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亡骸群落  作者: yuki
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亡骸群落~第六話:宗教施設潜入~

この施設の地下に、『奴』がいる。そして、奴を崇める『眷属』がいる。

暗闇の中、施設に近付く彼女の小さな足音だけが、闇夜を軋ませる。

真夜中の黒さ暗さを対消滅させるかのごとく街灯を煌めかせる都会の街並み。

その街から遠く離れた郊外に、その施設は建立していた。

真夜中だからか。それとも元々そうなのか、施設の周囲に人気は感じない。

その施設は宗教系の建築物として建立されたのだろう。が、その建築方式は宗教的な視点から見れば歪であり…例えるなら仏陀像の頭部だけをキリストの顔面に挿げ替えたような無法感…。罰当たりな形状だった。

見る人が見れば、世の宗教を小馬鹿にしているとも取れる建築であろう。

思えば、奴ら眷属も、その意味では邪神を崇める宗教団体と言っても過言ではない。

邪神を崇める眷属…。

眷属とは、本来であれば、一族や親族を意味する。

しかし、ここで言うところの眷属とは、邪悪な神を信奉する集団を指す言葉である。邪神の眷属とは、邪悪な神に魅せられた信徒なのだ。

カルト集団とも呼ばれる彼らは、人の社会の闇の深くに潜み、自ら達の欲望を満たすためであれば人を害することになんの躊躇いも持たず…、その肉体そして精神ともに、邪悪な人外に堕ちた存在だ。

