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亡骸群落  作者: yuki
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亡骸群落~第十話:『シニイキルモノ』その四~

神懸彩子が天祓禍神教団の施設本部に幽閉されて半日程が経過しただろうか。

ホテルの個室のような部屋に、彩子は閉じ込められている。

本来であればこの部屋は来客用に設えたものなのだろう。一応まだ、彩子は枢樹から客人と見做されているのだろうか。ご親切にも着替えも用意してくれている。

しかし入り口ドアには外から鍵が掛けられており、窓もなく、脱出は不可能だった。

川島葵の部屋から拉致された時に偶然手にしていた携帯電話も、教祖・枢樹蘭堂の手で破壊され、通話どころか電源も入らない。

事前に警察関係者である葛籠に連絡を入れておかなかった事が悔やまれる。

あと身につけているモノがあるとすれば…。

彩子は胸元に手を置く。

祖母から預かった小さな刃を入れたお守り袋の感触。

祖母は「この刃がお前を守ってくれる」と言っていた。

しかし今のところ、この刃が力になってくれている気配はない。

「…お婆ちゃん。」

彩子は祖母を思い浮かべながら溜め息を吐く。

もう時間がない。

枢樹は、葵ちゃんを『特別な生贄』として死皇に喰わせる気だ。

彩子の脳裏に、枢樹の部屋で見せられた、『特別な生贄』が邪神の粒子に変貌する悍ましい映像が思い出される。

「…早く葵ちゃんを助けなきゃいけないのに…。」

その為には、この部屋から脱出しなければならない。

でも、入り口には鍵。窓はない。

無理矢理ドアを破るような腕力は持っていない。

どうすればいいのか。

途方に暮れた彩子は、もう一度、溜め息を吐く。

と、その時。

ガチャリ。

入り口ドアの鍵が鳴る音がした。

外から鍵が開錠されたのだ。

誰か、この部屋に入ってくる?

枢樹か?

身構えた彩子の視界の先で、ドアが開く。

そこにいたのは…。

「助けに来ましたよ、彩子さん。」

聞き覚えのある声。しかも、それほど昔ではない。

声の主は…。

「あなたは…。」

元不動産業サラリーマン。そして今はスタッフとして自ら教団内に潜入し、教団の秘密を調査する男。

「上川さん!」

上川拓哉であった。

「さぁ、早くここから出ましょう!」

部屋の外の様子を探りながら、上川は彩子を手招きする。

「…でも、私を逃したことを教団が知ったら、上川さんも無事じゃ済まないはずです。危険です。」

教団への背信が発覚すれば、教団スタッフとして潜り込んでいる上川もただでは済まない。最悪、死皇の生贄にされる事だって有り得る。

ただでさえ、昨日、教団施設の中枢に彩子を手引きした事が教祖に見咎められたばかりなのだ。これ以上に悪印象を持たれてしまうのは危うい。

しかし当の上川は…。

「ご心配ありがとうございます。まぁ、昨日の件で教団幹部からは睨まれてしまっているので、そろそろ潮時だと思ってました。それに…。」

「それに?」

「この街で起きている教団絡みの事件の数々…。それらの真実を暴き、彩子さん達に伝える事。この場所で彩子さんに再会できたことで、その目的の大半は達成しました。あとはここから無事に脱出するだけです。」

当時、上川も死皇の粒子の作用で正常な判断力を失い、教団絡みの失踪事件に計らずも無自覚に協力していた過去がある。

「為すべきことを為せ。そして与えられた仕事を全うしろ。それが父の教えであり、刑事さんが認めてくれた僕の生き方です。」

その罪悪感の精算の為に、危険を承知で教団に潜り込んでいたのだ。

この言葉を聞いて、改めて彩子は上川を全面的に信頼する事を決めた。

「さぁ、行きましょう。」

脱出を促す上川の言葉はありがたい。

しかし…。

「葵ちゃんも一緒です。私だけが逃げるわけには行きません」と彩子。

その頑なな彩子の態度に、上川は、

「…葵さんはもう…。今は、彩子さんだけでも先に逃げるべきだと思います」と、言い辛そうに口にする。

その態度を見て、

「葵ちゃんがいる場所を上川さんは知っているんですね?」と彩子は言葉を続ける。

「はい…。」

「どこですか!」

「教団本部施設の深部…。地下です。」

上川によれば、葵は教団の信徒に連れられて、施設の地下に向かったという。

「ここから抜け出す算段を立てていた僕は、これが最後の調査活動だと思い、葵さん達の後をつけて、地下空間に入りました。そこには…。」

地下空間…。彩子は、枢樹の部屋で見た地下の映像を思い出す。

「遺跡があったんですね…。」

「いえ。」

「え?」その上川の返事は予想外だった。

「なんというか…。工場みたいな感じの場所でした。」

「工場?」

彩子は違和感を覚える。

枢樹に見せられた映像では、地下空間は遺跡の森と化していた。上川が目にしたという地下空間とは異なる。

それが何を意味するのか?

…映像の場所と、ここは、違う場所?

そんな彩子の戸惑いの表情を、驚きの感情と受け取ったのか、上川は言葉を続ける。

「なんとか葵さんが連れて行かれた部屋までは追跡したんですが…。それ以上は容易に踏み込んではならない。そう僕は直感して、急ぎその場所を後にしました。…葵さんを残したままで…。すみません。」

「…いえ。上川さんの言う通り、そこが危険な場所であることは疑う余地がありません。上川さんの判断は間違っていませんよ。」

そう。できればもう、誰も教団の犠牲になってほしくは無い。

「それで、葵ちゃんが地下に連れて行かれたのは、いつ頃ですか?」

「うーん、僕が地下から抜け出して、その後、君がここに連れ込まれた事を知って、なんとかここまで進入して…。…三時間ほど前ですかね。」

「三時間…。」

それが早いのか短いのか。解らない。

今は手遅れになっていないことだけを祈るしかない。

「私を地下空間へ連れて行ってください!」

「解りました。案内します。」

そう言って、上川は彩子は教団施設の心奥に案内する。

上川の手引きで幽閉の身の上から解放された彩子。

信徒から身を潜めながら、二人は教団の裏道を進む。

薄暗い通路を通りながら、彩子は上川に、教団が葵を邪神に生贄として喰らわせようとしていること、そして、葵自身も教祖に拐かされて自らを生贄に捧げようとしている事を聞かせた。

