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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

紫貴先輩と光香が出会う謎と源氏物語

光源氏が語った物語論と私が諦めていたメッセージ

作者: 恵京玖

 私は校門に付けられた【紅梅祭】と言う看板を見ていた。見事な筆で書かれた文字と周りに付けてある薄紙で作られた花がちょっと合わないなと思った。

 そんな看板をパシャッとスマホで撮ってラインにあげる。するとすぐにサラからメッセージが来た。


サラ【わあ、梅野高校の文化祭だ! 私の分まで楽しんできて、ミツ!】

ミツ【うん。写真もいっぱい、あげるね】

サラ【ありがとう!】


 嬉しそうなサラの顔を思い浮かぶ。私もちょっとほほ笑んで、受付の人に可愛らしい絵が付いた案内図をもらって、学校に入る。

 本日、文化祭の梅野高校には、制服を着た生徒の他に生徒の保護者や卒業者、そして学校見学できている中学生などなどたくさんの人が楽し気に見に来ているだろう。なんで、だろうってなっているのは、まだ時間が十時で始まったばっかりなのだ。まだそこまで人がいない。

 だがまあ、いいか。ちょっと悲しい出来事があったけど、それを忘れながら文化祭を楽しもうと思った。



 サラ、藤谷 更は私の幼馴染だ。幼稚園も小学校、中学二年までずっと一緒にいた親友だったのだ。ところが中学二年の夏休みが始まる頃、サラのお父さんの仕事の関係で引っ越しと言う事になってしまったのだ。

 今ならメールとかあるし、チャットでお絵描きやゲームもしているし、サラとは今でも親友だ。でも気軽に会えないし、お泊り会も出来ないのは辛い。それに梅野高校の可愛い制服を着て一緒に行こうって言う約束も無理になった。


 そして彼女が居なくなったことによって、私の心の中で様々なモノが駆け巡った。


 中学三年のある日、梅野高校の三年生の幼馴染、蛍ちゃんが「梅野高校の文芸部の文集に作品を載せたくない?」と言ってきたのだ。

 大学受験で大変な蛍ちゃんは作品を作っている暇がないのだ。そして前にサラと一緒にラインでリレー小説を作った作品が面白いから載せてもいいか? と提案してきたのだ。

 遊びで作った物語なので、きちんと書かないといけない。そう考えてサラとちゃんと打ち合わせをして、私は気合を入れてパソコンで打ち込んだのだ。私達も受験生だったけど、梅野高校に入学できなかったサラのためにと思って制作したのだ。

 なので今回の文化部が作った文芸集には私達の作品が入っている。しかも学校関係者も秘密なのだ。それだけでワクワクする。



 案内図を頼りに私は校舎の連絡通路を目指す。階段を登って二階に上がると可愛らしく装飾したクラスが見えてきた。どうやらカフェのようで、ちょっとしたお菓子や飲み物が売られていた。そこまで高くない上に内装が可愛いから結構人気のようだ。


 逆に私達の作品が載っている文芸集が置いてある連絡通路は閑古鳥が鳴いていた。連絡通路の向こうは職員室や図書室、視聴覚室などで文化祭では使用していないのだから、ここを通る人は限られている。

 連絡通路の真ん中に書道やイラストなどの作品が張ってあるパーテーションを置かれていた。さらに進んでいくと机に置かれた文芸集が並んでいた。

 ただ、椅子もあるって事は文系集や作品を監視する人がいたって事だ。

「こういうのって勝手に持って行ったら不味いかな?」

 ちょっと不安になっていると文芸集の隣に真新しいノートが置かれていた。真っ赤な表紙には【自由ノート】と書かれていて、最初のページには今日の日付とある文章が書かれてあった。


【古い跡を訪ぬれどげになかりけり】


 これって源氏物語だ。祖母が源氏物語を好きなため、お婆ちゃん子だった私も何となく知っているのだ。

 ペンの跡を見ると筆跡は新しいなって思った。


「あら」


 上品そうな声が聞こえてハッと振り向いた。

 声を出した彼女は高校紹介に載せられる制服のモデル並みにちゃんと着こなしていた。更に眼鏡もかけていて一切、染めていない髪に三つ編みのおさげで令和の人間とは思えないくらい古風な感じだが、決して地味には見えない。目鼻立ちがはっきりしていて、物静かな美少女って雰囲気があった。

「ごめんなさい。全くお客さんが来ないから……。えっと、ちょっと席を立っていました」

 ちょっと恥ずかしそうな感じで言った真面目系美少女の女子高生は「はい、どうぞ」と机の中から、文芸集を出して渡してきた。……あれ? 机の上の文芸集でもいいんだけど?

