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ギルティヴァンプ  作者: 福部シゼ
屋敷逃亡編
6/23

06話 「人間になれた子」

 小学生の頃。俺は気付いたらみんなから除け者にされていた。


 普段遊んでいたクラスメイトが1人。また1人と消えていった。遊びに誘っても誘っても断られ、既に出来上がってる輪に入ろうとしたら、示し合わせたかのようにその輪は崩れ、散り散りになった。


 教室の隅。そこがいつの間にか居場所になって……。


「また一人でいるの?」

 と誰がそう言って、くすりと笑われる日々になった。

 手に持つノートには意味の無い落書きが増えていく。

 誰にも見せることの無い、ぐちゃぐちゃの線。それは何重にも絡まり、決して解けることのない複雑なものになっていく。


 結局居なくなるのなら、このままずっと独りでもいいか。







「うわっ、何この絵。面白いね!」


 そんな俺の心に土足で踏み込んでくる声があった。


「――えっ」


 俺はとぼけた声を出して、思わず顔を上げた。


 そこには黒いショートカットの可愛らしい女の子がいた。


「ちょっと!」と言い、その女の子の友達らしき子が慌てて駆け寄ってくる。


「なに?」


「放っておきなよ。あっち行こ」

 その子はチラチラとこっちの様子を伺いながら、ショートカットの女の子の手を引いた。


「なんで?」


 その問いは純粋な声そのものだった。

 だから、友達は困ったように眉毛を曲げて小声で言った。


「……だって、その子変だもん」


「そんなんだ。でも、私は気にしないよ。ほら、あっちで一緒に遊ぼ!」


 ショートカットの女の子はそう言って友達から離れて再び、こちらに寄ってきた。


「……う、うん」


 俺は少し迷った後、そう頷いた。


 それは決して運命的な出会いではなかったけれど、俺が救われた出会いだった。もし、この時心を閉ざしていれば、きっと結果は違っていた。彼女と出会った先で、自分が変わろうと思わなければ違っていた。


 でも、俺は選んだ。





 一目惚れした彼女に好かれるように……と。

 自分自身を変えることを躊躇わなかった。







 その結果、俺がハブられることは無くなり、友達も増えていった。





 その彼女が、その年に初めてクラスが一緒になったという事と、名前が白花舞香であることを、俺は後々知った。












 ♦♦♦



 懐かしい思い出から目を覚まし、身体を起こす。

 白いベッドの上で周りを見渡す。この時代に来て最初に目を覚ました時と同じ光景。だが、心に募るものはあの時と随分変わっている。



 色んなことがあった。あまりに受け止めきれないことを知った。


 昨夜、舞香のところへ行き、俺の知っている記憶の話をした。だから、懐かしい記憶を夢見たのだろう。

 舞香の反応はこちらの期待したものではなく、ぼんやりと聞いているだけの悲しいものだった。


 逃げようと決意した心が揺らいでしまうほどに辛かった。


 でも、俺はここに居てはいけない。


 ここに居ても、俺も舞香も幸せになれない。

 漠然とした感覚が確かにある。なにより、ダンヘルガは信用できない。



「……逃げるなら、夜か」

 窓の外を見ながら、俺は呟いた。



 揺らぐ決意をしっかりと固めるように、俺はシーツを握り締めた。





















 夜までの時間をその日は適当に過ごした。

 と言っても、それは表面上だけであって、頭の中ではずっと逃亡計画を練っていた。


 まぁ、大した案は思いつかなかったが……。


 冷たい金属の棒を握り締め、部屋を出る。手に持つ棒は服などを掛けておくポールだ。凶器を手に入れるのは難易度が高く、最悪の場合、計画がバレる危険性があったため、部屋にある物を使わざるを得なかった。頼りないが、これで行くしかない。


