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ギルティヴァンプ  作者: 福部シゼ
屋敷逃亡編
3/23

03話 「飢餓」

 トットンに誘われ、俺はトットンに付いていく形で初めて屋敷を出た。

 と言っても、俺の領地となってる区域内だが……。


「苦しくて辛い。でも、それを乗りえた先に強さか待っている。そんな修行編が始まるんじゃないのか?」


「なにそれ。主様ってМ気質なの?」


「ち、違うよ。少年漫画のような展開を俺の中の少年心が期待してるって話だ」


「それは後回しです。主様は領主として働く責任がありますから。先ずは城下町の視察です。この地の民がどんな生活を送っているか。現状のすり合わせ、というやつです。

 本来はダンヘルガの仕事なのですが……」


 その名を聞いて、俺は変な顔になる。それを見て、トットンは息と共に笑みをこぼす。


「あーしがそれを引き継ぎました。では行きますよ」




 そんなやり取りを経て、山道を下る。



「……あのー、非常に申し上げにくいんですが」


「主ですもの。遠慮なく言っていいわよ」


「結構疲れたんですけど、いったん休憩とかしません?」


 山を下り始めて30分。

 既に足が痛い。しかも、山道のように舗装された道じゃなく、木々が生い茂る中を歩いているためか余計に体力の減りが早い気がする。


 額に浮かぶ汗を手の甲で拭い、俺はギブアップ宣言をする。


「あらあら。この程度で音を上げるなんて」


「いや、舗装された道ならこのくらい余裕なんだけど、さっきから木の枝とかが刺さって痛いんだよ!」


「強くなると決めた今の主様に舗装された道など必要ありません」


「………」

 トットンの言葉に、俺はその場に固まる。



「もしかして、敢えてこの道を?」


「あらあら気付いてなかったんですか。ダンヘルガならこの程度の道、3分もあれば抜けますわよ」


 嫌味のようにそういうトットンに載せられる形で、俺の闘志に火がついた。


「くっ、……やってやるよ!」







 そうして俺たちは山を下った。





 街に着く頃、俺の体力は尽き果てた。


 ぜェはぁと全身で呼吸を繰り返し、その場に腰を下ろす。


「さぁ、こちらですわ」


「ちょ、ちょっと休憩を」


 必死に懇願する俺を横目に、トットンは大きくため息を吐く。


「仕方ないですわね。3分だけですよ」


 一生懸命酸素を吸う。


 ……というか、これダンヘルガ倒すの無理じゃね?

 きついし、苦しいし、痛いし。


 我慢できない。俺に修行は向いてない!


