冷蔵庫を開け、風呂も丑三つ時。
まるで幽霊のように、存在だけが家に残っていた。
――はずだったのに。
「…………え?」
その朝、俺は目を疑った。
まだ春休み。高校入学まであと一週間。
朝飯を食べにリビングに降りた俺の視界に飛び込んできたのは――
下着姿でステーキを焼いている姉だった。
「え? え? え????」
鉄板でジュウジュウ音を立てる肉。
立ち込める香ばしい香り。
その前で、堂々と立っているのは、半年ぶりに見た姉――のはずなんだけど。
黒髪ロングに、白くて細い手足。美人で、おっとりした印象。
だけど今、
顔はキリッと引き締まり、目は鋭く、胸は――
でかい。布一枚でFカップが存在を主張してる。
「なんで下着!? なんでステーキ!? てか、なんで姉ちゃんがリビングにいるの!?!?」
その“姉”は、ふっと俺を見て、にやりと笑った。
「ふはっ、ふははははっ……ようやく目覚めたか、東雲照人!」
「誰だよお前!!」
「我はお主の姉ではない。正確には中身が入れ替わった。
この肉体は確かに東雲いのだが、内に宿るのは――第六魔王・ヴェルネス!」
「いやいやいやいや!? なんだその厨二ネーム!?」
「異世界にて我が研究した転生魔法により、この世界の波長の合う魂と接続し、こうして入れ替わりに成功したのじゃ。
ふぉっふぉっふぉ!」
「てか! 下着!! 着ろよ服を!!」
あまりに堂々としすぎててツッコみ損ねてたけど、今この人(姉の身体)、下着一枚なんですけど!?!
「視界がヤバいんだよ!! その巨乳! てかお前、姉ちゃんの身体なの! 俺にとって一番見ちゃダメなやつなの!!」
「は? 最初からこの姿だったが?この姿で布団の中にいたぞ?」
「この世界では人に会うときはちゃんと服を着るの!! せめて俺のTシャツ着て!!」
俺は慌てて自室に駆け込み、引き出しからTシャツを一枚つかんで戻った。
「これ!! 着てくれ!! ほんと無理!!」
「ふむ……お主の布か。ふん、まあ我の器である肉体に、貴様の服を纏わせてやるのも悪くはない」
そう言って――ヴェルネス(中身)は、躊躇なく背中にあるブラジャーのホックに手をかけた。
「脱ぐなぁあああああああああああ!!」
俺は全力で後ろを向く。
「ブラの上から着るんだよ!! 今のお前、俺の姉ちゃんの身体してんだぞ!?!?」
「ふむ……人間の羞恥という感情は難しいな」
すぽっ。
着替えたらしい。振り向くと、俺のTシャツをぶかぶかに着た姉(の身体)がいた。
けど――胸がデカすぎて、生地がぴったり張りついてる。
**布越しにわかる柔らかさ。**視覚の暴力。情報量の過多。
「……あ~~~~~~~っっっっ……!」
思わず俺は目をそらした。
こいつ、わかってやってるだろ!!
そのままヴェルネスはステーキを切り分けながら、さらっと言った。
「ちなみに、東雲いの――お主の姉は、我の世界で元気にしておるぞ?」
「……は?」
「今は我の肉体で、魔王として国を治めておる。
魔力も才能も桁違いでな、民の信頼も厚い。むしろ我より魔王らしいまである」
「大丈夫なのそれ!? いの姉ちゃん、繊細なんだぞ!?!?」
「大丈夫じゃ。我の記憶はこの身体に、姉の記憶もあちらにある。
つまり、互いに融合したのじゃ。どこにも問題はない!」
「いや問題しかねぇよ!! 返せよ!! 俺の姉ちゃんを!!」
叫ぶ俺を見て、ヴェルネスはふっと笑った。
「焦るな。あやつも我が世界を気に入っておる。
満足したら、また入れ替わってやるわい」
「っ……!」
現実感が、どんどん壊れていく。
「……もう、無理。寝るわ俺。これは夢。絶対夢」
現実逃避するように、俺はくるりと背を向け、階段を上がる。
「起きたらきっと、元の引きこもり姉ちゃんが戻ってる……うん、そう……」
視界の端に見えている――ぶかぶかTシャツに下はパンツ(しかもちょっと見えている)の姉ちゃん(魔王)が、ステーキをパクパク食べてる姿は、きっと幻、そう、夢に違いない。
俺はベッドに潜った。
これは夢。絶対、夢。