邪悪…。

彼女にとっての邪悪とは、自らの都合の為だけに人間を害する為だけに存在するモノ。

例えその理由が、生存本能故に成せる行為でも。弱肉強食がもたらす行動だったとしても、だ。

それが彼女にとっての邪悪であった。

奴ら邪神の眷属は、自身らの目的の為であれば、人間など、どうでもいい。その悲鳴に歓喜すら感じている。

彼女にとって、奴らはまさしく邪悪な存在であった。

その邪悪な存在の影が、今この瞬間、彼女の身近な人間に迫っている。

彼女には時間が無かった。無謀な手段である事は十分に承知している。しかし、今手を打たねば手遅れになる。

そうなる前に、せめて敵のその正体を、この眼で『視て』、見極めばならない。

覚悟を新たに、彼女は宗教施設の地下を目指し、侵入を開始した。

一刻程の時が過ぎ。

彼女は宗教施設の建物奥深く…地下空間への入り口を思わしき階段に辿り着いた。

深夜で会ったことが幸いしてか、この場所に至るまで、人間に出会う事は無かった。見える範囲で点灯している電灯もない。

例え暗闇でも、彼女の『眼』を持ってすれば不自由はない。

しかしそれにしても…。人気が無さ過ぎる。むしろ人払いをしているのではないかとも思う。

人に見られてはまずい行為。それが地下空間で行われてる。そんな想像を容易に連想させる。

意を決して、彼女は地下空間へ続く階段を降り始めた。

地下へ続く階段。それは降り始めた時は、普通の階段であった。

しかしその階段は、徐々にその形を変えていった。

緩やかな傾斜。規則正しく続く段差。しかし歩を進めるうちに、段差はでこぼことした下り道になっていく。

壁面も歪さを増し…現代風の建築物としての階段は、その姿を自然に近しい洞窟様に姿を変えていった。

それからその洞窟をどれくらい降っただろうか。

ついに、彼女は地下空間に辿り着く。

その空間は、彼女の想像以上に巨大で、かつ予想以上に奇異なものであった。

空間。その表現は間違っていない。

しかしその広さは、掘削重機と大規模な工員を総動員しても幾年もかかるであろうという規模であった。

見上げる程の高さにある天井には、木の根と思わしき茶黒色の幹がびっしりと張り巡らされている。

足の下の地面は、通過してきた洞窟に比べれば平面であったが、コンクリートの様に固い。よく見れば、年輪のような文様も見られる。

正面に広がるのは…森である。緑繁る巨木が密集して乱立している。

遠くに眼を凝らせば、澄んだ水を湛えた湖面も視界に映る。

ある意味、幻想的ですらあったその光景に、しばし彼女は眼を奪われる。

と、その時。

彼女の耳に、ゴゴゴゥという音が響く。その音は、例えるなら、固い地面を掘り進めるような…掘削音に近いものだったろうか。音は森の奥から聞こえた。

彼女はその轟音こだまする森の奥へ改めて歩を進める。

森の中を進むうち。樹々の根本が変化していることに彼女は気付く。

樹々の根に近い地面と隣接している部位。その部位が植物的な節を失い、岩のようにごつごつしているものに変わっていた。

よく見れば、その岩にも紋様が見て取れる。

その岩様に変質した部位は、森の奥に進む内にその面積を増していき…、いつしか、森は岩と一体化し始めていった。

そこで彼女は気付く。…これは、ただの岩壁ではない。

…これは、遺跡だ。

壁面の文様をよく見れば、円形を基本とした幾何学的な造形となっており、その文様は象形文字のような、または神代文字の様な、規則性が見て取れる。

その造形には、どこか厳かな神聖さすらも感じ取れる。神を祀る古代遺跡。そんなイメージを彼女は抱く。

しかしその遺跡は、まるで地面から生えてきたかのように森と一体化しており…、人の手で建築したとは到底想像できない代物であった。

彼女は一つ、確信する。

地下の巨大空間。地上の宗教施設。

宗教施設を建ててから、この地下空間を作ったのではない。

最初から…というか古から存在していたであろうこの地下空間があったから、この場所に宗教施設を建てたのだ。

彼女は、さらに歩を進める。暗き地の根の底の先に向かって。

地下の森の奥に着いた時。彼女は人の気配を感じた。

1人ではない。

集団だ。20人ほどはいるだろう。

その団体は、森の中にある50m程のスペースに集まっていた。

彼女は、集団に見つからないよう樹々の中に紛れ息を殺す。

その集団は皆、黒づくめのフードを目深に被っている。顔は見えない。

しかし、黒い格好の袖から伸びた腕は細く、背丈も小さめであり、腰を曲げて要る者もいる。老人なのだろうか。

その集団からは人間とはかけ離れた異質さを感じる。

…恐らくあれが、邪神の眷属。

その人外の雰囲気から、彼女はそう確信する。

集団の中に、巨大な袋が見えた。数は…5つ。

袋は1m半ほどの長さであり、グネグネと曲がっている。中央に縦にジッパーがあり…。

死体袋。その袋の形状はそれを連想させた。

