13話 「島の外」
トラックはスピードを緩めることなく進んでいく。
目的もはっきり決めたことで、疑問に思った。
「ところで、このトラックってどこに向かってるんだ?」
俺の質問に、舞香が驚くように目を見開いた。
「え? とばりが知らないってどういうこと?」
「いやー、俺たちこの時代の事まるで知らないだろ。だから、トットンに丸投げした」と俺は素直に答える。
「いや、ダサいから。かっこつけて言わないで」
「別にかっこつけてないよ!」
揺れる荷台の上。俺と舞香は平常運転を取り戻していた。
「とばり様はださいのですね」と後ろから思わぬところを言葉で刺される。
「いや。ククリカさん。貴女メイドなんだから主に向かってダサいとか言っちゃだめだよ」
「はい。私はとばり様のメイドです」
とヘルメットをかぶった無表情の銀髪ツインテール少女はそう答えた。
「……で、どこに向かってるんだ?」
と会話の軌道を修正してトットンに訊ねる。
「ゲートに向かってますわ」と当然のことのように言われる。
ゲート。ゲートね。うん、ゲート。と俺は頷いた。
「舞香、ゲートだって」
「聞いてたよ。それで、げーとって何?」
「分からない」
「なら詳しく聞いてよ!」
と舞香は俺にツッコミを入れてくる。
「ゲートってなんなんだ?」
再びトットンに尋ねる。
「2つの地点AとBを、対で接続する固定型のワープ装置の事ですわ」
……ワープ装置?
「つまり、ワープできるってこと?」
「そうです。……主様はこの島の構造は把握されていますか?」
その問いに、俺は頭を悩ませる。
アリーシャ達から聞いたこの島の概要について思い出す。
「……罪を犯した吸血鬼たちを労働させるための監獄島って聞いたな。たしか、本島と島はひとつの巨大な橋で繋がっていて、その橋でしか行き来できないって……」
そこまで思い出し、ようやく理解した。
「その通りですね。ですが、その橋は既に王家の兵によって抑えられていることでしょう」
「……じゃあ逃げ場が無いって事? だからそのワープ装置で逃げるってことか」
「ゲートは今から約40年ほど前に、1人の科学者の理論に基づき設計されたものです。ゲートの作成以降、長距離移動に欠かせないインフラとなっているほどです」
トットンの説明の後、運転席からノアさんが声を飛ばしてくる。
「あっしもよく使いますぜ!」
それを聞き流しながら、隣で舞香が口を開く。
「でも、そんなものがあるなら王家の兵が抑えてないとおかしくない?」
「その存在を知っていればそうなっていたでしょう」
とトットンは答えた。
「王家はこの島にゲートがあるって事を知らない?」
「えぇ。ダンヘルガが正規の手順ではない方法で特注したものでしょう。あーしも数日前までは知りませんでしたし」
そこでようやく合点がいく。
「まさか、俺と舞香をこの島に運んだ時も?」
「えぇ。ゲートが使われました。島と本島を繋ぐ島には必ず見張りの王家兵がいますから。レインケル様達が主様を知らなかったのも秘密裏に連れてこられたからです」
トラックの上で明かされる真実。そのどれもが驚くべきもので、聞いているだけで頭の痛くなってくる内容だった。
吸血鬼の話も、その歴史も、始祖への憎しみも。
そして、この世界のインフラとなっている転移装置であるゲートに関しても。
「そのゲートを使って本島に渡るってことだな。その後はどうする?」
俺はトットンの顔を見て問う。その後、どうすれば俺は他のみんなを見つけ出せるのだろうか。
「転移した先にもよりますね。あーしもゲートの先がどこに繋がっているか知りません。でも、安心してください。必ず、主様の目的を果たさせて頂きます故」
かしこまりながら丁寧に頭を下げるトットン。
見た目は屈強なムキムキで、ショート丈のメイド服を着た吸血鬼だ。
本来であれば、右も左も分からない俺に仕えてくれること自体がおかしな話だろう。
「……ありがとう。よろしく頼む」
俺がそう答えると、再び運転席から声が聞こえてくる。
「旦那! 見えてきますぜ。これがこの島の全容でっせ」
ノアさんの声に、俺は顔をあげる。トラックが進む舗装路の両脇は山に囲われている。その右手側が山が終わり、冷たい風が吹き込んでくる。
顔をのぞかせたのは真っ青な広大な海。
だが、その海へと続く道は幾つもの柵と崖に阻まれ、到底無傷で到達できるものではなくなっていた。
「……なんだ、これ」
その光景は異様であった。
雄大な自然の中に生える無機物の黒い柵。自然の美しさを台無しにする人工物が折り重なって無造作に並んでいる。
この島から犯罪者を出さない為だけに自然の美しさを破壊するそれはなんとも言えないほど罪深きものに感じた。
「これがこの島が監獄島と言われる所以です。島の全周をこの様に柵で覆われ、逃げ出せないようになっています」
