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ギルティヴァンプ  作者: 福部シゼ
屋敷逃亡編
8/8

08話 「逃亡開始」

「……何見てるんだ?」


「えっと、少し気になって」


 俺が尋ねると、舞香はそう答えた。

 それはまだ平和な日常に包まれた、教室での出来事だった。


 時は修学旅行より1ヶ月前。その昼休み。

 教室の空気は所々騒がしかった。数十分前に決まった修学旅行の班決め。その時の熱がまだ冷めず、教室の至るところで生徒が集まって話し合っている。

 話題の内容はそのほとんどが自由行動にどこ行きたいとか、だれだれと一緒になれて嬉しいとか、1ヶ月後に迫った修学旅行に関するものだった。


 そんな中、俺は舞香と机を向き合わせて昼飯の準備を進める。


 普段はよくつるむ男連中と一緒に食べることも多いのだが、2週間後に迫ったテストの対策のため舞香に監視されながら昼飯を食べるのが、鶴間帳に課された悲しい宿命なのだ。


 班決めの時間が終わり、昼飯の時間になってから舞香が何かとチラチラと後ろに視線を送っている。


 それが気になり、声を掛けたのだった。





 帰ってきた舞香の返答。

 何が気になるのか、俺はそれが気になり舞香の視線の先を追った。



 そこにあったのはある男子生徒の後ろ姿。友人たちと向かい合って弁当を広げる親友の姿があった。


 松原カイリ。

 高校に入学してから最初に仲良くなった男子生徒だ。

 きっかけは隣の席だったこととやけに話が合う事。好きなものとか観てる作品の話とか聞く音楽の方向性とか。やけに好きなものの話が合うのだ。

 自称ハーフ設定で少し変な奴だが、嫌な奴ではない。

 話してから仲良くなるのにそう時間はかからず、修学旅行でも同じ班となった。


 たしか、舞香と接点はそう多くなかったはずだ。俺を通して話をするぐらいで……。




 そんなカイリを観て、「気になる」と公言する幼馴染みの姿。

 その姿を前に、俺は言葉に詰まった。というより困った。


 だって、俺は舞香の事が好きだ。カイリの心境は分からないが、もし舞香と付き合う、なんてことになったら、俺はどうすればいいのだろ。

 10年間、想い続けたこの気持ちはどこに行けばいいのだろうか。


 衝撃を受けた、というよりかはショックに近い。心が軋む音が身体の中で響く。

 俺は冷たい米を口に運んだ。



 上手くものが喉を通らない。

 米ではない別のもの。異物が喉を通る感覚に近い。



 俺はこの日、初めて失恋というものを知った。



















 ある日の記憶から目を覚ます。


「……最悪な夢だ」


 夢から覚めても頭が重かった。霧がかかったように、やる気が出ない。

 どうせ夢を見るなら幸せなものの方がいい。それか都合のいいもの。どうして夢の中でも辛い現実に責められないといけないのか。


 俺はゆっくりと体を起こす。無理やりにでも起きなければならない。

 あの日知った辛い事実より、まず目の前に解決しなければいけない大きな問題があるのだから。



 コンコンと扉がノックされ、静かに開かれる。

 ヘルメットをつけた銀髪のツインテールメイドが部屋の中に入ってくる。


「おはようございます。とばり様」


 うん。何度見てもククリカさんは可愛い。そんな彼女に様付けで呼ばれるのも気分が良かった。

 気分を切り替え、朝の行動を開始する。


 寝巻きから着替えて朝食に向かう。

 前回街に情報収集に行き、帰ってきてダンヘルガの胸ぐらを掴んだ日から更に1日が経過した。

 即位式が翌日に迫っている。







 食堂に到着し席に着くと、真正面に座るダンヘルガが口を開いた。


「おはようございます、主殿。日が経つのは早いですね。即位式まで残すところ1日となりましたぞ」


「あぁ、そうだな」


 用意されたスープをスプーンで掬い口に運ぼうとした時だった。


「明日のこの時間には大勢の観客の中、主殿が正式にこの地の領主となるわけですな。ということで、今日から数日間、屋敷の警備を強化いたします。それゆえ、主殿の傍にも警備兵を置かせてもらいますぞ」


