表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

史上最高齢の勇者が不滅の魔王を永遠に滅ぼすまで

作者: しゃぼてん

 俺は小さな村の農民の息子に生まれた。

 魔法の素質は村人の中ではけっこうあったはずだが、特に目立っていたわけでもない。

 あれは俺が10歳の時だった。早朝、俺は突然起こされた。

 目の前には見知らぬ(じい)さんがいた。いや、今になって思えば爺さんというには若かったが、10歳の俺には、両親よりずっと年上に見えたその男は、じじいにしか見えなかった。

 その男は恐ろしい顔をしていた。


「俺は未来のお前だ。いいか。絶対にミレーを勇者にさせてはいけない。魔王討伐なんて茶番だ。魔王の正体は……」


 すべてを言う前に、男の姿は薄れていき、消えた。

 俺は眠かったので、そのまま眠ってしまった。そして、起きた時には、あれは夢だったんだと思っていた。


 ミレーは同じ村で育った俺と同い年の幼馴染(おさななじみ)だ。

 ミレーは村長の娘で、小さい頃からなんでもできた天才だったけど、俺達が12歳になった年に、勇者候補の認定を受けた。


 勇者というのは、魔王を倒す人間だ。

 魔王というのは、魔物の王で、魔王が復活すると魔の瘴気(しょうき)が濃くなって魔物が増える。勇者が魔王を倒すと瘴気が薄くなって魔物が減る。だけど、しばらくすると魔王は復活するから、また勇者が魔王を倒さなければいけない。

 俺達の国の歴史はその繰り替えしでできていた。


 ミレーは勇者としての教育を受けるために王都へ行き、ついでに俺も魔法の勉強のために王都に行かせてもらった。勇者候補が村から出ると、村は国から色々と援助してもらえるから。つまり、俺が王都に勉強に行けたのは、ミレーのおかげだ。


 ミレーはすぐに頭角をあらわし、史上最高の素質を持つ勇者と称えられるようになった。

 一方、俺の魔法の才能は平凡で、18歳の時にはまだまだひよっこ魔法使いだった。

 勇者パーティーになんて、とてもお呼びでなかった。


 だから、18歳のその年、俺は王都で、史上最強の勇者と称えられたミレーを、ただ見送ることしかできなかった。

 勇者に選ばれるのはこの上ない光栄なことだ。誰もが勇者に憧れている。

 それでも、俺はミレーに行かないでほしいと、本当は言いたかった。

 本当は、言おうとした。


「ミレー、俺は、ミレーに生きていてほしい。だから、だから……」


「うん、バン。私は絶対に、魔王を倒して帰ってくるよ」


「でも、生きて帰ってきた勇者はほとんどいないんだ。前の勇者も、その前の勇者も。魔王を倒せても、相討ちになったりして、死んじゃった。俺はもうミレーに会えないなんて嫌だから、だから、勇者なんて……」


「だいじょうぶ。私は史上最強の勇者だから。絶対にまた会えるよ。だからバンはここで待ってて。平和な世界でまた会おう」


 結局、俺はミレーをとめることができなかった。

 勇者ミレーは魔王を倒した。

 魔物は減り、世界は平和になった。

 だけど、ミレーは帰ってこなかった。

 魔王を倒し、ミレーは死んだ。


 やがて、時は経ち、再び魔物が増えはじめ、じきに魔王の復活が宣言された。

 今度の魔王は史上最強らしい。

 そして、次の勇者が育った頃、俺は50歳になっていた。

 ミレーを失ってから30年以上、ひたすら魔法の腕を磨き続けていた俺は、今度こそ魔法使いとして勇者パーティーに加わることができた。 


 魔法使いには晩成する者も多いから、勇者パーティーに加わった魔法使いとしては俺は最高齢ではなかった。

 だが、勇者は年をとればとるほど勇者としての適性が落ちるといわれ、戦士は40を過ぎた頃には第一線では使いものにならなくなってくる。

 当然のごとく、俺以外のメンバーは皆20代で、勇者カインは23歳、戦士ゴードンは28歳、僧侶ローラは22歳、だった。

 結婚することのなかった俺には子どもはいなかったが、みんな、子どもの世代だ。

 

