8th レイシア監督による魔術講座
わかればどうってことない。
良く頭のよい人はそう言う。
だが、判るまでの道程が長すぎるというかそもそも判りにくいのだ。
実際には、俺はテストをする際には教師のテストの癖を見抜いて勉強していたため、基本的な読解力や理解力は高くても、机に噛り付いたとか言うことは無い。
まあ何が言いたいのかというと。
「……故に、精霊魔術は個人内でのイメージより世界に現す形でのイメージの方が有効」
「すみません全く理解できません監督」
――勉強中なのであった。
目の前には光の魔術によって顕された何か黒板っぽいものに、その前に立つ我らが監督こと教師役、レイシア・ウェルス・アーテンさん。何故か何時の間にか俺の旅の相方になった精霊魔術師にして研究者。
勿論、今現在の研究対象は――――――俺。
ははは、頼むから勘弁してくださいごめんなさい(土下座
てか、まあ、頼りにはなるんですけどね?
いきなり夜遅くにメスもって横にいたら怖いですって。
「想像したままに魔力を通せば魔術じゃないの?」
「……違う。……ちゃんと、式を編んでからの方が、効率も、威力も、段違い。……貴方の場合は、魔力に物を言わせて、無茶な方法で、式を編んで、魔術にしてるだけ」
「う゛」
いや、少しは自覚あったけど。
俺が使っていた魔術って言うのは、何と言うか、正規の魔術じゃない。
外道と言う程でもないが、一般的な魔術師から見れば小首を傾げられる程では在る。
そもそもが物理現象の再現、または延長線上にあるのが魔術なワケだが、俺の場合はなんと言うか、魔力というガソリンによって、常人ならば動かせない程の効率の悪い術式=エンジンを、無理矢理動かしていたようなもので。
いや、だからこそあの時の剣の練成は上手く行ったのだろうけど。
物理現象ではなく、そう在るべしと願ったからこそあの時は物理現象を捻じ曲げて、いや、一応の法則を通ってはいるのだろうが、一部飛び越していたのだろう。
ただまあ、この世界は少し原理とかが緩い感じがする。いや、じゃないと魔術も俺のような無茶苦茶も通りはしないんだろうけど。
まあ結局は。
「式の構成教えてください監督」
「……よろしい」
ちょっと一泊遅れるのが彼女流。
「……簡単に言えば、数学と変わらない」
「へ? そうなの?」
ん、と頷く彼女。どういうこったい?
そのまま唇を彼女は開き、
「……ナニナニがコウコウだからナニナニになってコウなる、みたいな」
「何がどうなのか全くさっぱり判りません監督」
もう少し砕いた説明プリーズミー。
すんません、不満げに眉を寄せないでください、理解できないんだもの、仕方ないじゃん。
「……これは本来の物理法則じゃありえないけど、例えば、私の魔力が在る、で、次にこの魔力を放つ。……これは判るよね?」
「ハイ監督」
剣呑な視線が怖いですヨ?
怒らなくても理解していきますってば。
「……ここで式の構成。……私の場合、世界の属性しか行使できないけど、個人属性は勝手に式が構成されるから大丈夫。……ここで、魔力を可燃性の気体として仮定。……手元に在る意志を引き金として、着火。……爆発を起す。……判る?」
「あー、成る程」
要するに、だ。
魔力=原因で、その原因をどう扱うかによって効率が違ってくる、と。
例えば、今俺が魔力を光だと念じて、ソレを収束するようにして放てば文字通りのビーム。
だけど此処に、光の属性がナニナニ、収束することによってドどうこうなる。
こういった補足情報を与え、または捕らえることによって、魔術そのものの威力、効率、発動速度の違いが発生するわけか。
「……ん? だったら魔術書って意味無くない?」
「……今私が言ったのは、元に在る理論が巨大な金剛石として、ソレを砂粒よりも細かく砕いた上でその一粒だけを教えたようなもの。……いい気にならないこと」
「はい。了解です」
今俺が考えたことはどうやら本来の魔術の一端の一端の一端のそのまた末端の末端の末端……以下略。
どうやら、本来なら炎が〜〜、水が〜〜とか定義されてるらしいが、そんなものは各国の首都や大都市にしかない学校くらいでしか教えてもらえないらしい。そりゃ莫大な知識が要るもんな。
まあだったら、それを式に直せば言い訳で。
言語を数字に。数字を無意識下に。
定義する。
意識するのではなく、言語を、数字を砕いて己が無意識に埋没させていく。
本能に近い所に植え付け、それを当たり前とする。
一度全て洗い流し、ガシガシと抜いて、また新たに、基礎知識、応用知識等をそのままに再定義した第三の定義を組み込む。
己が意識をプログラムとして捕らえる。
魔力を尖兵として書き換えていく。
十分な痛みはあれども、我慢できないほどではない。
……。
…………。
………………。
よし、OK。
「ん、いい感じ」
「……何が?」
「ん、なんでもない」
これから使う時、どうなるのか。
よくは分からない。
まあそんなことを心配するより。
「取りあえず、依頼こなしてこようか」
「……うん」
生活費を稼がねば。
いや、お金は幾らあっても足りはしないし。
貴族のお嬢さんに貰った報酬は、まだ四ソル以上が残ってる。
けれども。
色々と補修費がかかる職業では在るし。
今現在滞在してる商国の小さな都市、ウェリグィはギルドも在るし、色々と便利では在る。
まあ、稼げる時に稼いでおこうということで。
「よし、今日も頑張りますか」
「……もちろん」
爽やかな朝であった。