「スマホ片手に菓子食って炭酸飲みたい……」


 だらけきった日常が恋しい。



「さて、そろそろ3分ですわ」


「ちょ、トットンって俺に対して厳しくない?」


「そんな事ないですわ。主様を虐めるのが楽しいとか、そんな趣味は持ち合わせておりません」


 うふふ、と意味ありげな笑いをこぼすトットン。


 ……こんなことならダンヘルガの同行の方が良かったかもしれない。

 とかつての選択を悔やみながら、トットンの後を追いかける為に立ち上がる。










 その後、街の中を適当に歩き回され、説明を受ける。



「……と、このような感じでございます」


「そんな沢山急に説明されても覚えきれないんですけぇど」


 頭から変な煙が出る前に、情報をシャットアウト。

 覚えてください、と言わんばかりのトットンの目の前に両腕でバツを作る。


「……えーと」と困惑した様子のトットンだが、俺はそれでも情報を聞くのを拒否し続ける。


「無理なものは無理! 嫌なものは嫌! 自分の気持ちに嘘をつかず、生きていくんだ!」


「あらあら、うふふ。困ったわねぇ」

 と頬に手を当てて感情を示すトットンだが、俺は折れない。断固として拒否する。


「今日は山下って疲れたから街の説明は明日にしよう!」


「……まぁ、主様がそう仰るのなら仕方ないですね。

 じゃあ、行きと同じ道を辿って帰るとしましょう」


 後先考えなかったが故の過ちに俺は気が付いた。


「やっぱりすみません。街の説明を聞きます!」

 くるりと鮮やかな手のひら返しを決め込み、帰るという選択を拒否する。


「あらあら、急にどうしたのかしら」


「ちくしょー、この世界は俺にはキツすぎる!」


 弱音を吐いても現状が回復することはない。トットンの説明を受けざるを得ないようだ。


「……仕方ありません。もう少しだけ休憩の時間を取りますか」


「マジで? やったぜ。勝利を勝ち取ったり」





 そんなやり取りを経て、街の中にある噴水の縁に腰を下ろす。


 街をぼんやりと見詰めてあることに気が付き、俺は初めてこの街の様子の違和感を覚えた。


「……なんか視線が痛くない?」


「当然です。高級そうな服を着て、あーしのようなメイドを仕えさせている主様の正体を視線だけで探っているのでしょう」


「つまり、みんなは俺がこの地の領主ってことを知らないのか?」


「ええ。まだ大々的に発表はされておりませんので」


 俺の事を観察するように視線を飛ばしながら歩く人々の額には当然のように大小様々な角がある。

 色は全て紅色。つまり、ここは吸血鬼の街といことだ。


 この街に住む人々を救うのがダンヘルガの目的であり、そのためにはこの地を独立させるつもりらしい。


 俺にそんなことを望まれても、一体どうしていいのか分からない。


 まず最初に何をやればいいのかも。




 俺の事を吸血鬼だと勘違いしているけれど、何故俺なんかがこの地の主なんかに任命されたのか……。



「……さて、そろそろ説明の続きを始めましょう」


 トットンに促され、俺は立ち上がる。



「そういえば、ここにいる吸血鬼はなんというか……。

 屋敷の吸血鬼たちより細いし、着てる服なんかもボロいように感じる」


 街を歩く吸血鬼たちを見て、俺はそんな事をボヤいていた。


「そうですね。この街に生きる吸血鬼の8割から9割が貧困で苦しんでいる吸血鬼たちです。日々採れる人間の血の量は減り、上に納めなければならない血税は増えるばかり。ダンヘルガもこの現状を嘆いています」


 そういえば、前にダンヘルガも同じようなことを言っていた。

 貧困に苦しむ吸血鬼。


 吸血鬼と言えば華のある怪物だと思っていた。

 気品があり、美男美女で、そこそこ人気のある怪物だと。



 だが、実際にこうして見ると、人間の世の中と大差ないのかもしれない。



「……なるほど。これが俺が背負わなければならないもの」


 もし、ダンヘルガを倒すことを諦めるのなら、俺はダンヘルガの言う通りこの地の領主としてこの地を独立させるために働かなければならないのだろう。



 重い現実を噛み締め、俺は歩き出す。








「……と、こんな感じですね」


「……やっぱり情報量多くて無理!

 一気に覚えるなんて不可能!」


「まぁ、それは少しづつでも大丈夫でしょう。

 さて、これから少し街を歩いてきてもらいましょう」


 そう言ってトットンは懐から革袋を取り出す。


「それは?」


「……通貨ですね。これで、あーしが指定してきたものを買ってきてもらいます」


 差し出された革袋を受け取ると、ジャラっと音がしてズッシリとした重さを感じた。


「お、重っ……。で、買ってくるものはなんだ?」


「お皿とグラスを6つずつお願いします」


「……なるほどね。記憶を頼りに買ってこいと」

 苦い表情を見せながら周囲を見渡す。


 今まで街を歩いて説明を受けてきた。

 内容は全部覚えていないが、食器類が置いてあった店もあったはずだ。


「……では、あーしはここで待ってますので。日が暮れるまでには帰ってきて下さい」













 記憶を頼りに街の中を歩くが、食器の置いてある店はなかなか見つからない。


「あー、マジで見つからないんだけど。

 てか、ここどこよ?」


 挙句の果てに、自分がどこにいるのかすら分からなくなってしまった。


「まったく、こういうのって普通地図とか渡してくれるもんじゃないの?」


 出来ればスマホのように向いてる方向が自動で反映される地図とか欲しいなと願ってみたり。


 と、願ったところで問題が解決されるわけはなく……。


 街の中を歩くことしか出来なかった。


 せめて、トットンが待ってる場所にさえ戻れればいいのだ。おつかいはギブアップすることにしよう。


 そもそも、主である俺が買い物なんてするはずがない。そういうのはメイドの仕事だろ。



 ……ん?


 と、俺は視界の端に入った何かが気になり、立ち止まって顔を横に向けた。


 暗い路地の向こう。

 そこには見覚えのある建物があった。


 トットンに受けた説明が脳裏に蘇る。その建物は雑貨屋だった。食器類もたしか置いてあったはずだ。


「マジでラッキーじゃん!」


 と俺は足を踏み出し、路地に入ろうとする。


 そこで再び足を止めた。


「いや、冷静になれ!」

 一人で叫び、自分の足を引っ込める。そんな俺を傍から見たらおかしい奴だと思うことだろう。自分でもそう思う。

 だが、そんなことは今はどうでもいい。



 路地に入ろうとする迂闊な自分を制止し、迂回する道を探す。

 ……だが。


「み、見つからねぇ。この道どうなってんだよ!」


 半分怒りに近い感情を吐き出す。この街の、この街を作った責任者を呼び出して問いただしたい!