「太古の邪神とか生贄とか、真実は想像の斜め上でしたが…。街の怪異を思えば、常識を抜きにして納得せざるを得ないってやつですね…。」

やや混乱している上川であったが、なんとか邪神の存在を無理矢理自分に納得させた。

更に彩子は、教祖・枢樹蘭堂の目的についても上川に伝える。

「ビジネスライクな簒奪、ですか…。」

人の道から外れたような恐ろしい発想。…ではあるが。

「枢樹は教祖というよりも、経営者みたいですね。」

上川は枢樹に対する印象を口にする。

経営者然。経営者とは、常に組織の管理の方法…というか、組織に属する人間のコントロールに拘る。それは支配とも言えるだろう。

人は自分の思う通りに動いてはくれない。それは経営者や管理者…中間管理職の立場に有る者達につきまとう共通の悩みだ。

言い換えればそれは、人と人との繋がり。つまり人間関係とも言える。

管理者は常に他人の人間関係に晒される。そして自分なりの、組織なりの管理の手法に辿り着く。

枢樹蘭堂にも、自身のやり方を信じるに足ることわりがあって、事に及んでいるのだろう。

カルト宗教の教祖・枢樹蘭堂。彼は上川がイメージしてきたそれよりも遥かに人間臭い人物なのかもしれない。

「それにしても…。」

移動を続けながら、上川は彩子に尋ねる。

「葵さんは、どうしてそこまで自分を追い込んでしまっているんですか?」

「はい。葵ちゃんは子供の頃、この街で、一人のお爺さんに酷い事をしてしまって…、罪を被せて辛い思いをさせてしまった事があって。それからずっとその事を気に病んで、苦しんでいたみたいです。」

「この街で…。…ええっと、そのお爺さんは、今どこで何をしているとか解りますか?」

「確か、お爺さんが大切にしていた犬が亡くなってしまった後に、この街から追い出されて、今は行方は解らないって言っていました。」

「そう…ですか。」

そう言って、上川は何かを思い出すかのように、黙り込む。

上川の案内で、彩子は施設の地下空間への入り口へ辿り着く。

地下へ続く階段自体は、至って普通の階段だった。封鎖されている訳でもなく、明かりも灯っている。

しかし、彩子は感じていた。地下から流れ出る、禍々しい雰囲気を。

地下に足を踏み入れた上川が怖気を感じて引き返したのも仕方がないと言える。

彩子と上川は視線を交わして頷き合い、階段を降り始める。目的は川島葵の奪還だ。

…階段を降り始め、地下に進むにつれて、周囲の形状も変化していった。

彩子の想像では、枢樹の私室で見せられた映像のような、広大な森林があるもの。そう思い込んでいた。

しかし、今彩子の目の前に広がる地下空間は…。

上川の言っていた通り、『工場』のような光景が広がっていた。

堅い金属床。赤茶けた色彩の鉄柵と鉄梯子。歪みへこんだ鉄壁。構造物の隙間を埋め尽くすように伸びる煤けた配管。

それらが所狭しと縦横無尽に複雑に入り組む。

上川の案内が無ければ、その迷路のような通路に迷っていただろう。

しかし、この工場…。よく見れば、それが明らかに人外の存在が構築した構造体であることが見て取れる。

例えば配管。それらは煤けたような色合いをしているが、目を凝らせば、それは植物の根であった。鉄の壁の歪みも樹木のような畝りによるものだ。

機械と植物樹木のハイブリッド構造体。

そこには死皇の植物的特性が色濃く現れている事が見て取れる。

枢樹が口にしていた『生贄の供給システム』。それがこの工場なのだろうか。

少なくとも、この鉄と植物の融合した構造体には、神への畏敬の念を全く感じない。崇拝よりも効率と生産に特化した、そんな場所なのであろうという感覚を彩子は抱く。

上川に連れられ、入り組んだ地下工場を進む彩子。

「彩子さん。これ以上降りれば、戻れなくなるかも知れませんよ。いいんですね?」と上川。

「でも、葵ちゃんを放っては置けない。あなただけでも先に逃げてください。」

幽閉されていた彩子の脱走。そしてそれを手引きした上川。捜索の手が回っていてもおかしくはない。

「いえ。僕も葵さんに言わなければならないことがあります。こうなったら一連托生。僕も覚悟を決めます。」

「…すみません。」

犠牲は出したくない。

この施設から無事に脱出する手段も考えなければならない。

しかし、今は何より、葵ちゃんの安否だ。

不安に駆られながらも、彩子は歩を進める。

そして二人は、一つの部屋に辿り着く。

一見したところ、場内に設られた倉庫のような外観の小部屋。…しかし天井から数本のパイプが飛び出ているのが、この部屋の不穏な雰囲気を醸し出している。

上川によれば、葵ちゃんはこの部屋の中にいる。

…室内からは物音一つしない。

彩子は、部屋の扉に手を掛け…。

ドアの重みは然程ではない。しかし彩子の心は、暗く、重い。

扉が、ガチャリと開いた。

部屋の中に足を踏みれる彩子。

その視線の先には…。

…一本の樹。

…そして巨大な花。

ヒュウと息を飲む彩子。

金属の床から裂くように生えた樹。

その樹の根本に咲く真紅の巨大な花弁。

伸び開いた無数の枝は天井に絡みついている。

そして。

「葵ちゃん…。」

冒涜的な光景であった。無慈悲な光景であった。

その樹には、顔がある。

樹の幹の中程。ちょうど成人女性の身長の辺りに。

顔がある。

それは、彩子の見知った顔。

川島葵。

そしてある意味、更に残酷な事に、

「彩子…。私、こんなになっちゃった…。」

葵には、意識があった。喋ることも出来た。

「…あぁぁぁぁぁぁ!」

彩子の声にならない慟哭が、部屋の中に響く。

「私はもうダメみたい。解るんだ。私、あのビルの地下にいたモノと同じになろうとしてる…。」

「葵ちゃん…。」

「私は、私じゃないモノになろうとしている…。」

「諦めちゃダメ!。私が助けるから!」

「…無理だよ。」

無理。そんなことは、葵のこの姿を視た時に解っていた。

葵の魂の形は既に崩れている。死皇に喰われ、その肉体も死皇と一体化を始めている。

無理にでも剥がせば、魂も肉体も酷く損傷し…死ぬ。

彩子の眼にはそれが解る。

嫌でも解ってしまっている。

そんな彩子にできる事は…。

この友人と、最後の話をする。

看取り。ただそれだけしかなかった。

「葵ちゃん。苦しくはないの?」

「うん。怖いけど、痛くはない。おかしいよね。」

邪神の粒子を重度に浴びれば麻薬と同じ成分を持つという。幸か不幸か、モルヒネのような鎮痛作用を葵に与えているのだろうか。

こんな事態ではあるが葵が苦痛を感じていないのであれば、ありがたい。

「…昨日、葵ちゃんの家に行ったよね。お泊まりできて楽しかったよ。」

彩子はなんとか言葉を搾り出す。

「うん。彩子の作ってくれた夕飯、美味しかった。」

「私、葵ちゃんと知り合えて、本当の良かったよ。」

「私も楽しかった。幽霊が見える友達がいるなんて、素敵な体験だった。」

「…うん。でも、そのせいで迷惑も掛けちゃったよね…。」

「そんな事ないよ。」

実のところ葵が社内で疎まがれてしまっていたのは、彩子を庇ったことが原因だった。枢樹の言っていたことは本当だ。しかし、葵はその事実を彩子に語る事は絶対にしない。そう誓っていた。