 三人ともいい子達だった。

 魔王を倒した勇者の幼馴染にして現在最強の魔法使い、そんな肩書を持つせいか、三人は頼りない俺に最上級の敬意を払い、慕ってくれた。


 俺は最高齢の勇者パーティーメンバーとして命に代えても任務をはたすつもりだった。

 俺自身が最高齢の勇者になるなんてことは想像しなかった。


 魔王城までは勇者護衛隊という王国軍の特殊部隊が付きそう。

 魔王城の中には、外とは比べ物にならない魔物たちが棲んでいるが、魔王城の周囲に結界がはってあるため、城の外には出てこない。

 勇者護衛隊はその結界の維持ふくめ、いくつも秘密の任務を担っていた。


 魔王城の魔物たちは強かった。

 俺達は何度も全滅しかけたが、魔王城に入ってすぐのところで見つけた一瞬でパーティー全員が城から脱出できる道具のおかげで、いつも殺される前に逃げることができた。

 なぜそんな便利な道具が入り口に置いてあったのか、その時俺は深く考えなかった。


 何度も殺されかけて、城外で回復してはまた魔王城に挑戦する。そんなことを俺達は何度も何度も繰り返した。


「あなた方より強い勇者パーティーは多くいましたが、あなた方ほど多く挑戦を続けた勇者パーティーはいませんでしたよ」


 勇者護衛隊の隊長はそう言った。

 たいていの勇者パーティーは、数回以内に全員死亡するか、仲間を失ってあきらめるのだという。

 幸いなことに、何度も魔物に敗北しているのに俺達のパーティーは誰も死ななかった。

 俺はその時、それをただの幸運だと思っていた。


「俺達があきらめずに挑戦し続けられるのは、バンが決してあきらめないからです」


 勇者カインはそう言った。

 たしかに俺はあきらめなかった。

 あきらめればよかったのかもしれない。

 あいつらのために。

 だけど、俺はあきらめられなかった。

 魔王城の最奥に行き、魔王を倒すまで。

 ミレーが死んだその場所へ行き、ミレーが見た光景を見るまで、俺は決してあきらめられなかった。


 数年間にわたって挑戦を続け、俺達はついに魔王城の最奥、魔王の間にたどりついた。


「よくぞここまで来た。勇者一行」


 魔王の声が響いた時、俺は胸騒ぎがしたが、それは決戦への不安からだろうと思いこんだ。

 魔王の視線がカインではなく俺にそそがれているように感じたのも気のせいだと。


 魔王は強かった。

 魔王の本体は人間のような形だったが、魔王の背からは黒い巨大な腕が何本もはえており、その一本一本が意志をもつように自在に動き、魔法攻撃をはなってくる。

 熾烈(しれつ)な戦いが続いた。


 敵は史上最強の魔王と呼ばれる魔王だったが、魔王は復活の後、徐々に弱体化していく。

 この時には魔王はすでに弱体化していたのだろう。

 それでも激しい魔法攻撃の直後、降り注ぐ槍に僧侶のローラが倒れ、戦士ゴードンが倒れた。

 勇者カインが倒れた時点で敗北が決定する。

 魔王を倒すには、勇者の剣が必要なのだ。そして、勇者の剣の力を十分に引き出せるものは勇者だけだ。

 黒い巨大な腕は無慈悲にカインを引き裂いた。


 カインが倒れた瞬間、俺は自分の命を犠牲にする最強の呪文を唱えた。

 魔王の叫び声が聞こえた気がしたが、俺は呪文を唱えた。

 俺の魔法を受けて魔王の巨大な黒い腕が、燃え尽きていった。


 呪文は成功し、俺は死んだ……はずだった。だが、俺は生きていた。 

 即座に誰かが俺に蘇生魔法をかけたみたいだった。

 誰が?

 ローラもカインも倒れたままぴくりとも動かない。おそらく、死んでいる。

 この場に他にいるのは魔王だけだ。だが、魔王が俺を蘇生するはずがない。

 

