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ギルティヴァンプ  作者: 福部シゼ
屋敷逃亡編
7/23

07話 「始祖の血」

 窓ガラスを割り、派手に登場したのはお団子ヘアの、ムキムキメイド。トットンだ。

 彼女はいつもと異なる、ショート丈のメイド服に身を包み、木製のモップと大きなリュックを手に参上した。


「……理解できねぇな。助っ人がいるなら、なぜ最初から呼ばなかった」

 と、兵士は槍を構えながらそう尋ねてきた。


 それは明らかに俺に対する問いだったが、俺が腹部の痛みと格闘している間にトットンが口を開いた。

「助っ人の登場っていうのは、映えが必要なのよ」


 と、謎の自論を口にしたので、俺は慌てて真意を口にした。


「トットンの準備が間に合わなかったのと、時間との勝負だと思ったからだ」


「……なるほど。お互いに揃って作戦を煮詰める時間がなかったってことか。それと、屋敷が変に静かなのも、お前の仕業だな、トットン」


 男の言う通りだった。ダンヘルガたちの目を気にして、トットンと話し合う時間はそんなに用意できなかった。だから、逃亡計画を始める時間だけ合わせて、それぞれ動き出した結果が、ここに至る、という訳だ。


 トットンは、俺が逃げるための準備と、屋敷の兵たちの目を引いてもらった。そのおかげで、俺は残りの兵士の目を掻い潜り、無事にここまで来れたのだ。


「バカね。映え以外の理由なんてないわよ」とトットンが再び口にする。


 それを気にして敢えて遅れたとは、思いたくない……。


「にしても、気に入らねえな。お前が加わったくらいで、この俺が倒せると思われているのが」


「心配しなくても、ちゃんと看病してあげるわよ。下の世話付きでね」


 先に動いたのはトットンだった。リュックを床に落とし、モップを構えて襲い掛かる。

 それに対し、男は槍を突き出す。


 モップと槍がぶつかり、弾き合う。


 どちらも譲らぬ一進一退の攻防が目の前で繰り広げられ、思わず見入ってしまう。


「ハハハハハ、久しぶりに楽しいぞ!」

 と男が奇声を上げる。


「腕は衰えてないようね。流石、兵士長だわ」

 と、トットン。


 その言葉に、俺は思わず反応してしまう。

「へ、へいしちょう?」


「えぇ、彼はこの屋敷の兵士を束ねる長。名を、プロロイト・ヘルゼイン。

 槍の使い手で、単純な武力だけなら、全吸血鬼のなかでもトップクラスの実力者よ。

 ……強い吸血鬼を5人挙げろと言われたら、名前が入るくらいのね」


 プロロイト。それは、ノアさんに忠告された吸血鬼の名前だった。しかも、単純な武力なら5本の指に入るだって!? なんでそんな吸血鬼がこの屋敷にいるんだよ!


「馬鹿言え、俺が最強に決まってるだろ!」


「んなわけないじゃない。少なくとも、あの脳筋女とババア大領主様よりは下でしょうが」


「今やったら俺の圧勝だ!」


 繰り出されるプロロイトの槍を、くねくねとした動きで避け続けるトットン。


「みて、くねくねダンス!」


「真面目にやらねぇと、死ぬぜ。トットン!」


 プロロイトの言葉通り、トットンは掠り傷を増やしている。更に、息が上がっているようで、動きも悪くなっている様子だ。

 それに対し、プロロイトは未だ無傷。息も上がっていない。


「……化け物かよ」


「主様の命令をきっちり遂行したいとこだけど、あーしひとりでプロロイトを倒すことは出来ない。まぁ、美貌ならあーしの圧勝なんだけどね。だから、時間を稼ぐ。主様はこの隙に幼馴染みちゃんを救出しちゃいなさい」


