四天王その2は、魔術に明るいらしい
「我は四天王が第三位、ニッチ。いざ尋常に、勝負!」
ご丁寧に挨拶してくれた四天王ニッチは、水龍を召喚し、私たちを丸呑みにしてくれた。
肺の中から空気がゴボリと音を立てて抜けていく。
水龍から出ようにも、風魔術や、火魔術は効果なし。
土魔術もダメ。
大規模火魔術『紅蓮業火』だったら水龍ごと蒸発させられるけど、水の中では詠唱できない。
水魔術で水龍の中に空間を形成して、風魔術で水中からありったけの空気を取り込んだけれど、一瞬で空気がなくなり詠唱もできない。
騎士たちは既に溺れて瀕死。
万事休す?
いやいや、舐めてもらっては困る。
私は集中し、闇魔術で四天王ニッチの影を操ると、気づかれる寸前で四天王ニッチを拘束した。
そして水龍の水を使って何とか一本の円錐形の氷の槍を作り、身動きできない四天王ニッチの眉間目掛けて放った。
ニッチはすぐさま水龍を解除して闇魔術で掌握されていた影の制御を奪い返し、土魔術で壁を作って自分へ迫りくる氷槍を防ぐ。
そうして、私はようやく水龍のお腹の中から脱出できたのだった。
あーびっくりした。
地面には息をしていない騎士たちが死屍累々といった様子で折り重なっていて、早く助けられなかったことにちょっとだけ罪悪感を感じる。
けれど、そんな私の憂いは、ニイラン兄さんが治癒魔術できれいさっぱり解消してくれた。
治癒の終わった騎士たちは、意識はないものの、安らかな寝息を立てている。
さーてさて。
後ろの騎士たちは言わば人質。
ニイラン兄さんが結界を張りつつ騎士を安全な場所までせっせと運んでくれてはいるものの、抵抗できない騎士たちは、いつ何時四天王ニッチに命を奪われてもおかしくない。
そんな不利な状況を覆さないといけない。
そんな訳で、私は複数の魔術を同時展開して四天王ニッチを迎え撃つこととなった。
ニッチはなんの属性が得意なんだろ?
やっぱり水かな?
なんでもいいけど、魔術の同時展開くらいできないと四天王は名乗れない……よね?
きっと。たぶん。
じゃ、まあとりあえず様子見から始めますか。
私は氷魔術でニッチを箱状の氷の中に隔離した上で、風魔術を使ってその箱の中の空気を抜いて圧を下げていき、真空状態を作ってみる。
先ほどの水攻めのお返しだ。
真空状態では大気中の魔素も減少するため高度な魔術の行使はできない。
自分の体内魔素を使ってちまちまとした魔術でなんとかする必要があるのだ。
あ、もちろん、強力な物理攻撃を使って氷の箱を壊してもいいんだけど、この四天王ニッチは典型的な魔術師タイプみたいだから、多分魔術で何とかしようとすると思う。
私は暇だったので、その辺に、懐から取り出した袋の中身を適当にばら撒いて、様子を眺めておくことにした。
ふむふむ。物凄い勢いで伸びてくるな。
もう私の背丈を超えちゃったよ。
魔素が充満したここは、どうやら魔素で育つ植物型の魔物『魔木』にとって良い生育環境のようだ。
やりすぎなくらいの成長速度には正直ちょっと引いたけど、まあいい。
それにしても、やっぱり魔木って魔物なんだなー。
植物(?)観察しながら、横目で四天王ニッチを見ておく。
ニッチはしばらく空気を求めてあがいていたようだったが、氷を水に変換して穴を開けて空気と魔素を得ると、土魔術と水魔術で濁流を生み出して氷を砕き、その濁流の中に私を引きずり込んで、雷魔術で雷撃を放った。
バリバリバリッ! と大きく耳障りな音が響き渡る。
「ハハハハッ! 大した事はなかったな。死に顔はどんなだろうな? 我がぜひとも見てやろうではないか」
濁流に飲み込まれたと思われている私は、ニッチがそんなことをほざいている間に、ニッチのそばに光魔術と雷魔術の二つの術式を展開する。
四天王ニッチは光魔術でできた光の檻によって動きを封じられ、高出力の雷撃を受けて、絶叫した。
先ほどお見舞いされた雷撃のお返しだけれど、気に入ってもらえただろうか?
