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ギルティヴァンプ  作者: 福部シゼ
屋敷逃亡編
8/23

08話 「頼れるメイド」

 ダンヘルガの不気味な笑みに、鳥肌が立つ。

 奴の合図で、兵士たちが展開し武器を構えた。廊下の反対側からも兵士が押し寄せてくる。


 俺と舞香。そしてトットンは兵士たちに囲まれる形になったのだ。


「あらあら、うふふ。せっかちな男は嫌われるわよ。ダンヘルガ」


「貴様は黙っていろ、トットン」


 ダンヘルガに睨まれ、トットンは「つれないわねぇ」と溜息をこぼす。


 ダンヘルガは俺たちから視線を外し、奥で伸びるプロロイトを見た。

「主殿たちがどうやってあれを倒したのかは存じませんが、3人でこの屋敷の兵士全員を相手にできる訳もなし」


「……ひとつ、教えてくれよ。ダンヘルガ」


 俺は舞香の手を強く握り締め、口を開いた。


「なんですかな」とダンヘルガは答える。


「お前は、俺がこの屋敷から逃げ出すと予想していた。にもかかわらず、俺に自由を与えていた。俺が舞香を切り捨てないと高を括っていたからだな」


「その通りですね」


「そして、俺に協力するであろうトットンたちも好きに動かしていた。その理由のひとつはプロロイトが負けないだろうという信頼。そして、ふたつめが兵士たちの指揮権をお前が持っていたから」