「行かせるわけねぇだろ!」


「特別に、本気のダンスを見せてあげるわ。プロロイト!」

 突き出される槍を、トットンがモップで弾く。木製であるはずのモップの頼もしさに、心が痺れる。


 じゃなくて、今は隙を見て牢獄に飛び込まなきゃ……。


 目の前で繰り広げられる激闘に、思わず息を呑む。入り込めない。そんな隙など存在しない。実力差ははっきりしている。このまま長引けば、トットンがやられるのは明白。そうなればすべてが水の泡だ。


 その前に、なんとしても俺は自分のやるべきことを、やらなければならない。


 俺たちはプロロイトを倒す必要はない。トットンは俺が舞香を助けるための時間を稼げばいいだけ。

 つまり、時間を掛ければかける程、こちらは不利になる。

 もともと、見切れない槍さばき。なら、隙を伺うまでもない。


 俺は意を決して、足に力を入れる。腹に走る激痛と溢れる血。だが、それは躊躇う理由にはならない。おれは、一思いに、床を蹴った。



 全てを直感に委ね、身を屈めながら、扉の奥へと突っ込む。その時だった。


 なにか、嫌な予感が首筋に走る。正体不明の冷たい感触が首元から脳髄に一気に駆け巡る。


 槍だった。槍が俺の目の前に迫っていた。

 気付いた時には既に遅い。この後、1秒待たずして、俺の顔面は槍によって貫かれる。

 死の感触が、すぐそこまで迫っていた。


「主様!!!」


「――――っ!」


 びちゃっと温かい液体が顔面に飛んだ。それが、最初の感覚だった。


「……下がりなさい、主様」

 次にあったのは音だった。その声に、俺は顔を上げる。


 俺を庇う形で、トットンの左脇腹が槍によって抉られている。内臓のようなものが飛び出しているが、それは肉片と混じり合って、もうよくわからない。顔面に飛んだ血は熱く、まるで鼓動のように脈打っているかのように思えた。

 視界は赤く染まり、鼻の奥を潰すほど濃い血の匂いがしてくる。顔に掛かった彼女の血が口に入り、反射的に舌が動き、それは唾と一緒に喉の奥に流れていった。


「……トットン?」


 俺の声は、掻き消される。

 プロロイトは槍を引き、くるっと回して矛先に付着した血を払った。


「雑魚な主を持つと、苦労するな」


「別に、大したことないわよ。これくらい」

 左の脇腹を抑えながら、トットンは答えた。


「だとよ。優しいメイドでよかったな。雑魚主」


 俺は黙ったまま、プロロイトを睨んだ。その瞬間だった。激しい頭痛が突如俺に襲い掛かってくる。平衡感覚がなくなるくらいの痛みと、体の内側から湧き出る熱に、俺はその場に座り込む。


「ぅ、ぁ。痛……」


 そんな俺を狙うように、プロロイトは槍を突く。


「――失礼しますよ、主様!」


 俺の首根っこを掴んだトットンはそのまま大きく後ろに飛ぶ。

 そのおかげで、俺の頭部が潰されることはなかった。


「……トットン、大丈夫なのか?」


「あらあら、うふふ。心配してくれるのは嬉しいわ。でも、あーしの事より自分の事を心配してください。もしかして、掠りました?」


「いや、掠ってない。掠ってないけど……。頭が、割れるように痛い」


 かつて感じたことのないくらい激しい頭痛に、俺は立ち上がることすら許されない。腹を刺された傷の痛みすら霞んでいる。

 しかも、熱まで出てきたようだ。


「体調を整えてください。もう一度、時間を稼ぎますわ」

 トットンは一呼吸終えると、モップを握り直した。すると、脇腹の傷が徐々に塞がっていく。


「実力差は理解しただろ」


「こんな傷、塞げばどうってことないわ。銀製じゃないことが裏目に出ないといいわね」


「この槍が銀製だったら、お前らは今生きてねぇよ。というか、お前こそ舐め過ぎだ。モップで戦うなら、せめて銀製のモップを持ってくるべきだった」


「忠告ありがとう。でも、必要ないわね。あーしの役目はあくまで時間稼ぎよ!」


「馬鹿が、時間稼ぎにもならねぇよ」


 再び、お互いに距離を詰め、戦いが始まる。


 頭の痛みで、それを観察するどころではない。こんな状態で、舞香を助けに行くなんて自殺行為にもほどがある。そもそも、立ち上がることもままならない。

 なんで、こんな時に限って頭が痛くなるんだ!