 魔王の黒い腕は消えたが、魔王本体はまだ立っていた。

 俺は最後の力をふりしぼり、カインの勇者の剣を手にとった。

 勇者としての適性がない俺の力で、どれだけこの剣の力を引き出せるかはわからない。だが、弱っている今の魔王なら、ひょっとしたら。

 その一縷(いちる)の望みにかけて、俺は、剣をもって突っこんでいった。


 魔王の腹に勇者の剣がつきささり、剣から強烈な光が放たれた。

 黒い魔力の塊が魔王の体を離れ、俺の全身に(まと)わりついた。

 そして、魔王の銀仮面が落ちた。

 年若い少女の顔があらわになった。

 その顔は30年以上たっても決して忘れることがなかった。


「ミレー! なんで、ミレーが……」


「バン。また会えて、よかった」


 ミレーの体は崩れ落ち、砂になって消えていった。

 そして、魔王を倒した俺は、あらたな魔王になった。



・・・

 

 俺は魔王になって全てを知った。

 魔王城の中には、無数の書物と書置きが置かれていた。

 それらは、この城を作った魔法使いが残したもの、そして、これまでの歴代の魔王が書き残したものだった。


 かつてこの地は魔の瘴気に覆われ多くの魔物が跋扈(ばっこ)する地だった。

 かつてこの地に王国を建てた人々は、その魔の瘴気を収めるためにある装置をつくった。

 それがこの魔王城だ。


 勇者と呼ばれる強大な力と適性を持つ人間を触媒(しょくばい)にすることで、この装置はこの地の瘴気を吸収する。同時に勇者の身は魔に浸食され魔王となり、この城に縛り付けられる。

 しかし、次第にその効果は薄れていく。

 そのため新たな生贄(いけにえ)「勇者」が必要となる。

 それが勇者による魔王討伐。


 とんだ茶番だ。

 そんな茶番のために、若者達が死んでいった。

 ミレーが、ゴードンが、ローラが、カインが……。


 そのおかげで、王国内の人々がしばらくの間平和に生活できることに違いはないが。死んでいった者達を知る俺にはどうしても納得がいかなかった。


 あらたな魔王となった者は、魔王城から外に出られない。

 そして魔王城の中で知った事実を城の外に伝えることもできないらしい。そういう呪いがかけられている。

 王国を建国した魔法使いは本当に強力な魔法使いだったのだろう。


 俺は魔法使いだが、これまで攻撃魔法ばかりを学んでいたため、魔王城の魔法を解除するようなことはとてもできなかった。

 だが、幸い、魔王城内には様々な魔導書が置かれていた。この城はもともと王国建国に尽力した例の魔法使いの住居だったようなのだ。


 俺は必死に魔法を学び、対策を考えた。

 そのうちに思い出した。10歳の頃に見た、未来の自分の姿を。

 あの夢だと思ったものは、夢ではなかったのだ。

 俺自身だったのだ。

 魔王になってしまった俺は必死に魔法を編み出し、過去の自分に伝えようとしたのだ。

 ミレーを失わないように。


 だが、結局、俺は未来を変えることはできなかった。

 過去の俺に会うだけでは無駄だ。

 別の方法を編み出さなければならない。


 そのためには時間が必要だった。

 本来勇者の適性がない俺は、史上最弱の魔王にしかならなかった。

 魔の瘴気を抑える力も弱かったため、すぐに世界中に魔物が増え、俺自体は弱いのに早々に魔王復活を宣言されることになった。


 だが、俺はまだ死ぬわけにはいかない。

 俺は魔王城内に罠をはりめぐらせ、卑怯な手段も駆使して身を守った。

 俺は史上最悪の卑劣な魔王といわれた。


 俺はそうして時間を稼ぎ、長い時を経てついに習得した。

 過去の自分に転生する魔法を。


 


 気が付いた時、俺は懐かしい故郷の村の自分の部屋にいた。

 部屋の中には子どもの頃遊んでいた懐かしいおもちゃが転がっていた。

 俺の手の皮膚はまだ若々しく小さい。

 俺は無事に10歳の時の自分に戻ったようだった。


 自分の状態を確認すると俺はすぐにミレーに会いに行こうとした。

 家の外に出て、ミレーの家に向かおうとしたところで、運よくミレーにでくわした。


「ミレー!」


「バン、どうしたの? あわてて」


「ミレー! 聞いてくれ。大事なことなんだ。いいか。絶対に勇者になっちゃいけない。勇者は……」


 だが、そこで俺の意識は途切(とぎ)れた。

 