「えぇ、その通りです。何かの間違いがあり、プロロイトが負けたとしても。吾輩が指揮する兵士が主殿たちより多ければ、逃げ出すことなど不可能」


 なんという自信。圧倒的傲慢さがこの男にはある。


 俺はごくりと息を呑む。


「なんで、俺たちをここで捕まえた。お前がその気になれば、俺が牢屋にたどり着く前に、全部を終わらせれたはずだろ」


「そんなことを気にしていたのですか。なぁに、簡単なことですよ。

 主殿を今より従順にするため。出鼻をくじくより、希望を与えた後に嵌めて台無しにする。

 プロロイトが先走り、吾輩の計画が狂うところはありましたが。まぁ、及第点でしょうかね」


「うわ、お前性格悪いな」


「ハハハハハ。そんなことは存じていますよ。さぁ、終わりです」

 ダンヘルガの合図で、兵士たちが動き始める。


「あぁ、もう一つ。言わなきゃいけないことがあった」


「……くどいですぞ。主殿」


「時間稼ぎは終わった」


「――――なに!?」





 俺の言葉に、ダンヘルガの表情が崩れる。目を大きく開き、時間が止まる。



 その時だった。



「にゃはははははは」


 と変な笑い声が屋敷全体に響く。そして、それは屋敷の廊下の奥からこちらに走ってきた。


 まるで突風だった。気付けば、兵士が2人首から血を流して地面に倒れ、ダンヘルガも切り傷を負っていた。


「……ぐぬぅ、ニャルメ!」


「クソ執事。反応が遅くにゃったかにゃ?」



 灰色のネコミミ吸血鬼が、そこに立っていた。


 ニャルメという少女はかぎ爪に着いた血を舐め、ダンヘルガと向き合う。

 恐らく、殺す気で攻撃したはず。それでも、命を刈り取るまでいかなかったのは、ダンヘルガの実力故か。


 ロリの方の黒角。アリーシャの従者のひとり。彼女が援軍に来るように仕向けたからこそ、脱出を図ったのだ。


 ニャルメが床を蹴る。それに対応するように、兵士が一斉に動き出す。


「――来てくれましたね」


「あぁ。本当に助かった」


 トットンの言葉に俺は頷く。舞香だけがきょとんとし、目の前で起きていることに付いていけていない。

 ニャルメの登場に一番驚いたのはダンヘルガだ。


 予期せぬこちら側の援軍に、歯を食いしばり声を荒げた。


「――まさか、この領地を売ったのですか!?」


「頭の回転が速いな。でも、勘違いするなよ。俺はまだ領主じゃない。この地を売る、なんてことはまだできない。だからこそ、お前を売ったんだよ」


 きっと、この世界で目覚めてから、ずっとダンヘルガの思惑通りだった。

 そして、この先もその予定だった。


 でも、ダンヘルガの予期せぬ事件も起きていた。

 大領主様の訪問。きっと、あれだけはダンベルガの予定になかったものだ。あの時の驚きようは今でも忘れられない。



 舞香を捨てて逃げるのなら、きっとその企みは成功していた。でも、俺はそれを選ぶわけにはいかなかった。でも、ダンヘルガの掌の上で踊るしかないこの現状で、俺は賭けに出た。



 ノアジーノから得た情報を大領主に売った。そして、この屋敷への夜襲を仕掛けた。


 それが俺の逃亡計画の全容。


 まぁ、細かいところは煮詰めれず、出たとこ勝負となったが、結果として思い描いたものと繋がったので、結果オーライ。


 不敵に笑う俺をみて、ダンヘルガは悔しそうに口を曲げた。


「ありえぬ。自由にさせていたとはいえ、この領地から出ることはなかったはず」


「あぁ、それはこれだよ」

 と答え、俺は黒いカードを見せた。


 この世界、いやこの時代におけるスマートフォンのような通信機器。

 トットンのものを借りて、大領主と直接取引を行った。


「それこそ、ありえぬ。事前に通達なく、大領主様と話すなど……」


「通達はしたよ、現地に。まぁ、事前じゃなかったけど」


「なにを……」


 ここまで言っても、ダンヘルガの中で答えは出ないらしい。俺はもったいつけるように答える、


「そう言えば、今日一日。道を舗装する音、聞こえてなくない?」


 そこでダンヘルガは答えにたどり着く。


「今すぐ捕えろ!」


 反対側に展開していた兵たちも一斉に動き出す。だが、ニャルメという予期せぬ敵に包囲網は崩れ、既に存在しない。一方向から迫ってくる敵にはトットンが相対し、迫る兵士数人をボコボコにしたところで、敵の足が止まる。



「行きましょう、主様!」


「ダンヘルガ。お前の必死な顔を初めて見た。どうした。いつものように、感動のあまり涙が出そうです、って吠えてみろよ」

 最後に煽り、その場を後にする。









「く、……このまま逃がすわけにはいきませんぞ!」


「うるさいにゃ!」


 追って来るダンヘルガを、ニャルメが足止めする。既に兵士は半分以上倒れており、ニャルメが邪魔をする以上、ダンヘルガは俺たちを追ってこれない。


 この隙に、領地の外まで逃げる。











 トットンの案内に従い、屋敷の外へ出る。


「幼馴染みちゃんは、あーしが背負うわ」

 と言ってくれたので、舞香をトットンに頼み、俺はその後を付いていくだけだ。


 最初に街に向かった時のように、木々が生い茂る山の中を進んでいく。


 突き出した木の枝や葉っぱの先端で皮膚が切れて痛い。対するトットンは身体に傷をつけることなく、どんどんと進んでいく。

 屋敷からの逃亡計画に、大領主様であるアリーシャの夜襲を重ねたところまでが俺の計画。

 その後のことはトットンに任せていた。土地勘や、この時代における知識などを考慮し、ほとんどを丸投げしたのだ。

 だからこそ、分からなかった。


「こ、こんなに急ぐ必要あるのかよ。屋敷はもう逃げ出せたし、少しはゆっくりしても、いいんじゃない」


 体力が尽きてきて、俺は音を上げる。


「いえ、ゆっくりしていては手遅れになるわ」


「な、なんで?」


 トットンはスピードを落とし、周囲を探りながら説明してくれる。


「主様とアリーシャ様が交わしたのは、夜襲の件のみ。つまり、今夜この領地はアリーシャ様のものになる可能性が高いわ。そうなった場合、ダンヘルガは恐らく死刑。次期領主である主様や、あーしたちは捕虜として扱われることになる。その際、人間である幼馴染みちゃんはどうなると思う?」