 疑問に思いつつ、文芸集にもちょっと不思議な感触があった。ページを開くと小さなメモが入っていた。


【もしかして、厚木先輩のお友達の光香(みつか)さんですか?

 実はあなたが書いた作品のメッセージについて謝罪とお話、そして渡したい物があるのですが、午後まで待ってもらっても大丈夫でしょうか?

 時間を潰すのにお悩みでしたら、連絡通路近くのクラスのカフェに行ってください。美味しいお菓子や飲み物があります】


 厚木先輩は蛍ちゃんの苗字だ。

 パッと顔をあげて真面目な美少女の女子高生を見るとにっこりと笑う。物静かで大人しそうな感じだけど、笑うとちょっと幼いなって思った。



 あの真面目な女子高生のお誘いを快く受けて、私は午後まで時間を潰していた。

 メモにあったメッセージの謝罪って恐らく、あれの事だ。

 あの作品は一度、提出したのだが自分ではちょっと心残りがあって、提出の一週間前に変えようと思って蛍ちゃんに訂正した文書を送った。

 ところが日にちを間違えて一週間前が提出期限だったようだ。よって、私が訂正した部分は変える事が出来なかったのだ。

 まあ、これも運命と思う事にしようと考えていたのにな。

「別に謝罪しなくてもいいし」

 それよりも代筆していたことがバレて蛍ちゃんは大丈夫かなって言う不安しかない。


 

 そんな事を思っていると、「おーい」と聞き慣れた声が聞こえてきた。

「やっぱり光香ちゃんだ」

 声の方をすると私の幼馴染の蛍ちゃんだった。ブライスのボタンを上二つほど外してちょっとダラッとリボンを付けている。ちょっとスカートも短くしている。さっきの真面目な女子高生よりも大分、着崩しているな。

「来てくれたんだ。文化祭」

「うん! それから文芸集をもらったよ」

 元気いっぱいに文芸集を見せると蛍ちゃんは「本当にごめんね」と申し訳なさそうに言った。

「私のわがままで受験生なのに代筆を任せた上に、後から光香が入れようとした部分が載せられなくて」

「ううん。大丈夫。作品が載って嬉しいし」

 そして私は「あ、そう言えば」と言って、文芸集をくれた真面目系美少女の女子高生にもらったメモを見せた。

「眼鏡をかけてキチンと制服着ているお下げの女の子から、お誘いをもらったんだけど」

「え? 町田が」

 蛍ちゃんがちょっと驚いたような感じでメモを見てきた。そして「あー……」と納得した感じで話し出した。

「多分、町田達二年が文芸集を作る印刷会社とやり取りしていたから、責任感じちゃったのかな?」

「それと蛍ちゃん、町田さんに代筆をバレちゃっていますね」

「そうなんだよね。物語の語り口調や使っている言葉が全然違うってバレちゃった。町田しか知らないし秘密にしているって言っていたし、先生も推敲は厳しいけど、代筆については分からないよ。予め作風を変えましたって言っておいたし。」

 なんか、よく分からない自信をもって言う蛍ちゃん。だけど町田さんについて不思議に思った事がある。

「あの町田さん。私、自己紹介も言っていないのに、光香って分かったんですけど……。画像とか見せてません?」

「見せていないよ」

「えー……なんで私が光香って分かったんだろう?」

「うーん。町田はかなり切れ者だからな」

 なんで私って分かったんだ? 切れ者ってだけで理由が成立出来ない!

 首をひねっていると蛍ちゃんはなぜがクスクス笑って、私が持っている学生カバンの方に手を出してきた。

「もう、みっちゃん。パスケースが出ているよ」

「え? あ!」

 カバンの外側にある小さなポケットに入れておいたパスケースがいつの間にか出てしまった。完全に出てしまっても、長めのチェーンが付いて落ちないようになっている。それとサラが作ってくれた【MITUKA】と刺繍してあるフェルトのキーホルダーもある。