 ダンヘルガの言葉に、俺は動きを止める。


「……好きにしたらいい。今日は部屋でゆっくりさせてもらうから」


 俺は止めた動きをそのまま再開させ、スプーンを口に運ぶ。


「明日には正式に領主となりますのに。

 そんな体たらくではこの先が思いやられますな」


 ダンヘルガは目元を細めて髭を撫でながらそう言った。


「明日からはちゃんとするよ。だから今日くらいは大目に見て欲しい。いろいろと心の整理が必要なんだ」


 早めに食事を終わらせて部屋に戻る。それを見て、ダンヘルガが兵士に合図をする。すると、それに合わせて1人の兵士が俺の後ろに着いてきた。


 ノアさんの言う通り、この屋敷の衛兵はダンヘルガの手中だ。

 トットンから聞いた話ではその数はおよそ30人。その兵力の差は簡単に覆せるものではないということは素人でもわかる。





 自室のベットの上に寝転がり、天井を眺める。

 演技をするのも楽では無い。気は休まらないが、今は少しでも休んでおくのがいいだろう。



 護衛の兵士は自室の中までは入ってこなかった。

 部屋の外。扉の傍に控えている。

 プライベートを尊重されたのか、俺の態度が素っ気なかったからなのか。


「……まぁ、これはありがたいな」


 と言葉をこぼす。







 あっという間に夜になった。

 これが休日なら体たらくな自分自身を呪っていたことだろう。

 何もしない怠惰な休日とはいいものだが、終わりが迫ると何か損した気分になる。



「結局、あんまり休めなかったな」


 と独り言を呟く。

 カチカチカチと部屋の中の時計が鳴る中、俺は部屋の中を歩き回っていた。

 1人用に与えられた部屋としては広い方だが、こうして数日過ごしてみるとそれもなんだが馴染んでしまった。


「……にしても、そろそろだと思うんだけど」


 部屋の窓から外の様子を覗く。まだ異常は起きていないようだ。日はとっくに沈み、暗闇がそこには広がっている。

 刻まれる時計の針。それと共鳴するように心臓の音がドクンドクンと鳴る。




 窓から離れ、扉に近付く。

 扉の外側には人の気配がある。



 俺は再び窓の方へと戻った。


 気が付けば呼吸が荒くなっている。手に汗が滲んでいる。

 耳から心臓が飛び出そうなくらい、心音が近くなっている。

 手の汗を服で拭い、深呼吸を繰り返す。落ち着こう。落ち着け、俺。



 だが、そんなことで落ち着けるはずもなく……。



 時間だけが過ぎていく。







 その時だった。



 バタバタバタ、ドタドタドタと部屋の外が騒がしくなる。


「おい、一体なんの騒ぎだ!」


 部屋の外に控えている男が声を荒らげたようだ。


「それが、侵入者とのことです」

 男の声に答えるように、他の男の声が響いた。



 来た。待ち望んだ屋敷の異常。

 俺はベットから剥がしたシーツを抱えて勢いよく部屋の扉を開き、外へと出た。



 バタン!