「そう言えば、会社の屋上にいた子供の幽霊。どうなった?」

「居なくなっていた。きっと天国に行ったんだと思うよ。」

「そう。良かった。彩子が願ったおかげじゃない?」

「どうだろう。そうだといいな。」

「彩子は立派だよ。優しい。それに比べて私は…。」

「葵ちゃん?」

「…最後に、あのお爺ちゃんに、謝りたかったな。」

葵の言う、お爺ちゃん。その老人に対しての罪悪感が葵の精神を乱す深い要因だった。

「お爺ちゃんは、ずっと私を恨んでいたはず。あんなに酷いことをしてしまったんだから…。許してくれるはずがない…。」

そう葵が嘆いた。

その時。

「葵さん。」

声の主は…部屋の中に入ってきた上川だ。

上川は二人に気を遣い、今まで部屋の外で見張っていてくれたのだ。

「かみ…かわ…さん?」

「葵さん、君に教えておきたい話がある。」

「…はい?」

「君の言うお爺さん。それは多分、僕の父親だ。」

「え!?」

「父は亡くなる少し前にね、一人の女の子の話を僕に聞かせてくれた。それを君に伝えたい。」

そう言って、上川は葵に話し始めた…。

父は、ずっと何かに苦しんでいた。教えてくれなかったけど、何か許されない罪を犯してしまった。だから僕と母の前から姿を消した。

全てを失いながらも、それでも社会の為に尽くそうと、その身を費やしてきた。それが父の罪滅ぼしだった。

そしてこの街に行き着いた。

そこで、一人の女の子と出会った。

その少女は、こんな自分を大切に扱ってくれた。対等に接してくれた。

けれど、最後の最後に、少女にとって辛い光景を見せてしまったって言っていた。悔やんでいた。

父は、この街に居られなくなった後も、他の地で最後まで社会に尽くした。そして、病院で僕が看取る中、父は「満足だ」って言って、亡くなった。

誰かに言われてでもない。強制されたわけでもない。人の役に立って生きたい。そういう道を生きようと誓って、そして満足して死んでいった。

父は、最後に最後で、やっと自分で自分を許せた。認めた。

「父は立派な生き方をしたと思う。それでも最後には言っていた。あの少女には、本当に申し訳ないことをしてしまった。最後まで謝る機会を持てなかった。感謝の言葉すらも言えなかったって。」

上川の父親。

それはかつて幼い葵が出会った、公園の老人であった。

葵の瞳から、涙が溢れる。溢れる涙が樹皮に吸収される。

「お爺ちゃんは、私を恨んでいなかった…。謝りたかったのは私なのに…。」

謝れる人はもういない。しかし偶然にもその人の肉親と知り合い、その人の真実と優しさを知った。

最後の最後になって、本当に申し訳ないけれど…。

「私は幸せ者だ。」

それが自己満足だっていい。

葵はやっと、自分自身で創り上げてしまった歪んだ承認欲求の奴隷から、解放されたのだった。

♪♪♪♪ ♪♪♪♪ ♪♪♪♪ ♪♪♪♪

突然、無機質な室内に不釣り合いなベル音が鳴り響く。

音の元は…。

彩子の持つ携帯電話だった。

「!」

驚く彩子。

携帯電話は枢樹に破壊された。使える筈がないのに…。

なんとか電波だけは繋がっていたのか?

でも、ここは地下…。

不可解さを感じながらも、彩子は壊れた携帯電話に耳を付ける。

電話から聞こえた声は…。

「彩子、長く話はできないから、よく聞きなさい。」

「お婆ちゃん!」

祖母、神懸小夜であった。

「あんたは今、地下にいるんだね。そしてそこには死皇がいる。」

「うん。」

祖母は私達の窮地を察して電話をくれたのだろうか。

「葵ちゃんがね、死皇に食べられようとしてるの。なんとか助けられないかな!」

彩子は祖母に一縷の望みを託す。

「…その娘はもう手遅れだ。助からない。」

しかしその望みは呆気なく断たれた。

「彩子。よくお聞き。これからあんたがその場所から無事に脱出する手段を教えるからね。」

「…うん。」

「彩子。あんたには、魂の流れが視える。」

「うん。」

「そして、今目の前にいる娘の魂の形も視えている。」

「う…ん。」

「その娘の魂の流れの行き着く先に、死皇の肉体がある。」

「う、ん?」

「あんたに渡した神をも殺せる『死の刃』。今がそれを使う時。刃で死皇の肉体を刺しな。そうすれば脱出のチャンスができるはずだから。」

…魂の流れ。

人間の魂は死皇のエネルギー源。

そしてエネルギーには流れがある。

それはつまり…。

死皇の『維管束』!

維管束。

それは、植物が進化の先に得たエネルギーを効率良く循環させるための器官。

植物の特性を持つべく進化した死皇にも、それと同様の器官が備わっていると推測される。

それを辿れば、死皇の肉体がある場所に辿り着く。

けれど、それは…。

「…葵ちゃんを犠牲にしろ。そういうことなの?」

「そうだよ。確実にその地下から脱出するには、それしか手段がない。」

祖母が示した救済の手段。それは無慈悲な選択だった。

しかし、いくら祖母の言葉とはいえ、友人に犠牲を強いるなど、彩子が選べるはずがない。祖母もそれを解って言っている。

「あんたに辛い選択を強いているのは解っている。あたしの言葉に従う義理はない。でもね、あんただけは死んではいけない。それがあたしの願い。」

「…。」

返す言葉を持たない彩子。そんな彩子に追い討ちを掛けるように、祖母は口にする。

「彩子。どうかあんたは死なないでおくれ。これはお婆ちゃんの最後のわがままだ」と。

「…最後のわがまま?」

その言葉に訝しむ彩子。

祖母は何を言っているのだろうか。意味が解らない。

その時。

「…彩子。お婆ちゃんの言う通りにして。」

それは、葵の言葉だった。

どうして祖母との電話での会話の内容が、葵に聞こえていたのだろうか。

「何故だかわかんないけど、彩子とお婆ちゃんの話、私にも聞こえたんだ。」

葵を犠牲に差し出すか否か。それを聞いてしまった葵の選択。それは…。

「私の魂が彩子の力になれるなら使って。それに上川さんにも助かって欲しい。」

大切な思い出となったお爺ちゃん。その息子は葵にとって恩人にも等しい。

葵の決意は固まっていた。

守るべき命は自分だけではない。彩子も決断しなければならない。

「…ねぇ、お婆ちゃん。」

「なんだね、彩子。」

彩子は割れた携帯電話を握りしめる。

「私も死ねば、葵ちゃんにまた会えるかな?」

握りしめた携帯電話のひびが増える。

「…ふぅ。」

「お婆ちゃん?」

「彩子。それは…難しいかもね。」

祖母が言い淀むのも当然だろう。そんな疑問に簡単に答えられるはずがない。

しかし、祖母の返答は、彩子の想像と少し違った。

「あたしは、あんたに嘘は吐きたくない。だから真面目に答えるよ。死皇と関わった時。その者の魂と逢えることは二度と…………。」

ブツリ。

突然、通話が切れた。

祖母が何を言おうとしたのか。最後まで聞こえなかった。

彩子は無数の皹が入った携帯電話を見る。

酷く割れた画面には何も映っていない。今まで通話できていたのが不思議なくらいだった。

…完全に壊れてしまったのだろう。もう祖母との通話も不可能だ。

「彩子…。もう、たぶん、時間がない…。私、とても眠い…。」

…葵ちゃん。その魂の限界は近い。

「ねぇ彩子。もう一度言うね。友達のために…。最後に私の命を使わせて。」

時間がない。葵ちゃんの魂が完全に喰われてしまえば、死皇の維管束を辿ることもできなくなる。

だから。葵ちゃんに伝えよう。

感謝を。

幽霊とは言葉を交わせない。私にもそれはできない。

でも葵ちゃんは生きている。まだ生きている。

気持ちを解ってもらうには、ちゃんと、話して、伝える。正直に。それしかない。

「葵ちゃん。」

「なぁに、彩子。」

「前にも言ったけど、私は数え切れない人を騙して生きてきた…悪い人。私はその罪悪感に耐え切れずに、そこから逃げてきた。もう誰とも関わらない。そう決めて全部捨てて、逃げ出してきた。」