ゴクリと息を飲み込む。
「あの柵は吸血鬼の身体能力でも突破出来ないの?」
と舞香が口を開いた。
「あれは黒色ですが、素材は銀なのです。銀には吸血鬼の再生能力を著しく低下させる作用があります。……先程、吸血鬼の再生には血を消費するとお教えしましたね?」
「あぁ、そうだったな」
「ですので、血を失いすぎれば再生能力は落ちます。従って海を渡っての逃亡は吸血鬼にとっては効率が悪い。
海の中で血を流せば、再生どころか普段以上に血を消費してしまうのです」
「海で怪我をすることは吸血鬼にとってもリスクが高いということか。
……血を失いすぎた場合、吸血をして血を取り込むということか?」
「そうですね。自然経過で回復を待つこともありますが、効率は良くないです。
吸血して血を体内に取り込む。それが最も効率の良い方法です。
そして、その中でも最も効果が高いのが――生きた人間の新鮮な血です」
吸血鬼は見た目不死身に近しい化け物だ。だが、その再生能力も無限ではない。
「ひとつ疑問に思ったのだけど」
と横で舞香が口を開いた。
俺とトットンは揃って舞香の方に視線を向ける。
「吸血鬼が吸血鬼の血を飲むとどうなるの?」
「たしかに……」と俺も頷く。
「いい疑問です。吸血鬼が同族の血を飲むことはありません。それは吸血鬼にとって同族の血は毒となるからです」
「……毒?」
「同族の血は自らの再生能力を弱めるうえ、意識混濁などの恐れもありますから」
トットンはそう言い切る。
吸血鬼にとって同族の血は毒となる。
覚えておこう。
トラックは進む。山に囲われた視界の悪い道を抜けた為、遠くまで見渡せるようになっている。
だが、視界がいいとは言えない。
海は見えるがその前には禍々しい柵が重なっている。
そんな中、運転席からノアさんの声が響く。
「旦那! 前方に検問が敷かれていますぜ」
その声に、荷台に乗るみんなの意識がひとつに重なる。俺は中腰になり、荷台から顔を出して前方を見つめる。
ノアさんの言う通り、前方1kmを越えた辺りに4人吸血鬼が立っているようだ。
「……3人? いや4人かしらね」
とトットンが荷台の上に仁王立ちして呟く。
「4人だ。全員武装している」
と俺は前方を見つめながら答える。
「え、全然見えないよ?」と俺の後頭部に胸を押し付ける形で舞香が前方を見つめてそう答える。
唐突なおっぱいの暴力に、鼻の奥がツンと熱を帯びた。
慌てて鼻を押さえるが既に遅い。じわりと滲んだものがポタポタと滴り落ちる。
「ちょ、とばり! 大丈夫?」
と後ろで声が響く。
「大丈夫だからおっぱいを離して!」
俺がそう言うと、舞香は後ろへと下がる。
舌の先に広がる鉄の味に、思わず顔をしかめる。
ちょっと興奮しただけですぐこれだ。血が勝手に暴走しているような、そんなざわめきがする。
「お掃除が必要ですね」
とククリカさんが口を開く。その顔は相変わらず無表情で何を考えているのか読み取ることは出来ない。
表情筋の崩れない頬。クリクリの瞳。綺麗な銀髪と無骨なヘルメット。
美少女である。
「いえ。ここはあーしが片付けるわ」
トットンはそう言うと、ぐっと腰を落とした。
次の瞬間には衝撃しか残っていなかった。
トットンは荷台を蹴り、前方に敷かれる検問へと単身で突っ込んでいく。
風圧によって倒された体を起こし、その姿を目で追う。
追うことは叶わない。だが、なるべくその姿を視界に入れようと試みる。
トラックはスピードを緩めることなく進んでいく。
人の目では点にしか見えていなかった彼らの影が徐々に人型へと変わっていく。
「おい、そこのトラック。止まれ!」
こちらに気付いた検問の吸血鬼が腕を上げて声を荒らげる。
彼らは数秒後の結末を想像できない。
忠告を聞かない俺たちに対し、兵士たちの間に緊張感が走る。それぞれが武器に手をかけたその瞬間、先頭にいた男の身体が吹き飛んだ。
続いて、その後ろにいる吸血鬼たちをトットンの拳が襲う。僅か数秒で検問の吸血鬼達はのされ、トラックは難なくそこを通過する。
トットンは華麗に荷台の上に戻ってきた。
「……すげぇな」
「助かりやしたね」
俺とノアさんが同時に口を開く。
「これくらい朝飯前ですわ」
「さすがトットン様です」
パチパチパチとククリカさんが無表情のまま拍手をする。
トットンはふぅと息を吐き、海の方を見詰めた。
「ギルティヴァンプの監獄島ともお別れですね」
その言葉に、俺は固まる。
「……いま、なんて?」
「監獄島ですか?」
「違う。その前だ」
「あぁ。……ギルティヴァンプ。罪を犯した吸血鬼達をそう呼称しているのですわ」
「……ギルティヴァンプ」
その単語を口にする。何故かその単語がずっと耳に残った。