 トットンの傷は完治している。それこそ、吸血鬼という種族に許された特権のひとつ。

 だが、明らかに動きが先程よりも悪い。直ぐに新しい傷を負ってしまう。


「く、流石に、ヤバいわね」


「おいおい、こんなもんかよ!」


 繰り出される槍を、モップで受け切れていない。


 薄目で、戦いを見ながら、状況を判断するのに努める。ガンガンと内側から膨れ上がる痛みを耐えつつ、息を整える。ガンガンと頭が痛む度、動悸が早くなる。至高が断線する。脳に詰まった血管が破裂しそうだ。



「……体力には自信があったんだけどね」

 苦悶の表情で、トットンがそう口にする。


「再生は体力使うからな。

 ……俺は昔からお前を認めてたんだけどな。嫌いだった。メイドでありながら、そこまで身体を鍛え、ここまでの技も持つ。お前が戦場に立っていれば、俺といい勝負できるくらいにはなったろうに」


「あらあら、あーしをそこまで気にしてくれてたなんて、知らなかったわ。お礼に、また今度激しく抱いてあげるわ」


「悪いが、好みじゃねぇ!」

 プロロイトの振るった槍により、トットンのヘアゴムが切れて茶色い髪がパラパラと広がる。その隙を突きプロロイトの右拳が、トットンの顔面に炸裂する。


 その直後、トットンの身体は大きく吹き飛ぶ。カランとモップが床に落ちる音が響いた。




「……トットン」

 俺は、痛みに耐えながら彼女の姿を眼で追う。

 床に蹲るようにして、着地するトットンの姿が遥か後方にある。トットンは負けた。そして、俺は舞香を救出できなかった。その光景が示す事実だった。






「……ったく、雑魚な上に体調管理すらできないとは、クソすぎるだろ。なあ、主。今回の敗因は全部お前だ」


 ゆっくりと、プロロイトが歩いてくる。それは、まるで死神の足音が迫っているかのような感覚だ。

 プロロイトの言葉通りだった。ただ、頭が痛い。

 霞む視界の先で、プロロイトが足を止めて槍を構えた。


「や、やめなさい。プロロイト!」

 と、後ろでトットンが叫ぶ。


「死にはしない。ただ、死ぬほど痛いだけだ。……頭が痛いんだろ。なら、頭を潰せば元に戻るかもな!」


 意気揚々と槍が放たれた。


 ガンガンと煩いくらいに頭が痛む中、カチッと何かが綺麗に嵌る――。


 ――そんな気がした。










「あぁ?」

 と、声が響いた。それは短くとも驚きに満ちた声。

 その声の主は他の誰でもなく、プロロイトのものだった。


 俺の頭を貫通するはずだった槍は床に刺さっている。

 ただ、変わったところがあるとすれば、俺の蹲る位置が少し横にズレただけだ。


 疑問を抱くのは当然だ。プロロイトは確かに、俺の頭を貫いた。ただ、予測できないことが起きただけだ。


 プロロイトは槍を戻す。そして、再び俺の顔面目掛けて槍を突――。









 その前に、ダンっ!と鈍い音が響いた。

 俺の身体は無意識に、その槍に反応し立ち上がっていた。さっきまで、俺を苦しめていた頭痛は既にない。そして、掌底をプロロイトの顎に打ち付ける。


「ガフッ」と血を吐く音がする。プロロイトは少しだけ後退り、目を見開いた。

 俺の左手には、いつのまにかモップが握られている。それを振り下ろし、奴の頭に叩きつけた直後、下がった顔面に蹴りを打ち込む。


 ミシミシっと聞こえてはいけない音が響いたような気がした。


「……う、そ……だろ」

 そんな言葉を吐き、プロロイトの身体は吹き飛んでいき、30メートル先の壁に衝突する。









