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第5幕 搭の主

 「……リシュ」

カイがエカテリーナが消えた後、深いため息をついたリシュの元に歩み寄った。

「やっちまったな。アーセルも……。これじゃ、ミオを正式な『種子(セーメ)』にするしかなくなったぞ。

リシュも大見得きりやがって。もう二人だけの責任じゃすまなくなる。

ことは、この『メルヒの搭』全体の覇権争いになるだろう……」

眉間にしわが寄り、温厚なカイが怒りを露わにしていることは、対するリシュにも伝わっていた。

「……『外部』からきたカイには理解しづらいところだろうな。この『メルヒの搭』は異常なんだよ。

しかしこれは千載一遇の好機だ。ミオほどの能力者を迎えることは、もうこの先は考えられない。

と、いう判断だ」

「ふざけるなっ!!」

苦笑のリシュに、とうとうカイが声を上げた。




 「カイさんっていい人だよ、未桜」

雫が期待を込めた熱い視線を、カイとリシュのやり取りに送っている。

「ミオ……すまない」

アーセルが、ただただ呆然としている未桜に頭を下げた。

「……アーセル様……あの」

「ああ。君には本当に申し訳ないと思っている……」

未桜はアーセルの右手を、自身の両手で包み込むようにつかんだ。

「さっきエカテリーナ様が入っていった穴みたいのはなんですか?あれって、時月市にも行かれるのでしょうかっ!?」

「トキツキ……ああ……あれは『時空廊下』と言って、『メルヒの搭』と各守護家の当主の家をつないでいるものでね。異世界に行かれるほどの『時空回廊』を作るのは、何百人という魔導師たちの命を犠牲にしても、作れるかどうかなんだ……」

「……そう……ですか」

アーセルの答えに、未桜はひどく落ち込んだ表情で顔をうつむけた。

「……ミオ……」

そんな未桜を見つめ、アーセルは意を決してリシュを見た。




 「リシュっ。この話はミオには関係ないことだ。彼女をカイに預けて、これはリシュと私で進めよう。

エカテリーナ様をここまで追い込むことが出来ただけでも、大きな前進だ」

アーセルがカイと話しているリシュに声をかける。

「……お前はそれでいいなら構わんぞ。元々、ミオとそういう約束なんだろう?」

「えっ!?」

アーセルとリシュの会話を聞いて、驚いたのは未桜本人だった。

「そうか。俺もそれがいいと思う。ミオとシズクは……」

カイがそこまで言いかけると





 「待ってくださいっ。私、アーセル様と約束したんですっ。ですから約束はちゃんと最後までやりとげますっ」

未桜がぎゅっとアーセルの手をつかむ。

「……未桜っ。君はあのエカテリーナっていうばあさんから命を狙われているんだよっ!?

私はここに残ることは絶対に反対っ。」

となりにいた雫が、未桜に抗議する。未桜は雫にほほ笑むと

「雫……今、ここでこの『メルヒの搭』を出てしまったら、一生後悔すると思う。

お兄ちゃんや空音たちにも、笑って会えない気がするの。きっとお兄ちゃんたちも、こんな場所に転移してたら、こういう場面でも逃げ出さずにきっと協力していると思うから。

お父さんもお母さんも、私と同じだと思うんだ……」




 未桜と双子の兄、大河は、ささいな約束も大切にする。

困っている人を見るとけしてほってはおけない。それは病気的なお人好し。

だからいつも損な役回りとなるし、空音や未桜の親友だった歩葉や結衣は、そんな未桜をフォローし守ろうとしていたっけ。もちろん雫も、性格的に治すことは不可能でも、その身を守ろうとしてきたつもりだ。

異世界転移のせいで大河たちとは別れてしまったが、未桜を大河たちを再会させることを最優先として、雫は行動している。

だが今はそれが成しえない異常事態であり、未桜がアーセルとの約束を果たすことを望んでいるとなると、雫は未桜の命の安全を最優先にしつつ、その願いに沿うべきなのだろう。

