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ギルティヴァンプ  作者: 福部シゼ
屋敷逃亡編
1/23

01話 「黒き祝福」

 人生というものの中で決して忘れることの出来ない瞬間がある。


 俺にとって、それは7年前の小5の時。


 初恋の子と遊んでいた時のことだった。遠くから飛んできたサッカーボールが俺の目の前で女の子の顔面に直撃したのだ。


 そして、その子の鼻から真っ赤な血がポタポタと垂れ落ちる。


「大丈夫?」

 と俺はすぐに駆け寄ってその子に声をかけようとした。だが、自分の内側から込み上げてくる熱いものに気付き、それを躊躇う。



 その光景が今でも脳裏に焼き付いて、決して忘れることの出来ない記憶となっている。



 そう。


 それが俺の精通した瞬間だった。







『ギルティヴァンプ』








 まるで、チュンチュンと子鳥のさえずりが聞こえてくるような朝だった。


 気怠い気分に耐えながら、俺は身体を起こして半分寝ぼけた状態のまま周囲を見渡す。



 そして、少しだけ間を置いてから独り言を呟く。


「……ココドコ?」


 見慣れない天井は豪勢な感じの金のライトが真ん中に着いている。

 真っ白い壁と石のタイルの床。ベットの正面には大きな木の扉がある。

 部屋の大きさは高校の教室1個分くらいある。


 明らかに俺の部屋では無いし、俺の見知らない場所だった。

 極めつけは大きな紫色のダブルベッド。


「………………ちょっっっっと、待てよ。

 昨日の記憶がないのだが?」



 頭を捻ってみる。普段機能させていない箇所を懸命に働かせているせいか、ズキズキと痛みを感じた。



 昨日じゃない。

 もっとその前。

 俺のちんけな脳みそに記憶されている一番新しいものを思い出そう。



 …………そう。修学旅行中だ。修学旅行の班別行動が最後の記憶だ。

 それ以降の記憶は頭の中をうっすらと白い霧が覆っているようで、思い出せない。


 頭痛に耐えつつ、自分の置かれている状況を把握しようとする。


「………………ってことは、ここはホテルの一室?」


 そんな訳あるか!

 いち高校生の修学旅行の部屋がこんな豪華であってたまるか。



 自分の服装を確認する。

 白いバスローブ1枚。


「うん。何かがおかしい」



 結論を出し、ベッドから出ようとしたその時だった。

 正面にある分厚い扉が勢いよく開かれる。


「お目覚めか。主殿!」


 バカデカい声が部屋の中に響いた。


 どれくらいデカいかというと常人の2倍くらいの声量がある気がする。キンキンと耳が軋む思いだ。


「……えーと。おはようございます?」


 訳が分からないが、とりあえず挨拶をしておく。

 そこでまじまじと部屋の中に入ってきた男を観察する。


 まず最初にガタイがいい。柔道選手のようなガッチリとした身体が服の上からでも分かる。

 続いて服。服が高そうだ。しっかりとした質感のある高級そうな生地。まるで中世の伯爵を思わせるほどだ。

 次に顔。まず一番最初に触れなければならないのは額から突出している紅い2本の角。


 それだけが異常だ。


 それ以外のパーツは普通だ。若干の厳つさと髭も目立つが、どこかにいるダンディーなおじさんという雰囲気だ。





 とりあえず、角に突っ込むかどうかが迷いどころだった。



 ……ん、あるじどの?


「えぇ、おはようございます。主殿。今朝は心地よい朝ですぞ」

 その男はにっこりと笑顔を向けてくる。

 俺はそれにどう答えていいか分からず、精一杯の笑みを浮かべる。


「……えーと、これは何かの企画とか、ドッキリとかですかね?」


「どっきり?

 はて、主殿。それは一体なんなのです?」


 男は頭の上にはてなを浮かべるかのように、眉間に皺を寄せながら首を捻る。


 ドッキリじゃないと?

 だとしたら夢の世界?


 頬をつねってみる。痛みは正常に感じる。


「んー、分からん」


「主殿。どうかしたのですか?

 先程から様子がおかしいですぞ」


「ちょっとだけ待ってね。今思い出すから」

 熱が出るかと思うくらい真剣に悩んで見せる。だが、思い当たることはない。俺はクラスの友達と修学旅行を愉しんでいた筈だ。それがなぜこんなおかしな状況になっているのか……。


「なるほどなるほど。主殿は記憶障害を抱えていると見える。仕方ありません。ここは主殿がいた場所とは環境が違いますからな」




 ……今なんて言った?