「うん。」

「でも、葵ちゃんは違う。葵ちゃんは自分の罪悪感と向き合って、戦い続けてきた。今だって、命を賭けて。」

「…そんなこと、ないよ…。」

「それは私には無かった勇気。気高い勇気。葵ちゃんは私に優しくしてくれた。守ってくれた。味方でいてくれた。それがどんなに嬉しかったか。葵ちゃんは私にとって英雄。正義の味方。」

「…私はただ、みんなに嫌われたく無かっただけだよ。」

「嫌われたく無かったんじゃない。葵ちゃんは、周りのもの全部が大切だったんだよ。」

「彩子ぉ…。」

「葵ちゃんは、私なんかよりぜんぜん優しい人。私はそんな葵ちゃんに、ずっと助けられてきた。本当に、感謝してる。」

「…うん。」

「葵ちゃんは、私にとって『特別』な人。」

「とく…べつ。」

「皆んなに必要だから特別なんじゃない。私にとって必要だから、葵ちゃんは『特別』なの。」

「私は…。彩子の特別な人…。」

「葵ちゃん。友達でいてくれて、ありがとね。」

「私こそ、ありがと。」

「うん!」

「…ねぇ、彩子。彩子には私の魂が視えるんだよね?」

「うん。視えるよ。葵ちゃんの魂、すごく綺麗だよ。」

「じゃあ、私ね、幽霊になったら、真っ先に彩子に逢いに行く。私は死んでも彩子の友達。なんたって、彩子は幽霊が『視える』人だもんね!」

死皇に繋がれた葵の魂は、消えた。

彩子と上川の二人は、葵の魂の痕跡を道標に、死皇の維管束を辿り、複雑に入り組んだ地下工場のさらに地下を目指す。

たとえ葵の魂の流れと距離が開こうとも、彩子は葵の魂の姿を絶対に見失わない。

執拗とすら思える集中が彩子の視界に宿り、道筋を示す。

その集中と同時に、彩子の中に新たに刻まれた感情が研ぎ澄まされる。

右手を胸元に置く彩子。

お守り袋の中の『死の刃』の欠片が熱い。

邪神に反応しているのだろうか。

それとも、彩子の感情に呼応しているのだろうか。

熱さに火照る右の掌。

それとは逆の左手。その中には、葵と一体化していた樹木の欠片が握りしめられていた。

無言で鉄の階段を降りながら、彩子は葵の最後の言葉を思い返す。

葵の魂が消え去る寸前。

葵は言っていた。

「最後にお願いがある。もし私みたいな人がいたら、助けてあげて」と。

それは、葵にとっては、今際の際の思考の中で微かに漏れ出た小さな願い。

そうなったらいいな。

そんな流れ星に呟くような細やかな願い。

しかし、葵の最後の言葉…その遺言を聞いた彩子の心情には、もっともっと深い感情が刻まれていた。

「…葵ちゃんは何も悪くない。悪いのは全部あいつらだ。もう葵ちゃんみたいな犠牲を出しちゃいけない。」

それは、未だかつて彩子の中に欠片も存在しなかった感情だった。

彩子自身、今はその感情の正体を理解できていない。

「絶対に、許さない…。」

しかし、その感情の姿形を彩子は後に知ることとなる。

それは、ある種の『呪い』に近しいモノであった。

刃の欠片を握る火照る右手とは違い、左手の中の川島葵の欠片はなんの反応も示さず、昏く枯れていた。

神懸彩子と共に地下を下る上川拓也は、ここに至る己の数奇な道程を思い返す。

まさか、自分が太古の邪神とやらに相見える場所にいるとは。

僕はただの凡人。元サラリーマンで今は無職。為すべき事を模索して怪しい新興宗教団体に潜り込んでしまった、ただの人。

自分が分不相応な立場でこの場所にいる事は重々に理解している。

しかし。

それでも川島葵さんの救いの一助になれたのは、せめてもの僥倖だったのだろう。

まさか、父と葵さんに面識があり、更には互いにそれが心残りになっていたとは。

親父…。

上川は、自分が幼い頃の父の姿を思い返す。

親父が何の仕事をしていたのか。親父は教えてくれなかった。それは母親も同じだった。親父が家族の前から姿を消した後も、母は親父についてのことを深く語ることは無かった。

しかし、真面目で厳格な父親であったことは覚えている。

そんな親父を見てきたからだろうか。僕自身も仕事に対しては真摯であろうとしてきたのだと思う。

人並みに社会での立場も求めた。出世への意欲というやつだ。

お金の為ではなかった。共に働く同僚の為に、会社の為に頑張りたかったからだ。

そして働き詰めて、責任ある役職を貰った。当時は純粋に嬉しかった。

2年目は順調。しかし3年目。眠れなくなった。もっとやれる。やらないと。頑張らないと。そう思い、寝食も削り成果を求めた。

そんなある日。同僚が自殺した。

僕には関係ない。無関係。そう思っていた。思い込んでいた。

思い込もうとしていた。そして最後は…。責任が怖くなった

…仕事への責任と志。それに押し潰されて取り返しのつかない失敗を犯した。道を間違えてしまった。全く情けない。

…では、親父はどうだったのだろうか。

親父も仕事には真摯であったと思う。覚えている限りの親父の厳格さが、それを現している。

しかし。親父と出世欲。僕の印象の中でこの二つは結び付かない。

親父は、社会での立場や出世よりも、もっと違うものに価値基準を置いていたかのように思う。

それは…。例えば、正義感。

親父が家族の前から姿を消したのも、その正義感故であろうか。

だからこそ、人生の最後の瞬間まで、親父は自身の生き様の拘り続けたのかも知れない。

僕は父が犯したという罪の内容を知らない。その贖罪の為に、家族や社会と自分を切り離した執念とも言える覚悟。それは僕には絶対に辿り着けない領域だろう。

もはや、親父は普通の人間が持つ精神性の域を越えかけていたのかも知れない。

では、彼女はどうだろうか。

神懸彩子。

彼女についてを語れる程、僕は彼女を知らない。

でも、彼女の行動原理は一貫して、優しさや慈しみの精神から形作られている事は解る。友達を助ける為に、危険を顧みず、こんな場所まで来たのがその証拠だ。

それは、正しい事を成そうとする正義感とも言い換えられるものだろう。

…親父と同様に、彼女の精神も、その人間性も普通の域を越えている。

だが。

彼女はたった今。その友人を亡くした。

目の前で。助けることも叶わず。

更には、彼女を死に追いやった元凶は目前にいる。

それが、彼女の人間性にどんな変化を与えるのか。

…おそらく。

…彼女は。

…比喩でも暗喩でもなく。

文字通り、『感情の刃』を振り下ろすのであろう。

彼女には、その権利も理由もある。

人間であれば、それが当然だ。

だが、その行為の結果。

感情の刃を振り下ろしてなお。彼女は自身の正義を、人間性を維持できるのだろうか。

僕は彼女の人間性に救われた。

責務に押しつぶされ、自分を見失い、道を間違えた僕を、立ち直らせてくれたのは、間違いなく彼女の言葉だった。

彼女には本当に感謝している。

そして今。

目の前には巨悪に立ち向かう彼女がいる。

恩義ある彼女に対して、僕にできる事は、なんだろうか?