 未桜の行動理念の基本は、それは突然消えてしまった未桜と大河の両親や、未桜と大河を育てた、父、貴哉の妹であり義理の母、香苗とその夫、翔馬の伝えてきたものでもある。

 だとすれば――。




 「……君はずるいよ、未桜。そんなこと言われたら、私は君に反対できないじゃないか」

「うん。だから」

「もぉっ」

雫は未桜の考えを『肯定』し、認識を改める。

今は主人である未桜の身の安全を守りつつ、この『メルヒの搭』での、未桜の立場をより安全なものとして確立すること。





 未桜と雫の会話を見ることになったアーセルは、未桜の左手を自分の右手でやさしく握る。

「……ミオ……我が『種子(セーメ)』」

右膝をつくと、未桜の左手の甲に自身の唇と軽く押し付けた。

「私は御身を守る盾となり剣となりましょう。我が命と忠誠は貴女とともに、この身が果てるまで……」

「嫌です」

即答だった。唖然としているアーセルと周囲の空気を一切気にすることなく、未桜は毅然とアーセルを見つめた。

「そういうこと、私は嫌いなので。ちゃんと自分を大切にしてください。自分を大切にしながら、私のことを少しでも気にしてくださるとうれしいです。

私はここにいますから。お約束したことは、ちゃんと最後まで果たします」

「……さすが未桜。騎士として最高の忠誠を一刀両断だ。

そうだよ。私たちは異世界から来たんだもん。この世界の柵にあてはめてほしくないよね」

雫がにやりと笑う。「そういうわけじゃないけど」と恥ずかしそうにしている未桜に、アーセルは切ない笑みを見せた。

「ミオ……わかった。君の友人として、覚悟を示させてくれないか」

「嫌ですっ」

「君は……私を嫌いかな?」

「いいえっ。大変お世話になっています。私と雫を助けてくれました。

嫌いな人の約束なんて守るつもりはありませんし」

言い切る未桜だが、雫は「本当か?嫌いなやつでもなんとかしようとするだろう、君は」と小さな声でつぶやいた。

「だから、普通でいいんです。私の友達もそうでしたし……。面倒な作法なんてくそくらえですっ」

あーあ。と、雫は頭を抱える。

 



 「……いいねぇ。こういうのは俺は好きだな」

カイは笑いながら、呆れるリシュに言った。

「たしかに、ミオのような『種子(セーメ)』は、二度と会えないかもな」

リシュはため息をついた。




☆彡 ☆彡 ☆彡





 「……大変なことになったな」

リネアの表情は暗い。あのエカテリーナと敵対することを宣言してしまったのだ。

「俺はエカテリーナ様に嫌われてたから、今更なんだけど。チューニャには申し訳ない事をしたな」

ただ未桜の服を選ぶために付き添ってもらったチューニャは、完全に今回のこととは無関係と言える。

「でも……私にもよい機会だったのかもしれない。

私はもう十七で、ここを出た時のことを考えねばならない時期には遅すぎるぐらいだ。

できればここに残って、いずれは、後輩を見守れる指導者の道を探っていたけど、エカテリーナ様には私も良くは思われていなかったから、それも難しいだろうと思っていた。

このままミオのそばにいられるなら、協力したいとは思うが……」

チューニャの視線は、落ち込んだままのリネアに向かう。

「……リネア様は……」




 「では……ミオ。こうさせてくれ」

騎士としての、未桜を巻き込んだ者としての覚悟を示そうとしていたアーセルは、未桜の体を抱きしめた。

「私は君を守る。これは私……」

「アーセル様っ」

アーセルから離れ、頬を赤らめつつ、未桜は抗議の視線をアーセルに向けた。

「……これも否定されてしまうのか?」

「そうじゃなくて。アーセル様は、私がお嫌いですか?」

「いや、敬愛しているが……」

「敬愛……でしたら、どうか私相手でも「私」ではなく「俺」と使ってください。気軽に、気兼ねなく」




 ああ……。こういう笑みがたまらずかわいいと、思う。

君はこの『メルヒの搭』の救世主になるかもしれない存在なのに、俺は君を大切にしたい……心から ……。




 「わかった……。俺は君を守る。自分も大切にしながら、君を大切にする」

未桜のほてりは顔全体に広がった。どさぐさにまぎれて、わがままを言い過ぎたか……。

未桜は激しく後悔していた。

よくよく考えてみたら、騎士の忠誠とやらのままの方が、こんなにストレートな表現にはならなかったはずだった。




 「うわぁ。愛の告白じゃないかぁ。私の目が黒いうちは、未桜との仲は認めないからね」

雫はアーセルを完全に警戒して、抱き合う二人のとなりで、アーセルを睨みつけている。

「シズクの瞳はとてもきれいな橙色だろう。それは異世界の例えなのか?」

アーセルは苦笑して未桜を離し、未桜は真っ赤な顔のまま、気まずい感じで雫を見ていたところに、リネアがぎこちない笑みで未桜に近づいてきた。



 


 それを姉のリシュがはっとして見ている。

「そうだな……リネアにしたら、尊敬しているお前がしでかしたことに対して、複雑な想いがあるかもしれないな」

カイがつぶやく。

「……俺にも姉がいるからな。少しぐらいはわかるよ……」

「……カイ」

少しだけ、苦い想いが込められたほほ笑み。リシュはそんなカイを見て、そのまま顔をうつむけた。




 「リネア……」

未桜がリネアを見つめる。

「まさか姉上に君の護衛を頼まれた初日に、こんなことになるなんて思わなかったが……」

「すまない、リネア……」

そう謝ったのはアーセルだった。

「いいえ。いずれはこうなったと思います……姉上がエカテリーナ様に対して、良い思いを持っていなかったのは知っておりましたから……。

だから今はミオのそばにいて、自分のやるべきことを探りたいと思います。

……ミオ、私をそばに置いてもらえるだろうか。あなたを守るため、自分のやるべき事を見つけるために……」

リネアは戸惑い気味に未桜に手を伸ばす。

未桜は満面の笑みでその手を両手で握りしめた。

「はい、お願いします。でも無理だけはしないで」

「……ああ、承知した」

リネアも肩をすくめながらだが、しっかりとうなずいた。




☆彡 ☆彡 ☆彡




 「ロンディネ。

今すぐにノルテ家とオステア家に、『搭の主(ソヴァール)』に対する反逆罪による守護家のはく奪と、それぞれの当主アーセル・ノルテとリシュ・オステアを更迭、それぞれの与えられた役目のすべてその任を解き、生きていることが苦しくなるほどの責め苦に合わせた後、処刑の沙汰を出す、と。