私はよいしょと声を出しながら魔木の群れをかき分けて外に出る。
私が濁流に引きずり込まれる直前、ニッチから放たれた魔素の濃縮された濁流を飲み込んだ魔木たちが爆発的に成長し、私をすっぽり覆い隠してくれていたのだ。
魔木たちは、濁流の水分を一滴も漏らさず吸いこみ、群れの個体同士が互いにけん制し合うように、縦横斜めにぎゅうぎゅうになるまで膨張して、私を外界から完全隔離し、ニッチの雷撃からも守ってくれていた。
魔木の習性上、一度はこうして『魔素の濃縮された魔術』を『食べて』くれるだろうと思っていたが、予想以上の働きだ。
私の電撃を食らったニッチの肌は焼け焦げ、ニッチはヨロヨロとその場にへたり込んだ。
そして数秒。
ニッチは、突然起き上がると、私の作り出した光の檻をなんらかの高位闇魔術で相殺し、その目に怒りを宿して一瞬で私との距離を詰めた。
ニッチは闇魔術で私の視界を閉ざすと、私が足を止めた隙をついて闇魔術で私の影を掌握し、私の動きを封じる。
私もすぐに光魔術で照明を出して新たな影を生み出し、闇魔術で掌握された影から新しい影へと転移することで影の制御を奪い返すが、完全に後手に回った。
ニッチは続けざまに闇魔術を展開して地面に底の見えない深い大穴を出現させ、私の足場を無くす。
私は光魔術で作った透明な足場を使い通路を作り出すものの、通路を広域展開してしまうと他の魔術で魔力圧を維持できない。つまり魔術の同時展開ができなくなる。
そんな小さい足場で応戦する私に、ニッチは無数の術式を展開。
風魔術の風の刃や火魔術で作り出した火球、土魔術の石礫や水魔術の水鉄砲、そして氷魔術の氷の槌や雷魔術の高圧電雷を繰り出し、その乱れ打ちに私は劣勢に立たされる。
ニッチは光魔術以外の属性は全部使えるっぽいな。
そんなことを考えつつ私も術式を構築する。
光魔術による足場に加えて、土魔術と火魔術の複合術式を同時展開し、限界まで熱した無数の岩石をニッチ目掛けて放ち、私は攻撃に転じた。
この複合魔術は高温の岩石が所狭しと降り注ぐ大規模でド派手な術だ。
本来は複数の敵に対して使う物なのだけれど、今回のように影渡りできるような相手には、安全地帯を与えないような攻撃が有効なので、それを使ってみた。
ニッチはさすがにかなりの傷を負っていたが、やはり並外れた回復能力があるようで、一瞬で傷が塞がっていくのが見える。
このままじゃあ戦闘が長引くばっかりでちょっと面倒だな。
そんなことを考えていたのが悪かったのか、機嫌の悪い四天王ニッチが叫んだ。
「お前に特別に奥義を見せてやる。冥途の土産だ!」
そう言うとニッチは詠唱を開始した。
「再生と魂を司る闇の精霊神ピメウスよ。
我が名はニッチ。
御身を寿ぐ者なり。
我が名と生け贄を以って、御身の御加護を賜らん。
形なき魂を、再生の輪廻に沈める力を我が手に!
『地獄門』!」
詠唱が終わると、禍々しい漆黒の空間が突如出現した。
そこには『門』と称される所以であろう、豪奢で見上げるほど大きな扉がそびえており、その中に一歩でも踏み込めばタダでは済まない、と私の本能が警鐘を鳴らす。
動かない私を見て、ニッチはニヤリと笑った。
「お前の影は掌握した。お得意の光魔術を発動してみるといい。出来るものならな」
私は、光魔術で影を生み出そうとした。……けれど何も起こらない。
「特別に教えてやる。この『地獄門』の前では全ての光は吸収され、一切の光魔術が行使できなくなるのだ。だから、お前はこのままこの『地獄門』に食われる。最高難度の大規模闇魔術を見ることが出来て僥倖だったな! 魔王様の平穏を壊そうとしたことを後悔しながら死ね!!!」
そう言うが早いか、『地獄門』は猛スピードでこちらへ向かってきた。
あ、これ本気でまずいかも。
拘束されたまま立ち尽くしたその時。
「『古代魔術:術式破棄』」
――ニイラン兄さんの術が完成した。
目前まで迫っていた『地獄門』が一瞬で霧散する。
確か、『地獄門』にはクールタイムが必要で、つまり解除後数秒間は魔術を行使できないはず。
降って湧いたその時間を逃さず、私は、長剣を引き抜くと四天王ニッチの杖にある魔水晶目掛けて突きを放った。
ピシッ、ピシピシッ
魔水晶から小さな音が鳴り、そして次の瞬間、魔水晶は粉々に破砕し、私はすかさずニッチの首を刎ねた――ような幻覚を見せた。
「ひぃぃぃぃっっ!!!」
四天王ニッチは首を抑えて苦悶の表情を浮かべている。
でも、こちとら『水龍』やら『地獄門』やらで殺されかけたのだ。
もうしばらく恐怖に浸かっていてもらってもいいでしょう。
そこまで考えて、私は背後で微笑むニイラン兄さんに駆け寄り、感謝を込めて抱きつこうとし……それを避けられ、地面にダイブした。
「ニイ兄、なんで……?」
「アンジェ。オレは無茶するなって言ったよね? なんで『地獄門』なんか出させたの? 詠唱の邪魔くらいできたでしょ? オレが気づいて戻ってなかったら、大惨事になってたのわかる? いくらアンジェでも、アレ食らったらしばらく動けなくなるっていうの、わかってたよね?」
あ、ヤバい。
ニイ兄怒ってるわこれ。
いつもの抜けたしゃべり方じゃなくなってる。
私のこと略さずに呼んでるし。
「だって自分が使えない魔術の講師してくれるっていうから。ちょっと油断しちゃっただけだし」
とりあえず、弁解してみる。
「……しばらくアンジェのデザート抜きにするよう、サンルに言っておくね」
「ごめんなさいもうしません絶対しませんだからそれだけはご勘弁を……!」
「ふーん、じゃあもちろん、行動で示せるよね? 今後は一人での戦闘禁止。もちろん狩りに行くのも一人じゃダメ。もしこれを破ったら、アンジェだけオレの特製栄養剤で一月生活させるからね?」
「罰が重くなってる~~~!」
「言うこと聞かない悪い子にはこれくらい必要でしょ」
「ううう……。わかりました。もう無茶しません。ごめんなさい」
「それでよし。まあ、とにかく、無事で本当に良かった」
そうしてニイラン兄さんからポンポンと頭を撫でられた。
そんなニイラン兄さんとのやり取りが、いつの間にか目覚めていた騎士たちに目撃されていて、騎士たちからなんとも言えない顔を向けられたのは内緒だ。