眷属達は、そのか細い腕からは想像できない程の腕力で、軽々と袋を掴み上げ、ずるずると乱雑に袋を引き摺り、広場の中央に運ぶ。

袋のジッパーを開く眷属。

袋の中には…人間がいた。

歳の頃は皆バラバラであり、中年の男性もいれば老婆もいる。

そして、生きている。

しかし袋から出された後もその人達は皆、一様に呆然としており目も虚。涎も広角から際限なく滴り落ちている。恐らく意識はないのであろう。

眷属の手で、その人間達が、横一列に並べられる。

…これから何が起こるのか。彼女はおおよそ想像ができた。

邪神を祀る儀式。

人間はその生贄。

彼女の唇から血が流れる。自身の唇を噛み切れる程の歯痒さを彼女は感じていた。

人外の眷属に囲まれている意識の朦朧とした人間。そして地下空間。仮に今、あの場に自分が無理矢理に踏み込んでも、あの人達を救うことは難しいだろう。

掌に痛みを感じる。拳を握り締め過ぎ、爪が肉に食い込んでいた。

そんな彼女の義憤が伝わるような事も無く。

儀式が、始まる。眷属が、動く。

生贄から離れた位置で、眷属達が天を仰ぎ両の腕を頭上に翳す。

それを合図にしたかのように、先程感じたものと同種の轟音が、揺れを伴い、森に響く。

生贄並ぶ広場の地面がその形を変えていく。亀裂が走り、花弁のように均等に割れ開き、…巨大な直方の構造体が姿を現した。

その光景に彼女は唖然とする。

例えるならそれは…『地面からビルが生えてきた』。

その立方の構造体は巨大であり、その表面には今まで目にしてきた幾何学的な遺跡紋様が刻まれている。

しかし今まで目にしてきた遺跡壁とは決定的に異なることがあった。

遺跡が地面から姿を表す時。

幾つもの巨大な蔦がグネグネと畝り、寄り集まり、例えるなら『巨木の成長を早回し』したかのように、その形状を粘土の様に変え続け、ビルの様な『遺跡に成長』したのだ。

この遺跡は、いや正確には遺跡ではなかったのであろうが…。

この遺跡は、動く。蠢く。そして成長する。生命体のように、だ。

これが生物と言う定義に当てはまるかどうかは不明である。しかし、この遺跡は遺跡であって遺跡ではない。

予想はしていたことではあった。そしてその予想は的中する。

彼女は直感する。これが、生物と無機物の中間のような歪な存在なのだということに。

曖昧なままで首を垂れる生贄達が、眷属にその襟首を掴まれ、立方体の遺跡の前に連れて行かれる。

無理矢理に膝つかされる生贄。

その生贄の一人の眼前で。

遺跡に巨大な穴が開く。人間一人を丸々と飲み込める程の穴が。

穴の中は…真っ赤だった。壁が、口を開けた、のだ。

その口の中から、チロリと一本の触手が伸びる。

その触手が、生贄の一人に…獲物に反応した。

触手が生贄に触れた、その瞬間。

壁の穴から、数十本の真っ赤な触手が一気に飛び出る。生贄に向かって獲物を捉える蛸の脚のように触手を伸ばし、絡み付く。

曖昧なままの生贄は、今、自分が何をされているのか認識できていないのであろう。逆らうこともなく、生贄という名の獲物は、遺跡壁の巨大な穴に引き摺り込まれていった。

生贄を捉えた遺跡壁の穴が窄まる。口を、閉じる。

遺跡壁の表面が、生物のように、ぼこぼこと波打つ。

咀嚼。それは生物が食物を噛み砕く姿に似ていた。いや、文字通り、喰っているのだ。

窄まった壁の口の僅かな隙間から、真っ赤な液体が零れ落ちる。

ドス黒い血液の混じった白濁した体液、そして擦り潰された細胞の欠片が、滴る。

遺跡が鼓動を打つ。嚥下…獲物を飲み下すように波打つ。

壁が、人を喰ったのだ。

その光景を目にした、残りの生贄の一人が、はっと顔を挙げる。

その瞳から混濁は失せていた。目の前で行われた凄惨な光景を見て、自分にこれから降りかかる災禍を想像し、…自我を取り戻したのだ。

しかし、既に手遅れであった。

生贄が悲鳴を挙げる。

そして、その悲鳴は隣の、そしてそのまた隣の生贄に伝播する。

次々と意識を取り戻す人間達。悲鳴を挙げながらも、この場から逃れようと、束縛から逃れようと、身を捩る。

しかし眷属達はそれを許さない。

人外の腕力で意識を取り戻した人間達を抑え込み、再び遺跡壁の目前に無理矢理に蹲らせる。

再度生贄としての立場に晒された人間達の泣き叫ぶ姿を目にして、眷属達の肩が震えている。

笑っているのだ。

恐怖を煽り、絶望に晒される人間の悲鳴。それに心地良さすら覚え、嘲笑しているのだ。

再び、壁が触手を伸ばす。

生贄となった人間達は、抵抗も無意味に、次々と触手に捕えられ、壁の穴に飲み込まれていく。

全ての生贄を食い終わった後。

立方体の遺跡全体が、震えた。

その挙動は、生物で例えるのであれば、下食道括約筋の鼓動…食物を飲み下した際に起こる生理現象に近いしいものに見えた。

獲物は喰らい尽くされた。しかし饗宴は終わらない。

遺跡壁の下部が赤く染まる。

直後、遺跡壁の表面に深紅の筋が伸びる。