葵の魂。その流れを辿り…。

二人は、教団施設本部の地下、その最奥に辿り着く。

地下空間の深淵に広がる、黒く濁る湖面。

そこに、それは、鎮座していた。

体のない、潰れた巨大な顔。

巨大な顔面が地面に広がっているのだ。

その巨面の三つの瞳に色は無く眼窩は暗黒の穴と化している。

歪に伸びた管の先に開いた穴は鼻腔であろう。

鼻腔の下の伸びる扇状のそれは口だろうか。

顎はひしゃげ潰れべちゃりと広がり垂れ下がっている。

頭部を覆う金色の毛髪。濡れそぼるそれは神の最初の死者たる金色の王子のなれ果ての証だろうか。

その姿に、上川が慄く。

「これが、死皇…」上川は驚愕する。

しかし。

彩子が死皇の巨顔に感じた感覚は、恐怖ではなかった。

人外の巨面を前に、彩子はつぶやく。

「なんて醜い怪物…。こんなモノの為に…。葵ちゃんは…。」

胸元からお守り袋を取り出す彩子。

乱暴に、引き千切るようにお守り袋を開け、中から小さな刃を取り出す。

かつて邪神の殺害に用いられた神殺しの刃。『黒き死の刃』。その欠片。

死皇を殺せる、武器。

木の根のようにカサついた死皇の顔面。それを踏みつけるように彩子は顔面をよじ登る。

巨面に慄く上川とは対照的に、彩子の行動に一切の躊躇いはなかった。

巨大な顔面の、その眉間を踏みつける彩子。

死皇の額。そこにある第三の瞳。彩子はその暗黒の眼窩を睨み付ける。

「この…。」

邪神への畏怖。そして異形な存在への恐怖。

その感情は…報復の意志で封殺する。

喉の奥が煮え滾り、絶叫したい程の感覚に眩暈すら覚える。

怒りで体がバラバラになりそうだった。

生まれて初めての感覚が不快で堪らない。

彩子が抱く、その感情の名は…。

よくも殺したな!

私の友人を!

…『復讐心』。

「化け物め!」

それは、『憎悪』という名の悪意。

侮蔑の言葉と共に、彩子は死皇の眉間に、復讐の感情の刃を突き立てた!

グォオオオン…

風の音…ではない。

それは、この地下の更に地面の下から聞こえる…地鳴りのようであった。

直後。地下空間全体に地響きが奔る。

地震…というよりも、もっと生物的な揺れだった。

死皇の叫び。断末魔というやつだろうか。

欠片と言えども、神屠る黒き死の刃は、確実に死皇の亡骸にダメージを与えたのだ。

死皇の叫びに揺れる地下空間。地震と見紛うかのようなその振動は、宗教施設全体を混乱させるに充分なものであった。

更には、死皇の存在を知る教団の幹部連中のとっては、かつて無い程の衝撃であっただろう。

なにせ、自身らの神が『攻撃』され、かつダメージを受けているのだから。

その混乱に乗じて、彩子と上川の二人が地下空間からの脱出を図ることは容易であった。祖母の言う通りであった。

当の彩子自身は、まるで力を吐き出し果てたかのように脱力していたが、上川が支えとなる。

地下に押し寄せる人の波が隠れ蓑になり、人の流れを道標として、二人は上階に辿り着く。

地下空間から上階に辿り着いた二人は、教団施設の正面玄関に向かう中、見覚えのある空間に足を踏み入れた。

そこは、この教団の教義である際限の無い欲望を叶える為に作られた場所。違法の売買行為が行われていた場所だった。

かつて、上川は彩子を、教団施設の裏の顔を見せる為に、この場所まで案内した。その時、この空間で行われている違法売買に対して、上川は自身の無力を彩子に吐露した。

自分は違法な人身売買に曝される少女一人救う事ができない。

ここで行われている理不尽な行為に対して、誰かに頼る事でしか救う方法が思い浮かばない。

そう自身の無力を嘆いたものであった。

理不尽…。

そう、理不尽だ。

川島葵の悲劇は、確かに理不尽なものであったろう。当然、彩子の身に降りかかった災難もそうだ。他人の都合に巻き込まれたに過ぎない。納得できるものであるはずも無く、その理不尽に刃を突き立てるのは当然だ。

