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第3話 兄と弟

天文9年(西暦1540年)の勝幡城しょばたじょう、現在の愛知県愛西市あたり

 「父上! 父上がいつも拝んでいるあのやしろはどなた様を祀っているのですか?」

少年にしては目尻が跳ねた利かん気の強そうな顔をした子供が父親である織田信秀に聞いた。

「これはな武神“那賀須泥毘古“(ながすねびこ)の社じゃ、吉法師!お前も強うなれるよう毎日お祈りをせい」

「その神様はどのような御仁なのですか?」

「うーむ そうだな 昔むかしの凄まじく強かった武人じゃ、わしら織田のご先祖様じゃぞ」

と言うと、家人に促され御殿に入ってしまった。

吉法師、後の織田信長である。この時はまだ6歳。 

「ふーん 武神 那賀須泥毘古ながすねびこか、と社を覗き込んだ。

と、その時社の中より真っ白な蛇が飛び出してきて吉法師の首に絡みつき、喉元に噛み付いた。

「わー」

吉法師は叫び声を上げるとその場で意識を失った。


“あははははははは やっと来た 我が血を受け継ぐもの 我の恨みを晴らしこの国を天皇から奪うもの!この子じゃ この子を待っていた“

吉法師は遠のいて行く意識の中でこの世のものとは思えない恐ろしい声を聞いた。


 吉法師はその後三日三晩高熱を出し寝込んだ。

「御前様、吉法師様が社前にてお倒れになりすでに三日、まだ目を覚ましませぬ」

お付きの侍女じじょが吉法師の母である土田御前様に知らせている。

「そうか 構わぬわ あの子はどうも好かぬ。吉法師にもしものことがあろうが、この子がいるわ」

と3歳の男の子の頭をなぜながら吐き捨てるように答えた。 侍女は少し悲しそうな表情をしたが、その場を後にして吉法師の元へ戻った。

 吉法師は目を覚ましていた。 なぜか、三間も離れた部屋にいる母の声が聞こえていた。悲しくは無かった。物心がついたときにはすでに冷たい目で見られていた。が不思議であった。なぜ母の声が聞こえたのか、まるですぐ横にいるかのように聞こえるのである。それになぜか弟の声まで聞こえる。いや、声では無い! あやつ! 兄の私を嫌っている なぜか心の声も聞こえるのである。 この事は今後の織田信長に良くも悪くも付きまとう事になる。


 白蛇に噛まれてから4年の月日が流れた。天文13年吉法師は父信秀から那古屋城なごやじょうを譲られ早くも城主となる。このとき満10歳である。そして2年後12歳の時に古渡城にて元服。織田三郎信長となり翌年、今川方との小競り合いにて初陣を果たした。


「あなた、信長にこの織田を継がせるつもりですか。世間ではうつけ者との評判でございますぞ、信勝の方がよろしいのでは」

と土田御前が夫である織田信秀にせがんでいる。

「待て待て、あやつは肝が据わっているぞ。儂には将来大物になりこの織田家を大きくしてくれると信じておる」

「何をおっしゃいます。その前に家来衆にそっぽを向かれて仕舞われますわ。重臣の柴田も信勝を買っておいでですよ」

「馬鹿なことを言うな! 後継は信長じゃ、それに美濃の斎藤道三の娘を信長の嫁に貰い受ける、その話は今後絶対にするでない!」

「斎藤道三の娘! まむし様の娘を! まあ信長にはお似合いのこと」

と捨て台詞を吐くと逃げ出すように部屋を出ていった。


 天文21年 信長の唯一の理解者であった父、信秀が病没する。 この日から信長の怒涛の日々が始まる。隣国の今川どころか、尾張国内での争いも収まる気配は無く、弟である信勝も不穏な動きを始めていた.


 信長の父である織田信秀の葬儀が終わった。

祭壇は灰まみれである。何を狂ったか信長が仏前で抹香を投げつけたのである。それに比べて弟、信勝の礼儀正しさが対照的に光ってしまった。重臣たちの中には、

「後継は弟君、信勝様の方が良いのではないか」

と、言い出す者まで出る始末であった。

しかし信長の心情としては、後継をしっかり決めずに死んでしまった父、信秀への複雑な愛憎の表現だったのかもしれない。信秀は生前、信長に期待し、領主としての経験を積ませるために那古野城主とした。信秀自身は末森城に在城して親子2人の二元体制をとり領国を運営してきた。ところが末森城で一緒に暮らしていた妻の土田御膳と弟信勝がそのまま末森城を引き継いでしまう。信秀が病床で的確な判断ができなくなっていることを良いことに土田御膳にうまく取り込まれてしまったようだ。よってその後も信長の独裁体制にはならず弟信勝との二元体制が続く事になる。


 末森城の蘭の間に、織田信勝、母の土田御膳、そして3人の重臣、林秀貞はやしひでさだ林通具はやしみちとも柴田勝家しばたかついえが介している。

「信勝様、早急に織田家当主の弾正忠を名乗りたまえ」と柴田勝家が促す。

「しかし、兄信長が黙ってはいまいよ」と少々弱気になる織田信勝。子供の頃から何かといじめられ、あまり面向かっては戦いたくない。

「信勝、何を躊躇ためらっておるのじゃ。この3人の武勇者がついているのじゃぞ」と母土田御膳が背中を押す。

「今が信長めを殺すチャンスぞ」と鬼の様な形相でいう者だから詩林秀貞が

「母御膳は何をそう信長を嫌うのですかな」と聞いた。

「その様なこと口に出せぬわ!」と思い出すのも悍ましいと話を打ち切った。


その夜、ひとり寝床であのおぞましい夢を思い出していた。

織田弾正忠信秀様に嫁ぐ前夜の夢であった。それは恐ろしい黒緑の肌をして口から血を流した鬼が私を手籠てごめに・・・・・・・・・・あーそして嫁ぐとすぐに妊娠、そして信長が生まれた。その赤子の肌はなんと黒緑に濁っているではないか! その赤子を見るなり恐怖で叫び声をあげ失神してしまった。が、なんと侍女じじょたちは、普通の肌色という。確かに普通の赤ん坊である。あの悪夢の所為かと安堵して赤子を抱き上げ、顔を見ると