真っ赤な線が、遺跡の壁を伝い、天井に筋を描く。

そして、天井から、赤黒い液体が、肉の欠片が、シャワーのように眷属達に降り注いだ。

漆黒のフードを赤く濡らしながら、眷属達は歓喜に咽びかえる。

その光景は、生贄が繋ぐ人外の共生関係。

宗教的に言えば、一体化思想であろうか。

古代の日本人にも、人知を超えた自然の力と一体化する能力が備わっていたという。

圧倒的な力を持つ見えない存在・神を感じ、神との一体感を求めて祭祀を行ったのだ。

見えざる自然…神の力を霊力として認識する。縄文時代にその基本はすでにできあがっていたという。

眷属が歓喜に震える中。天井から降り注ぐ血肉の雨が止まる。

しかし儀式は終わらない。

眷属の一人が、森の奥から、新たに一人の人間を連れてきた。

これまでに目にしてきた生贄とは装いが異なる。

真っ白な格好。顔は見えない。その姿は、純白な角隠しを目深く被る白無垢の花嫁。そう映る。

その花嫁姿の生贄に反応するかのように、遺跡壁の形が変わる。

地面から台が現れた。それは寝台のような形に見えた。

先ほどの生贄達と異なり、眷属はまるで大切なモノを扱うかのように、新たな生贄を厳かに、丁寧に、遺跡前の寝台に載せ、慈しむかにように横たわらせる。

寝台に導く眷属の誘導に、白無垢の生贄は素直に従っている。

先程の生贄達とは異なり、この白無垢の人間には、意識があるのだろうか。

そして、その扱いから、白無垢の生贄が、この儀式にとって『特別』であることは容易に想像がついた。

眷属達が、白無垢の生贄を載せた寝台から離れ、跪き、両手の掌を組み、祈りを願う姿勢になる。

儀式は次の段階に入った。

遺跡壁から、再び触手が伸びる。白無垢の生贄を包む。

磯巾着イソギンチャクが獲物の魚を捕えるように、触手が白無垢の生贄の姿を覆う。

真っ白な衣服は千切られ、裸体が顕になっていく。細く真っ白な太腿がチラリと見えた。女性だった。

裸体を晒した生贄の女性。その姿形が変容していく。

その光景を恭しく眺める眷属。まるで神聖な営みを崇拝するかのように凝視している。

生贄の女性の顔面の皮膚が全て溶解し、剥ぎ取られていく。

解剖人形を思わせる眼輪筋、頬骨筋、頬筋、口輪筋などの無表情がどす黒く剥き出しになっていく。

頭髪は皮膚と一緒に脱落し、僅かな肉片を残したまま頭蓋骨が顕になっていく。

上体はエビ状に仰け反り、大きく開け放たれた口からだらりと黒く変色した舌が垂れ下がる。

瞼も欠損し、両の目の窪みからは充血した眼球がこぼれ落ちそうになっている。

突き出した両腕が天井を向き、何かを引っ掻くように折れ曲がった指が第一関節から先が欠損していく。

伸びた両足には血が溜まり酷く浮腫み、剥き出しの筋肉はささくれ立ち、ところどころに潰瘍らしき窪みができて血溜まりになっている。

かつて女性であったその肉塊。最後にそれは木偶細工のように皺がれ、…干涸び…崩れた。

風船のように弾けるでもなく、飴細工のように溶けるようでもなく。

カビの生えた林檎が崩れ落ちるかのように。

肉塊は崩れ去り、真っ白な粉となった。

舞い散る粉の中には僅かに赤みが混じっているようにも見える。

その変化を見て、眷属が動き出す。

灰のように散った、かつては人間であったその真っ白な粒子を掻き集め、銀色の瓶に詰め始める。

白の粒子が全て眷属達の手にした銀色の瓶に詰められた、その時。

遺跡壁で構築されていた立方の構造体は、その役割を終えたとばかりに、再び地面の中に消えていった。

儀式は、終わったのだ。

これが、この宗教施設の地下空間で行われていた、凄惨な儀式の全容であった。

『奴』の眷属は、太古から存在していた。

神達がこの地に降臨した時から。

その神達がこの地を去った後も。

そして、自らが崇める邪神の存在が脅かされたその時も。

儀式とは、本来であれば、特定の…例えば宗教や共同体によって、一定の形式・ルールに基づいて行われる特別な行為をいう。

そして、その特別な行為の根拠には、その集団そのものの信条や信仰が色濃く反映され、形はどうあれ、その集団にとって利益となる。それはこの眷属集団も同一であろう。

では、この眷属の信条や信仰とは何か?

…その回答は明白。邪神の存在だ。

邪神『死皇』。

それが、この凄惨な儀式を行う人外のカルト眷属集団の行動原理となる神の名だ。

彼女の身体が怖気に震える。

凄惨な儀式を見ていることしかできなかった彼女の喉がえずく。

殺戮を止められなかった後悔は確かにあった。しかしそれ以上に、かつて見たことのないこの惨劇の光景に、彼女は純粋に嘔気を覚えていた。

その眼で多くの魂を見てきた。そんな彼女だから言える。これは、絶対に正しい死に方ではない、と。

いや、例えば病院のベッドで家族に見守られ、安らかに息を引き取る事が正しいかと言えば、そういうわけでは無い。だが、これは、この死に方は、この殺され方は、絶対に間違っている!