 蛍ちゃんにパスケースをポケットに入れてもらって、私達は別れた。



 お化け屋敷や脱出ゲーム屋敷などの催し物があったがどれも興味を惹かれなかった。まだお昼前だけど、最初に見た可愛らしいカフェに向かう事にした。

 カフェオレとお菓子を買って、テーブルクロスをかけた机に置いて椅子に座った。すると連絡通路を窓から見られる事に気が付いた。何となく、食べながら連絡通路を眺める。

 連絡通路を通る人は相変わらずいない。たまに作品を見る卒業生や保護者が見ているくらいだ。

 昔は人気漫画の絵が描かれたラミネートの栞を無料配布していて、小学生に人気だった。だけど人気過ぎて栞が手に入らない子が出てきてクレームになって出来なくなったと蛍ちゃんが言っていたなと思った。

 世知辛ないなって思いつつ、暇つぶしに冊子を広げ文芸部の作品を眺める。作者は全員ペンネームで書いてあるので、誰が書いたのか分からないようになっている。ついでに小説もあるが絵のついた童話や完全に漫画の作品もあった。


【童話 猫のおひげ          コンコン】

【私のお勧め小説十選         フローライト】

【小説 商人ルカウと令嬢       サラ・シャイン】


 私達の小説も載っている事に満足しつつ、一つ気になる作品があった。


【源氏物語より玉鬘に語られた物語論  紅紫】


 この作品を読むと私があの自由ノートに書いたあの文があった。

【日本紀などは、ただ、片そばぞかし。これらにこそ、道々しく、くはしき事はあらめ】

 これは光源氏が語った物語論で、要約すると【日本書にはその一部分にすぎない。小説のほうにこそ正確な歴史が残っているのでしょう】って事になる。


 源氏物語の【蛍】には作者である紫式部の物語論を、主人公である光源氏に語らせる場面がある。

 栄華を極めた光源氏が美人で薄幸な玉鬘を養子にして、あわよくば自分の物にしようと口説こうとしている話である。随分とゲスい話ではあるが十八歳で十歳の子供である紫の上を連れ去って自分好みの女に育てる男である。驚いてはいけない。

 そしてこの口説きは失敗に終わる。玉鬘が『娘を口説く親心が書かれた物語は無い』と言い、光源氏も自由ノートに書かれた【古い跡を訪ぬれどげになかりけり……】と『古い本を探してみたけど無かった』と返すのだ。


 さてゲスの極みの光源氏が口説くために語られた物語論は、歴史書には社会のほんの一面を描いているに過ぎない、物語にはこの世で心を動かされた事やどうしても伝えたいことが書かれている、物語には作り事ではなく、人の善し悪しを誇張しているだけである、と言う。これは紫式部の物語論ではないかと言われている。


 紅紫と言うペンネームで書かれた【源氏物語より玉鬘に語られた物語論】にも書かれていた。読んでみると何というか論文めいた感じがあった。


 物語にはこの世で心を動かされた事や()()()()()()()()()()()()()()()()()()、か。


 色々と考えを巡らせながら、次は自分の作品を見た。

 私とサラが作った【商人ルカウと令嬢】だ。サラが前半部分、私が後半部分を書いたのだ。内容は、とある貴族の家で虐待を受けていた令嬢が実は王家の生まれの子と発覚する。だが王家では権力者争いが苛烈を極め、令嬢は命を狙われることになってしまう。

 それを知ったルカウと言う商人の青年は令嬢を匿ってくれる隣の国の教会にまで連れてってあげるのだ。だが令嬢を殺そうとする王家の者や生まれ育った家の家族から命を狙われることとなる。

 二人は果たして隣の国の教会へたどり着くことができるのか? って、言う話し。


 変えたと言うか付け加えた場所は最後のシーンだ。無事に隣の国の教会へ着いたルカウは手荷物を令嬢に渡す。そこでルカウは去り、教会で手荷物を見ると彼からの手紙がある事に気が付いた。


【あなたのこれからを

 いつまでも願っています。

 しあわせでありますようにと。

 てがみなどでお礼はいりません。

 ルカウと言う男の事をさっさと忘れてください】


 このメッセージを入れようと思ったんだけど、間に合わなかった。でも訂正しなくても話しが大きく変わるわけじゃ無いし、町田さんから謝罪するほど物でも無いんだけどなあ……。