 俺は顔を上げて男を見る。


「では、先ずは自己紹介からですな。吾輩の名はダンヘルガ・セルトム。貴方の執事である。

 先日、この領地を救う救世主として貴方を召喚させていただきました」



 その言葉に、俺はその場に凍り付く。真っ白になった頭の中が、召喚というワードだけで埋め尽くされる。


 何故かって?

 そんなの決まってる。



 つまり、これは……。



「まさかの異世界召喚――――っ!?」















 コホん。と咳ばらいをひとつ。


「ごめん。少し取り乱した。続けて続けて」


 俺の言葉に従い、ダンヘルガと名乗った男は説明を続ける。正直、衝撃が強すぎて話の内容が入ってこない。

 まさか、日本の高校男子が憧れるシチュエーションのひとつ。

 その中でも実際の遭遇率は激低い、超ウルトラスーパーレア並みのものを引けるなんて。何たる幸運。

 まあ、現実的に考えると、そんなことは絶対ないと言いきれてしまうかもしれないが、そんなことはオタクには関係ないのだ。


 いつか異世界に行けるかもしれない。

 健全な男子高校生ならそんな夢を持ち続けたっていいじゃないか。


 俺、産まれてきてよかった。

 と生の喜びで涙があふれてくる。



 鶴間帳。17歳。童貞を卒業する前に異世界召喚を果たす。



 もし、これがアニメの第一話ならタイトルはこんな感じだろう。



「……と、簡単な説明はこんな感じですが、いかがでしょう」


「大丈夫、大丈夫。全然思い出せないけど、なんとなく理解した。で、救世主になるために俺は何したらいいの?

 魔王討伐? ドラゴンの撃破? それとも世界に蔓延する病から人々を救えばいいのかな?」



「は、ははははは。主殿は面白いですな。そんなものはありませんぞ」


「ないのかよ!」


「それよりも簡単なことです。この領地に住む民を救う。主殿ならばすぐに解決できるでしょう」


「またまた、俺に特別な力があるからって、物事はそんなに単純じゃないよ。それで、俺の特殊チート能力は何。まさかのステータス?」


「すてーたす、というのは分かりませんが。そんなたいそうなものはありませんぞ。でも安心してくだされ。主殿は特別ですからな」


 にこっと笑うダンヘルガ。それに対し、俺の気分はガタ落ちだ。


「……マジかよ。俺、なんにもないのかよ。来た意味あるのかよ」


「まぁ、詳しい話は後に回すとしましょう」


「……わかったよ。

 ……あ、これだけ教えてくれないか?」


「なんですか?」


「その額の角は、一体なんなんだ?」


「……まさか主殿。そんなことまで忘れてしまったと?」


 さっきまでの明るい空気間が一変して、変な空気になるのを感じた。


「……あ、あぁ。悪い。忘れちまったみたいだ」


「……なるほど、そうですか。これは吾輩たちが吸血鬼である証です。

 あぁ、主殿に角はないですが、安心してください。主殿も立派な吸血鬼ですから」


「え……」


 思考の停止とはきっとこういうことを言うのだろう。俺は息を呑み、言葉を何度も頭の中で反復する。




「さて、もう一度この屋敷を案内いたしましょう。ククリカ。主殿のお着替えを」



 そう言って扉の影から姿を出したのは、少し背の低いメイド姿の少女だった。


 銀髪のツインテールに、鉄仮面のように愛想のない無表情。メイド服のデザインはよく見る英国風のもの。まさに異世界から飛び出してきたような完璧なメイドさんだった。


 ……ただ2点を除いては。




 何故か頭には黄色のヘルメットと両手によくわからない物騒な機械を抱えている。


「……承知しました」

 メイドさんは頭を下げてから部屋の中に入ってくる。

 そのまま着替えを手伝おうとする雰囲気だ。



「……ごめん。着替えは一人で大丈夫だから」

 ちょっと頭の整理が追い付かないので、今回は辞退する。その後、ふたりに部屋を出ていってもらい、俺は着替えを始めた。





 ここまでの状況を軽くまとめる。

 俺は修学旅行中、異世界に召喚された。

 あさ、目が覚めるとそこは立派な寝室でした。そこに角の生えた吸血鬼を自称する生命体が現れ、説明を受ける。俺はどうやら吸血鬼になっているらしい。俺はこの地を救う救世主らしい。

 そして、ツインテールのメイド少女は個性が強い、と。






 要点綺麗にまとまってね?

 ここ30分前後のやり取りをこれだけで纏められるとか……。

 もしかして、俺って現代文の才能あり?