 と音が豪快に鳴る。その音に、男たちが反応するまで僅か数秒。混乱に混乱を重ねた、これが俺にできる最大限。


「おらっ!」

 俺は抱えていたシーツを男たちに多い被せるように投げる。


 作戦は上手くいった。シーツで男たちの視界を遮り、その隙に奴らの視界から外れる。



 息継ぎもままならない、僅か数秒の駆け引き。

 それが成功し、違う意味で心臓が高なっていた。俺は勢いのまま屋敷の中を駆ける。


「よし、よし! 上手くいった!」

 成功を噛み締めている暇はない。直ぐにこちら側に屋敷中の兵士が集まってくるからだ。




 俺の自室があるのは東館の3階。

 本当なら窓から気付かれず脱出する方が良かったのだが、そんな勇気は生憎と持ち合わせていなかった。

 なので扉からの正面突破。それを屋敷襲撃のタイミングと合わせ、更に護衛の目をくらませるため工夫を織り込んだ。



 これがたまたまで、奇跡的に上手くいったものだとしても。

 自分のシナリオ通りに事が進むのはなんとも言えない快感がある。

 これが急ぎでないのなら、両手でガッツポーズして大声で叫びたかったくらいだ。




 屋敷への襲撃者。その正体はこの領地で満足に食料を得られない島民達だ。そして、それを唆したのは俺だ。



 島民たちは最初は困惑していたが、屋敷での詳細な食生活を伝えると、血相を変えていた。

 思ったより簡単に火をつけることが出来たのだ。


 そしてその際、俺は嘘を彼らに伝えた。

 それは屋敷にある食料庫の場所。それを東館の1階奥にあると伝えた。




 襲撃者もそれを迎え撃つ兵士も東館の1階に集まる。




 それを逆手に取り、俺は西館へと向かう。

 屋敷の中は慌ただしく縦横無尽に兵士たちが駆け回っている。体内に入ってきた病原菌を殺す細胞のように、屋敷全体の熱が上がっていくようだ。


 何回か兵士とのすれ違いをやり過ごし、西館の1階に到着した。




 途中で入った部屋で拝借した服などを掛けておくポール。それを即席の武器として握り締め、呼吸を整える。

 頼りないが、何も無いよりはいいだろう。



 襲撃者の対応に追われてバタバタとしている東館とは打って変わり西館は静まり返っていた。


 廊下の電気は落とされ、人気もない。暗い屋敷の雰囲気は夜の学校や病院のようなホラースポットを連想させる。


 今思えば、夜中の屋敷を移動するのはこれが初めてだ。

 自分の息と、たまに呑み込む唾が、誰かに聞こえてしまうのではないかと、不安になる。

 恐らく多少の兵士は残っているだろうが、近くにその気配はない。


 誰にも見つからないことを祈りながら、息を殺してゆっくりと移動する。



 気配の殺し方なんてわからないから、とりあえず黙ってゆっくり歩くしかない。常に周囲の物音に耳を立てながら、奥へと進んでいく。


 襲撃者がやったのか、数分前に屋敷の電気が消えてそれ以降復旧しない。

 暗い廊下は奥を見渡すことが叶わず、薄気味悪い。

 俺は息を飲み、廊下の端をジリジリと進む。


 壁にピタリとくっつき、影から角の先を見る。





 少し伸びた廊下の先。そこには地下牢へと続く階段を遮る扉がある。

 舞香を救出する。その最後の障害。そこにその男はいた。



 空色の短髪に、威圧感のある大きく開かれた鋭い眼。吸血鬼の特徴である額の角を除けば、それがその兵士の特徴だ。


 装備は普通の兵士と変わらない。だが、その男の纏う雰囲気は別物だった。

 只者では無い。立ち姿や雰囲気がそれを物語っている。



 俺が目覚めてからここ数日。奴が舞香のいる地下牢をずっと警備している。

 例え襲撃者騒ぎがあろうと、この男だけはここから動くことはない。


 男は側面の壁に背を預けながら、腕を組み静かに時が来るのを待っている。

 そう。俺がここに来るその時を。



「……ふん、陽動とはつまらんな。お前は上手くいったと思っているようだが、それすらもダンヘルガの思惑の内とは考えなかったのか?」


 痺れを切らしたのか、男が口を開いた。それは明らかにこちらに話しかけるように放たれた言葉だった。

 それと同時に壁から離れ、傍に立て掛けてあった槍を手に持つ。



 奴は気付いている。俺がこの場所に着いていることを。


 俺は意を決して廊下の先へと進む。


 月の光が窓から差し込まれ、俺と男の間を照らす。


「……ほう、少しはいい面構えになってるな。

 自分の目的の為に他者を使い潰すところといい、なかなか様になってるぜ」


 男は品定めするような口ぶりでそう言った。


「……ダンヘルガの思惑の内と、言ったか?」

 俺は気になった事を問いかける。すると、男は鼻でそれを笑い、答えた。


「腹を空かせた島民を唆して屋敷を襲撃させる。それを陽動に使い、自分は屋敷の地下牢へ。

 お前が取れる行動の中では中の下、といったところだ」


 それは信じたくないものだった。


 ……中の下?

 この作戦が?


