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ギルティヴァンプ  作者: 福部シゼ
屋敷逃亡編
4/23

04話 「傀儡」

 どうやら、大領主というのがこの領地に訪問してくるらしい。


 時間が無いということで、帰りはトットンに抱きかかえられるかたちで、屋敷に帰った。


 行きとは別のしっかり舗装された道を通った。




「……ちょっと待って。酔ったかも」

 屋敷到着後、地面に降ろされた瞬間に気持ち悪さが襲ってきて、俺は吐き気を抑えるように地面に膝を着いた。


「あらあら。三半規管が弱いことですね」


「いや、そんなことは無いはずだ。絶叫系は割と大丈夫な方だし……」


 それだけトットンの走るスピードが尋常じゃなかった。山の麓にある街から屋敷までほぼ一瞬だった。

 ……これが風になる、ということか。


 吐き気が収まってきたのを感じ、俺は立ち上がる。


 すると、タイミングよくククリカさんがこちらに走って来るのが見えた。


「お帰りなさいませ。とばり様」


 丁寧に頭を下げるククリカさん。ずっとヘルメットを付けているが、重くは無いのだろうか?

 相変わらずの無表情でじっと俺の事を見詰めてくる。


「どうかした?」


「いえ、なんでもございません」


 真顔で見詰められると、なんか変にソワソワしてしまう。


 そこに、少し大きめの男性の声が響いた。

「帰られたのですな、主殿!」


 その特徴的な声の主は、いつの間にか俺の背後に立っていて、俺は反射的に警戒態勢をとった。


「……ダンヘルガ」


「ハハハ。そんなに警戒なさらずともよかろうに。

 吾輩は敵では無いですぞ」

 豪快に笑ってみせたダンヘルガは、一旦間を置き、真剣な表情になって言葉を続ける。

「とりあえず、間に合って良かったですわい」


 それを聞き、トットンが前に出た。

「それで、大領主様は誰が来てるのかしら。見たところ、大所帯では来てなさそうだけど」


「レインケル様とアリーシャ様が訪問している。従者は少なかった故、全員客室へと通した」


「なるほど、ありがとね。本来は、あーしの仕事だけどタイミングが悪かったわ。

 ……にしても、2人で来るなんてね。一体、何が始まるのかしら」


 まるで、これから起こることが楽しみだ、と言わんばかりの表情でトットンはこちらに視線を向けてきた。


「とりあえず、移動しますぞ」


 ダンヘルガに促されるかたちで移動を開始する。



 俺は大領主ってなに?