「……くそぉ」


 道が分からない以上、来た道を引き返して再び道に迷うか、路地に入って店を目指すか。

 その二つの選択に、行動が限られる形となった。


 道を訪ねようにも不幸なことに、辺りに人影はない。



 ゴクリと、唾を飲み込んで路地を見つめる。


 薄暗く、細部まで見通すことは叶わない。ただ、その先からは光が漏れてきており、目的の店がある。


 俺は意を決して、路地に踏み込むことにした。


 走り抜ければ大丈夫。

 そう何度も唱えて、いざ駆け出す。



 路地の半分を超えた時だった。


 服の裾を何かに捕まれ、俺は派手に転び、頭を地面に打ち付けた。


「痛っ!!」

 声を上げつつ、身体を起こして背後を見る。そこには俺の服の裾を掴む手があった。

 その手の先を恐る恐る確認する。


 まるでミイラのような皮だけの細い腕。穴あの空いたボロボロの衣服を来た汚い男の姿がそこにはあった。

「ひっ!」と思わず声が出る。それは、ただの男ではない。額には当然のように紅い角がある。だが、それが男の異常さではなかった。

 ぎらついた瞳。それこそ、その男の異常性を物語っていた。


「ぃ、ぃ……」と鳴きながらゆっくりと近付いてくる男。その口からは大量に透明の液体が垂れ落ちている。「血ぃ……」と捕食者の口がゆっくりと開かれる。


「くそ、放せ!」

 裾を掴んでいる腕を外そうと試みるが、枯れ木のようなその腕はまるで岩のように固く両手で押してもびくともしない。


 きつい口臭を放つ口が、ゆっくりと俺の喉元に迫り………。







 タンっ!

 と乾いた音が一発だけ鳴り響いた。


 鼓膜が破れるような衝撃音。それは暫く耳の中で何度も反響し、俺は身動きが取れなかった。身体の上にのしかかる重力。そして、温かいものがじわじわと腹の上に広がり………。

 俺は、咄嗟に閉じてしまった瞼をゆっくりと開いた。



「――――え?」


 最初、訳が分からなかった。

 ただ、俺の身体の上に倒れる男は腹の下側から血を流している。そんな簡単なことすら理解するのに十数秒ほど要した。



「まったく、ここは乞食が多くて嫌になるわ」


「その通りでございますね。お嬢様」


 高い女性の声が、二つ路地に響く。


 俺は声のした方に視線を移した。



 純白のローブに身を包み、フードを深めに被る2人組が路地の先に立っている。

 その内の背の高い方が片手に拳銃を携え、その銃口からは煙が出ている。明らかに、彼女が目の前にいる吸血鬼を撃ったのだ。


 撃たれた吸血鬼は、被弾した個所を抑えながら、叫び声を必死に押さえている。


「おい、そこの乞食。よく見てみなさい。そいつは人間じゃないわ。かなり血が薄そうだけど吸血鬼よ。共食いなんてするもんじゃないわ」


 背の低い方がそうやって口を開く。

 その背丈はかなり低く、130センチないくらいだ。


 乞食の男は怯えた様子で俺の顔を視ると、段々とその色が青ざめていった。

「す、すみません!」


 男は急いで立ち上がり、それだけ言い残して路地から去っていく。




 暗い路地に取り残されたのは、俺と女性の2人組。………おそらく、1人は少女だが。



「……にしても、ほんとに珍しいわね。今時、角無し? 人間に見間違えるのも無理ないわ。かなり血が薄そうね」


 背の低い少女の方が、かつかつとこちらに歩いてきて、ジッと俺の顔を覗き込む。


「えっと、助けてくれてありがとうございます?」


 とりあえず、お礼を口にする。すると、少女は俺から半歩ほど離れた。


「あら、お礼が言えるなんてしっかり教養があるのね。見たところ、育ちが良さそうだし、なんでこんなとこを歩く気になったのかしら」


「……道に迷ってしまって。そこの店に用があるんです」


 俺は背後にある店を指さす。


「なるほどね。田舎吸血鬼ってことね」と少女は納得したように頷く。

 それから、「この街は今みたいなのが沢山いるから路地は歩かないことを勧めるわ」と言葉を続けた。



 そこへ、話を聞いていた背の高い方の吸血鬼が近付いてくる。


「お嬢様。そろそろお時間です」

 その声は女性のものにしては少し低く、大人の女性を想像させるものだった。


「あら、もうそんな時間なの。じゃ、行きましょ」


 少女が歩き出すとそれに付き従うように女性の方も歩き出す。


 そして、路地から見えなくなるまで俺はその2人の背を眺めていた。






 路地に踏み込んだ事を戒める気持ちを大切にしよう。



 そして、俺は店に入った。









 無事に買い物を済ませ、トットンが待っている場所まで戻る。


「あらだいぶ、時間かかりましたね。でも、ちょうど良かったですわ」


 トットンはカードキーのようなものを手に持っていて、一人で何か話しているようだった。


「……それは?」


「通信機器のようなものです。生体認証により、特定の個人間で通話ができます」


 なるほど。この世界のスマホみたいなものか。


 トットンは真黒いカードキーを服装の中にしまい込み、俺の持っていた袋を手に取る。


「それで、ちょうど良かったって、何かあったのか?」


「ええ。もう少し遅かったら探しに行っていたところです。今しがた、ククリカから連絡がありました」

 そこで一旦言葉を区切ったトットンは、意味ありげな間を置いて続けた。


「……大領主様が訪問されるそうです」



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