彼女がこの地下空間に潜った目的は、敵のその正体をこの眼で確かめること。つまり、邪神の眷属が引き起こしていると推測されていた失踪事件の真相を掴むこと。そして邪神『死皇』の存在を確認することであった。

儀式を目にしたことで、その目的の半分は達成されたと言ってもいいだろう。

とにかく、今はこの場から離れよう。そう考え、彼女は身を潜めていた樹々の中から立ちあがろうとした。

…が、長く同じ姿勢で屈んでいたためか、怖気が足に来ているのか、立ちあがろうと膝を伸ばした彼女の足がもつれる。迂闊にも膝をついた瞬間。物音を立ててしまった。

その物音に反応して、眷属の視線がこちらを向く。

小柄な彼女の姿勢が幸いしてか、蹲る態勢となっていた彼女の姿は見られていない。

しかし、不信感…侵入者がいるのではないかという警戒心は持たれたであろう。

見つかるわけにはいかない。この場から逃げねばならない。

だが、おそらく侵入者を警戒し、出口は見張られ始めるであろう。

…今は地下空間の奥に進むしかない。

そう決断し、彼女は這いずるような姿勢でその場を急ぎ離れた。

森を抜け、彼女は地下空間の奥深くに向かって歩を進める。

進むうちに、地下空間の景色にも変化が生じる。

樹々の濃緑色は徐々にその頻度を減らし、遺跡然とした灰土色が目立つようになる。

この地下空間の、遺跡の中心に近づいている。そういうことなのだろう。

儀式を目にして、わかった事がある。

死皇の影響は、この洞窟全体に広がっているのであろうことだ。

いわば、この地下空間全体が死皇なのだ

あちらこちらにある『生きた遺跡』が、その証明だろう。

邪神がここまで巨大になっているとは、完全に想定外であった。

文字通り、ここは邪神のはらわたの中なのだ。

加えて。侵入者を捜索する追手もいるであろう。

孤立無縁で対峙するには、分が悪すぎる…。

だが、これは同時にチャンスでもあった。

今ここで、死皇の正体に迫り、実態に辿り着く。それができれば、きっとそれが『次』に繋がる。命を賭す価値は十分にある。

彼女はもう既に、自分の命を諦めていた。

いつの頃からか、彼女は、期待することを諦めていた。

彼女が思うところの『諦める』は、仏教で言う所の「明らかに観る」という意味だ。

人は死ぬ。いつか必ず死に対峙する。それは、偏見も思い込みも感情も無意味な、絶対的な真実だ。

自分の死が、他者に、周囲に、社会に、人の歴史に、何を与えるか。

彼女はそんなものには期待していない。

それは彼女の過去が起因するのか。それとも数多くの魂を視てきた事による希死念慮の一種なのか。

期待していない。だからこそ、自身の信念に従い、自身の命を何に賭すかは彼女自身が決める。

何故死ぬか、ではない。

人は死ぬ。だからこそ、『どうやって死ぬか』なのだ。

人を喰らう邪神を滅する。その為の礎となる。それを成さねば、彼女にとっての大切な者を守れない。助けられない命がある。

それが彼女の信念。

その信念に従い、彼女は恐れや怖気の感情を捨てて、死皇の本体を目指し歩みを進める。

地下空間の深淵。

黒く濁る湖面。

そこは、邪神が鎮する死皇の座。

名状し難い姿をした巨大な死皇の体躯が、そこにあった。

その名状し難い造形を無理矢理にでも言葉として現すのであれば…

その形はかろうじて四肢と体躯を持つヒトガタであった。しかしヒトの形とは掛け離れたそれであった。

捩くれた樹木の如き胴体の壁面は甲殻類のようなキチン質の塊が付着し、金色の汚らしい毛がびっしりと無数に生えている。

胴体から生えた枝の先には5本の指があり、その両の腕は棘の蔓で天井から咎人の如く吊るされている。

大地に接する下半身は魚類のような鱗を逆撫で黒い湖面に沈んでいる。

胸部からは干からびた巨大な顔面がぶら下がっている。

その巨面の三つの瞳に色は無く眼窩は暗黒の穴と化している。

歪に伸びた管の先に開いた穴は鼻腔であろう。

鼻腔の下の伸びる扇状のそれは口だろうか。

顎はひしゃげ潰れべちゃりと広がり垂れ下がっている。

頭部を覆う金色の毛髪。濡れそぼるそれは神の最初の死者たる金色の王子のなれ果ての証だろうか。

死してなお滅びぬ穢れきった死に顔で、かの者は深き根の底で動かぬ軀で座していた。


第七話へ続く

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