 と聞く機会を逃し、屋敷の中へと向かうことになった。









 屋敷の中に入り、2階に上がって廊下を進んでいく。

 昨日とは全く違う屋敷内の雰囲気に、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。


 大領主様と呼ばれる吸血鬼達が待つ部屋へと向かっている中で、俺だけがその正体が分からないままでいる。


 その気持ち悪さと言ったら、もう言い表しようのないものだ。


 俺は意を決して、口を開くことに決めた。


「あの、大領主ってのは一体なんなんだ?」

 先頭を歩くダンヘルガに問う。


 俺の質問に対しダンヘルガは足を止め、それに続くかたちで俺と他2人も足を止める。


「――――とばり様っ!」

 と唐突にククリカさんが声を荒らげた。




 次の瞬間だった。

 突風が吹いた。


「大領主、様、を呼び捨てなんて、無礼が過ぎるにゃ」


 知らない声が響き、気付いた時には眼前に鋭いものがあった。


「――――っ!?」


 その鋭いものは鉤爪と呼ばれる武器だった。鉤爪を腕に身に付けた謎の少女が目の前に急に現れ、俺に攻撃をした。

 そう理解するのに数秒ほど要し、それを理解した瞬間、脳の回路に亀裂が走ったような痛みを感じた。


 バクバクと豪快に鳴る心臓の音。

 変な汗が、ぶわっと全身から浮き出てくるのを感じた。


 俺は今、死にかけたのだ。



 俺に攻撃が当たらなかったのは少女の意思では無い。

 攻撃が当たるのを防ぐように、ダンヘルガが少女の腕を掴み、攻撃を止めていた。



「これはこれは、クソ執事じゃにゃいか。

 ……いや、今は領主代理だったかにゃ?」


「これはこれは、ニャルメ殿じゃないか。相変わらず手癖が悪い。

 ……が、少し遅くなりましたかな?」


 お互いに睨み合い、煽り合う2人。

 そこで、俺はその少女の姿を見詰めた。


 灰色のお下げでまとめた髪。その頭には何故かネコミミが着いている。

 額には当然のように紅色の角が2本生えている。

 特徴的な瞳は猫のものを想起させ、鋭い八重歯と腰の辺りから伸びる灰色の尻尾も猫だった。


 つまり、角の生えたネコミミ女子。

 そんな感じだ。



「そこまでよ!」

 と、そこに高い声が響いた。


 ネコミミ女子も含め、全員がその声の主を視線で追う。


 廊下の奥には小さな少女と、背の高い女性が立っていた。

 小さな方は豪華な飾りの付いた高そうなドレスを身にまとっている。

 そのやや後ろに立つ女性は、白のスーツを着ているので、恐らく小さな方の従者だと思われる。


 小さな方は一歩前に出て声を荒らげた。


「ニャルメ。戻りなさい!」


 その威厳たるや。

 ネコミミ女子がピンッと背筋を伸ばし、大きく後ろに飛んだ。


「すみませんにゃの。主様」


 攻撃意識の高いネコミミ女子をたった一声で大人しくさせるロリの姿がそこにはあった。

 恐らく、130センチないくらいの身長に、クルッと巻いてある赤い髪。


 偉そうに胸の前で両腕を組むその姿と彼女に付き従う2人の従者の存在が、彼女が只者ではないことを告げている。


「あの子が、大領主様?」

 俺は心の中でそう呟いた。


「アリーシャ様。客室でお待ち下さいと申しましたのに」


「ダンヘルガ。お互い、血の気の多い部下を持つと大変ね」


 ピシッと胸を張り、堂々と立つ彼女の姿には視線を吸い寄せる不思議な魔力があった。

 見た目としては幼い。だが、それを感じさせない威厳が彼女にはある。


 見た目と一致していない彼女の存在感こそが、きっと目を離せない理由だ。

 そして、もうひとつ。彼女から目を離せない理由が、その額にあった。

 特徴的な黒い角。それが、彼女と彼女以外を隔てる特徴だ。


「……黒い、角?」


「ん?」

 俺の言葉に反応したのか、黒角の女の子はこちらに視線を移す。

 そして、瞬きした瞬間に彼女の姿は消え、目の前に現れる。

「貴方、さっき街で見た顔ね」と言葉を続けた。


 顔を近づけられ、俺はごくりと唾を呑み込む。

 そして、彼女の言葉で点と点が結びつく。


 さっき、街でボロボロの吸血鬼に襲われたところを助けてくれた2人組の吸血鬼。その正体が目の前にいる大領主様こと黒角の女の子と、その従者である褐色肌の女性だったのだ。