 暗い闇の中のようなところに俺はただよっていた。

 遠くでたまに声が聞こえる。ミレーの声、それから幼い俺の声。

 遠くにたまに少しだけ景色が見える。村の中の様子、村の人々。


 どうやら俺は意識だけの存在になって10歳の自分の中にいるようだ。

 だが、体をコントロールできない。

 どうやら俺の魔法は半分成功、半分失敗したらしい。


 それからしばらくして、俺はまた一時的に意識を取り戻す……いや、子どもの頃の俺の意識を奪い取ることができた。

 どうやら、俺は何日かに数分間だけ、この体を得ることができるようだ。

 しかも、魔王城の呪いはまだ俺にかかっていて、魔王を倒した勇者があらたな魔王になるということは、どうやっても伝えられなかった。

 だが、それでも、絶望なんてしていられない。

 俺は絶対にもう二度とミレーをあんなめにはあわせないと(ちか)ったのだ。


 やがてミレーは勇者候補となり王都へ行き、俺も王都の魔法学校へ入学した。

 俺は王都に行ってからも、ミレーに会いにいった。

 だけど、ミレーは天才的な勇者候補、俺は平凡な見習い魔法使い。同じ村の同じ年の幼なじみだけど格差が激しいねと、みんな裏でささやいていた。

 かつての俺はそれに気後れして、王都ではあまりミレーに会おうとしなかった。

 俺はそれを、ミレーが魔王城から帰ってこなかった時に心底悔いた。


 だから俺は俺に与えられたわずか数分の時間で馬鹿な10代の俺にメッセージを送り続けた。

 時には俺が誘いの手紙を書いてミレーに送った。

 知らぬうちにデートの誘いをしていたり有金使い果たしてプレゼントを買っていたりする若き俺が困りきっているのが遠くから聞こえる声でわかったが、俺は俺のためにやれることをつづけた。


 そして18歳の年になった。運よく俺に与えられた数分間でミレーに会えたその日、俺は手遅れになる前に今度こそ言うべきことを言った。


「ミレー。俺はミレーに勇者になんてなってほしくない。世界が魔物だらけでも王国が滅んでも。そんなことより俺はミレーと一緒にいたい。俺はミレーが好きなんだ。ずっとずっと好きだったんだ。だから、魔王討伐なんてやめて、俺の嫁になってくれ!」


 だけど、ミレーはあっさり俺を振った。


「やだよ」


「え……うん。ご、ごめん」


 俺は自惚(うぬぼ)れすぎていたようだ。

 しょせん俺は俺だ。美しい顔も背の高さもなければ天才でもない。

 18歳の俺は何ももたないただの少年なのだ。俺の告白やプロポーズなんて意味がない。

 ずっと一度も好きだと言えなかったのを悔いていた俺は、妄想に取りつかれていたのかもしれない。この想いは俺だけのものじゃないと。

 

 俺はあわてて言った。


「ごめん。ミレー、俺のことは絶交でもなんでもしていいから。絶対に、魔王討伐にはいかないでくれ。俺はとにかくミレーに幸せに生きてほしいんだ」


 ミレーは俺をみすえて言った。


「絶交なんてしないよ。だって、あなた、バンじゃないもん。時々バンの中に入ってるあなたは、誰?」


「気づいていたのか? いや、だが、俺はバンなんだ。何十年も先のバンなんだ。未来でひどいことが起こるんだ。いや、今もこれまでもずっと起こっている。勇者が魔王を倒しても解決にならないんだ。だから……」


 そこまで言ったところで、俺の時間は終わった。

 次に俺が俺の意識をのっとった時、俺は見知らぬ場所にいた。

 粗末な小屋だ。小屋の中には俺とミレーだけがいる。

 俺がキョロキョロしていると、ミレーは言った。


「久しぶり。未来のバン」


「ここは?」


「私達の隠れ家。任務をほおりだして、駆け落ちしちゃったからね」


 ミレーは、ちょっと恥ずかしそうに、いたずらっぽく笑った。


「じゃ、俺は、バンはちゃんと……」


 ミレーはうなずいた。

 俺は思わず叫んだ。


「やるじゃねぇか、18歳の俺!」



・・・



 俺には子供の頃から不思議な症状があった。数分間意識がなくなって夢遊病者のように勝手に行動してしまうのだ。

 始まりは10歳の頃だ。だんだんと頻度(ひんど)は減っていったが、ずっと続いた。

 そして、俺が意識を失っている間に書き置きが書かれていることがよくあった。

 「ミレーを勇者にさせてはいけない」とか、「思いを伝えないと後悔する」とか、「とっとと好きだといえ、このバカ野郎!」とか。

 さらには意識を失っている数分の間に、いつのまにかミレーに手紙を送っていたり、手持ちの金すべてを使って誕生日プレゼントを買っていたりした。おかげで有り金全部失った俺は飢え死にしそうになった。