 着替えながら落ち着きを取り戻し、屋敷の案内パートへと移行する。着替えようの衣類は一昔前の英国風スーツ。身体が締め付けられるような圧迫感を常に感じ、その状態のまま屋敷の中を歩くのは正直言ってしんどい。だが、そこは我慢する。

 これも必要不可欠なイベントなのだ。


 サクサクと進むが、想定より屋敷は広く案内が始まってから2時間が経過しようとしていた。


「ここが庭園です。手入れは先程のククリカが担当しています」


 ダンヘルガが視線を促す。

 そちらを向けば、さっきのツインテメイドが先程の機械を使って何かを行っている。


 ガガガガガと激しい音が鳴り響いている。


 そう。あの機械は良く工事現場で見かけるやつだ。道の舗装に使ったりするやつ。


「これはランマ―です」

 その姿を眺めていると、メイドがキリっとした表情で口を開いた。


「いや、別にその機械が気になって見てたわけじゃないから」


「さて、次に行きましょう」


「オッケー、次はどこだ?」


「浴場です」




 案内に従い、浴場に到着。


 そこにはなんと別のメイドさんがいた。


「あら、目を覚ましたのね。主様」


 ……男だった。



 もう一度言おう。男だった。

 ガタイのいい身体の上からパツパツのメイド服を着ており、顔には厚いメイク。髪は茶色で頭の上に団子を結んでいる。おまけに声は野太い。もちろん、額には角がある。

 モップを片手に、ウインクを飛ばす男のメイドがそこにはいた。




「……ここの屋敷には個性の強いメイドしかいないのか」


「トットン・コトルクよ。よろしくね」


「……鶴間帳だ。よろしく」


「あら、いい男ね。さっすが新主様。良ければ今夜お背中を流させてください」


「遠慮させてもらいます」


 きっぱりと断って次に行く。








 そんなこともありながら屋敷の案内が終わる。


「基本的な城の案内はこれくらいでいいでしょう。

 あとは後日、城下町を案内致します」


「城下町もあるんですね」

 と、城の外を伺うよに視線を飛ばす。


「ええ。この城は小さな山の中にありますが、その山の麓には城下町があります」


「なるほど。それは楽しみだ」



「疲れておりますな。大丈夫ですか?」


 渋い声が響く。

「あぁ。だいぶ疲れた。こんなに歩いたの久しぶりかも」


 たった一つの屋敷を巡るだけなのに修学旅行よりも歩いた気がするのは何故だろう。


「では早めの食事に致しますかな?

 それとも、先にお風呂ですかな?」


「……食事にしたいな」


 先程のやり取りを思い出し、食事を選択する。


 ふと、顔を上げる。

 空にはどこまでも続く青色が広がっている。

 もう少しすれば、この青色の空はオレンジ色の輝きに変わるだろう。


 ……そういえば、日中だと言うのに怠さを感じない。

 吸血鬼の弱点が日光というのはよくありふれたものだ。

 まさか、異世界の太陽は吸血鬼に優しいのか?













 ダンヘルガに連れられ、一際大きな部屋に着く。

 案内の時に紹介してもらったダイニングだ。


 いかにも豪邸というか、富裕層とか政治家とかの家に置いてありそうなダイニングだ。


 真ん中に長い机が置いてあり、横にそれぞれ4人座れるようにひとつずつ椅子が置いてある。


 天井の真ん中にはシャンデリア。一方の壁は大きな窓とカーテン。もう一方の壁には額縁に縁取られた大きな絵が飾ってある。


 完全に場違いというか、なんというか……。




 服装とも相まって非常に息が詰まる思いをする。






 しばらく待っていると、食事とグラスが運ばれてくる。

 食事の内容は大きなステーキとスープとサラダ。

 グラスには赤い液体が注がれる。



「……えっと、これは?」


 一見赤ワインっぽいそれは、おそらく……。


「人間の血液です」

 ニッコリとした笑顔でダンヘルガは答えた。


「マジで……?」

 まじまじと血を見つめる。


「心配なさらずとも、ステーキのソースにも新鮮な血を使っておりますので」


 ゴクリと唾を飲み込み、グラスを手に取る。そして、間髪入れずに、中の液体を口に流し込む。


「いただきまーす!」


 1回飲んでみたかったんだよね!