「ぎゃー」 その赤子を放り出していた。

「御前様ー!」侍女たちが驚き赤子を拾い抱き抱える。

「目がー   目がー   ・・・・・・・」

御膳はまたもや失神してしまった。  

その日から信長の養育は乳母うばと侍女に任せ、近づこうとしなかった。

「あやつはけだものの子・・・・ あやつは・・・・・・・・」



 父信秀の死から4年、隣国の美濃(現在の岐阜県)では、信長の妻(濃姫)の父“斎藤道三さいとうどうさんが息子の義龍よしたつと衝突。長良川の戦いが勃発する。勢いは息子の義龍が圧倒し、斎藤道三は窮地に立たされる。織田信長にとって義父道三の死は自身の後ろ盾が消えることを意味する。信長は国境の木曽川を越え出陣したが、時すでに遅し。一介の油売りから美濃の国主まで上り詰めた梟雄も最期は息子に討ち取られて生涯を終えた。

この戦で道三側につき奮戦していた武将がいる。名は明智光秀。明智一族を引き連れ道三に合流すべく出陣したが、途中で敵に阻まれ道三の討死との知らせに、一族離散して落ちていった。織田信長と出会うのは、まだ先のことである。


「信勝様、千載一遇せんざいいちぐうですぞ。信長めを打ち倒すこの機を逃してはなりませぬ。」

斎藤道三の討死を聞いた土田御膳が信長の弟、信勝に迫る。

「はい、母上、勝家・・・よいな」

「畏まって候、この勝家が先駆けにて信長の首、ってご覧に入れましょう」

「ほほほほほ、これは尾張一の武辺者、頼もしいの」

「よし、出陣じゃ!」陣ぶれを出した。


 信勝が動き出したことは、すぐに信長の耳にも入る。お互いに忍びを入れている。信長も急ぎ陣ぶれを発し、700人の兵が集まると出撃した。一方の信勝は柴田勝家が1000人、林秀貞が700人、合計1700の兵。信長は二倍以上の敵と戦うことになる。

 正午すぎ、信長軍が井川(庄内川)を越えたところで激突する。しかし他勢に無勢、佐々孫介ら主だった家臣が次々に討ち取られ苦戦を強いられた。

押しまくる信勝軍。機を逃さず柴田勝家が信長に迫ってきた。信長の周りには40人程の兵しかいない。しかし、織田信房、森可成の両名が奮戦しどうにか持ち堪えていた。

その乱闘の中から、柴田勝家が飛び出し「お覚悟!」と叫びながら信長に迫った。しかし地獄から蘇って出てきたような緑黒い顔の信長に勝家ほどの剛者が慄然りつぜんとした。

「勝家!退け!」信長の地獄鬼のような大声をあびせられた勝家。真っ青になり何か分からぬことを叫びながら逃げ出してしまった。一斉に崩れ出した信勝軍は何が起きたのか分からぬまま、末盛城に逃げ込んだ。

「許さぬ! 皆殺しにしてくれるわ」怒りの収まらぬ信長、信勝の籠る城を包囲する。そこに信長の生母、土田御膳が仲介に現れた。

「信長殿、ここは母の願いを聞いてくれぬか」

と涙を流しながら信勝を許せと言ってくるのである。が信長はなぜか心の声が聞こえる。この時も2人の子を思う母を演じていることは透けるようにわかるのである。ここで切ってやろうかとも考えたが、信長にとっても生みの親。仲介を受け入れ、信勝や主だった武将全てを赦免した。


 その後も、何かと土田御膳や信勝一派の怪しい動きが信長の耳に入ってきった。しかし信長は何をするでもなく放置。信勝も段々と大胆になり、またもや謀反を企て始めた。

「信長様、信勝様またもや謀反を企んでおるようです」と信長に耳打ちしたのは、なんと信勝の重臣“柴田勝家“。信長は勝家に何か指示をすると、その夜から病と称して部屋に籠った。


信長が病で倒れ七日が過ぎた正午過ぎ末盛城では

「信勝様、信長様御重篤、今後のことで、どうしても伝えたい儀があるとのお申し出でございます」

と柴田勝家が信勝に兄、信長のお見舞いに行くよう促している。送り込んでいる“忍びの者“からも日を追うごとにやつれ、もう幾ばくもないのでは、との情報が入る。

「万が一のことを思い私が付いて参りましょう」と勝家に促され、お見舞いに行くことになった。


信長の病間に通される信勝。一抹の不安がよぎったが、目の前に伏せる兄は目は痩せ頬は痩けまさに別人と思えるような顔であった。

「兄上様、いかがでございますか、どうか、早いご回復を」と信勝が言い終わるや否や、腹部に激痛が走った。

「う!・・・・兄上・・・・・」

信勝の腹には短刀が突き刺さっている。

「信勝!心にもないことを言うでないわ」と叫ぶと同時に首がドテッと畳に落ちて転がった。その首を見据えた信長の眼球は緑色に濁り、口元は笑っていた。


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