第4幕 本当の『種子』
「エカテリーナ様とランチをご一緒するのですか?」
戻ったアーセルは、未桜にエカテリーナの謁見の変更を伝えた。
会うだけと思っていた未桜の表情は、驚きから、暗く沈んだものと変わっていく。
部屋にはカイも居て、未桜の部屋には結構な人数が揃っている状態だったが。
「カイもいたとはよかった。これからリシュの屋敷に、ミオと一緒にお茶に呼ばれて行くことにしたんだ。ミオは当然だが、お前もぜひ一緒に来てくれ」
「はっ?俺も?……呼ばれたのはお前とミオの二人だろ?」
「あいつはにぎやかな方がいいらしい。そうだ。グリシナとチューニャも来い。ミオが喜ぶ」
「……いいえっ。私なんか、とても、とても…」
「かまわない。その方が未桜が喜ぶと言っただろう?もちろん、シズクもだぞ」
「……はい」
いつものアーセルと違う……。それはここにいる全員が、不気味さを感じていた。
「リネア、案内を頼みたい。君には、これからミオの護衛役をグリシナとともに頼むのだから」
「はい。ぜひおまかせを」
リネアは姉が自分のために、こうした交流を企画してくれたのかもしれないと、誇らしい気持ちでアーセルに返事をした。
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「リシュ。私を呼び出すとは、良き返事なのだろうな」
「は。私のわがままに答えてくださり、ありがとうございます。エカテリーナ様」
『メルヒの搭』は、シュダルダント王国とルゥール王国の国境付近に存在していた。
砂漠の中にある、大峡谷の低地部分の広範囲を『聖地』として、その中央に大峡谷の谷をもはるかにしのぐ高さの巨大な樹がそそり立っている。
その『メルヒの搭』を中心として、街が形成され、大きく四つの区画が設けられ、それぞれの方角ごとに『四大守護家』がひとつの家が、区画を守護する役目として配置されている形になっていた。リシュが当主となっている『オステア家』は西方と地の守護であり、各守護家と『メルヒの搭』は、『時空廊下』でつながっており、わざわざ外を移動する必要もなかった。
この時も、エカテリーナは近衛団の騎士レビ・スベリアと側近のロンディネだけをつれてリシュのもとを訪ねてきた。
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アーセルが当主をつとめる『ノーテル家』は、水と北の守護をつとめている。
北には砂漠地の『メルヒ』の水源があり、この『聖地』の生命線でもある。
この生命線である『水源』を守る『ノーテル家』は、四つの守護家の筆頭でもあった。
この時は、馬車を二台用意し、オステア家の屋敷を目指した。
「ミオ。君は主役だ。毅然としててくれていい。私たちがともにいる」
「……はい、そうですが」
アーセルが乗っている馬車には、未桜と雫。カイも乗り込んでいた。
「やっぱり、何か企んでいるのか」
カイがアーセルを睨んでいた。
「未桜を危険な目に合わせたら……容赦しませんよ」
「ああ。これははじめからの約束だ。ミオには危険な目には合わせない。
合わせさせないために、必要なことなんだよ」
いい予感がしない。カイは頭を抱える。
アーセルを問い詰めたいが、ここには未桜と雫が乗っているので、詳しいことを追及できなかった。
「……こういうのは事前に相談をしてもらえないか。心の準備ってもんが必要なんだから」
「すまん。俺もつい先ほど誘われたばかりなんだよ」
アーセル様は、カイ様とか親しい方とは一人称が「俺」になるんだ……。
未桜は二人の会話をじっと聞いていた。
「……どうしたミオ?」
「あ……いいえ。なんでも……」
未桜はカイの問いに、小さく首を左右に振った。
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「で、話とは?」
「はい。エカテリーナ様は、なぜ、あのミオという娘をそこまで嫌われているのか、と。
やはり三十年前の……『神獣パケル』との悲劇が尾を引いていらっしゃるのですか?」
小さな噴水がある、何色もの花が咲き乱れる庭に、八角形のガゼポ(西洋風あずまや)があり、その中で、リシュとテーブルの向かいにエカテリーナが座っている。
「……信じておったからな。あのレイナ・イマクルスを。だが、みごとに騙された。
『神獣パケル』のことだけではない。この『メルヒの搭』も壊滅させられそうになった。
お前も覚えておるだろう。あの異世界人は、どれほどの犠牲とこの世界の情報を持って『パケル』の力を使って、異世界に戻りおった。
それからだ。この世界に異世界人が数多くやってきて、この世界を傷つけるような事を始めおったのだ。異世界人のすべては、レイナの手先……と、考えて間違いあるまい。