 なんていう好奇心は置いておき、ここで躊躇えば怪しまれるといけないので、自然に振る舞う。

 冷たい感触が伝わってきて……。


 その瞬間、脳が弾けた。


 というのは語弊だが。それくらいの衝撃があった。

 美味い。美味すぎる。

 こんなに美味しい飲み物がこの世に存在するのかと、そのまま一気に飲み干す。


 身体の奥底からジンジンと熱が上がってくる気がする。


 そのまま、ナイフとフォークを手に取り、ステーキに手をつける。

 それもまた極上の味だった。歯ごたえもいいが、ソースが格別なのだ。

 そして、またグラスに注がれた血液に口をつける。

















 次に目を覚ますと、そこはベッドの上だった。


「……んぁ?」



 ゴツンと顎に固いものが当たり、意識が勝手に覚醒する。

 顎に走る痛みに、ゆっくりと視線を下に落とす。


「――――っ!!」


 声にならない声が漏れ出る。なぜなら、俺の胴体に巻き付くようにツインテメイドの姿がそこにあったからだ。

 しかもヘルメットを装着したまま……。


 なんなんだこのメイドは。

 そして、この状況は一体……。



 昨晩の事を思い出そうとしても、頭に白い霧がかかったように思い出せない。

 というより、頭が痛い。




「ちょ、ククリカさん。起きてください!」

 肩を揺すり、とりあえずメイドを起こす。


「んぇぁ?」

 と可愛らしい声が漏れる。


「起きてください。ククリカさん!」


 メイドの両目がゆっくりと開かれる。

 少しの間、ぼうっと俺の顔を見詰め、その後正気に戻りベッドから降りる。


「おはようございます。とばり様」


 冷静な言葉。そこに照れなど存在しなかった。


「ちょっとは取り乱してくれると嬉しいな」


「お、おおおおおはよう、ごごございます」

 ガタガタと小刻みに震えながら応えるククリカさん。


「いや、壊れかけのロボットかい!」


「今朝も心地よい朝ですね。とばり様」


「平常運転に戻るの早っ!

 ……とばり様って呼ばれるとなんか恥ずいな」


「それでは主様とお呼びいたしますか?」


「いや気分がいいので、とばり様呼びで」


「かしこまりました」

 言葉やその所作から礼儀正しさを感じる。改めてククリカさんはメイドなんだな、と思う。

 ……恰好はだいぶおかしいけれども。



「ところでククリカさん」


「はい、なんでしょう」


「俺、昨夜の記憶がないんだけど、その辺って説明できるかい?」


「ええ。昨晩、晩餐の後に調子が悪くなられた様子でしたので私がこの部屋までお連れしました。その際、寂しくてひとりで寝られないと駄々をこねられましたので、メイド業務をトットン様にお任せして同衾させていただきました」