 先ずは、誰にも見られずに、西館まで移動する。




 夜中の屋敷は、初めて歩く。

 静かな廊下は少し冷え、全体的に薄暗い。ぽつぽつと、等間隔で明かりがあるものの、奥を見渡すことは出来ない。

 自分の息と、たまに呑み込む唾が、誰かに聞こえてしまうのではないかと、不安になる。

 恐らく兵士がいるはずだが、近くにその気配はない。


 夜の学校、又は病院を思わせる不気味な雰囲気だけが漂っていた。


 誰にも見つからないことを祈りながら、息を殺してゆっくりと移動する。



 気配の殺し方なんてわからないから、とりあえず黙ってゆっくり歩くしかない。常に周囲の物音に耳を立てながら、奥へと進んでいく。






 なんとか西館に移動できた。


 牢屋があるのは西館の地下だ。そのため、先ずは2階から1階へと下りる必要がある。


 階段の近くにも兵士の姿はなかった。

 その事実に安堵し、階段の下を確認する。見張りのような兵士も見当たらない。


 この屋敷のセキュリティ大丈夫か。と思いつつ、見張りがいないことに感謝して踊り場を通過して階段を下りる。



 地下牢がある扉の前にも、見張りの兵士はいなかった。

 自然と身体を張り詰めていた緊張が緩む。俺は深呼吸をして、扉の前へと向かった。


 その時だった。

 バキバキと、してはいけない音が上から響いた。


「な、なんだ!」

 と俺は思わず叫び、足を止めて上を見上げた。


 そこには、亀裂の入った天井があった。その亀裂は更に伸びていき、大きな音を立てて天井が崩れ出す。落ちてくる瓦礫から、身を守るため本能で脚が後ろに下がる。


 舞い上がる砂ぼこりの中、ひとつの人影が浮かんでいた。


「そろそろじゃねぇかと思ってたところだ」

 と、男の声が響く。しばらくすると、埃が晴れ、その姿が露わとなる。


「おまえは……」

 一度だけ、その吸血鬼の姿を眼にしたことがあった。数日、この屋敷で過ごした中で、一番印象に残っている兵士だった。


 空色の短髪に、威圧感のある大きく開かれた鋭い眼。吸血鬼の特徴である額の角を除けば、それがその兵士の特徴だ。


 驚いている暇はない。躊躇う事もない。

 俺は一度深い深呼吸をして、床を思いっきり蹴った。


 一息で距離を詰め、ポールを思いっきり振るう。狙うは頭部。

 だけど、その兵士はゆっくりとため息を吐いた。

「力量の差も測れねえのか、馬鹿が」

 それから口角を曲げ、手に持つ槍を構えた。



 俺が走り出してから僅か数秒の出来事。だけど、それが何故か実際の時間よりもゆっくりに思えた。その瞬間、失敗したと悟った。


 兵士の振るった槍で、ポールは弾き飛ばされ、手に熱が走る。

 兵士の槍さばきは、目で捉えきれない程速く、気付いた時には頬に激痛が走っていた。


 槍の柄の部分で殴られ、壁に激突し、その場に倒れ込む。


 見えなかった。というより、達人の槍を見た。という感想が脳裏によぎる。素人でももわかった。目の前に立つ兵士と自分の実力の差を。


 息が荒くなる。失敗したという事実だけが頭の中を駆け巡る。


「技術もなければ工夫もない。三流以下だな、雑魚主」

 頭の上からそんな声が響く。兵士の態度はデカく、こちらを敬う素振りなど存在しない。


 俺は頬を抑えながら、兵士を睨んだ。手に信じられない程の熱さを感じた。


「睨んだところで何にもならねぇよ。次の策もなしか。こりゃダメダメだな」

 兵士はため息を吐きながら槍の矛先をこちらに向けた。


 そして、ゆっくりとそれは前に押し出された。



 ずぷりと、肉が裂ける。


「……う、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっあぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 悲鳴。悲鳴。悲鳴。痛み、痛み、痛み。熱。


 まるで脳が断線するかのような錯覚に襲われる。身体の中に入ってくる異物。痛み。痛み。

 槍は冷たいはずなのに、熱しか感じない。

 廊下をのたうち回る。槍を引き抜こうと試みる。だが、それは叶わない。



「……ったく、うるせぇな。安心しろ。銀製じゃねぇからよ」


 男の言葉は理解できない。というより、耳に入ってこない。男は槍をぐりぐりとさせながら言葉を続ける。


「勝てない相手だと分からなかったのか? それともなんだ、変な自信でもあったか。主なら、怪我させられないとでも思ったか。主なら俺が怯むとでも思ったか?」


 俺は叫ぶことしかできない。口を閉じることができない。腹から伝わる……いや、脳から送り出される痛みの信号に、叫ばずにはいられなかった。



 男の言葉は続く。


「甘い。甘い。すべてが甘い。理解してないのか。お前はあくまで傀儡だ。主としての権限などないようなものだ。この数日でそれが理解できなかったのか。馬鹿なのか、考えも無しに、馬鹿みたいに突っ込んできやがってよ」


 男の言葉には怒りが篭っているように感じた。


 男は槍を引き抜き、俺から離れた。



 それでも、体中に走る痛みは引かなかった。



 俺は荒い呼吸を繰り返し、男を睨みつける。


「お、おれは。お前らの、し、始祖だぞ」


「チッ、馬鹿がよ」


 男は舌打ちをし、再び槍で俺を刺した。

 それも、さっきの傷の直ぐ真横に。


「う、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっあぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 再び、悲鳴が屋敷に響き渡る。それでもお構いなしと、男は口を開いた。


「なにも理解してねぇなら、喋るな!

