芝園牧場の沿革
お久しぶりです。暁海洋介です。二話目の投稿となります。ここまでをご覧いただいた通り、本作は小説というよりは佐恵子の書いたブログ記事風の仕立てで表現しています。意図としては別世界の人間が描いた伝記という体裁を表現することになりますがうまく表現できているでしょうか。
もし誤字脱字ありましたらご連絡いただけると幸いです。それでは第二話をどうぞ。
芝園牧場の沿革
「先輩。米沢から育成馬の進捗報告が来てます」
「ありがとう。玲奈さん。後で見ますからそこに置いてください」
「かしこまりました。またレポートですか?」
「まぁね。怪しげではあるけど、私たちが見たあれを否定するのはいけないよ」
私が、学生時代にお世話になった先生の頼みで並行世界観測学会なる怪しげな学会にこちらの世界についてのレポートを作成していると、この春から私の秘書になった高校の後輩、牧野玲奈が資料を持ってきてくれたので置いてもらう。
先週はステージマスターで馬主としては初めての挑戦にも関わらずダービーを勝ったが、安田記念では二週連続とはいかなかった。相手が世界のマイル王ではどうにもならなかった。改めて競馬の難しさを味わった日曜日だった。
こうして府中開催が終わって、今月末には夏の祭典こと宝塚記念がある。新馬戦も始まるし、本格的に夏競馬がやってくる。
北海道の牧場ではいちばん忙しい時期である繁殖シーズンが終わってひと息つく頃だけど、山形県は米沢にある育成牧場は夏競馬に向けてトレセンへ送る馬の準備や夏休みを取ったとはいえ、さらに成長を促すために馬体を緩めたくない馬、中には故障明けでリハビリ中の馬など入れ替わりの激しい時期に入るので大きなレースがなくても忙しい。先代から引き継いだ海外所有馬たちもこれからが本番の時期でもうすぐ欧州に飛ぶ必要があるので私もまったく気が抜けない。
そんな私がこの春から率いることになった美駒グループについて説明しておこう。
私たちは北海道の早来にある生産牧場と種牡馬を繋養する種牡馬牧場、クラブのための十勝分場、米沢の育成牧場、さらに事実上、生産分場となっている青森の新倉牧場と千葉の新盛牧場、それから海外分場としてアメリカはカリフォルニア州のスプリングブリーズ牧場を抱えている。ほかに提携牧場としてイギリスのバリーフィールド牧場もあるし、繁殖馬の共同所有グループに参加したり、飼料会社、馬具専門店、馬匹輸送会社を傘下に持つなどかなり手広くやらせてもらっている。
さすがにもう何年も国内リーディングでトップを走り続けている社大グループに規模はおよばないが、わざわざ海外から直接買い付けに来ようとする人や共同所有を願い出る人がいるくらいなので質ではどこにも負けていないであろうと思う。
これを統括するのが戦国時代から続く商店「美駒屋」を経営する芝園家で当主は私で17代目になる。
軍馬か競走馬かの違いはあれど名馬を生産し、世に送り出すことを目標としてきた商家で馬第一主義を家訓として代々、その時々に当主が定めた方法で優れた成果を上げた者が継承することになっているずいぶんユニークな家である。
したがって、養子縁組などで血が繋がっていない代も存在する。あくまで自分たちで始めた馬の血統を絶やさず、繋ぎ続けることでのみ家を結束・存続させているからである。
現に私が好きに指示を出して馬を生産あるいは売り買いし、所有して走らせることが出来るのもこのおかげで過去に外から婿養子で入ってきた当主を支えるために、女ながらにまとめ上げたとんでもない女傑が幾人もいたという前例があったからだ。
もっとも実を言えば、私は馬主を目指すつもりはなくて、ただ自分の実家の長い歴史と共にあり続けた馬たちを記録出来ればよかっただけなのにそのためにしたことがどうも祖父にはウケてしまったらしいせいでこうなってしまった。
というのも、うちの二十一世紀入って最初のうちの代表生産馬であるファーストサーガのことを書いて在学中に作家デビューをして高い評価を得てしまった。
気をよくした私は軽率にも大学卒業時に卒論を兼ねて戦国時代に初代が越後で始め、多数の軍馬生産に対する恩賞としてやがて米沢に腰を据えることになった当家が連綿と重ねてきた在来種馬を改良した疾風馬という品種をまとめた「疾風馬~ジャパンブレッドと呼ばれて~」という本を出した。これがどういうわけか日本以上に海外で売れるヒットをかましてしまったせいで母校の大学院に進学させられ、博士を取って祖父の後を継ぐことが決まった。
この疾風馬に次回以降、紹介するけども明治維新以降、アメリカから取り寄せた三頭の種牡馬を手始めに欧米から日本へ連れてこられたサラブレッドを代重ねし続けて日本の固有牝系として国際血統管理協会のお墨付きを得たのがステージマスターの母方の血統だ。彼の血統表の一番下のラインをずっと遡っていけば米沢に店を出す前、まだ各地を点々としていた頃に作り上げられた初代当主の最高傑作とされた女傑の栗秀にいきつく。
この牝系には他にも成功馬たちがいるが、彼らのことについてはまた別の機会に書こうと思う。どの馬もステージマスターに負けない成績を残して世界の競馬史に名を刻んできた。彼らのおかげでうちのセリにおける主な収入源になるくらいに牝系出身馬に対する引き合いも増えて今を支えているのできちんと一頭ずつ紹介しておきたいからだ。
そういうわけで次回からは私たち芝園家と日本競馬の歴史の関わりについて祖父や先々代の残したものをもとに書いていこうと思う。
いかがでしょうか。感想ありましたらどうぞお気軽にお書きください。
さて、ひとつ連絡をしておきます。本来、本作は併載作品ですがカクヨム版の方は今のところ問題なくカクヨム自体が運営されている状況ではありますが、KADOKAWAグループに対するサイバー攻撃の影響、余波で今度はカクヨムが落ちるなんてこともあり得ないことではないと思われるので、KADOKAWAのプレスリリースの状況を見つつ、事態が落ち着いてくるまではしばらくカクヨムの方の更新は延期します。
また、併載計画にあります通り、表紙絵付きとなるnote版は私がnoteの利用が初めてなのでやり方を確認しながらのため、遅れていますがだいぶやり方がわかってきたのでもう少しで提供できると思います。pixivファンボックスの方はページの切り替えができない仕様なので一章がまとまったら、ファンボックスの佐恵子のお競馬日和プランにてPDFの有償配布という形になる見込みです。
24年7月1日、設定の都合上からくる本文の軽微修正を行いました。
25年1月13日、設定修正に伴う美駒屋の歴史周り描写を微修正しました。