 そんな事を考えていると教室のカフェから町田さんが入ってきた。教室のカフェにいる同じクラスであろう子達を見るとやっぱりお下げや眼鏡が独特で古風な雰囲気がある。

 私に気が付いて手を振って店員である子に飲み物を買って、やってきた。

「お待たせ、光香さん」

「いえ、大丈夫です」




 渡したい物は図書準備室にあるらしく、カフェで買った飲み物を持って町田さんと移動する。

「ごめんね。歩かせちゃって」

「いやいや、全然。大丈夫です」

 特に会話も無く図書準備室について大きな机にある椅子を勧められて座った。

「では光香さん。改めて、文芸集の提出期限を間違えてしまってごめんなさい」

「……それは別に大丈夫ですけど、最初にどうして私が光香って分かったんですか?」

 なんだか超能力を見せられたような感じだから気味が悪い。だが町田さんは「あ、パスケースの……」と気まずそうに言った。

 パスケースを見るとサラが作ってくれた【MITUKA】って言う刺繍されたフェルトのキーホルダーがあった。

 気づいた瞬間、顔が真っ赤になってしまった。うわ……少年探偵団でさえも分かる事だ。

「ごめんなさい。ちょっと驚かせてしまって……。そうですよね、先に名乗らないといけなかったですね。しかも光香さんって名前で呼んでいるし」

 町田さんもちょっと恥ずかしそうに言った。

「私、町田 紫貴(しき)です」

「えっと……笠間 光香です」

 こうして改めて私達は改めて自己紹介をした。


「はい。これ」

「これって、文芸集?」

 連絡通路の机に置いてあった文芸集と同じ表紙だが、ページを止めているのはホチキスだった。パラパラとめくると内容は一緒だ。でも私達が書いた【商人ルカウと令嬢】が訂正された内容だった。

「訂正されている」

「手作り感が満載なんだけど光香さんが訂正した所を付け加えて、他の作品も印刷してホチキスでとめて作ったの」

「……ありがとうございます。でもなんで……」

 私が訂正された個所を見ながら驚いていると、町田さんは優しく微笑んで口を開いた。


「だって、それラブレターでしょ?」


 その瞬間、心がズキンと痛んだ。泣きたいのと我慢する時の痛みだ。

 町田さんはゆっくりと近づいて私が開いている文芸集の訂正した個所を指差した。


「このメッセージの部分を上の部分だけ読むと【あいしてる】って読めるじゃない?」


()なたのこれからを

 ()つまでも願っています。

 ()あわせでありますようにと。

 ()がみなどでお礼はいりません。

 ()カウと言う男の事をさっさと忘れてください】


 ルカウの手紙を指差して、町田さんはにっこりと笑う。

「こんな素敵なメッセージ、ちゃんと載せないといけないなって思ったの」

 諦めていた物がこうして形になって私はちょっと目頭が熱くなって、涙をこらえた。それでも聞いた。

「どうして、分かったんですか? これが私のラブレターって」

「……え?」

 ポロポロと泣く私に町田さんは「え? あれ? なんで泣いているの?」と戸惑っていた。

「やっぱり光源氏か言っていた物語論を研究したから、これがサラへの告白って分かったんですか?」

「あれ? 私が光源氏の物語論の事を書いたって言ったっけ? あ、そんな、泣かないで……。はい、ハンカチ」

 申し訳ないが、町田さんが渡してくれたハンカチで涙を拭いた。


 そう、このメッセージはサラへの告白だったのだ。


 ずっと一緒にいる時は親友で特別な思いなんて一切なかった。だけど別れると分かった瞬間、心の奥底から愛おしかったって思ったのだ。二人で泣いて別れると心が引き裂かれるような痛みがあった。いくらメールやチャットでサラとお話ししても、会いたいって気持ちが強かったし、恋しいって思った。