とうとう、この『メルヒの搭』にまで、手を伸ばし始めた。
今、排除せねば…再び……あの悲劇が起こる。アーセルが何を考えておるかはわからぬが、まさかお前まで愚かではあるまい」
エカテリーナは話し終えると、リシュを睨みつけた。
「はい。私も忘れてはおりません。あの事件で私も父と兄を失っておりますから」
「なれば……わかるであろう。私からお前に任せたいことがある……」
リシュがエカテリーナを見つめると、エカテリーナは笑顔になった。
「ミオを殺せ……。アーセルが信頼を寄せているお前ならば、難しいことではあるまい。
あれを排除できれば、お前の妹の近衛団入りを約束しよう」
「……それは……」
リシュが言いかけた時。
「リシュ様。アーセル様がご到着でございます」
リシュの家臣が、やや離れたところで膝をつき、アーセルの来訪を伝えた。
「なに……」
驚くエカテリーナとレビ、ロンディネが驚く中、
「そうか、待ちわびた。ここへ通してくれ」
「……リシュ殿。何を考えられているっ」
エカテリーナの背後にいるレビが、剣の柄に手を添えてリシュを睨んだ。
「……私はエカテリーナ様とアーセル殿の和解を望んでいるのですよ。
そしてミオ殿こそ、新たな『メルヒの搭』の『搭の主』にふさわしいと考えているのです。私はミオ殿の後見人ですので、それは当然ですよ」
リシュがそう話している間に、アーセルが未桜と雫。カイ、グリシナ、リネアにチューニャを連れてきた。
「……考えられぬ。なぜここに、『アーベ』まで……。しかも、近衛団の出来損ないまで一緒とは」
ロンディネが眉間に青筋を立てて叫んだ。
「……ロンディネ。『種子』を前に失礼であろう。その従者にそのような暴言を」
リシュがロンディネを見据え、脅しを込めた低い声音で言葉を発する。
「……わが側近に、無礼は貴様ぞ。リシュ……」
先ほどまでの穏やかだったエカテリーナの表情は怒りで顔は歪み、殺意が籠るオーラが可視化可能な状態で吹き出した。
「貴様の答えがこれ……ということなのだな?」
リシュは立ち上がり、エカテリーナに頭を下げた。
「私は和解を望むもの。しかしそれができないのであれば、これが『答え』となりましょうか。
私の妹、リネアはミオ殿の護衛といたしました。近衛団の話は残念ながら……」
この時、未桜はエカテリーナと対峙するリシュの雰囲気が不穏な様子だったのがわかった。
そう感じ取ると、アーセルの後ろからエカテリーナの方へと駆け出していた。
「…ミオっ」
静止するアーセルを無視して、エカテリーナのもとへ行こうとし――レビが剣を抜き、殺意を込めて未桜に剣を振り下ろした。
雫が反応する。
レビと未桜の間に入り込むと、自分の剣でレビの剣を弾き、弾かれた剣はエカテリーナの座るテーブルに突き刺さった。
「……シズク……すごいな」
カイが雫の一連の動きに感嘆する。
「エカテリーナ様っ!!お久しぶりでございます。神庭未桜ですっ。
今日はお話に来ましたっ」
レビと雫が睨み合う状態で、未桜はしっかりとエカテリーナを見つめた。
え、このタイミングで……?
自分を殺しかねない相手に向かって堂々と挨拶をした未桜の態度に、周囲の人間は一瞬、理解できずにいた。
エカテリーナの前には未桜を殺そうとしたレビの剣が、雫によって弾かれ、エカテリーナの座るテーブルに突き刺さっているのである。
それを受けての……その言葉か?という空気が漂う中。
「あはははは」
エカテリーナが声を上げて笑い出した。
「そうかぁ。ミオ……カンバミオ。
アーセル、リシュよ。本来、『種子』とは、真の『搭の主』の後継者と、『搭』の意思で決めた者のみが名乗れる二つ名。
そう、私では本当の『種子』は選べぬ。それゆえ、新しき『搭の主』に仕えることになる、四大守護家が『種子』となる者を選ぶ……。
なるほど。私を無視しても問題はない、ということか。
カンバミオ……私はお前を認めてはおらぬ。
だからお前は私に挑め。挑んで『塔の主』の地位を奪い取るがよい。
……だからな、リシュよ。和解はできぬ。望んでもできないものを、どうするというのだ。
貴様はそれを教えに私をここに呼んだのであろう。よかろう……。楽しみだのぉ……」
眉ひとつ動かさず、それまでの成り行きを見ていたリシュは、再びエカテリーナに頭を垂れた。
「では、現時点で、『オステア家』当主として、本来の役目である監視者となりましょう。
それゆえ、該当する相手の命を奪おうとする者は、誰であろうと排除いたします。
よろしゅうございますね……エカテリーナ殿…」
「殿か。面白い……覚えておれよ……リシュ、アーセル……カンバミオよ」
エカテリーナの背後に、黒い渦のような空間の穴が出現する。
「……あの『穴』って……」
未桜が呆然とつぶやく中、エカテリーナは、レビ、ロンディネを連れて空間の穴の中に消えて行った。