みじかい小説 / 004 / ギプス
訓練中に右足を骨折した。
独り身はこういう時、気楽なんだか心細いのか分からない宙ぶらりんな気持ちになる。
しかし、幸い消防士仲間に励まされて退屈はしなかった。
今日は病院でギプスをとってもらう日だ。
強烈なかゆみともおさらばだと思うと、いてもたってもいられない。
いつも愛想のない受付の女性を横目に、俺は松葉杖をつきながらエントランスをぎこちなく進む。
しばらく待合室で待たされた後、個室に呼ばれてみると、今回世話になっている女医がやってきた。
年齢は俺と同年代で、若い頃は美人だったことがうかがえる顔立ちをしている。
あらぬ誤解をうまないように視線を壁掛け時計へと移し黙っていると、簡単な説明の後、ギプスにカッターが入れられた。
説明は受けたものの、カッターで皮膚が切れないのが不思議だ。
最後には、はさみが入れられて、俺のギプスは無事外された。
久しぶりに現れた俺の右足は、白くふやけており、何より強烈な匂いがした。
「くさいっすね」
思わずこぼした感想に女医が「みなさんそうですから」と答える。
ならば安心、というわけにはいかず、俺は恥ずかしさを覚える。
そんな気持ちをはぐらかすように、俺は本当に久しぶりに右足を地面につけてみた。
ゆっくりと体重をのせる。
途端にぐらつき、ベッドに座り込む。
聞くと、数週間はリハビリが必要なのだそうだ。
体力には自信のある俺だ、年齢を重ね忍耐力もついている。
それくらい難なくこなしてやる。
淡々と今後の説明を続ける女医を前に、俺は静かな闘志をもやしていた。
せまい病室には、俺の右足が発する強烈な匂いが満ちていた。
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