 説明の中に出てきた舞香の存在に、俺はハッとする。


「……まさか」


 俺が最後まで言葉にする前に、トットンは答える。


「食料として、大領主様たちに押収される」


 その光景を想像し、ぞっとする。

 この逃亡は、まだ終わっていない。


「でも、アリーシャ様とは顔見知りだ。なんとかならないのか?」


「ただの領主に、大領主様がかける温情などないわ。言ったでしょ。この世界は力こそがすべてよ。滅ぼされた側に待つのは、搾取か死のみよ」


「じゃあ、俺たちはダンヘルガの追手から逃げながら、アリーシャ様たちからも逃げなければならないってことか?」


「えぇ、その通り。まぁ、ダンヘルガの追手はもう来ないでしょう。あーしたちに回せる戦力なんてないもの」



 俺は黙ったまま、トットンの後に続く。


 そんな俺を見て、トットンは軽くケツを蹴ってきた。


「な、なに?」


「そんな顔をしなさんな。主様が領主にならず、ダンヘルガを売った時点でこの領地が滅ぶことは決まったわ。でも、それは主様に責任があることではないわ。この領地に力がなかっただけよ。主様がそれを背負う必要はない。主様は自分の命と、幼馴染みちゃんの事だけを考えればいいのよ」


 励ましてくれるトットンの言葉に、俺は俯く。


 そんなことはない。背負う必要がない、なんてダメだ。

 俺は、この領地の主になるはずの人間だった。――いや、吸血鬼だった。


 吸血鬼の始祖として、この領地を救わなければいけなかった。



 この地に思いれがある訳じゃない。でも、街を見た。民を見た。やせ細り、食べるものに困る彼らを見た。ダンヘルガに対する不満を聞いた。


 本来、俺が背負わなければいけなかったものを、俺は滅ぼした。



「……でも」


「あらあら、うふふ。主様は優しいのね」とトットンは目を細めて笑い、それから言葉を続けた。


「でも、気をつけなさい。この世界では、それは時に自身を蝕む毒となるわ」



「――え?」


「なんでもないわ。今は特に気にしない。逃げることだけを考えましょう」


 トットンの明るさに、少しだけ気持ちが軽くなる。


「うん。ありがとう」


「お礼を言われるほどじゃないわ。あーしはメイドだもの」











 トットンの背中を追い、山の中を走る。


 後ろから追手が来る気配はなく、今のところ順調に山の中を進んでいる。



「止まってください、主様!」

 と言われ、俺は身体を急停止させる。


 だが足場の悪い中、急には止まり切れず、俺はその場に転んでしまう。


「痛っ!」


「し、静かに!」


 トットンの言われ、俺は直ぐに口を閉じ、静かに立ち上がる。





 すると、なにやら火の明かりのようなものがぽつぽつと視界の奥に見えた。

 街の灯り、ではない。方向が違う。







「レインケル様。既に、敵の兵力は半分を削り切ったとのことです」


 と、男の声が聞こえる。


「……アリーシャの奴め。仕事が早いな。だが、気を抜くな。ダンヘルガは勿論だが、兵士長のプロロイト、それにメイドのトットンが出てきたら、こちらの包囲網が崩される可能性は大いにある」


 と、別の男の声が聞こえてくる。









 その声を聴き、俺は息を呑んだ。

 遠くて姿こそはっきりと見えないが、その声には聞き覚えがあったからだ。それに、その名前は忘れたくても忘れられない。


 あのダンヘルガの腹を貫いた、男の大領主。




「……まさか、レインケル様まで出てくるとわね」


 と、トットンが小さく呟く。



「ど、どうしよう」


「道を変えましょう。少し遠回りになりますが、彼らに見つかるよりはマシです。その分、スピードを上げますわ」


「わ、わかった。遅れずについていくよ」


「あらあら、立派ですね」


 軽いやり取りを交わし、直ぐに移動を開始する。悟られることがないよう、最初はゆっくり音を消して進む。山の中であるがゆえに、完全に音を殺すことは出来ない。だが、なんとか気付かれることなく、その場を離脱できた。