 つまり、俺はただ意識を失うだけじゃなくて、その間、誰かが俺を操っているのだ。

 俺はそいつのことを「お節介じじい」と呼んでいた。


 なんやかんやあって、俺は18歳の時に、史上最強の勇者になるはずだった幼馴染のミレーと駆け落ちした。

 その後、お節介じじいの出てくる頻度(ひんど)は減った。

 だけど 、いつの間にか書き置きが残されていることはまだよくあった。


 お節介じじいの書き置きを集めていくうちにわかっていった。


 魔王を倒した勇者は魔王となること。

 その儀式によって、この世界は魔物の増殖を抑えていること。

 だから、お節介じじいはミレーが勇者となって魔王を倒すことを止めようとしたのだ。

 ミレーを魔王にしないように。

 そして、ミレーが勇者をやめて俺と結婚することを選んだ時に未来は分岐し、ミレーは魔王になる未来を逃れた。


 その未来の分岐が起きた時、お節介じじいにかかっていた呪いの一部が解けたらしい。だから、お節介じじいはすべてを書き記すことができるようになった。


 だけど、俺が一番衝撃を受けた事実は、魔王の正体が勇者だったってことや、勇者の死が仕組まれたことだったってことではなく、お節介じじいが未来の俺だったってことだ。

 「俺があんなお節介じじいになるのか! ありえない!」と驚愕(きょうがく)していると、ミレーは「全然想像つくよ」と笑っていた。


 俺とミレーはささやかだが幸福な毎日を過ごした。

 だが、お節介じじいの話が本当なら、今もこの世界は勇者となった若者の犠牲の上に成り立っている。

 だから、俺達は研究と修練を続けた。

 魔王城を解放する術、そして、犠牲なしに魔物の増殖を抑えるすべを知り、それを実行する力を得るために。


 お節介じじいはかなりの魔法使いだったらしく、あいつの書き置きはおおいに役に立った。

 魔王城の仕組みについてもわかった。


 俺達は何十年もの時をかけて学び続けた。

 新しい魔法をつくりあげた。

 ついに、決行の時が来た。


「ミレー、行こう」

「さぁ、行きましょうかね」


「おじいちゃん、おばあちゃん、どこ行くの?」


 荷物を背負って出ようとする俺達を、かわいい孫が引き留めてくるが、別れを告げなくてはいけない。

 ちなみに、これは一番下の孫で、一番上の孫は今は王都暮らしていて、ひ孫も生まれている。


 「ちょっくら、ふたりで旅行に行ってくる」と言って、俺達は魔王城へ旅立った。


 魔王城の近くには勇者護衛隊がいた。

 お節介じじいが教えてくれた話によると、奴らの本当の仕事は秘密が外に漏れないようにすることだ。


 勇者パーティーが魔王討伐前に秘密に気が着いた場合には、勇者護衛隊が勇者達を始末する。

 勇者が無事に魔王を倒した(あかつき)には、もし勇者パーティーの生き残りがいれば、速やかに確保連行し、誰かの目に着く前に対処する。洗脳のような説得と高い地位で懐柔(かいじゅう)するが、言うことをきかなかった者は秘密裡(ひみつり)に処刑され、魔王城で死んだことにされる。


 俺達に気が付いた勇者護衛隊は、声をかけてきた。


「ちょっと。おじいちゃん、おばあちゃん、どこ行くの?」


「お散歩ですよ」

「年寄のでぇとを邪魔するんじゃない」


「だめだよ、この辺は。この辺は危ないんですよ」


「危ないもんか。この前勇者様が魔王を倒したばかりじゃないか」

「そうそう」


「この前って、もう二十年も前だよ。おじいちゃん、おばあちゃん。最近魔王が復活したってお触れがあったでしょ。危険な魔物が増えてるの」


「そんなニュースあったかねぇ」

「魔物? この歳になったら、いまさら魔物も煮物も怖かない。こんな年寄り二人死んだって、いい口減らしだってみんな喜ぶだけだ」

「そうそう。じきに姥捨て山に捨てられそうだものね」


 魔物が増えていることは、俺達はよく知っている。道中色々と倒してきたから。

 長年鍛錬(たんれん)を続けてきた俺達、特にミレーはその辺の勇者よりずっと強い。

 ミレーは史上最強の勇者になれるといわれたあらゆる分野に(ひい)でた才能を長い間ずっと伸ばしてきたのだ。さすがにここ何年かは伸び悩んでいて、特に剣技や格闘の力はだいぶ落ちたと(なげ)いているが。


