第3幕 オステア姉妹
「おはよう…どうしたアーセル?暗い顔をして」
広間を出て、アーセルが廊下を歩いていると、一人の女性が声をかけてきた。
「……リシュ」
「ちょうどお前のところに行こうと思っていたんだ。……なにかあったのか?」
女性は、険しい表情をしているアーセルとは、対照的な笑みを浮かべている。
簡素な銅色の鎧をつけ、女性にしては背負っている大剣の存在感が、細身の体つきに対しての違和感を覚えるものだった。
一見――腕の立つ戦士に見えるが、この時は旧知の友と出会った気さくさが目立った。
「……エカテリーナ様に会ってきた」
「それは……大変だったな」
リシュはアーセルの疲労感の意味がわかっているらしく、ねぎらいの言葉をかけた。
「リシュ。少し話があるのだが、つき合ってもらっても大丈夫か?」
「ああ、かまわない。お前に会うことが目的だったのだから」
リシュの笑顔に、アーセルは少し安心した笑みを浮かべた。
「すまない。では向こうのテラスへ行こう」
アーセルは、リシュを誘って廊下の先にあるテラスへと向かった。
☆彡 ☆彡 ☆彡
コンコンコンコンコン。
いつもグリシナがするノックの音よりも、せわしく扉をノックする音がした。
「……グリシナさんより、失礼なノックだな」
自動人形である雫がちらりと、暇そうにしているグリシナを見た。
「なんだよ、シズク。魔導人形のくせに、やけに感情がありすぎるんだよ。人に対して失礼な言葉を使っちゃいけないんだぞ」
「……そうとうに高位な魔導人形なのだろう。人のように感情が豊な魔導人形は、すごい能力を持つほど、まるで人のようだと聞いたことがある。
そんな魔導人形に選ばれるほど、ミオはすごい『霊力』を持っているということだろうな」
雫に嫌味を言われたグリシナが、雫に文句を言ったが、チューニャは笑顔で雫とミオを養護した。
ミオは愛想笑いを浮かべながら、<魔導人形じゃなくて、自動人形なんだけどな>と口に出して言いたかった。
この世界――『エル・アルプル界』では、魔導人形という存在があって、自分と同じ魔導属性を持ち、『霊力』の潜在能力の高い者が『主』として選ばれる。
本来は『魔道具』の一種だが、意思を持ち自分自身が主を選ぶため、並の魔導師では扱うこともできない。
という説明をアーセルから聞いて、雫は一回で覚えていたので、そのたび説明してくれている。もう四、五回は聞いたかも。未桜はそう記憶していた。
しかし残念ながら、ミオは『魔導人形』と『自動人形』の細かい違いが答えられない。理解もできてもいないが……。
「おーい。扉を開けてくれないか?」
扉の外から声がした。
「この声、カイ様じゃないか?」
グリシナが慌てて扉へと走った。
「よかった、開けてくれた」
金髪の青年が苦笑いで立っていた。
「カイ様、申し訳ありませんっ!!シズクが俺に失礼なことを言ったので、叱っていたところです」
「どっちが失礼だよ、グリシナっ」
すかさず雫が避難の声をあげる。
その青年は、頭ひとつ背の低いグリシナの頭を軽くたたいた。
「扉の外でも聞こえていたよ。お前はもう少し自重を覚えろ」
カイはグリシナにとって近衛団員としての先輩なので、カイの仕打ちにも、反論できずに「すみません」と答えるしかなかった。
「カイ様。どうされたのですか?」
アーセルの友人であり、ここへ来た時から未桜たちのことをなにかと気遣ってくれる近衛団員のカイは、数少ない信じられる存在だった。
未桜はグリシナの背中越しだったで、カイとグリシナのやりとりが見えなかった。
「あ、そうだった。実は君に会わせたい人を連れてきたんだ」
「え?」
そんなカイの後ろから、一人の少女が現れた。
「……リ、リネア様っ!?」
チューニャが少女を見て、片膝をついて頭を下げる。
「待って、チューニャ。私にそこまでする必要はない」
慌てたのは少女の方だった。
「未桜と雫にはわからないよね。
この子はアーセルと一緒に君の後見人である、『地の守護家』オステア家当主、リシュの妹でリネア・オステアだ。リシュから君の護衛として、つけてやってほしいと言われたのでね。
連れてきたってことなんだ」
「リネア・オステアです。よろしくお願いします」
「……リシャ様って……あの大きい剣をもったすごい剣士さんのような……」
未桜は二度ぐらい会ったリシュのことを思い出す。
「ああ、たしかに。私はあの剣士の妹ですよ……」
カイの紹介のあと、少女――リネアは苦笑いで未桜に頭を下げた。
「え、あ、あの……よろしくお願いします」
未桜もつられて頭を下げる。
「ミオ……ミオ様は頭を下げる必要は……」
チューニャが未桜に話すと「そうなの?」と未桜はきょとんとしている。
「カイ様が言われた通り、素直は方なのですね」
リネアはそう言ってほほ笑んだ。
☆彡 ☆彡 ☆彡
「そうか。明日、エカテリーナ様に謁見を……」
「はい。明日その謁見に着ていく服を選ぶのに、グリシナが女性の服がわからないというので私がお手伝いを……」
魔導学校の生徒である『アーベ』のチューニャが、カイたちに未桜の部屋にいる理由を話す。
こういう時の未桜は、話に置いて行かれている。――蚊帳の外というやつだ。
「でもミオが親しみやすい人でよかった。姉様から聞いてはいたんだけど、女同士だと相性も大事だから……」
「それはねぇ」