 その後は文字通り、スピードを上げて進んだ。


















 休憩なしで走り続けること6分。


 漸く、トットンがスピードを落としたので、それに合わせる。


 両肩で深い呼吸を繰り返し、山道に出る。


「や、やっと落ち着ける」


「この先が合流ポイントです」


「……だ、だれと?」



 トットンについていくと、そこには軽トラが止まっていた。

 その近くに人影がふたつほどある。


 近付くにつれ、そのシルエットがはっきりとしてくる。


「旦那、待ってましたぜ。ギヒヒヒヒ」


「お待ちしておりました。とばり様」


 と出迎えてくれるのは、顔見知りの2人だった。


「ノアさん。ククリカさん」


 2人の名前を呼び、息をつく。酸素が美味しく感じる。脚が棒になりそう。痛い。癒しが欲しぃ。


「お飲み物です」

 とククリカさんが血液パックを差し出してくる。俺は、喉の渇きから衝動的に手を伸ばす。しかし、舞香の存在でそれを躊躇う。


「ちょ、ちょっと。木陰に……」


 木の陰に移動して、水分呼吸を行う。



 運動後のスポーツ飲料のように、爽やかで甘い血だった。


 その隙に、持ってきたリュックの中に入っている着替えを取り出し、ククリカさんが舞香を香替えさせる。



「ここに、軽トラがあるってことは……」


「足での移動はここまでです。ここからはこれで移動します」

 とトットンが答える。


「ここから、バーミリオン領を抜けるまで、あっしが運びまっせ」


「ばーみりおん領って何?」


「アリーシャ様の領地の事ですわ」


「さぁ、乗ってくだせぇ。ゆっくりしてると、包囲網に捕まっちまいます」


 舞香とククリカさんが乗り、俺もその後に続く。まさかの、荷台に乗る形だ。

 運転中に荷台に乗るなんて、いけないことにワクワクする自分がいる。これぞまさに、血が騒ぐってやつだ。

 さっき飲んだ血も喜んでいる気がする。


「荷物固定用の鎖をしっかり握ってくださいね」

 とノアさんがエンジンをかける。



 そこで俺はあることに気が付く。

「待って! まだトットンが乗ってない」



「いえ、そのまま行って下さい。主様、ここでお別れです」


「――え?」


 それは、あまりにも唐突な別れの宣告だった。


「レインケル様まで出てきたのは想定外でした。この世界で一番の兵力を持つお方です。このままでは逃げきれません」


「嫌だ、嫌だ、嫌だ! そんなの、関係ないよ!」


「駄目なのです。あーしはメイド。主様の危機を、見て見ぬふりは出来ません」


 それは、今まで見たことのないくらい真剣な表情で、熱のある言葉に感じた。

 今までの砕けた態度が、全て冗談に思えるくらいには――。




 だからこそ悟った。その手を引いても、無駄だという事を。



 どんな言葉を残そうと、彼女は止まらないだろう。

 ならば、ありったけの想いを告げようと、決意した。


「――また、会えるかな?」


「ええ、きっと。主様の健やかなる成長を願っていますよ」


 その微笑みは、美しいものだった。男だとか女だとか。そういうものを超えて、言葉では表すことのできない感動が、そこにあった。





 熱く高鳴る胸の鼓動と、口から出かかるものを抑えて、俺は言葉にする。


「こんな、どうしようもない俺を、ここまで導いてくれてありがとう」




 音を立ててトラックが走り出す。


 頼りがいのある広い背中が、どんどんと小さくなっていく。戻ることは出来ない。送り出してくれた彼女の為に、絶対に逃げ切らなければならないのだ。


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