05話 「監獄島」
ダンヘルガと兵士1人に監視されながらだが、俺はこの世界で起きて知ったことを1個ずつ舞香に話した。
「……で、俺はどうやら吸血鬼らしいんだけど」
「……とばりが吸血鬼。なんかしっくりくるね」
と俺の人生史上最大のカミングアウトはなんと簡単に受け入れられてしまったのだ。
「え? 俺が吸血鬼なわけなくない?」
「いやー、でも……。朝、妙に弱いし。とばりが好きな作品も可愛い女の子がボロボロになるやつばっかりだし。というか、流血シーンを熱狂的に語る癖があるし……」
「いやいやいやいや。健全な男の子として普通でしょ」
「いや。前から思ってたけど、とばりは普通じゃないと思う!」
キッパリと言われて多少ショックを受ける。
俺が自分に感じていた事と他者から見た時の俺の姿にはどうやら大きなギャップが存在しているらしい。
「いや、だとしてもだ。そういう変な癖を持ってるだけで俺は人間だよ。怪我の治りだって……」
あれ……?
思い返してみれば、物心ついた時から小さな怪我すら負ったことないような……。
「とばりって昔から健康優良児だよね」
「……ともかく、俺が本当に吸血鬼かどうかは分からないから、この件は一旦保留で!」
つい声が大きくなってしまう。
我に返り、再び声を潜めて言葉を続ける。
「今重要なのは俺がこの屋敷の領主ってことだ。仮初だけど。だから俺が命令しても舞香をここから出すことは叶わない」
「その事だけど」と舞香が切り出す。
「私の事は気にせず、とばりだけここから逃げるべきだと思う」
その言葉に、一瞬だけ我を忘れる。
舞香は真っ直ぐにこちらを見詰めている。その瞳は決して揺らぐことのない綺麗なものであった。
「なに言ってんだよ。そんなことできるわけないだろ!」
「でも、私を気にしてたらとばりが危ないよ。私は一人で何とかするから」
「この状況で何とかなるわけないだろ。とりあえず、なんか作戦を考えてくるから舞香は安心して……」
そこまで言いかけて口を閉ざす。
こんな状況で安心して待てるわけない。
俺は拳を握り締め、自然と唇を噛んでいた。
「……血が」
舞香は鉄格子の向こうからこちらに手を伸ばす。ひんやりと冷たい指が俺の唇に触れる。こんな状況でさえなければ、今すぐにこの指を舐め……じゃなくて、舞香を抱きしめていたであろう。
無機質な鉄格子と、後ろでこちらを見詰める監視の目がそれを阻む。
俺は舞香に手に自分の手を重ねる。
「囚われの姫を助けるのはいつだってヒーローの役目だ。だから、舞香はお姫様らしく俺に助けられるのを待っててくれ」
「私、そういうキャラじゃないけど」
「知ってるよ! でもたまにはかっこつけさせて!」
俺が何かしなくても、きっと舞香は自分で解決しようといろいろと模索する。誰の力も借りず自分の力だけで。そう言う人間だという事を知っている。
白花舞香はお姫様ではなく、どちらかと言うとヒーロー側の人間なのだ。
それでも、今この状況は俺たちが普段過ごしていた日常とは大きくかけ離れている。
俺は立ち上がり、舞香から離れる。
「おや、もういいのですかな?」
ダンヘルガが髭を撫でながらそう尋ねてくる。
「今日のところは。とりあえず、伝えたいことは伝えられたから」
本当はもっとたくさん話したい。無事であったことをお互いに喜び合いたい。一晩中でも彼女の隣に居たい。でも、この状況を少しでも早く解決するために今は時間が惜しい。
舞香が一人で何とかしようとする前に、脱出の糸口を見つけてやる。
そう決意して、牢獄から出る。
「フン、面白くねぇな」
ダンヘルガの傍に立つ兵士がそんなことをボソッと呟いた。
俺は自室に戻り、情報を整理することにした。
先ず、アリーシャたちから聞いたことを思い出す。
「先ず何から話したらいいか……そうね」とアリーシャは考える素振りを見せながら口を開いた。
「ダンヘルガがこの地の領主代理になったのは40年前から。その前は普通の執事だったわね」
「じゃあその前は誰が領主だったんですか?」
「……もう今は死んだヤツよ。だからその事を今貴方が知っても何の意味もないわ」
その声には少し影があった。
俺はそれ以上追及することなく、話題を切り替える。
「ダンヘルガがここの執事になる前の経歴は知っていますか?」
「詳しくは知らないけど、司法局の出自だって聞いた事あるわね」
「しほうきょく、ですか?」
初めて聞く単語に眉を顰めると、アリーシャは驚いたように口を開いた。
「そんなことも知らないわけ?