カイとチューニャの会話を見ているだけの未桜に、リネアが話しかけた。
未桜はリネアにもチューニャと同じ、敬称をつけずに気軽に話してほしいことを頼み、リネアは先ほどの緊張はすっかりほぐれている。
「チューニャ。よかったら、これからもミオと仲良くしてもらえないか。彼女も慣れないところで大変だろうし心強いと思うんだ」
カイがチューニャに笑顔で話す。チューニャはうれしそうに頷くと、
「はい、それは。ミオがよければ」
「うん、それは。今日はチューニャが来てくれて本当にうれしかったんだ」
「……じゃぁ、俺が本当の邪魔者みたいじゃないか……」
この時、本当の蚊帳の外はグリシナだった。つまらなそうに小声でつぶやいた。
「ち、違うのっ!!グリシナがいてくれないと、私、なにもわからなかったんだから。色々教えてくれたじゃない」
慌てた未桜がグリシナの機嫌をなおそうと、懸命に話しかけた。
「グリシナ。お前はアーセルに指名されてミオの護衛役になったんだろう。いくらミオが親しみやすいとはいえ、ミオの魔導人形であるシズクに文句つけたりなんて、本当だったらあり得ないことだぞ。解任されてもなにも言えないことだからな」
「い、いや。それは……困りますっ」
カイに指摘されて、グリシナが慌ててソファから立ち上がった。
「いいんです、カイさん。みんなに気楽に接してほしいから。それに後ろに黙って立たれても、すごく怖いし……」
「ああ、それもそうだね。」
グリシナをかばう意味でも、未桜はそう言ったのだろうが、それ以外に『後ろに黙って立たれているのが怖い』という理由は、警護に慣れていないであろう未桜の気持ちはわからなくもない。
カイもなるほどと小声でつぶやいた。
「……まぁ、わかる気もする。これから私も気を付けるよ」
リネアはこれからのこともあるので、真剣に聞いていた。
「グリシナには、これからもよろしくお願いしたいです。これまでも、色々元気つけてもらったんだもの」
「……ミオ様……」
感動、感謝の思いでグリシナは未桜を見つめる。
「私にすぐ文句を言うのは気に入らないけど、いなくなったら張り合いないからね」
雫が一言付けくわえる。
「……この……し、シズク様ぁ」
「私に敬称は必要ないよ。今まで通りでいいんじゃない?」
悔しそうにしていたグリシナに、雫はそっけない態度で答えた。
「雫はこんな子なんだけど、根はとても優しい子なんだよ。だから、仲良くしてあげて。それにわたしとも。それに私にも『様』はいらないから……ね」
雫のフォローも兼ねて未桜がグリシナに話すと、グリシナは感激で目に涙がたまってきた。
「はいミオ、シズク。これからも精一杯お願いします」
グリシナが頭が床につくのではないかというほど、深くお辞儀をした。
「……ただ、私……のんびりしてるから。ゆっくり話してくれたり、私の話を最後まで我慢してきいてくれたら……うれ……」
「はい、それはもうっ」
未桜が言い終わる前に、グリシナは勢いから言葉を被せて遮っていた。
「……未桜は、それをやめてくれと言っているんだ。大丈夫か、本当に……」
カイが睨みつけると、グリシナは「すみません」と小声で謝った。
「……私も気をつけるよ。せっかちにしないように……」
リネアも切実に同意していた。
☆彡 ☆彡 ☆彡
「リネアをミオの護衛役にっ……て」
アーセルは座っていたベンチから立ち上がった。
「……護衛につけてほしいではなく、つけたからよろしく、という事後報告だ。
今ごろカイがリネアをミオに会わせているころだろう」
「事前に、俺に話してくれてもいいだろう。嫌なんて言わないから……」
リシュの話に、アーセルは思わず頭を抱えた。
「お前が嫌だと言わなくても、ほかに言われる方がいるかもしれないだろう……こうして」
リシュが背後の柱に目くばせすると、そこには柱の影に潜む人の気配があった。
「……お前も気がついていたか」
アーセルが小声で答えた。
「先日。エカテリーナ様から、ミオの後見人を外れるよう言われたよ。
言うことを聞かないと、リネアの出世にも関わるとね……。それだけじゃないことも言われているが、
こうも露骨に嫌がらせをしてくるとは、そんなに異世界人がお嫌いなのかと考えた。
が、私には、エカテリーナ様の言動が焦りにも似た危うさを感じる……」
アーセルは、ただ黙って聞いていた。
「先ほどエカテリーナ様は、なんと言われていたのだ?」
リシュの問いに、アーセルは顔をうつむけ
「明日の謁見は、ミオとの昼食に変更すると。だが……今のお前の話からしても、無事ではすむまいな」
「お前……まさかそのまま受けたのではあるまいな」
「……断る隙もなかった。だが、このまま受けるつもりもないよ。なんとかするつもりだ」
柱の気配は、エカテリーナの手の者だろう。アーセルとリシュを監視しているに違いない。
リシュは、ここ数日前から何者かの視線を感じていた。
しかしここは、柱とベンチには距離があるので、小声の話ならば聞こえる距離ではない。
「アーセル。私に考えがあるのだが、ここは私に任せてはもらえまいか?」
「……どうするつもりだ。お前にまで咎が及んでは……」
アーセルは心配そうにリシュを見た。
「任せておけ。私もお前とミオに、この『メルヒの搭』の未来を託しているのだから」
「……そうだな。ではお前に任せよう」
そう話しつつアーセルは柱の方を、横目で見つめていた。