「さ、先ほどは助けていただき、ありがとうございました」

 急いで頭を下げる。


 俺の行動に、ダンヘルガがトットンに視線を送る。トットンはそれを受けて頭を横に振った。


「なるほど、ここの新顔だったのね。たまたまあの道を選んで正解だったってことね。もっと感謝しなさい!」


 どうやらお礼を言われることが嬉しいらしい。

「本当にありがとうございました!」と、もう一度頭を下げておく。





 と、そこに。

 また新しい声が響いた。


「なんだ、騒々しいな」


 それは少し低めの男性の声だった。


「………レインケル様まで」

 ダンヘルガがそう呟く。


 声のした方を向くと、そこには黒いコートを羽織った男性が立っていた。

 180くらいの身長と、青みのある緑色の程よく伸びた髪。見た目は30代前半に見えるその男の額にも、女の子と同じように黒い角が生えている。


 アリーシャ様とレインケル様。

 きっと、この2人が訪問しにきた大領主様なのだ。



「……俺を待たせて遊んでいるとは、いい度胸だな」


 冷たく、淡々とした声。無表情ではあるが、ククリカさんとは違う。感情を見せないようにしているだけだ。


「向かうところだったのですが、アリーシャ様の従者にちょっかいをかけられましてね」


「おいおい、あたし様の従者が悪いって言いたいのかよ?」

 威圧感のある問いがダンヘルガに向けられる。


「滅相もありません。吾輩はただ事実として申しただけです。すべての責任は吾輩にあります」


「それは当たり前だ」

「当然だな」





 初めてだ。この屋敷で目を覚まし、ここまで焦っているダンヘルガを初めて見た。

 俺はダンヘルガに対して多少なりとも敵意を抱いている。というより、この屋敷で出会った吸血鬼の中で一番信用していない。


 舞香の件は許せないし、奴の言動はどこか胡散臭いものがあると感じていた。


 だが、奴には逆らえなかった。この屋敷の吸血鬼の中で一番不気味だと感じたのも、ダンヘルガだったからだ。そして、おそらく屋敷内での権力を持ち合わせている。


 そんなダンヘルガが大領主様の前では板挟みにあっているこの状況に、俺は少しだけ希望が持てた。






「ところで、そろそろ本題に入りましょう。今日、ここを訪問されたのは一体どんな理由があるのですか?」

 ダンヘルガがそう切り出した。



「……それは、貴様に問いただしたいことがあったからだな」

 とレインケルが答える。


「あたし様はただの付き添いだ」

 とアリーシャが胸を張って答えた。



「………問いただしたいことですかな? 吾輩に答えられることでしたら、なんでも答えますぞ」


「5日前の夜にマザーゲートが不正利用された形跡が見つかった。さらに、現在故障中でな。相当な負荷をかけたと解析がでた。そこで、貴様に会いに来たというわけだ」


「……それは、吾輩には答えられぬものですな」


 ダンヘルガがそう答えた瞬間だった。ザシュッと鈍い音が鳴る。

 そして、ゴボッとダンヘルガが口から血を吐き出す。


「――――え?」


 反応が遅れた。なぜなら、あまりに唐突で、理解できない光景が目の前で起きたからだ。

 ダンヘルガの身体にめり込むレインケルの腕。それはまるでアニメの光景のように、ダンヘルガ背中から指先が出ている。


「言葉に気をつけろ。これは質問ではなく尋問だ」


「わ、吾輩には、なんの、ことかわかりませぬ。つまり、吾輩ではない、ということしか言えませぬ」

 大量の血がダンヘルガの腹と血から流れ落ち、床に広がっていく。


 ダンヘルガとレインケル以外はその光景を見詰めることしかできない。

 俺は、自然とそれから目を逸らす。


「目撃者が出た。5日前の夜、マザーゲートの近くで、貴様を見たというな」


「……それは、見間違いでしょう。5日、前の夜なら、この屋敷にいましたので」

 血を吐きながら、拙い喋りを続けるダンヘルガ。


「それはアリバイに成りえない。この領地全体がグルの可能性もある」


「……それは、ありえませぬ。わ、吾輩は、あくまで代理。この地のすべてを、支配できるわけではない」



 ゆっくりと、レインケルがダンヘルガを貫いていた腕を引き抜く。腕を振り払い、白い布を取り出して腕を拭う。


「本来なら、貴様を重要参考人として連行したいところだがな」


「……それは、できない、という事ですかな」

 腕を引き抜かれ、腹にできた穴を手で押さえながら、ダンヘルガはレインケルを見詰める。


「……そうだな。さっきの証言は嘘だからな。この件に貴様が関わっているなら、目撃者など出すはずもない」


「そこまで買って頂いていることは嬉しいですが、吾輩は無実ですぞ。吾輩は大領主様たちに忠誠を捧げております」


「なら、来月の血税から今までの倍払え」


 レインケルの言葉に、ダンヘルガが顔をしかめる。

「……それは厳しいですな。ただでさえ、この地は他の領地と比べ2倍の血税を払っております。さらに、昨今、人間の収穫も減ってきております。それだけ野生の人間を吾輩たちが狩りつくしたという事です」


