『炭色の猫』
この古くから栄えてきた街には、とある猫の話が残っていた。
当時から人も建物も密集し活気のある町だったゆえ
長い歴史の中で度々発生した大火事の記録の中に
その猫の事は書かれていた。
今日も私は行きつけにしている老舗のお茶屋さんへ来ました♪
普段は茶葉や茶器の販売のみなのですが、夏季だけの限定で
特別なカキ氷を店内で提供しているからです♪
「こんにちは~♪」
「おっ! いらっしゃい!」
その特別なカキ氷を毎年目当てに伺っているのですが
店舗正面入り口のガラスドアにはA3用紙くらいのポスターが貼られており
そこには大きく火災予防週間と書かれていました。
「あれ? 火災予防週間って夏でしたっけ?」
「それは、ここの地域が特別だからだよ」
普通、火災予防は空気の乾燥する秋や春の始まりに開催される行事ですが
どうして夏に? 花火とか墓参りとか小さくても火を使う事が
普段より増えるからでしょうか?
「この地域だけ特別というのは?」
「今から150年以上前に大きな火災が起こったからだよ」
この地区に残っている記録では、雨の降らない夏日が続いた後の
大きな嵐が迫る頃に小さな火事が発生したらしいのですが
その火は強風によって恐ろしいほど燃え広がり瞬く間に町の8割以上を
炭へと変えてしまったのだとか。
「えぇ・・・ やっぱり火事って怖いですね・・・」
「まぁ火には365日、常に気を付けなきゃだがな」
けど、その大火災に関係する記録は少しだけ変わっていて
とある動物の事についても書かれているようで・・・
「猫ですか?」
「あぁ、それ以来の大火事では真っ黒な猫が必ず目撃されると」
大火事と猫の話は、この街では有名な古い言い伝えのようで
記録に残るような大火事が発生する前触れには
必ず真っ黒な猫が出火元となる場所で目撃されてきたと。
「けど、どうして火事に黒猫が関係するのでしょうか?」
「その猫は元々黒い猫ではなかったと書かれているらしいが」
お茶屋店主のお爺さんの話では、大火事の火元となった場所には
白色の猫が暮らして居たのですが、その時の火事で亡くなった事で
黒い猫の話として残ったのだとか。
「でも、どうして猫の話が記録にまで?」
「それが2つの話があってな」
2つの話と言うのは
1つは猫が油の入ったカメ(つぼ)に誤って落ちてしまい
驚いて走り回った際にかまどの火が体に燃え移ったのが原因で
大火事を引き起こしたと言う話。
もう1つは、不始末による火災の初期に運悪く全身が炎に包まれた猫が
凄い速さで大通りのど真ん中を走り抜けて火消し達の所に向かい
離れた場所の火事を一早く知らせた事であれだけの大火事でも
犠牲者が1人も出なかったと言う話。
「なんか、どちらも何とも言えないお話ですね」
「真実は猫のみぞ知るという事だろうがな」
猫が原因で発生した火災なら厄いとして記録に残り続け
猫が一早く消火を助けたなら崇める話が残るのでしょうが
その真相は本当に猫しか分からないのでしょうね。
「でも大火事と黒い猫の話は初めて聞きました」
「まぁ、昔話の半分は噂やこじ付けってやつだろうけどな」
所詮は言い伝え。
黒い猫なんて普通に何処にでも居ますし、目の前を横切れば
不吉と言われたりするので、火事の現場付近にも黒い猫が居ただけの
結局は迷信的な話なのだろうと思ってしまいますけどね。
と、この街の昔話に夢中になり当初の目的を忘れるところでしたっ!
「あっ! 特製抹茶カキ氷下さいっ♪」
「相変わらず茶葉のひとつも買わずに抹茶カキ氷だけだな(笑)」
そうなのです!
このお茶屋さんには特製抹茶カキ氷以外の購入歴は未だに無いのですっ!
酷い客ですね~ 私っ!(笑)
「夏にしか現れない客です♪」
「おいおい、自分で言うな(笑)」
そんな世間話を色々とした5日後の事。
いつもの様に商店街を歩いていると目の前を
黒い何かが横切ったように見えた。
「黒猫かな?」
普段なら別に黒猫が横切ったくらい私的には気になりませんし
むしろ街で猫に出逢えて嬉しいくらいの気分なのですが
今回は一瞬見えた姿が異様に黒い割には、周りの光をキラキラと
反射するような違和感の残る陰だった事です。
「もしかして、噂の黒い猫?」
ふと、黒い猫の話を思い出した理由は見かけた場所が
お茶屋さんの手前で、その異様な黒い影が店舗脇の狭い路地へ
吸い込まれるように入っていく瞬間を偶然見てしまったからです。
「えっ!? うそ? お茶屋さんが火事になるって事?」
今見た事を伝えるため慌ててお店に駆け寄ると
ドアには定休日のプレートが掛けられていて
ガラス越しに店内を見ましたが人影も気配も一切ありません。
「えっ? どうしよう(焦)」
行きつけのお店で夏季限定の常連客ではありますけど
店主さんや従業員さんの連絡先までは知りませんし・・・
「どうしたら良いのっ!(泣)」
開かない入口の前であたふたとしていると
定休日のプレートが掛かっているガラスの上部に
セキュリティー会社のラベルを見つけましたが・・・
「これって、作動させたら警備会社経由で連絡付くのかな?」
もちろん、店主よりも早く屈強な警備員さんが何名も来て
単純に私が捕まるだけの予感ですが・・・
「えぇ~ それは無理っ!(泣)」