 俺の左手から、モップが落ちる。そして、無意識に両手を見詰め、目をぱちくりさせる。


「……な、なに。今の」


 どうやってやったのか分からない。気付いたらこうなっていた。

 でも、これだけは言える。


「も、もしかして、俺って天才!?」


「……主様、今のどうやったの?」

 とトットンがこちらに歩いてくる。


「わ、分からん。でも、俺凄くない? 才能が開花しちゃったのかも!」


 両手が勝手に震える。嬉しいのか、よくわからない感情が湧き上がってくる。


「と、とにかく。急ぎましょう」とトットンに促され、俺たちは牢屋へと向かう。

















 牢屋に着くと、そこはいつも通りの雰囲気だった。

 ついさっきまで階段の上で繰り広げられていた戦いのせいで、体が熱い。

 だけど、牢屋の空気間は冷えていて、これ以上ないくらいに冷たさを感じる。


 牢屋の扉をトットンが壊し、中へと入る。


「と、とばり……さん?」


 俺を見て、その声を発したのは舞香だった。


 その呼び声に、俺はつい手を止める。

 彼女の身体は震えている。でも、それはこの牢屋が冷たいからではない。


「……大丈夫、安心して。君をここから出す」


 俺はそれだけ言うと、トットンに視線を移す。

 トットンは頷き、それだけで俺の意図を判断した。


 舞香の手足を繋ぐ鎖を容易く破壊する。


「この中に、食料と着替えが入ってるわ」

 と言って、リュックを差し出してくる。


 お礼を言って、それを受け取った後、俺は再び舞香に向き直る。

 腰を落として舞香の腕を取り、一緒に立ち上がる。


「急いで出よう」

 と俺が言うと、トットンは牢屋の奥に視線をやる。


「他の者たちはどうします?」

 その言葉に、俺は牢屋の奥に視線を移した。そこには、舞香の他にも囚われたであろう人間たちの姿がある。彼らの目からは希望というものは感じられず、ただ虚ろに何かを見詰めている。


 考えなかったわけではない。


「――助けよう」


 俺は短くそう言うと、トットンはそれに従い、舞香の時と同じように鎖を壊していく。


「終わったわ」


「みんな、逃げるなら今しかない! 一緒に逃げよう!」


 俺がそう叫んでも、動くものはいなかった。



「……な、なんで」


 俺がそう呟くと、トットンは大きなため息を吐いた。


「仕方ないですわ。彼らにはもう、生きる希望などないのです。ここから逃げた先の事を考える事すらできない。ならば、ここで大人しく飼われた方がマシ。そう言う事でしょう」


 誰も逃げ出さなかった。誰も立ち上がることさえしなかった。

 その事実に、酷く胸を締め付けられる。


「そんな……」


「行きましょう。早く行かなければ手遅れになるわ」


 落ち込む俺に、トットンはそう言った。俺は舞香の手を握り締め、牢屋を後にする。











 階段を上り、扉を抜けた時だった。聞きたくない声が耳に響く。


「おやおや。どこかに外出ですかな、主殿」


 廊下の先には、兵士を数名連れたダンヘルガが立っている。タイミングのいい登場。

 牢屋には入るのも出るのも、この階段ひとつしかない。


「待ち伏せかよ、ダンヘルガ」


「プロロイトが倒されたのは誤算でしたがね。結局のところ、貴方は傀儡でしかないのですよ。

 あくまで、吾輩の掌の上で踊ることしかできない」


 そう言って、不気味な笑みを向けてくるのだった。


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