「あー、ヤバい。高校生にもなって一人で寝るのが寂しいとかなに言っちゃってんのよ俺。恥ずかしすぎるんですけどー」


「大丈夫です。私はその辺のことにも理解のある優秀なメイドですので」


 ……自分で優秀って言っちゃってるよ、このメイド。

 しかも感情が籠ってないし。



「……一応、確認なんだけど。致しちゃってはないよね?」


「性行為ですか?」


「うん。オブラートに包んだ意味!」


「そう言う事はなかったです。ベッドに入られた後、直ぐに眠ってしまわれたので」



 その言葉を聞いて胸を撫でおろす。


「……服が変わってるんですけど?」


「それは、トットン様が着替えさせてくれました」


「ごふっ」と何かを吹き出す。


「……大丈夫ですか?」


「問題ない。心が致命傷を負っただけだ」


「そうですか。なら問題なさそうですね」


「思ったより冷たい反応。

 ……と、まぁふざけ合いはここまでにして。何事もなくてよかったよ」


 と言ったその時だった。俺の脳裏にあることが閃いた。



「……とばり様?」


「ククリカさんって俺のメイドなんだよね?」


「はい」


「ってことは、何でもお願いを聞いてくれたり?」


「私にできる事ならば」


「……裸になってって言っても?」


「はい」


 そこまで答えると、ククリカっさんはゆっくりと服を脱ぎだす。

 その光景を、俺はまじまじと見つめる。

 やがて、メイド服は脱げ、白のブラジャーと白のパンツと靴下。そしてヘルメットだけが残った。


 胸は大きいとは言えない。だがグッド。小さすぎず丁度いい。


 ククリカさんはそのままブラジャーを取るため、背中のフックに手を掛け……。




「待った!」と叫んでいた。



 気が付けば、ドクンドクンと心臓が高鳴っている。


「……とばり様がお脱がしになりますか?」


「いや、そうじゃなくて。……やっぱり、やめよう。服を着てくれ」


「……かしこまりました」


 そう言ってククリカさんは脱いだメイド服を着始める。




「……ごめん。変なことを頼んだ」


「いえ。私に魅力がないことは私が一番知っていますので」


「そうじゃないんだ。ククリカさんは魅力的な女性だよ。でも……」

 そこで言いよどむ。



 あと少しで裸を見れた。おっぱいを触れた。童貞だって卒業できた。

 ……でも。


「……でも、あいつだけは裏切れないんだ」


「……あいつ、ですか?」

 服を着終わったククリカさんが首を傾げる。


「うん。白花舞香っていうさ。幼馴染がいるんだ」

 俺は、地球にいたころを思い出しながら語り始める。




「そいつとはさ、小学校からの付き合いでさ。ずっと一緒に育ってきたんだよ。小さいころなんて男みたいなやつだったのに。中学後半から一気に女っぽくなってさ。今でもよくつるむんだけど。俺が何か言うと直ぐに突っかかてくんの。どついてくるし、大きく成長したおっぱいだって偶に当ててくんの!」


「なるほどです。その方が大事なのですね」

 ほんの少し、そう言うククリカさんはどこか優し気な表情に見えた。



「……あぁ、そうだな。もう、会えないかもしれないけど」


 俺は異世界に来てしまった。こうなった以上、元の世界に戻れる保証はない。



 ピンク色のメッシュが入った黒髪ショートボブの幼馴染。

 アイツにもう会えないかと思うと、胸が締め付けられる。

 まるで、マラソンを完走した直後のように、胸が苦しくなった。












 昨日と同じような服に着替えた後。ダンヘルガが部屋にやってきた。


「おはようございます。主殿」


「おはよう」


「さて、今日は昨日の話の続きですな」


「……昨日の続き?」


「なんと、また記憶障害ですか?

 昨晩、救世主になるために何をすればいいのか教えろと啖呵を切ってくださいましたのに」


「あ、あぁ。覚えてる覚えてる。言ったわ」


「それならばよかったです。さて、付いてきてください」


 そう言われ、移動したのは屋敷の一階。正面のホールではなく、そこから離れた西館と呼ばれる場所だった。

 たしか、ここは昨日の案内の時に素通りだった気がする。


 少し歩いた先には見張り役と思われる兵士の吸血鬼が立っていた。その兵士は黙ったまま俺の事をジッと見つめてくる。大きな瞳に鋭い眼光が、なんとも言えない威圧感をかもし出している。


 俺はそれに臆して眼を逸らす。兵士の横を通り過ぎ、扉を潜る。その先は下向きの階段があった。



「……ここは?」


「地下牢です」


 ダンヘルガは簡潔に答えた。


 厚い鉄の扉を開き、階段を下りていく。階段は螺旋状になっており、中は薄暗い。


「この地を救う事と、ここがなにか関係があるのか?」


「はい。いま、この領地の民にはかなり重い血税が掛けられています。我々はこの領地を治める代わりに、大量の人間の血を納めなければなりません。ですが、人間の収穫は例年減り続け、民の中には飢えで苦しむものも出ています。質の低い人口血液ではなく、新鮮な血を求め、奪い合いや殺し合いまで起きているのです」


「……じゃあ、俺に求められているのは」


「はい。この地の独立です」



 その重い言葉に、俺は口を噤む。


「……じゃあ、この先には、犯罪を犯した吸血鬼が?」


「いえ。この先で捕えているのはごく少数の人間たちです」


 その言葉に、凍り付く。

 足が完全に止まり、動けなくなる。


「……え?」


「どうかされましたか?」


「……い、いや。大丈夫だ」

 自分でも声が震えているのがわかる。

 それでも、なんとか足を動かして前に進む。


 俺は今から、この世界に来て初めて人間と出会うのだ。



「これは我々が抱える最後の在庫品です。昨晩の新鮮な血もここから採りました。ここに捕えている人間が最後の食料と言っても過言ではないのです」


 キィィィィィと柵の扉が開かれ、中に入る。


 鉄格子で遮られた奥には、怯えながら蠢く数人の人間がいる。

 手足を鎖で拘束され、自由を奪われた哀れな子羊たちが、ひとりひとつの部屋に囚われている。



 その中央。それを眼にして、俺の思考は完全に真っ白になった。

 薄暗い中、よく近付かないと相手が男なのか女なのか、どれくらいの年齢なのか分からない。それでも、彼女だけはしっかりとその目で判別できた。


 出会ってから10年。彼女の姿を見間違うはずなんてない。



 だから、その声を止めることは出来なかった。



「――――舞香!!!!」



 綺麗な短い黒髪は汚れ、薄い布一枚から覗く肌には所々青痣が出来ている。



 もう会えないと思った。

 幼馴染みが、そこに囚われていた。



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