こういう時こそ、決断力が試される場面なのでしょうが
色々と考えてしまって判断が鈍りダメですね・・・(泣)
「あぁ… どうしたら・・・(困)」
お店の周りをウロウロしながら、先ほどの黒い影が入っていった
建物の隙間を見てみると奥の方でうごめく何かが見えた。
「もしかして、あの場所が火元になるって事!?」
その異様な黒い影がいる場所には4本のガスボンベ。
そして、よく見ればボンベを繋ぐホースの一部には
屋根から壊れて外れた雨樋が風の吹くたびに揺れてキィキィと
微かな音を立てながら擦れていた。
「もしかして、摩擦とか静電気とかで漏れたガスに引火する!?」
けど、表からの路地には人間が通れるような隙間はなく
多分ガスボンベのある場所へは一旦お店の中を通って裏口から出ないと
辿り着けない感じです・・・
「でも鍵も連絡先も・・・(焦)」
すると、今までよりも少し強いビル風が路地を吹き抜けていき
壊れた雨樋は大きく揺れ、周りには鉄の擦れる甲高い音が響いた。
「ちょ、ちょっと!(焦)」
でも、その音は一度聞こえただけで直ぐに鉄の擦れる音は全く聞こえなくなり
少し不思議に思って路地の奥を見てみると物陰ではっきりとは確認できませんが
黒い猫のような影が、雨樋に咬みつき押さえ込んでいるように見えます。
「もしかして、黒い猫が揺れを抑えてるの?」
それでも、この状況をどうする事も出来ない私は
少しだけパニックになっていたのかお店の入り口と建物の路地を
行ったり来たりウロウロしていた所に後ろから勢いよく声を掛けられ
素で叫び声を上げてしまいました。
「ヒッ!!!!(驚)」
「お、おぉ!? 驚かしてすまない(汗)」
振り向くと後ろに居たのはお茶屋店主のお爺さんでした。
名前が分からないのでお爺さん呼びですが・・・(汗)
「あっ! あっ!!! 良かったっ!!!」
「何が良かったんだね?」
私は一度深呼吸をして見た事の説明を一通りすると
店主のお爺さんは話の全てを信じてくれたのか直ぐに鍵を開けて
定休日の店内へ迎え入れてくました。
「えっと、ガスボンベの所には何処から行けますか?」
「作業場にある裏口を開ければ直ぐだ」
店内はブラインドが下りているので昼間でも少し薄暗く
ガスに関連する事態なので無意味かもしれませんが照明は付けずに
奥の作業場へと進み裏口を慎重に開けると屋根高くから
折れ曲がった雨樋が予想通りガスタンクのホースに当たっていました。
「って!」
「うん? この臭いは」
お店の表に居た時は気付きませんでしたが裏口を開け
ガスボンベに近づくと気のせいではなく確かにガスの臭いがします。
「ガス漏れっ!?」
「ホースからか!?」
店主は速やかに逃げるよう言いましたが、私が最初に裏口から外へ出たので
ガスボンベに一番近い状態でしたし、夏とはいえ無駄に動いて
衣類同士の摩擦で静電気とかも嫌ですので、このまま私が手を伸ばして
バルブを閉める事に。
「えっと・・・ 閉めるバルブって4つ!?」
「大丈夫か? やっぱり代るか?」
ガスボンベは4本。
なので、バルブも4つみたいです。(泣)
「止めるのは右回り?左回り!? あれ?」
「右だ。時計回りだ」
人間焦ってしまうと考え過ぎてしまって右も左も
分からなくなってしまいますが、このバルブは全開になっていたので
閉める方向にしか回らなかったのと、サビつきとかも無かったので
時間を掛けずに4つ全てのバルブを閉めることができました。
「全部閉めました!」
「おう、ありがとうっ!」
バルブを閉めたのでガス漏れは止まり、路地を吹き抜ける風で
空気も入れ替わったのか異臭も消えたので、問題の配管ホースを見ると
折れて落下した時に雨樋の突起が刺さったのか確か傷と亀裂があり
そこからガスが漏れていたようです。
「あっ! あわわっ!!!」
「どうかしたのか?」
と、今まで必死で何も気付きませんでしたが
手の平を見ると真っ黒に汚れていて、残念な事に衣類にも
真っ黒い汚れが沢山付いていましたが、よく見ると光の角度で
キラキラと輝いております・・・
「ふにぇ! 何これっ(泣)」
「これは・・・ 炭の粉か?」
もちろん、火の気なんて何処にもありませんし
私以外に黒く汚れている部分もありません。
本当に私だけに炭が付いている状態ですが・・・
「私が最初に見た黒い猫もこの色でした」
「そういえば、裏口を開けた時に黒い猫は居たかね?」
店主に言われて気付きましたが、ドアを開けた時に黒い猫なんて
どこにも居なかったですね?
「あの話の黒い猫って」
「本当は守り神の猫なのかもしれないな」
確かに、黒と言うか炭色の猫のおかげでガスボンベの異常を知ることが
出来きましたし、ビル風が吹いた時も私の見間違いかもしれないけど
炭色の猫が揺れる雨樋を抑え込むように咬みついて、ボンベやホースに
擦れるのを防いでいたようですので、150年以上前に発生したあの大火災で
唯一の犠牲となった白色の猫が、火災で毛色が黒色に変わってしまった後も
この街を守ろうと人々の前に現れていたのかもですね。
後日、この話が街中に広まり『炭色の猫』と名付けられ
街の守り神として崇められる様になったらしく
銅像を建てるか検討中との話もあるとかないとか♪