「いいから黙って従え。これが呑めないというなら、今すぐその首を差し出せ」


「……………わかりましたぞ。来月からは今までの2倍、税を払いましょう」

 少し間を空けて、ダンヘルガは渋々条件を呑んだ。



「それで、さっき話題になってたのは貴様か」

 レインケルの話題が、俺に移る。


 ダンヘルガを睨んでいた瞳が、俺を捉える。



「あ、どうもです」

 とりあえず頭を下げる。


「ほう、かなり血が薄いな。人間と言われても気付かないかもしれん」


「……その方は、吾輩に代わりこの地を治める新たな領主です」

 俺が自己紹介するよりも早く、ダンヘルガが口を開く。


「――――は?」


 その言葉に、レインケルは一瞬固まり、聞き返すようにダンヘルガを見た。


 ニタリとダンヘルガは意味ありげに口角を上げる。



「えー、あんなのに襲われるくらい弱いのに、大変ね!」

 アリーシャは純粋無垢なのか、俺の背中をバシバシ叩いて言葉を続けた。「ま、頑張ってね」




 バシバシと背中を叩かれ、直ぐ近くで鳴る声。だが、そんなものが耳に入ってこない程、俺の頭は真っ白になっていた。


 そして、それはダンヘルガとレインケルも同じだった。

 ダンヘルガは笑みを浮かべ、レインケルは目を見開いてダンヘルガを凝視し続ける。

 俺は少し離れたところで2人を眺めながら、ぐるぐると頭の中でなにかがめぐり回っている感覚に襲われる。



 そして、重要なことに気が付く。


 ただの領主じゃない。嘘だ。この地の独立なんてものはダンヘルガの嘘にほかならない。

 どういう経緯で俺がこの地の領主となったのか。それは未だ思い出せない。

 けど、俺が選ばれた理由なら判明した。


 その真意に気付いてしまった。




 そして、それが開示される。


「……傀儡、か」


「ハハハ、何をおっしゃっているのか、わかりませぬ」


 険しい表情になるレインケルに対し、ダンヘルガは笑みを見せ続ける。



 俺には権力なんてない。そんなものを持たせるはずない。

 誰でもよかったんだ。たまたま、都合が良かっただけ。知らない赤の他人。暴力に逆らえれない、操りやすい奴。そして………。



 俺は、ダンヘルガの犯した罪の責任を取らされる。




 その為の傀儡なのだ。



 誰でもよかったんだ。


 弱くて操りやすい奴なら。誰でも………。



 それなのに、

 俺は燥いでた。何も知らず、知ろうともせず。舞香が捕まっている中、浮かれていた。

 ギリッと歯を噛み締める。下唇が切れ、口の中に血の味が広がる。



 ダンヘルガは息を付き、背筋を正して言葉を続けた。

「即位式は4日後ですので。どうぞ、いらして下さい。招待状も送りますので」



 ダンヘルガの表情に貼りついた笑みが消えることは最期までなかった。















「もう少し、屋敷を見て回るわ」と言うアリーシャとは対称に、レインケルは足早に屋敷を出て自分の領地へと引き返した。


 なにか対策を考えるのだろう。だが、時間がない中、あんまり期待はできない。


 これは俺の予想でしかないが、レインケルがこの地を訪れた理由にダンヘルガは関わっている。そして、その証拠が出ればダンヘルガは処刑されるが、その前に俺がこの地の領主として即位すれば、ダンヘルガの罪は俺の罪となり、俺が処刑されることになる。

 もし仮に証拠が見つからなければ、ダンヘルガは俺を傀儡として自身の政を成すだけだ。


 ダンヘルガとレインケルのやり取りから導き出した、あくまで予想。だが、おそらくこの予想はかなり真意に近いはずだ。


 俺はダンヘルガに逆らえない。舞香という人質。


 もし、俺が自分の命可愛さに舞香を切り捨てれるなら………。

 いや、それはダメだ。そんな考えダメなんだ。許されない。


 廊下の隅に蹲り、顔を隠す。これ以上、変な考えを思いつかないように、別の事を考えようと試みる。

 何度もダメだと、言い聞かせる。


 だけど、どんなに唱えても体の震えは消すことができない。










「……クソ、余計なことを考えるな。弱気になるな!」

 自分に活を入れ、立ち上がる。込み上げてきた涙をぬぐい、気を取り直して、廊下を歩く。

 先ずは情報を集めるんだ。なにか対策を考えるにしても、それからだ。情報は多ければ多い程いいに決まってる。

 だが、屋敷の中で得られる、信頼できる情報はぶっちゃけ少ない。


 だからこそ、この機を逃せないのだ。


 ダンヘルガと大領主様は敵対はしていないが、仲が良いという訳でもない。つまり、この屋敷やダンヘルガに関する情報は大領主様側から得られる情報の方が信頼度が高いはずだ。

 レインケルに直接聞けることが好ましかったが、それは叶わない。


 なら、残された選択肢はあと一つ。


 俺はアリーシャたちを探して屋敷を歩き回る。










 その時だった。

 一枚壁を隔てた奥から、アリーシャの声が聞こえた。………気がした。


「よし、ここか!」

 と俺は勢いよく、その部屋の扉を開いた。



「へっくしょん!」と豪快な、けど可愛らしいくしゃみの音が鳴り響く。


「うえーん、オルガー。鼻水出たー」と、アリーシャが褐色肌の従者に甘えているところを目撃した。


 オルガと呼ばれた従者は、ティッシュでアリーシャの顔を拭く。









 そして、目が合った。


 なにか、まずい空気を俺は察した。


「お、お、お嬢様の、………本当の姿を見たな?」

 プルプルと震え出し、何故か敵意を向けてくる褐色肌のお姉さん。

 先程は遠目だったから気付かなかったが、程よい褐色の肌に長い金色の髪。そして、長い前髪で顔の右半分が隠れている。高い身長と、スーツでは隠せない豊満な胸部、つまりおっぱい。