その二人が担ぎあげた虚偽の後継者カンバミオをただちに殺せと私の命令……いや。生きて捕獲しろ、と。私自ら、アーセルとリシュ以上の永遠の苦痛を与えてやろう……。

そして、あの二人につき従うすべての者たちは、その命を持って、この『メルヒの搭』に対して償えと。その程度の慈悲は与えてやるとな」

「……エカテリーナ様……」

「なんだ、ロンディネ」





 エカテリーナはすでに自室に戻っており、家具、調度品……部屋の中は、何かの爆発にでもあったかのように破壊されていた。

新にロンディネたちが用意したテーブルにワインを用意させて、椅子に座りながらガラスが割れ、夜風が吹き込む窓の外を眺めながら、控えるロンディネに伝えていた。

 すでに冷静さを取り戻したようには見えるが、外を眺めるエカテリーナの瞳はうつろで、焦点が定まっていなかった。




 「恐れながら……私には」

「貴様もあいつらの味方をするというのか?」

「いいえ、とんでもありませんっ!!」

ロンディネの体は小刻みに震えている。今のエカテリーナに逆らうということは、自身の死に直結するからだ。

エカテリーナは一切、ロンディネを見ていない。

「……エカテリーナ様……」

代わりに、ぶち抜かれた扉の前に控えていたレビがエカテリーナの前に進み出た。

「その命令、私が『メルヒの搭』全体に徹底させましょう」

「……ああ。お前でよい。何人たりとも、違えることは許さぬ……と」

「しかしエカテリーナ様……この搭の中には『セラス魔導術協会』に通じている者もおりましょう。

この命令を出された後、『魔導術協会』の横やりがはいることは必定かと。

ことは『魔導術協会』を敵に回すことになることは構わぬと……いうお覚悟の上ということでよろしいでございましょうか……」

「……『魔導術協会』か。今は『ルシィラ国』とのことだけ事を構えておればいいものを。ラコーもさっさと『メルヒの搭』を正式な『世界樹の若木』として認めぬか……千年も異物扱いしよって……。

もう何もかも気に食わぬ……」




 テーブルの上のワインの入っている瓶が、パンと破裂する。

「エカテリーナ様……でしたら、エカテリーナ様ためだけの『後継者』を早々にお選びなされては?

その者を力にお加えになられてから、あの不浄なやつらの処分をされればよろしいかと。

それに『後継者』は、一人とは限りません。

お好きなだけ、エカテリーナ様の御身の糧となされてはいかがでしょう?

エカテリーナ様の御身こそが、この『メルヒの搭』そのものなのですから、エカテリーナ様無くして、搭の存続はあり得ません」




 レビがここまで説明すると、エカテリーナはようやくレビ、そしてロンディネを見た。

口元には狡猾な笑みが――戻っている。

「レビ、貴様の進言を採用しよう。光栄に思えよ。

以後、貴様が私のそばに仕えることを許す。護衛だけではなく、私を助けよ」

レビはエカテリーナの前に跪き、深く頭を垂れた。

「はっ。身に余る光栄にございます」

「上辺だけの言葉はよい。

成果をもって、我への忠誠としろ。貴様の言葉をすぐに行動で示せ」

「はっ。では、現時点での、『適合者』を御前に」

「行け」

「では」

レビの姿がエカテリーナの前から消える。

ロンディネは残された恐怖で体の震えが増した。

「……ロンディネ」

「は……はい」

「貴様は気に入っておる。すぐには殺さぬから、あやつらの行動を一部始終報告せよ。

できぬ……とは言わせぬぞ」

椅子から立ち上がり、はだしのエカテリーナの足は、割れたワインとそのガラスの破片を踏みつけた自分の血で、大理石の床をピタピタと音をたてながら控えるロンディネに近づいてくる。

「はいっ。必ずっ」

「そうか。では、あやつらの中に間者を忍ばせよ。失敗は許さぬ……。

あやつらの言動を余さず……すべて私に伝えよ。よいな……」

「はいっ。必ずやっ」

「成果をもって、我への忠誠とせよ」

「はっ」




 ロンディネは素早く立ち上がり、部屋を飛び出していく。

「……この『メルヒの搭』は私のものなのだよ……。誰にも渡さぬ」

冷めた目で走り去るロンディネの背を身ながら、エカテリーナはそう、つぶやいた。

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