「あれは魔王城なんだよ。わかってる? おじいちゃん、おばあちゃん。魔王、怖いでしょ?」


「魔王がなんだってんだ。好きに歩かせてくれ。どうせもうじき歩けなくなるんだから。歩けるうちは好きなところを歩かせろ」

「そうだ、そうだ」


「しかたがないなぁ。すぐ帰るんだよ?」


 勇者護衛隊は根負けして、俺達を行かせた。

 俺達はこっそりと魔王城に、あらかじめ準備しておいた護符を張り付けていった。

 監視のいない魔王城の裏手にまわり、俺達は呪文を唱えた。

 無事、魔王城の結界を破壊できた。

 結界が崩された魔王城の中から強い魔物たちが逃れ出てくる。

 遠くで、魔王城の正門側で勇者護衛隊が戦闘をしている音が聞こえてきた。


「外での準備はこれでいいな。ミレー、頼む」

「はい、はい」


 ミレーはいつものほほえみを浮かべたまま、普段料理にも使っている小刀を振りぬいた。

 勇者が使う剣技を独自に強化したミレーの得意技が炸裂(さくれつ)し、魔王城の壁に大きな穴があいた。


「さぁ、入りましょ」

「よっこらせっと」


 魔王城に入った俺達は、魔王の間ではなく、地下を目指した。

 魔王城内の魔物は、ミレーの敵ではなく瞬殺されていった。

 魔王城の地下に、この残酷で巨大な魔法の核がある。

 俺達はそこに向かい、そして、書き換えた。


 もう二度と魔王が生まれることがないように。

 魔物は消えない。

 だが、魔の瘴気は今のまま、本来のものよりは弱くなる。

 俺は書き換えたのだ。その瘴気の届く範囲にいるすべてのものから、1年に1日分の寿命を奪っていく代わりに魔の瘴気を薄めるように。

 わずかな数の人間が勇者となってすべてを犠牲(ぎせい)にするのではなく、すべての人間が少しずつ犠牲を払うように。


 ただし、この魔法を起動するためには、ここで命を一つ、犠牲にしなくてはいけない。

 だが、いずれにせよ、十分すぎるほどに長く生きた俺の命はもう長くない。

 長い長い幸せな時間を過ごし、病に苦しむこともなく、最愛の人に看取られ死ぬ。

 これ以上の幸せがあるだろうか。


「ミレー。ありがとう。俺の人生は最高に幸せだった」


「私も。幸せでしたよ」


 俺は魔法を起動した。




 こうして魔王城の役目はその日終わった。

 勇者も勇者護衛隊も誰も知らない内に、魔王城は何者かの手によって瓦礫(がれき)の山に変えられた。

 その日から、この地に魔王があらわれることはなくなった。

 王国からの正式な発表はついぞなかったが、人々は魔王城を破壊した者を、最後の勇者、と呼び称えた。その正体は誰も知ることがなかったが。




「あ、おばあちゃん! 何日もどこ行っていたの、もう」


 村のはずれででくわした孫が怒ったようにミレーを出迎えた。


「旅行よ。全力で動けるのっていいわねぇ。楽しすぎてハッスルしすぎて長くなっちゃった」


「おじいちゃんは?」


「おじいちゃんも、とても楽しそうだった」


「そうじゃなくて、おじいちゃんは、どこにいるの?」


「おじいちゃんは……」


「ここだ、ここ!」


 ミレーに遅れて歩いていた俺は大声で叫んだ。


「お土産たくさん買ってきたぞ!」


 結局、俺は生き残ってしまった。

 これ以上ない死に方だと思ったんだが。

 あの瞬間、俺の中で、満足気に消えていく「お節介じじい」の気配を感じたから、あいつの命が代わりに使われたのだろう。

 あいつは本当に最後までお節介な奴だった。



おわり


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