 この作戦よりいい方法があったのか、ということより、そもそもそんな事を言い切れるということは……。


「……………まさか」


「はっ、信じられないって顔だな。そもそもなんで街に奴の監視の目がないと言い切れる」




 ――――っ!


 軽い衝撃を受ける。

 そういう事か。この作戦は筒抜けだ。


 なら、俺の動きに合わせてダンヘルガも動いている可能性が高い。

 そうなった以上、驚いている暇はない。躊躇う事もない。

 俺は一度深い深呼吸をして、床を思いっきり蹴った。


 一息で距離を詰め、ポールを思いっきり振るう。狙うは頭部。

 だけど、その兵士はゆっくりとため息を吐いた。

「力量の差も測れねえのか、馬鹿が」

 それから口角を曲げ、手に持つ槍を構えた。



 俺が走り出してから僅か数秒の出来事。だけど、それが何故か実際の時間よりもゆっくりに思えた。その瞬間、失敗したと悟った。


 兵士の振るった槍で、ポールは弾き飛ばされ、手に熱が走る。

 兵士の槍さばきは、目で捉えきれない程速く、気付いた時には頬に激痛が走っていた。


 槍の柄の部分で殴られ、壁に激突し、その場に倒れ込む。


 見えなかった。というより、達人の槍を見た。という感想が脳裏によぎる。素人でももわかった。目の前に立つ兵士と自分の実力の差を。


 息が荒くなる。失敗したという事実だけが頭の中を駆け巡る。


「技術もなければ工夫もない。三流以下だな、雑魚主」

 頭の上からそんな声が響く。兵士の態度はデカく、こちらを敬う素振りなど存在しない。


 俺は頬を抑えながら、兵士を睨んだ。手に信じられない程の熱さを感じた。


「睨んだところで何にもならねぇよ。次の策もなしか。こりゃダメダメだな」

 兵士はため息を吐きながら槍の矛先をこちらに向けた。


 そして、ゆっくりとそれは前に押し出された。



 ずぷりと、肉が裂ける。


「……う、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっあぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 悲鳴。悲鳴。悲鳴。痛み、痛み、痛み。熱。


 まるで脳が断線するかのような錯覚に襲われる。身体の中に入ってくる異物。痛み。痛み。

 槍は冷たいはずなのに、熱しか感じない。

 廊下をのたうち回る。槍を引き抜こうと試みる。だが、それは叶わない。



「……ったく、うるせぇな。安心しろ。銀製じゃねぇからよ」


 男の言葉は理解できない。というより、耳に入ってこない。男は槍をぐりぐりとさせながら言葉を続ける。


「勝てない相手だと分からなかったのか? それともなんだ、変な自信でもあったか。主なら、怪我させられないとでも思ったか。主なら俺が怯むとでも思ったか?」


 俺は叫ぶことしかできない。口を閉じることができない。腹から伝わる……いや、脳から送り出される痛みの信号に、叫ばずにはいられなかった。



 男の言葉は続く。


「甘い。甘い。すべてが甘い。理解してないのか。お前はあくまで傀儡だ。主としての権限などないようなものだ。この数日でそれが理解できなかったのか。馬鹿なのか、考えも無しに、馬鹿みたいに突っ込んできやがってよ」


 男の言葉には怒りが篭っているように感じた。


 男は槍を引き抜き、俺から離れた。



 それでも、体中に走る痛みは引かなかった。



 俺は荒い呼吸を繰り返し、男を睨みつける。


「お、おれは。お前らの、し、始祖だぞ」


「チッ、馬鹿がよ」


 男は舌打ちをし、再び槍で俺を刺した。

 それも、さっきの傷の直ぐ真横に。


「う、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっあぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 再び、悲鳴が屋敷に響き渡る。それでもお構いなしと、男は口を開いた。


「なにも理解してねぇなら、喋るな!

 始祖だと? それをこの屋敷以外で喋って見ろ。お前は八つ裂きにされるか、解剖台送りだぞ。お前という存在は、ほぼすべての同胞から忌み嫌われ、憎まれるものなんだよ!」


 聞きたくなかった事実を告げられる。

 耳を塞ぎたくても、赦されないくらい、体を痛みが支配していた。


 男は槍を引き抜き、再び距離を取る。そして、俺の動きを観察するように、壁に背を預け腕を組む。


 血が逆流してきて、呼吸すらままならない。そんな中、頭の中では男の言葉がぐるぐると巡りまわっていた。ひどい頭痛も襲ってくる。


「……あの女なんか捨てちまえ」

 と、男の言葉が響いた。



 先程まで頭の中で回っていたものが全て消し飛ぶくらい、その言葉は威力を持っていた。


 ……捨てる。誰を?