 年上のお姉さん感がエロい女性で、非常に性癖を刺激される存在だと、気付いた。



 オルガという名の従者は、俺の答えを聞かずに言葉を続ける。

「我々が借りた部屋を、ノックもせずに開けるとはいい度胸だな」

 と懐から、二丁の拳銃を取り出す。そして、銃口が向けられる。



 ――――あれ、なんかまずい気が。



「えっと、すみませんでした!」


 逃げる訳にもいかず、速攻で土下座をかます。



「ここ数秒の記憶を消せ」

 という無茶な要求を出される。



「わかりました。記憶を消させていただきます」

 俺は自分で自分の頭を殴り、その場に倒れる。

 そして、起き上がる。

「これで大丈夫です。今見た物は全部忘れました。あはは」



「お前、私をバカにしてるのか?」


「滅相もございません。ただ、他にどうしていいか分からず」

 胸ぐらを掴まれ、睨まれることになる。顔が近い。顔の半分しか見えないが、マジで美しいと思う。冗談抜きで。


「あん? なんだよ」


「いや、間近で見ると、めっちゃきれいだなって」

 そう言うと、オルガという名の従者は顔を赤くすることはなく、何か虫を視るような冷たい視線を向けてきた。


「やっぱりバカにしてるだろ」

 と、更に威圧感が増した。





「あはははは。貴方、面白いわね!」

 と、俺と従者のやり取りを見ていたアリーシャが笑い声をこぼす。



「アリーシャ様に面白いと思ってもらえたのなら、光栄です!」


「なにそれ。オルガ、さっきの事は水に流しなさい。あたし様が許すわ」


「ですが」と従者は食い下がるが、アリーシャがじっと見つめると、「承知しました」と折れた様子を見せる。


「にしても、貴方のような人初めてだわ。面白いから、これからもそんな感じで接しなさい」


「了解であります!」と敬礼してみせる。



「貴女も、これからよろしくな。俺はとばりだ」と俺は従者の方を向き、手を差し出す。



「………アリーシャ様の従者。オルガビア・ケンケンパよ」と名乗り、手を取ってくれる。


 初っ端のアプローチの仕方は間違えたが、第一印象としては悪くないように思える。

 ………というより、名前が気になった。


「……ケンケンパさん?」


「次その名で呼んだら、ハチの巣にするわね」

 笑顔で、握力をかけてくる。圧が怖い。怖すぎる。





「わかった。もう呼ばない。

 で、俺の要件いいかな?」


「なにかしら」


「ちょっとアリーシャ様に聞きたいことがあって、探してたんです」


「あたし様が答えられることなら、なんでも答えるわよ」


「じゃあ、先ずダンヘルガにかんして………」




 ダンヘルガの事、この領地のことなどを聞き、情報を集めた。






 そうして、アリーシャ様たちも帰り、その日の夜。



 食事と風呂を済ませ、寝る準備をしていた時だった。

 部屋の扉がノックされ、俺は返事をする。


 扉が開かれ、ククリカさんが顔を見せる。


「夜分遅くにすみません」と頭を下げるククリカさん。


「いや、大丈夫だよ。それで、何かあった?」


「はい………その、申し上げにくいのですが」

 と言い淀むククリカさん。


 相変わらずの無表情。


 俺は黙って、ククリカさんの言葉を待つ。

 ククリカさんは少しためらった後、意を決したように口を開いた。


「舞香様が目を覚ましました」


 それを聞いた瞬間、俺は部屋を飛び出していた。

 後ろから、ククリカさんの声が聞こえるが、無視をした。



 急いで、西館の地下牢へと向かう。



 地下牢にはダンヘルガと兵士が1人いた。

「これは、主殿。夜分にどうなされましたかな?」


「どけ!」とダンヘルガを押しのけ、その名を呼ぶ。

「――――舞香!!」



 鉄格子の先に幼馴染みの姿がある。この前と違い、身体を起こしている。

 俺の叫んだ声に反応し、ピンク色のメッシュが入った綺麗なボブショートの黒髪を揺らして彼女はこちらに振り向いた。


 そして、目が合う。


 だが、それは予想していたものとは違った。

 何かが俺の中で崩れる音がした。


「――――えっと、誰、ですか?」


 きょとんと、首を傾げる彼女の姿に、俺は凍り付く。

 そして、悟った。




 ――――もう、舞香には会えないのだと。



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