 始祖だと? それをこの屋敷以外で喋って見ろ。お前は八つ裂きにされるか、解剖台送りだぞ。お前という存在は、ほぼすべての同胞から忌み嫌われ、憎まれるものなんだよ!」


 聞きたくなかった事実を告げられる。

 耳を塞ぎたくても、赦されないくらい、体を痛みが支配していた。


 男は槍を引き抜き、再び距離を取る。そして、俺の動きを観察するように、壁に背を預け腕を組む。


 血が逆流してきて、呼吸すらままならない。そんな中、頭の中では男の言葉がぐるぐると巡りまわっていた。ひどい頭痛も襲ってくる。


「……あの女なんか捨てちまえ」

 と、男の言葉が響いた。



 先程まで頭の中で回っていたものが全て消し飛ぶくらい、その言葉は威力を持っていた。


 ……捨てる。誰を?



 その疑問が浮かんだが、答えなど分かりきっていた。



 だが、答えることは叶わない。


 男の言葉は続く。

「あの女は記憶を失くしてるんだろ。なんの意味があって助けようとする。お前が正式にこの領地の主になるまで残り2日。あの女を捨てて逃げるなら今日しかなかった」


 ……舞香を切り捨てる?



 俺が??


 それは、笑えない冗談だった。




 10年という月日を共に過ごした。ずっと好きだった。

 彼女に救われた。その時から好きだった。

 友達としての距離感だった。でも好きだった。

 中学生になった途端、めちゃくちゃ可愛くなった。もっと好きになった。

 いつの頃からか、おはようを言うとき軽くぶつかってくるようになった。それが好きだった。

 廊下ですれ違う時、タッチするようになった。毎回、手に伝わる熱が好きだった。

 俺が変なことを言った時、軽く殴りながら突っ込んでくれた。そんな関係が好きだった。

 偶に腕に絡みついてきて、我が儘を言ってきた。胸の感触が好きだった。

 いつも一緒に帰りながら、たわいもないふざけた話をしていた。その時間が好きだった。


 きらきらと輝く、舞香の笑顔に、俺は何度も胸を絞めつけられた。


 隣を歩く時の横顔が好きだった。後ろ姿も愛おしかった。声を掛けた時に、振り向く時の素振りが好きだった。一緒にいる時の時間が好きだった。名前を呼ばれるのが嬉しかった。付き合ってるんじゃ、と誤解されるのが少し恥ずかしくて、でも好きだった。


 ずっと好きだった。いつか付き合いたいと思っていた。でも、関係性が変わるのが怖くて、言い出せなかった。



「……記憶を失くしたから? そんなもん関係ないんだよ」


 俺は、床に手を付き、痛みに耐えながらゆっくりと体を起こす。

 腹に空いたグチャグチャの穴から、血が溢れるのも構わず、歯を食いしばって立ち上がる。


 男を睨み、言葉を続ける。


「捨てるわけないだろ。捨てれるわけないだろ! 俺が捨てたら、誰が舞香を助けるんだ!」


「……その意味がない、という話をしたはずだが?」


「意味がない、なんてことはねぇ。舞香が俺を忘れても、俺が覚えてる。そして、絶対に記憶を取り戻してみせる。だから、連れて逃げるんだ」


「……記憶を取り戻す、ね。戻ると思っているのか、何の根拠があってそう言える」

 鼻で笑うように、男は言った。


 俺は答える。傷口に手を当てて、真っ直ぐに。

「根拠なんて必要ない。どれだけ時間がかかろうと、諦めない」


「ふ、それがバカだというんだよ!」

 男は槍を手に取り、構えた。


 俺は両足でしっかり立ち、腹から声を出して叫ぶ。


「助けてくれ、トットン!」

 脳髄に走る痛みを無視して、助けを呼ぶ。



 次の瞬間だった。


 窓ガラスが派手に音を立てて割れ、ひとつの人影がその場に現れる。


「トットン・コトルク。主様の命により、参上仕る!」


 男は大きく目を見開いて、嬉しそうに口角を上げた。


「……なるほどな。楽しくなってきた」


「トットン。命令だ。あいつをぶっ倒せ」


「了解したわ。主様」



 役者は揃った。これより第2ラウンドが幕を開ける。


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