第1話 二人の夢
天正10年6月に発生する謎多き大事件“本能寺の変”。明智光秀はなぜ主人である織田信長に謀反の拳を挙げたのか。この二人が夜な夜な見る夢と古代の神々から与えられた宿命を追いながら、謎に迫っていく物語。
信長! 信長! いよいよその時が来たぞ!
積年の恨みを晴らすのじゃ! よいか!
我の血統こそこの国を治めうるのだ。 天皇に取って代るのじゃ!
わははははははははは・・・・・・
「信長様!信長様!」
寝床で魘されている信長を心配し、次室に控えていた森蘭丸が声をかけた。
「うわー! お 蘭丸・・・・・ 夢か・・・・・」
目が覚めた信長、しばらくは呆然としていた。
「水を浴びる!」
「は!」と返事をすると蘭丸は部屋を飛び出していった。
天正10年5月、織田信長は本拠地の安土城より京都本能寺に向け出立した。供回り50人ほどを引き連れた軽装での移動である。表向きには中国方面司令官“羽柴秀吉”より,毛利攻めの援軍と信長のお出ましを懇願されたためである。しかし本当の目的は今年の秋に予定している正親町天皇の安土行幸について、公卿たちとの打ち合わせを兼ねての上京である。信長は馬上で昨夜の夢を思い返している。何度同じ夢を見ただろうか。確か初めてあの物怪が夢に出てきたのは幼き頃暮らした勝幡城の祠。その祠の中より飛び出してきた白蛇に首を噛まれ卒倒した時。それからというもの、一大事が発生する前には必ず物の怪の夢を見た。しかし信長にとっては夢のあとに起きることは良い方向に転んだ。毎回、鬼のような形相で口から血を吐きながら
「積年の恨み、天皇に取って代れ!」
と物怪は血走った目で叫んでいた。
今、信長は106代目の天皇で在らされる正親町天皇に対し、そろそろ譲位をしてはいかがかと要求をしている。今の皇室はすべてにおいて旧弊の考えを頑なに変えず、特に暦については皇室の威厳にかかわるためか、実情に合わなくなっているのにも関わらず意地になって変えようとしない。それならばと譲位を迫るのだが、譲位後の住まいなどあれやこれやと難題を押し付けはぐらかされている。
「天皇に取って代る・・・・」
信長は口からでたその言葉に驚いた。
「声が違う・・・・・夢に出てくる物の怪の声に・・・・・
その時、信長の白眼は薄く緑に変わり形相も魔王のような毒々しい顔に変わった。
だが、普段より厳しい信長の顔をまじまじと見れるものなど無く、誰も気が付かない。
物怪が乗り移った信長が運命の京都本能寺に向かっている。
光秀! 光秀! 我は神日本磐余彦天皇
使命を果たす時が来たぞ! もう迷うな 時が無い 天皇をいやこの日の本を守るのじゃ!
「光秀様! 光秀様!」
「うわー お 左馬助! 夢か・・・・」
左馬助とは本名は明智左馬助、光秀の娘婿であり一番信頼のおける重臣でもある。
「また、よく見る夢でもみましたかな・・・・」
「・・うむ・・・最近は毎晩出てくる・・いや 恐れ多い・・お出ましになられるわ」
「殿も大それた御仁に好かれたものですな・・あははは」
「左馬助・・冗談じゃないぞ!」
明智光秀・・・天下統一を目前に迎えた戦国大名“織田信長”の1,2を争う重臣の一人である。しかし、今はライバルでもある羽柴秀吉の援軍として中国地方に駆け付けるように信長より命令があり、本拠地である京都の亀山城に戻ってきている。表向きは秀吉の援軍だが、信長より密命を受けている。その密命・・・光秀は強く反対し信長を諫めたが、もちろん聞き入れてはくれなかった。反対に小刀の頭で強く小突かれ、オデコの傷がまだ痛む。光秀はその傷跡をなでながら思いを巡らせていた。
「左馬助、今、我ら以外に大軍を動かせるものは京にはおらぬ」
「はい、我らが織田の大殿より先に中国に向かえば、京回りは“もぬけの殻”です。よろしいのでしょうか?」
「左馬助、今はここだけの話じゃぞ」
光秀が今まで見たことがない形相で左馬助を見た。
「は、天に誓って口外しませぬ」
「うぬ、我らも織田の殿様も秀吉の援軍に向かわぬ」
「なんと・・・・」
光秀は左馬助の耳元に小声で話し始めた
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「殿! それはなりませぬ! それだけは止めなくてはなりませぬ!」
「左馬助、これを見よ」
手元に信長からの朱印状が広げられた。
「なんと、丹波の領地を取り上げると・・・・・・・」
「その後は切り取り次第とはもしやすると、あのお方の領地ということですか」
左馬助が怒りの混ざった表情で光秀に聞いた。
「そうであろう・・・なあ左馬助・・・・・」
その後、しばらくの時間、二人の密談が続いた。
ここは織田信長や明智光秀が活躍した戦国時代より二〇〇〇年以上も前の古代日本。
南端にある大きな島、九州と呼ばれる一帯を治めていた王がいた。
王の名前は“イッセ”
この地の王様には、代々続く約束があった。それは中央に出て日本を一つの国にまとめること。元々はこの日本の地を造り給うた、イザナギとイザナミ そのイザナギの禊の時に生れ出た3人の兄弟
名前は長女が“アマテラス“ 次女が“ツキヨミ“ 長男が“スサノオ“
イザナギにこの地“ヤマト“を託されたアマテラスが地上に送ったのが、イッセの4世代前、名は“ニニギ”。
そのニニギと山の神“オオヤマツミ”の娘“サクヤヒメ”との間に生まれたのが“ホオリ”別名“山幸彦”。
そのホオリと海の神“オオワダツミ”の娘“豊玉姫”との間に生まれた“アエズ”。
そしてその子供たち、イッセ、イネヒ、ミケヌ、イワレビコ(神武天皇)の4兄弟となる。
次男のイネヒは大きな怪我で世を去った。三男のミヌケは伝説では朝鮮半島に渡り、その地にて国を建てたと風の便りにある。
さて、高千穂の宮を築きこの地を治めていた長男イッセが弟のイワレビコを含む重臣たちを集めた。
「どうもこの隅の地にいると中央がどうなっているのかが分からぬ。アマテラスの神は我々に全てを治めよ!と言ってこの地に我が祖先を送ったはずだ」
「兄上、しかし遥か東の地には、獰猛な種族が沢山いると聞きます」
「イワレビコよ、これは我らの使命よ。良いか皆のもの、全ての力を懸けて中央に躍り出る! もうこの地には戻らぬつもりで準備せよ!」
彼ら兄弟の軍隊は日向の港より出港した。まず筑紫の岡田宮現在の博多辺りに入り、その地で一年を過ごした。その後も時間をかけつつ瀬戸内海沿岸を支配しながら進んだ。そしてヤマトの地に入るための港、河内の白肩津が見えてきた。いよいよこの日本という国のいく末を決する戦いが始まろうとしていた。