…上川自身も、かつて、理不尽に対して感情の刃を振り下ろした事はある。

もちろんそれは比喩表現であり、現実に刃を人間に突き立てたわけではない。

かつての職場で、夜中の11時に、皆が退社した後の誰もいないオフィスの自分のデスクに向かって拳を振り下ろしただけだ。

それで傷めたのは自分の右手だけ。誰かを直接に傷つけた訳ではない。

会社の為に。組織の利益の為に。自分が良くないと思っているものを、相手に良いものだと偽って売り込む。

上川が所属していた会社は、そういうところだった。

苛烈なノルマを自身のセールストークで、「これは良いものです」と嘘を吐きながら売り込む。そんな毎日だった。

売れないと思ってはいたが、部下に指示を出し、大変な仕事をやらせて、お客や販売員に嘘をつき続けた。

案の定、売れなかった。大損失の責任を取らされた。

その理不尽のせいで、守るべきと誓った大切な同僚達も苦しめ傷つけた。

もちろん生命に関わるような事態ではない。しかし、狭い社会しか見えていない自分達一般人にとっては、それは命に関わる問題だった。

自分でさえ、自分の仕事を信じられずに、かつ、それを強要されること。

それがサラリーマンにとっての地獄なのだろう。

自分自身が自分の仕事を疑うと、逃げ場がなくなる。会社から逃げても、自分からは逃げられない。そして自分は社会の責任から逃げた。

…そして今。

教団施設の奥に設置されていた違法売買会場も酷い混乱だった。

死皇の事情を知る者、教団の深淵を知る者。その混乱が事情も深淵の知らぬ者にまで普及し、会場は困惑の坩堝るつぼと化していた。

その混乱に乗じて、急ぎ売買会場を駆け抜ける彩子と上川。

ふとその時、上川の足が止まる。

「どうしました、上川さん?」

足を止めた上川の挙動に疑問を覚える彩子。

「すみません、彩子さん。少しだけ待ってください」と告げる上川。

その上川の足は、売買会場の裏側にある部屋に向かう。

売買会場の裏側。そこは違法売買に掛けられる『商品』が保管されている場所。

その『商品』の中には、当然…。

闇取引の競売の商品とされている少女達がいた。

上川は、少女達が禁錮されている檻の扉を開けて周り、少女達を解放する。

檻の鍵の場所は、予め知っていた。しかし解放を実行する勇気もタイミングも無かった。今がそのチャンスだったのだ。

鍵を開けて回る上川に向かって、豚は吠えた。それは私のモノだ、高い金を出して買ったのだ。そう豚が喚いている。

唾を撒き散らし喚く豚を、上川は思いっきり蹴飛ばした。感情を込めて、真っ直ぐに。理不尽に対して。

上川の靴底の跡を頬に刻んだ豚が、床にだらしなく這いつくばる。

その豚の姿を見て、上川は一言、呟く。

「悪くないね」と。

教団施設からの脱出を図る彩子と上川。二人はついに、教団施設出口付近に辿り着く。

メインホールだ。ここを通過すれば、出口まであと少し。

二人の足が自然と早まる。

しかし。

メインホール。かつて彩子はこの場所で教団の集会に参加した。

教団に入信し幸福を得た者の体験談。

その歪な幸福体験に耳を傾ける参加者。

そして。教団の代表者の挨拶が、このメインホールで行われていた。

教団の代表者。それはすなわち、教団の管理者であり、教祖であるあの男…。

「神懸彩子。君を待っていたよ」

その男は、まるで彩子を待ち構えるかのように。

「枢樹…蘭堂…」。

再びメインホールの壇上に立っていた。

…彩子と葵を教団施設に拉致を指示した男。葵を死皇の生贄に捧げた男。

死皇と同じく…葵ちゃんのかたきでもある男!

彩子の憎悪は、枢樹にも牙を剥く。

壇下から彩子は枢樹を睨み上げる。

「死皇は滅された。あなたも、この教団も、お終いですよ。」

彩子の口調は丁寧ではあるが、慇懃でもある。

平静でいろと言う方が無理であろう。

上川はそれを彩子の憎悪籠るその眼を見て察する。

「…この騒ぎは、君が原因だろう。死皇に一体何をした?」

その枢樹の言葉に、彩子は胸元から『死の刃』を取り出す。

「まさか…それは『黒き死の刃』か。まさか現存していたとはね…。」

「知っているんですか?」

「ああ。眷属の文献に記してあった。」

「だったら、あなたの神様が死んだ事も理解できますよね。」

「…ふむ、しかしその刃はみたところ欠片だ。神を完全に滅するには、些か頼りないように思えるがね。」

「…!」彩子の表情が曇る。

枢樹のその言葉が的を得ているという事なのだろうか。

「たとえそうでも、私はあなたも死皇も許しません。絶対に!」

「君は私が憎いんだね。」

「当然です!」

「精神を焦がす程の激情に身を曝す。実に人間らしい。君は、君自身のそのその憎しみの始まりが何処にあるのか、知っているのかな?」

「は?何を言っているんですか?」

「…君は、本当に私のことを覚えていないのかい?」

「?」

「まぁいいさ。君のその憎しみがいつまで続くか。実に楽しみだ。」

枢樹な何故か、彩子の憎しみを煽るような台詞を吐き続ける。

「神懸彩子…偽りの神の偶像…。ようこそ、人間の世界へ。」

そう宣う枢樹の言葉の意味を、彩子は全く理解できなかった。

メインホールで対峙する彩子・上川と枢樹の3人。

と、その場に慌ただしく駆け付ける二組の足音があった。

「枢樹様!」

「教祖!」

男女の声ぞれぞれが枢樹を呼ぶ。

メインホールに連なる重厚な扉を開け放して飛び込んできたのは、屈強な男性と、秘書然とした女性。

それはかつて枢樹の傍に控えていた側近と思われる二人だった。

「彩子さん、逃げましょう!」危機を感じ取った上川が彩子を促す。が…。

「逃すと思っているのか!」そう声を荒げる男が彩子達の前に立ち塞がる。

「ここまでのことをしておいて…。無事に返すわけがないでしょ!」秘書然とした女性も怒りを込めて金切り声を上げる。

…出口まで、後少しなのに!

その時。

「か、火事だー!」

予想だにしない悲鳴が、開け放たれたメインホールの扉の向こう側から響いてきた。

「な、なんだと!」慌てふためく男。

同時に鳴り響く火災報知器。どうやら火の手が上がっているは本物のようだ。

「ど、どこで火事が起きてるの!」まさかの火災に女性も混乱の表情を示す。

動揺する側近の二人。それと同じく、壇上に立つ枢樹の表情も曇る。

「…この状況での火はまずい。消化を急げ。」

静かに、しかし迅速さを求めながら、側近の二人に指示を飛ばす。

枢樹の指示を優先した二人は、鎮火の為に駆け出し、ホールから去っていった。

「まさか…。」

呟く彩子。

…死皇は植物と同様の特性を遂げている。だから、火に弱い?

しかも、今この瞬間、死皇は刃でダメージを受けている。尚のこと火が与える影響が由々しき事態に繋がるのだろうか。

でもどうして、この格好のタイミングで火災が起こったのだろうか?

でも、誰が?

その時。

「ああ、いたいた。」

その場に不釣り合いな、穏やかな声が壇上に響いた。

「無事で良かったよ、彩子君。」

その長閑な声の主が、壇上の側面の舞台裏から姿を現す。

招待をさせられないようにするためか、サングラスを掛け、マフラーのようなマスクで顔を隠したその人物は…。

老刑事・羽佐間時雨はざましぐれであった。

危険人物そのものの風体であったが、彩子には声でそれが羽佐間であることが解った。

まさか、ここで羽佐間さんが現れるとは!

驚く彩子だったが、羽佐間が手にしているモノを見て更に目を丸くする。

羽佐間の手には火炎瓶が握られていたのだ。

映画とかで見たことのある、空き瓶に可燃性の液体と導火線を仕込んだ、お手製の火炎瓶。

かつて初めて羽佐間と出会った時も、この老人はチェーンソーを手にして幽霊ビルに突入してきた。

あの時も感じたことだが、なんともファンキーな御老体であろうか。

だが、この老刑事が彩子を助けに来てくれた事は間違いない。

しかも絶好のタイミングで!