 その疑問が浮かんだが、答えなど分かりきっていた。



 だが、答えることは叶わない。


 男の言葉は続く。

「数日監視して分かった。あの女はいつかお前を裏切るぞ。……そもそも、他人のために自分を犠牲にするという思考が狂っている。そんなんだからお前は雑魚のままなんだよ!」


 ……だから舞香を切り捨ててしまえと?



 俺が??


 それは、笑えない冗談だった。




 10年という月日を共に過ごした。ずっと好きだった。

 彼女に救われた。その時から好きだった。

 友達としての距離感だった。でも好きだった。

 中学生になった途端、めちゃくちゃ可愛くなった。もっと好きになった。

 いつの頃からか、おはようを言うとき軽くぶつかってくるようになった。それが好きだった。

 廊下ですれ違う時、タッチするようになった。毎回、手に伝わる熱が好きだった。

 俺が変なことを言った時、軽く殴りながら突っ込んでくれた。そんな関係が好きだった。

 偶に腕に絡みついてきて、我が儘を言ってきた。胸の感触が好きだった。

 いつも一緒に帰りながら、たわいもないふざけた話をしていた。その時間が好きだった。


 きらきらと輝く、舞香の笑顔に、俺は何度も胸を絞めつけられた。


 隣を歩く時の横顔が好きだった。後ろ姿も愛おしかった。声を掛けた時に、振り向く時の素振りが好きだった。一緒にいる時の時間が好きだった。名前を呼ばれるのが嬉しかった。付き合ってるんじゃ、と誤解されるのが少し恥ずかしくて、でも好きだった。


 ずっと好きだった。いつか付き合いたいと思っていた。でも、関係性が変わるのが怖くて、言い出せなかった。



 ……彼女が抱える恋心を邪魔なんてしたくなかった。

 例え、その結果。俺が幸せになれなくても。


 舞香と親友が付き合う様を見せつけられることになろうとも……。



「……そ、んな、もん。関係ねぇ」


 裏切られるとか、俺が幸せになれないとか……。

 好きだから助けたい。その気持ちは本物だ。だが、前提を間違えている。


 俺は、床に手を付き、痛みに耐えながらゆっくりと体を起こす。

 腹に空いたグチャグチャの穴から、血が溢れるのも構わず、歯を食いしばって立ち上がる。


 男を睨み、言葉を続ける。


「絶対に舞香を助ける!」


 声をかけられた10年前のあの日から。

 俺はずっと彼女に救われてきた。

 返しきれないほどの恩がある。



 その恩に報いる為なら、この命を使える。

 ただ、それだけの事だ。


「目の前の現実を見ろよ!

 他者に助けを求めなければ何も出来ない雑魚のくせに、理想だけは高くてよぉ。それで何が掴めるってんだ!?」


 俺は答える。傷口に手を当てて、真っ直ぐに。

「テメェを越えて、舞香の手を掴む」


「ふ、それがバカだというんだよ!」

 男は槍を手に取り、構えた。


 俺は両足でしっかり立ち、腹から声を出して叫ぶ。


「助けてくれ、トットン!」

 脳髄に走る痛みを無視して、助けを呼ぶ。



 次の瞬間だった。


 窓ガラスが派手に音を立てて割れ、ひとつの人影がその場に現れる。


「トットン・コトルク。主様の命により、参上仕る!」


 男は大きく目を見開いて、嬉しそうに口角を上げた。


「……俺は三流以下の雑魚だからな。ちゃんと人の力に頼ってくぜ」


「なるほどな。楽しくなってきた」

 これ以上ないくらいに男は楽しそうに口角を釣り上げた。


「トットン。命令だ。あいつをぶっ倒せ」


「了解したわ。主様」



 役者は揃った。これより第2ラウンドが幕を開ける。


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