 でも口には出来ない。だから物語の中で告白をしたのだ。



 ようやく私の涙が落ち着いて、町田さんは「大丈夫?」と尋ねたので頷いた。多分、顔は大丈夫じゃないけど。

「色々と聞きたい事があるけど、良いかな?」

「あ、はい。大丈夫です」

「文芸集の【源氏物語より玉鬘に語られた物語論】を書いたのは私って分かったの?」

「文芸集の隣にあった自由ノートに源氏物語の一節が書かれてあったから。あのノートは真新しいから、もしかして作品を監視している時に書いたんじゃないかなって思ったの」

「すごい! あれが源氏物語の一節って分かったんだ!」

 拍手をして町田さんは褒めてくれた。だがすぐに首をひねって「それと、私のラブレターってどういうこと?」と聞いた。

「サラへのラブレターって。サラさんってこの物語を一緒に書いてくれた子だよね」

「……」

「私、物語を読んで身分が違いすぎるから一緒になれる資格が無いとルカウが思ったから、暗号みたいなラブレターを書いたって、付け加えたんだと思っていたんだけど……」

 戸惑いつつも町田さんはそう言い、私は頭の中が真っ白になった。そしてものすごく恥ずかしくなった。



 ぎゃああああああああ! 何言っちゃってんだよ! 私! そうだよね、普通はそう考えるよね! 物語の主人公のラブレターって! 宛名だってルカウだし! 誰も聞いていねえよ! これが私にラブレターって! 何を晒してんだよ。早とちりして気持ちが高ぶって泣いて……。自意識過剰すぎて恥ずかしい。しかもこの人、初対面じゃん。いや、そもそもこの高校って私の第一志望じゃん! こんな醜態、晒したら、第一志望を変えるしかないじゃん!



 頭を抱えている私に町田さんは「大丈夫?」と聞いてきたので、「はい」と力なく返事をした。

「ただ、第一志望を変えないといけないなって……」

「え! 重傷じゃない! 大丈夫だよ、誰にも言わないって。私の心にとどめておくよ」

 朗らかに笑う町田さんを見て、こんな感じで蛍ちゃんも秘密を共有したのかなって思った。いや、私の方がかなり恥ずかしい。

「実はこの文芸集が完成するまでバタバタだったんだ。作品が集まらないから、受験で忙しい厚木先輩達にお願いして作品を二作以上書いてほしいって頼んだり、一作も作品を書かない子に早く書いてって迫ったり……。もっと計画的にやればよかったなって今でも思う」

 遠い目をしながら町田さんはそう語り、「まだ致命傷じゃないよ」とほほ笑んだ。

 きっと励ましているんだろうけど、もし私がプライドの高い人だったらショック死している。まあ、プライドが高くないから私の心臓はまだ動いているけど。


 クスクス笑って町田さんは「でもさ」と話しかけた。

「ラブレターにしては分かりづらいよ」

「いいんです。分からなくたって。分かったってサラが混乱しちゃうかもしれないし」

「でも、もっと分かりやすくした方がいいんじゃない?」

 そう言って町田さんは可愛らしい便箋と封筒を私の前に出してきた。




 サラに文芸集を送るとすぐに連絡が来た。

『ミツ! 届いたよ!』

 テレビ電話でニコニコと笑って文芸集を持って報告してくれた。うん、可愛い。

『物語の最後を訂正したって言っていたけど、すごくよかったよ』

「そうかな? ちょっと汚くなっていない?」

『全然。しかも素敵なアイディアだよ。しかもルカウが書いたラブレター入りって雑誌の付録みたい!』

 そう。私は印刷会社で作ってもらった文芸集に、手書きで令嬢がルカウの手紙を読むシーンを書き足した。だけどルカウのメッセージはそこには書かず、便箋に書いて封筒に入れて文芸集に挟んだのだ。

 紫貴先輩が「せめてお手紙にして送ってあげましょう」と言ってくれたのだ。

『ルカウのキャラって元傭兵って事で無口で武骨な感じで書いたけど、このメッセージを見たら情熱的だなって感動しちゃった』

 サラは嬉しそうにそう言い、私もほほ笑んで頷く。やっぱりルカウのラブレターとしか見ていない。だけど、これでいいんだ。私の思いは隠れたままでも。


 そう言えば光源氏ってプレイボールって言われているが、実を言うと失敗も多い。数うち当たればいいって精神なんだろうけど、私には無理だなって思う。そもそも私は女だけど。


 しばらくお話ししていると進路の話しになった。

『光香ちゃんはやっぱり梅野高校に行くの?』

「そのつもり」

 と言うか梅野高校に進学しないとちょっとだけ、まずいのだ。



 涙で汚してしまったハンカチを洗ってすぐに返そうと思ったが、町田さんは「入学してからでいいよ」と言ってくれた。

「え? でも悪いですよ」

「ううん。だってそうすれば、また入学してすぐ光香さんに会えるでしょ」

 意地悪っぽく笑って言う町田さんに、私も思わず口元が緩んでしまった。

「そうします。すいません。町田さん」

「紫貴でいいよ」

 こうなったら、何が何でも入学して文芸部に入らないといけないなって思った。素敵な先輩が待っているんだから。


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