絶好の、タイミング、で…。

…。

『あんただけは死んではいけない』

祖母の声が聞こえたような気がした。

しかし。

「誰だか知らないが…。やってくれたね。」

彩子の逡巡を壊すかのような怒気を孕む声が羽佐間に降りかかる。

枢樹だ。かつてない程、枢樹の声は苛ついていた。

未着火の火炎瓶を掌で弄ぶ羽佐間に向かって、枢樹が初めて声を荒たげる。

「今際の際の人生を送るだけの老人め。何故に私の邪魔をする!」

「あんたが教祖様だね。」

「この場所こそが!真に存在する神を用いて人を救う場所になる筈だったのだ!」

「なぁ、教祖様。あんたはまだ若い。そんなあんたに、今際の際の耄碌した老人から、一つアドバイスを送ろう。」

「…なんだね?」

「あんたの心は、救世主を謳うには、ざわつき過ぎている。」

「…!」

「俺は長く今の仕事をやってきた。その結果、恨まれる事もたくさんあった。納得のいかない経験もたくさんした。記憶から追い出したいような理不尽な思いも数えきれない程、味わった。」

「…なんの話をしている?」

「それでも、自分の役目を全うする為に、自分である為に自分に俺にできる事はな…。」

「…?」

「入ってくるものを排除しようとしてはだめだ。心の容器を、常に、丸く清らかにしておくことが大事なのだ。人間は、定めなさと愚かさに満ちた自分からは逃れられない。俺達の努めは、自分自身の行動の中に秩序と穏やかさを形造る事。人間は揺れ動く。その儚さ、揺れ動きこそが自分なのだ。それを意識せねばならない。」

「ご老人。何が言いたいのだ?」

「何が言いたいかと言うとだね、降りかかる災禍をどう受け止めるか。結局それは自分自身にしかできない。」

「…。」

「あんたらの狭義やら救いやらは、まぁ…『余計な世話』。そういうことだ。」

スプリンクラーが作動を始めた。

彩子と上川、そして羽佐間は天井から降り降りる水を避けるため、ホールの端に寄る。

対して、壇上の枢樹蘭堂は…。

ただ、その天井から放り注ぐ水を頭から受け止めていた。枢樹の前髪が額に掛かる。

その状況がどれほど続いたであろうか。

いや、おそらく時間は数秒、長くて1分程度だったろう。

突然、壇上の枢樹が髪を掻き上げた。

そして大きく俯き、長い溜め息をつく。まるで自身の体内に巻かれた毒を無理やり吐き出すかのように。

死皇への攻撃。施設内の火災。そして羽佐間の言葉。

それらが枢樹の精神に作用したのか。それは傍目には判らない。

しかし、再び真っ直ぐに壇上に立つ枢樹には、一見、なんの混乱も困惑も無いように見て取れる。

「まさか、放火までされるとはね…。ここまでなりふり構わない行動をするとは。予想外だったよ。」

枢樹のその態度には、まだ余裕があるように見えた。

「だが、これで終わりじゃない。」

終わりじゃない?

枢樹のその不適な言葉に彩子が疑問を示す。

「おそらく死皇は、傷つけられた体躯を修復する為に、暴走を始めるだろう。それは私にも止めることはできない。」

「どう言うことですか?」

「死皇の進化は私のコントロールを外れた。君らが成した事により、この街は真の意味で『呪われた街』となるだろう。」

枢樹は踵を返し施設の奥に向かう。もう彩子達に構っている暇はない。そう言う事なのだろうか。

「君はこれから『死皇』の名の意味を知る。」

そう言葉を残し、枢樹は彩子達の目の前から去っていったのであった。

教団施設から脱出した彩子と上川は、羽佐間の運転する車に乗り込む。

一刻も早く教団施設から離れる為、羽佐間は車を急発進させた。

後部座席に乗り込む彩子は教団施設を振り返る。火災は鎮火に向かっているようだ。

「羽佐間さんでしたっけ。刑事さんなんですよね。放火なんてして大丈夫なんですか?」

助手席に座る上川が羽佐間に伺う。しかし当の羽佐間は狼狽えるどころか「ふん」と鼻を鳴らす。

「この土地の警察は教団の言いなり。ズブズブの関係ってやつだ。しかし逆に考えれば本庁所属の刑事を捕まえるには街と教団の事情を公表しなければならない。そう簡単には捕まらんさ。」