王族直下の司法をつかさどる機関のことよ。
それより前の出自は知らないわ」
……やばい。なんだか頭が痛くなってきた。
「分かりました。ありがとうございます」
とりあえず、何となく覚えておけばいいかくらいの感覚で忘れることにした。
「貴方。本当に何も知らないのね。そんなんで本当にここの領主が務まるのかしら」
「……耳が痛いです」
真面目にここの領主を務めようとは思っていないが……。
「それで、他には何かあるのかしら?」
「じゃあ、ここの領地のことも教えてください」
俺がそう言うと、アリーシャは呆れたようにため息を吐いた。
「…………どうやら本当に担がれてるだけのようね」とボソッと呟いた後、彼女は真っ直ぐにこちらを見詰めてきた。
「いいわ。教えてあげる。わたくしたち王家がこの世界を統治して300年。その間……」
とアリーシャが説明を開始する。非常にありがたいのだが、一旦話を止めるしかない。
「ちょ、ちょっ待ってくれ」
俺の言葉に、アリーシャではなくその従者の眉がピクリと動く。
「……待ってください」と言葉を正すと、口を止めたアリーシャがこっちを見た。
「なによ」と問いかけるアリーシャに俺は息を飲んで答える。
「アリーシャ様って王族の1人なのか?」
俺の問いかけに、今日1番の沈黙が流れた。
「貴様、その事すら知らされていないのか」
と最初に口を開いたのは従者のオルガビアさんだ。
俺は沈黙で頷く。
こんなに可愛らしい女の子がこの世界で一番偉い王族。
王族と言われてもあまりピンと来ないが、とにかくめちゃくちゃ偉い人だと言うことだ。
「そうよ。分かったら貴方もちゃんとわたくしを敬いなさい」とアリーシャは当然のように胸を張る。
「すみません、話を遮ってしまって。続きが聞きたいです」
華麗なスルーに気付かないのか、アリーシャはそのまま話を再開した。
「わたくしたち王家がこの世界を統治して300年。その間、王家と対立した吸血鬼たちを中心に罪を犯した吸血鬼たちをまとめて監視する為の領域。それがこの島の役割よ」
フンスッと偉そうに胸を張ってそう告げるアリーシャ。
その様は幼い子供がする自慢話のように微笑ましいものだったが、俺の思考はまったく別の事に捕らわれていた。
「……しま? ここって島なのか?」
俺の反応にアリーシャはびっくりしたように目を見開く。
「やっぱりそれも知らなかったのね?」
「は、はい。知らなかったです」
「……オルガ」とアリーシャが呼ぶと後ろに控えていた従者が「はい」と答えて頭を下げる。
「この島の構造について簡単に説明してあげなさい」
その命令に従い、従者は顔を上げてこの島の説明を始めた。
なぜこの子は自分で説明しないのだろうか。
「はい。まず先程アリーシャ様が言った通り、この島は犯罪者どもをまとめて監視する為の島だ。本島とこの島を結ぶのはこのふたつを結ぶ巨大な橋1つのみ。
人や物資の移動はこの橋以外に行うことは出来ない。島の周囲は特殊な柵で覆われていて、簡単に逃げ出すことは出来ない構造になっている。
島の中央にある山にこの屋敷があり、山の麓には城下町がある」
彼女は説明を終えると、これでよろしいでしょうか、とアリーシャに問いかける。
「まぁ、概ねいいでしょう。あとはあれね。街の端っこには工場がいくつか立てられていて、この島の住人はほとんど強制労働を強いられている事かしらね」
「……強制労働ってこれまた物騒な」
「罪を犯したものに対しては当然の報いよ。処刑されないだけありがたく思って欲しいところね」
それは何かが違っているように感じた。明確に言語化できる訳では無いが、チクリと胸の奥が痛む。対して気になるほどのものではなく、それでも決して無視することのない痛み。
「……ちなみに、その労働の内容ってどんなものですか?」
「色々とあるけど、主に人工血液の生産ね。ここは血税の量が他よりも多いから、自分たちが食べる分すら賄えず、王家に献上してるってわけね」
……人工血液。
輸血用ではなく食用のものだろうか。そのワードについてもう少し掘り下げたいが、それすらも知らないとなると、正体を怪しまれる可能性が高い。
なるほど。吸血鬼社会とこの領域の事が少しづつ見えてきた気がする。
人間の生き残りが存在するかはともかく、この世界は吸血鬼を中心とした世界らしい。そのトップに君臨するのが王族と呼ばれる吸血鬼たち。アリーシャはその王族のひとりという事。
この島にはかつて王族と対立した吸血鬼や犯罪者が集められており、この屋敷はそれを管理する領主のもの。
島の吸血鬼たちには罰として重い税が掛けられており、人工血液を王家に献上するために強制労働をさせられている。
そして、ダンヘルガはこの領地を独立させたがっている……。
……まとめるとこんな感じか。
頭の中で情報を整理しつつ、次に何を聞くべきかを考える。
考えていると、ひとつ疑問点に気が付いた。
それは、屋敷の西館の地下牢に囚われている人間たちの事だ。島の吸血鬼は自分たちの十分な食料すら確保できず、王族に払う血を生産している。
あの地下牢に囚われている人間たちを指し、ダンヘルガは吾輩たちの最後の食料と言った。
人工血液というものが流通しているという事は、人間の血だけでは吸血鬼社会の食料が賄えていないという事。
そもそも、あの地下牢に囚われている人間の事を王族側は知っているのか?
