新人賞がなんぼのもんじゃい!(1/5)
私、栗棟乃愛はいつになく緊張を胸にしていた。というのも、これから自分の人生を左右する報せが舞い込むかもしれないからだ。幸いなことに舞い込むとしたら悲報ではなく吉報のほうだ。
先日、自作小説をとある出版社の公募に出したのだが、その出版社からの告知によると、本日の午後に中間選考の結果が特設サイトに公開されるというのだ。
放課後、私は級友らとの雑談もそこそこに切り上げて、一目散に文芸部の部室に駆け込んだ。自由に使えるデスクトップ型のパソコンがあるからだ。スマホがあればわざわざ部室なんかに足を運ばずとも事足りるが、残念ながら私の通う三鶴城高校は校則によりスマホの持ち込みが禁じられている。
パソコンを立ち上げ、所定のサイトにアクセスすると、ウェブページには横書きの文字列が群を成して待ち構えていた。そこに受験の合格発表よろしく、縦列しているタイトルこそ、中間選考を突破した作品たちだ。
その光景を目の当たりにした瞬間、ドクンと心臓が跳躍した。
緊張からか手足の震えが止まらない。
血の気が引いた掌をマウスに重ね、一度深呼吸する。それから、よし、と声に出して、画面に目を走らせていく。眩い輝きを放つ、希望の綺羅星たち。その中に必ずや自分の探し求める一等星があると信じて。
だけど、現実はそんなに甘くもなく。
「……違う。……違う。……違う」
上から一件ずつタイトルの確認を終えるたび、いちいち結果を口に出しては焦燥感を募らせていく。
横書きのタイトルが滔々と画面外に押し流されていく様はさながら映画の終わりに流れるエンドロールを彷彿とさせ、不吉な予感が胸を掠めた。
間もなくスクロールバーがページの最下層に到達し、がくっと意気が萎んだ。だが、まだ終わりじゃない。現在のページ番号は『1/3』。チャンスはまだあと二回、残されている。
無意識のうちに浅くなっていた呼吸を整え、マウスカーソルを次のページのリンクに合わせる。ぐっと人差し指に力をこめると、画面上で青い円がぐるぐると回転を始めた。
程なくしてページが切り替わり、画面上のタイトル群が一新される。
汗ばんだ手を再びマウスに重ね、唇をひと舐めしてから、確認を再開する。
そうして神経を研ぎ澄まし、タイトルの羅列をひたすら目で追っていくこと寸刻。凄まじい執念の賜物か、自分でも驚くほどの集中力を発揮して、幾百と連なるタイトルの確認があっという間に完了した。
……つまり、またしても結果は空振りに終わったということだ。
一旦深呼吸して、茹だった頭をクールダウンする。瞼を閉じ、軽く目頭を揉み込む。激しい眼球運動を経て、さすがに疲労を覚えていた。
カバンから目薬を取り出して、乾いた眼に潤いを与える。爽快感が眼球の奥にまで浸透したところで、今一度パソコンのモニターと向き合う。
今や当初の期待は見る影もなく、圧倒的に諦念が勝っている。
すっかり弱気になっていたその時、いつぞやに浴びせられた暴言が頭の中に蘇った。
『豆腐メンタルが。凹むくらいなら最初から小説なんて書いてんじゃねぇよ』
ムカッとした拍子に、萎れていた心が張りを取り戻す。
唇を結び直し、ぱちんと頬を叩いて気合いを入れる。
――そうだ。なんとしてでも賞を取って、あの人をギャフンと言わせてやるんだ!
名誉も賞金も要らない。作家という肩書きにも興味はない。私が欲するのは唯一、高慢ちきな先輩の悔しさと切なさとやるせなさとで滲んだ真っ赤な顔をこの目で拝むこと、ただそれだけだ。
高ぶった野心となけなしの期待を原動力にマウスを手繰る。
刹那のロード時間を経て、画面が切り替わる。泣いても笑ってもこれが最後のページだ。
俄に心音が速度を増し、体の芯から悪寒がせり上がってくる。そのくせ全身から泉のように汗が湧き出て止まらない。
緊張の跡が体中のあちこちに現れる中、私は眼球をかっぴらき、一心不乱にモニター上の文字を追った。
「……違う……。違う……。これも違う」
タイトルが消化されるにつれ、私のメンタルも徐々に摩耗の一途を辿っていく。
そんな弱ったメンタルを叱責するように、憎たらしい幻聴が耳の奥で囁く。
『しょげるよりもまず恥を覚えろ。最終選考ならともかく、中間選考ごときで落とされる作品なんざ落書きも同然だ。そんなものを堂々と衆目に晒すことができる自分の神経の図太さを愚かしく思え』
人の気持ちを逆撫でする台詞に、はらわたが煮え繰り返ってくる。なまじ付き合いが長いせいか、小癪なしたり顔まで頭に浮かんでくる始末だ。
――負けてなるものかっ。絶対にその鼻っ柱をへし折って今まで受けた屈辱を晴らしてやるんだから!
下唇を噛み、折れかけていた心を奮起させる。
血眼になってモニターに食らいつき、ただひたすら、あってくれ、あってくれ、と神に祈る。
そして――
期待も虚しく、スクロールバーはブラウザの最下層に到達した。
その瞬間、ふっと口から吐息がこぼれ落ちた。まるでパンパンに膨らんだ風船から空気が抜け出るみたいに。
もう一度結果を見返そうという気力はからきし沸かなかった。時間をかけて現実を受け入れる次第に全身から力が抜けていき、やがて私は机に突っ伏すように悄然と項垂れた。
ところどころくすんだキーボードが視界の端を過ぎる。物語を紡ぐべく日々苦楽を共にしていた相棒が、今はとても頼りないものに映ってならなかった。
――また届かなかった。寝る時間も遊ぶ時間も削って、持てる力はすべて注ぎ込んだというのに……。
胸中に我が物顔で鎮座する無力感の塊。それが、今の自分に何が足りないのか、答えようのない問いを突きつけてくる。
自己嫌悪の海に沈みかけていた、その時だった。背後より扉の開く音がして、その後ずかずかと足音が続いた。
それが誰なのかは振り返って確かめるまでもない。三鶴城高校、文芸部。この部に所属している部員は私と、部長の東条鼎の他にいないのだから。
紛いなりにも後輩の身分だ。先輩を部室に迎えた際はこちらから挨拶するのが常なのだが……本日はメンタルがズタボロで心に余裕もないから省略させてもらうことにしよう。どうせいつもみたいに反応は返ってこないだろうし、後輩が挨拶をしなかったからといって何か思うような人じゃない。
いつもだったらいけ好かない先輩の薄情さにこのときばかりは救われたような気持ちになりつつ、私はひとり感傷に浸ってショックから立ち直れる時が来るのを待った。