「はぁ…」羽佐間の度胸に上川が感嘆の声を漏らす。

それから30分程の時間が経過しただろうか。

教団施設から遠く離れた場所で、羽佐間は一旦車を停車する。

街外れの山道。追っ手は来ていない。どうやら無事に逃げ仰たようだ。

「羽佐間さん」と彩子。

なんだね。そんな表情を浮かべ羽佐間は彩子に目を向ける。

彩子は羽佐間に聞きたかった。

彩子を助けに来たと言う羽佐間。そしてそのタイミング。

そもそも、どうして羽佐間は彩子が教団施設に潜入していたことを知っていたのか。

教団施設に潜り込むことは、羽佐間の相方である葛籠にも伝えていない。それどころか、彩子は羽佐間の連絡先すら知らなかったのだ。

腑に落ちないことが多数あった。

「羽佐間さん。どうして私の危機がわかったんですか?」

その彩子の疑問に、羽佐間は少しの間押し黙り…そして目を逸らしながら呟く。

「…小夜さんに頼まれたんだ」と。

「お婆ちゃんにですか!」

合点のいく彩子。

祖母の小夜には教団施設に潜入する前日から何度も連絡を入れていた。

そしてつい先程も。小夜のアドバイスで彩子は教団から脱出できたのだ。

「お婆ちゃんもこの街に来ているんですか!」

それがどれほど頼もしい事か。彩子の声には強い期待が籠っていた。

しかし。

それに応える羽佐間の言葉は…。

「小夜さんはもう亡くなっている。」

「………え。」

彩子の顔から一切の感情が消えた。

「小夜さんとは数日前から連絡が取れなかった、行方不明だったんだ。」

羽佐間は彩子の顔を見ない。

見れなかった。

「…。」

「そして昨日。この街からずっと離れた山中で、遺体となって見つかった。」

「……。」

「死後三日は経過していた。」

「………嘘。」

「嘘じゃない。」

「だって、ずっと、私、お婆ちゃんと…。嘘…。」

「嘘じゃない。俺は直接、小夜さんの遺体に会った。」

「…そんな…。じゃあ、さっきの電話は…。」

「小夜さんとの付き合いは俺も長かった。友人だった。相棒と呼ばれた時期もあった。遺体は…間違いなく…小夜さんだったよ。」

「…。」

「その夜。小夜が、俺のところの現れた。そして、孫を助けて欲しい。そう頼まれた。」

小夜と名を呼ぶ羽佐間の声は震えてた。彩子の顔は見れない。そして、羽佐間も彩子に自分の表情を見せられなかった。小夜と羽佐間の関係はそれ程までに、深かった。

しかしそれでも、羽佐間は彩子に告げるべき真実を告げる。

「彩子君。」

「…。」

「死皇はな。一体ではないんだ。まだ他にいるんだ。小夜は、この街とは違う別の土地で、死皇と戦っていた。そして、命を落としたんだ。」

「…!」

羽佐間が語るその事実に、彩子の肩がびくりと震える。

死皇は一体ではない。しかし彩子を慄かせた事実は、それではない。

祖母は、死皇を滅する事のできるたった一つの武器…『死の刃』を私に渡してしまっていた。

私を守る為に。

だから。

…死んだのだ。

祖母の死を知り、その真実を知り、愕然とする彩子。

全ての感情と、そして生きる力すら失いかねない程に憔悴した彩子はその場で崩れ去り、動けずにいた。

山中に停めた羽佐間の車に寄り掛かりながら、羽佐間は紫煙を燻らせていた。

今は、時が過ぎるのを待つしかない。彩子君も。そして俺も。

上川も同様に羽佐間の隣で煙草を吸う。

喫煙は久しぶりだった。疲弊した心身に煙が染みる。

ふと、羽佐間が上川の顔を見つめる。

そして何かを思い出すかのように顎に手を当てた。

「あんた、もしかして拓也くんかね?」

「はい?」

羽佐間の質問に上川が驚く。

拓也。それは確かに上川の名前だった。

「やっぱりそうだ。あんた、上川さんところの拓也くんだ。写真を見せてもらったことがあるよ。」

「えっと…誰にですか?」戸惑う上川。警察関係者に顔を知られているには、余り嬉しい話ではない。

「もちろん、あんたの親父さんにだよ。」

「は、はぁ?」戸惑う上川。そのまま疑問を口にする。

「父と知り合いだったんですか?」

「ああ。あんたの親父さんは、俺の同僚。刑事だったんだからな。」

「…初耳です。父は、俺が子供の頃に家から出て行きましたから。」

「うん?…そうか。上川さんは…今は?」

「先日、亡くなりました。」

「…やっぱり。上川は最後まで息子に自分が刑事だって事を言わなかったんだな…。」

「どう言う事ですか?」

「あんたの親父さんはな、不幸な事件に巻き込まれちまったんだ。家族に合わせる顔がない。そう言って警察を辞めていった。」

「そうなんですか…。父のこと、教えてください。」

上川の頼みに羽佐間は、上川の父親についてを、そしてその身に降りかかった災難についてを聞かせてくれた。

上川の父親は、刑事という職務の中で、未成年を撃ってしまったのだという。未成年と言えども凶悪な犯行により殺人すら犯しかねない場面であり、已む無くの発砲であった。

しかし相手は未成年。凶悪犯罪の低年齢化の発生率の低く、当時は未成年犯罪に対する法整備も不十分だった。

そして世論は警察の暴虐だと断定した。

上川の父は責任を負わされる形で警察を辞職。政治的な駆け引きと法律論争の陰で反論する事も許されなかった。

「拓也くんのお父さんは、世の流れの犠牲になったようなものだった。しかしそれでも拓也くんのお父さんは黙ってそれに耐えた。それがあんたのお父さんの真実だ。」

「そして、母と息子を巻き込まない為に、僕ら家族から距離を置いた…。」

「そうだ。息子のあんたから見れば、さぞ嫌な父だったろうが、許してやってくれ。」

紫煙を吸い込む上川。そして、ゆっくりと煙を吐き出す。

小さな白い煙が、空に上がっていく。

「僕は父の最後の時、隣にいました。」

「…。」

「父は幸せそうでした。後悔とか未練とか全部吹っ切って、旅立っていった。そう思ってます。」

「…そうか。」

「それに父はついさっき、一人の女性の魂を救ったばかりです。本望ですよ、きっと。」

男二人の吐いた紫煙が混ざって空に消えていく。

「この奇跡も、小夜の導きかもな…。」

羽佐間の運転する車で彩子は眠りに着く。

自宅には戻れない。追っ手が掛かっているかも知れないからだ。

羽佐間は車外で見張りに着いている。

街を見下ろせる山中の駐車場。人が来ればすぐに把握できる場所。

今はともかく警戒を解かないほうがいい。そう言う羽佐間の勘は確かだろう。

…羽佐間さんには申し訳ないが、今は兎も角、休みたかった。

お婆ちゃんと葵ちゃん。

失った二つの命。

現実を受け入れるには、まだ彩子の精神は虚んでいる。

凡庸とする脳裏の中で、彩子は羽佐間との会話を思い返す。

羽佐間の運転する車の中で、彩子は一言だけ、小さく呟いた。

「私も死ねば、葵ちゃんやお婆ちゃんと会えるかな」と。

それを耳にした羽佐間がポツリと呟く。

「小夜は言っていたよ。自分は命の順番を決めていると。まずは家族。そして次に普通の人。最後に自分だってな。」

『彩子。あんたは生きなさい。』

祖母の声が聞こえたような気がした。

「それが、お婆ちゃんの生き方…。」

…。

じゃあ、私は、どう生きていけばいいの?

…そして翌日。

彩子の心情とは無関係に。

彩子を取り巻く事態はまた一つ、進む。

『まだ終わりじゃ無い』

『死皇の進化はコントロールを外れた』

『この街は真の意味で呪われる』

枢樹の最後の言葉の意味。

彩子はそれを理解する。

車中で目を覚ました彩子。

それは決して心地良い目覚めではなかった。

車のソファーで寝ていたのだから体の辛さはあるが、それとは違う。

下。

車の下。

いや、もっと下。

地下だ。街の地下。

振動。何らかの蠢動。

「彩子くん」羽佐間の声がする。

「どうしました?」

「…俺には見えない。けれど、何か、途轍もなく嫌な予感がするんだ。」

山中の駐車場の手すりから身を乗り出した羽佐間は、街を見下ろしていた。

彩子も、下方に広がる街に目を向ける。

そして、その光景に愕然とした。

それは、『視える』彩子にしか見えない光景だった。

真っ黒な腕。

それが何本も、何本も。

街中の至る所から。

数え切れない数の黒い腕が、生えていたのだ。

街中を埋め尽くす黒腕。

その黒い腕の黒さには、見覚えがあった。

黴の色。

街中に蔓延っていた、黴の色にそれはよく似ていた。

その無数の腕の先っぽで。

何かが蠢いていた。

それは、人の形をしていた。

その人の形も、『視える』彩子にしか見えないものだった。

幽霊。

寄るべを失い、天に還る事を待つ、無害な幽霊。

職場の屋上の端っこにいた少年のような、無垢な幽霊。

そんな幽霊達が、何人も何人も、街中から生える黒腕の触手に捕えられている。

さながら、蜘蛛の巣に捉えられた虫ケラのように。

さながら、喰われるを待つだけの百舌鳥の早贄のように。

…屋上にいた少年霊は、いつしか消えていた。そして屋上に茂っていた黴…。

黒腕の触手に捕えられた幽霊の叫びが聞こえた。

其処彼処で挙がる、死して尚の断末魔。それは正に地獄の叫声。

幽霊を捕らえた黒腕が地面に消える。

一つ。また一つと。

捕らえられた幽霊と共に。

…喰っている!

地下の死皇の亡骸が、幽霊を喰っているのだ!

…これが、枢樹の言う死皇の暴走なのか。

街中に蔓延る黒い黴。それは街を侵食する死皇の一部。

そして死皇は、肉体を失った霊体ですらも…喰らう。

既に街は、死皇の亡骸群落と化していたのだ。

そして。

この街で死んだ人間の霊体は…魂は!

…死皇の餌となる。

この街では死の安寧すら許されない。

ここは死皇に呪われた街。

…。

この街で死んだ葵ちゃん。

『じゃあ、私ね、幽霊になったら、真っ先に彩子に逢いに行く。私は死んでも彩子の友達。なんたって、彩子は幽霊が視える人だもんね!』

私は葵ちゃんの言葉を思い出す。

葵ちゃんの幽霊は、私の前には、現れない。

現れることは、絶対に、無い。

「あああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

言葉にできない憎悪が、私の全てを支配した。

そして、時は進む。

冬の始まり。

葬儀の場へ。

それは川島葵の葬儀ではない。

川島葵は、今も尚、『あの街の中では』行方不明のままであり…。

その葬儀は、彩子の祖母…神懸小夜の弔いの場であった。



最終話へ続く

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