「……あの…………」と口を開きかけた時だった。バタンッと部屋の扉が勢いよく開かれる。
そして聞こえてくる耳障りな声。
「おや、アリーシャ様。こんなところにいらしたのですか!」
開かれた扉から部屋に入ってきた大男は自身の髭を撫でながらそう言った。
そんなダンヘルガに対し、アリーシャの従者が「おい、貴様」と眉間に皺を寄せて詰め寄る。
「アリーシャ様がいる部屋に、ノックもせずに入ってくるとはどういうことだ」
「これはすみません。吾輩も急いでましたから」
威圧的なオルガビアに対し、ダンヘルガは余裕さを見せている。アリーシャやレインケルの来訪に慌てていた様子は既に見えない。
オルガはダンヘルガを睨みながら、自身の白スーツの中へと手を伸ばす。
そこから取り出されるものはひとつしかない。次に起きる光景を前に勝手に喉が鳴る。
だが、「やめなさい、オルガ!」と高い声が部屋の中に響いた。
訪れる静寂の中、一瞬動きを止めたオルガビアは腕を戻し、「命拾いしたな」と告げた。
「レインケル様はとっくに帰られました。アリーシャ様はいつまでこの屋敷に滞在されるご予定でしょうか」
「あら、わたくしが居たら何か不都合があるのかしら」
「いえ、ただの確認でございます。吾輩らにも予定がありまして、新たな主殿はまだまだ未熟な身。正式な領主になる前にしっかりと教育するのも執事の仕事でありますからな」
笑みをこぼしながらそう答えるダンヘルガ。一体その言葉のどこまでが嘘でどこからが本当の事なのか。
「……もう少ししたら帰るわよ。今、丁度貴方が教えなければいけないことを教えていたところだし」
アリーシャはこちらをちらりと見た。
「そうだぞ、ダンヘルガ。アリーシャ様達にこの領地の事を聞いていたところだ。お前が教えてくれないからな」
「それはそれは。視察がなければ本来、今日この時間にこの領地の事を教えようと思っていたところです。これは手間が省けて助かりましたな」
と答え、ワハハハハハハハと笑うダンヘルガ。
「そう言う事だから。ダンヘルガは下がってくれ」
「それはなりません。主殿には身に着けてもらうべきことがまだ山ほどあります。それに、これ以上王家の方の時間を割くわけにもいかないでしょうしな」
ダンヘルガの態度は明らかだった。
俺とアリーシャたちを引き離したいという態度が透けて見える。
信頼できそうな貴重な情報源。それをここで逃がすことはない。
「……そうね。そろそろ帰ることにするわ」
こちらの意図とは裏腹に、アリーシャはそんなことを言い出した。
クソ、だったらさっきの疑問点だけでも……、と口を開こうとした瞬間だった。
「契約、を忘れてはなりませぬぞ」
とダンヘルガが意味ありげに呟く。
それに、アリーシャとオルガビアはピクリと肩を震わせて反応した。
「……契約? 何のことかしら」
そう尋ねるアリーシャにダンヘルガは笑みを向けて答えた。
「40年前の契約です」
「……あぁ。王家の課す血税を100年間払えたら、というやつね」
「えぇ、それです。吾輩はその契約を果たすことに心血を注いでおります故」
その後、アリーシャたちはこの屋敷を後にした。
最後に聞きたいことが聞けなかったが、今にしては聞かなくて良かったと思う。
もし、あの時屋敷の西館の地下牢に人間たちが囚われていることを話していたらどうなっていたか……。
人間の血が貴重なら、舞香を含めた地下牢の人間は真っ先に王家に捧げなければいけない食料のはずだ。
王家が絶対である以上、そういう風になってもおかしくはない。
もう少し、冷静になって慎重に先の先まで考えなければ、ダンヘルガを出し抜くことも、舞香を助け出すこともできそうにない。
口は災いの元とはよく言ったものだ。
だが、あの時ダンヘルガがタイミングよく割り込んできたのは偶然か必然か調べる必要がある。だが、それを考察するにはまだ情報が足りない。
40年前の契約というのも気になる。ダンヘルガについてもだ。
屋敷の中で得られる情報には限りがある。そして、それらが信用できるかも怪しいところだ。
「……やっぱり、街に行くしかないか」
レインケルやアリーシャがこの領地に視察に来た結果、どうなるのかは分からない。
ダンヘルガが領主代理である間に、不義の証拠が出そろうとは限らない。というより、証拠なんて出ない確率が高いだろう。
即位式を迎えれば、俺は正式にこの地の領主になって、ダンヘルガの傀儡にされる可能性が高い。
そして、ダンヘルガの狙いも恐らくそれだろう。
なら、その前に行動を起こさなければならない筈だ。
夜は更けていく。
自身の運命が決められるまで、―――あと4日。




