22nd 鍛冶師の一品
……切に願うよ。
もう少し、あともう少しなんだ。
頼むから、もっとこう。
何とか、ならないか?
一つ。
今物凄く暑い。熱いじゃなくて暑い、だ。
二つ。
眼を開けるのが物凄くだるい。いや、在る意味コレは自業自得なのだけれども。
三つ。コレが最後のヤツ。
それは――……。
「何で起きたら手足が動かないんだ……」
凄まじくだるい。
いや、記憶が残ってるのは、二人に突っ込まれてK.O.されたとこまでなんだけど。
……まだ後頭部が痛い。たぶんコブになってるんだろうなぁ……。
て、そういうんじゃなくて。
「手足が……」
全く動かない。
というか暑い。
なんか妙に柔らかいもので押さえつけられてるような……蒸し暑い。
「ふんぬぬぬ……!!!」
とりあえず力を込めて頑張ってみる。
流石に何十キロもないだろうしいけるだろ……!?
「んぅ……」
「い゛ッ!?」
な、何だッ!? 今どっから人の声がッ!?
ちょ、ちょ待てッ、今、そういや此処何処だッ!?
俺、あの時から意識が無かった――
むにり、と。
「ひぅっ!?」
「ぁやっ!?」
……あれ?
……ナンカ、トッテモ柔ラカイモノガ手ニ当タッタ気ガ。
は、はは、まさかぁ。どこぞの主人公じゃ在るまいしなぁ。はっはっは。
――確認のためにもう一度、手を動かしてみる。
ふにょん。
「「ひんぅ!?」」
死亡フラグ決定――――――――!!?!?!?!
や、やばい、速く此処から逃げないと、俺殺される、絶対痴漢罪とかそういうので殺されるッ!?
と、とにかくさっさと抜け出さないと、ってか眼を開けないとヤバイ気が……。
瞬間。
眼に飛び込んだものは。
――ウルドの顔面のドアップ。
「ッ……!!?!」
え!? 何で!? 何でだ!?
え!? え、ええと、えええええ!!?!?!
「あ、ぅ……」
寝ているはずの彼女から、吐息が俺の額へと吹きかけられた。
それが妙に暖かく、彼女の唇を見てしまい、
「っ!!!!」
思考が白熱した。
綺麗だった。純潔を顕したかのようなピンクは、見ることすらも罪に思えた。
慌てて反対側へと頭を向ければ、
「ッッ!!!?!?!」
レイシアさんのお顔が。
長い睫に大人びた表情が、どこか幼く思えて。
……もう、限界です。
思いっきり息が肺に入り込んで――
「――うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ぴゃっ!?」
「……ッッ!!?!?!」
……もう、なんなんだろ。
時は流れて数分後。
此処は俺たちが依頼を受ける前に泊まった宿の部屋だ。
それなりに一応の金はあったので、三部屋きっちり取ったはずなのだけれども。
まあつまり、俺の眼前には正座した少女二人がいるわけで。
「――みだりに人のベッドの中に入ってくるな!!」
「……みだりなんかなじゃない」
ぷい、と顔を背けるレイシアさん。おまけにほっぺた膨らまして……お、お父さんはソレくらいで騙されませんよっ!?
「ウルドもウルド! 何でとめなかったんだよ!?」
「だって……心配でしたし……」
ぅぐっ。そ、そんな涙目上目遣いなんて、なんてぇ……っ!!
「…………心配、したのだけど……」
「……駄目、でしたか?」
「……………………今後、気をつけるように」
わーい、と手をたたきあう少女二人。
……なんでこう、俺弱いのかなぁorz
「はぁ……」
「そんな溜息吐かなくてもいいじゃないですかっ。お金も手に入ったし、タツヤさんは生きてるし!」
「……溜息ばかりでは、幸せが逃げる」
「誰のせいだと……」
というか、一応確認したけどギルドからはちゃんとお金は払われてるし、というかランク以上の依頼だったので口止め料が+されたし。
でも今回は割りとマジで死ぬかと。あなおそろしや。
「んーでもなぁ……」
ひとつ、気が付いたんだけど、まずいことがあるんだよなぁ……。
「……何?」
「いや、それが……」
ちら、と、木造の部屋の片隅に眼をやる。
そこには、一本の黒い短槍と、黒のロングコートと、そして――
「あ……剣……」
罅割れた鞘と、所々が欠け折れている長剣があった。
流石に、俺が『造った』やつでも、あのバ怪力の牛人間の斧の一撃は防ぎきれなかったらしく。
素人目で見ても、明らかに修復不可能なレベルだ。
長い付き合いだったんだけど、もう使えることはないと思う。
「まあ、だからちょっと、これから新しい剣を買いに行こうかと想ってるんだけど――」
「……駄目」
「却下ですッ!!」
思いっきり言われてしまった。
「いや、そこを何とか……」
「……駄目」
むぅ。手ごわいなぁ。
「大丈夫だって。危険はないし」
「何言ってるんですか!! つい先日まで死人同然だった人が!?」
「だって、二人が護ってくれるんだろ? 男としちゃあ、ちょっと情けないけど、でも二人は信頼してるし」
苦笑と言うか、照れ笑いが浮んでしまう。
だって、言ってて相当恥かしいんだし。
……あれ?
「……なんで真っ赤になってんの二人とも?」
「……なんでもないっ」
「きききき気にしないで下さいっ!」
「え? いやだって、顔真っ赤――?」
「「気にしないでいいって言ってるの!!!」」
豪速で飛んできたのは二人の持つ杖と手袋。
顔面ヒット直撃痛いですね。
「……酷い」
取り合えず、泣く泣く部屋を後にするのだった。
で、まぁ、ぶっちゃけていうと。
あの剣は超安物(定価1ウィル50セル=一万五百円)をさらに値引きしたものだし。
というか、普通の剣が最低5ウィルするらしいからなぁ。
「う~ん……そうは言っても、クレインさんの馬鹿力に耐えられそうなものはそうないと思うんですけど……」
「おいこら。誰が馬鹿力と?」
聞き捨てならん。
「クレインさんに決まってるでしょう? 普通魔術、又は魔力による身体能力強化無しで、魔物と戦える人が馬鹿力といわないでなんと言いますかっ」
「……」
心にグッサリと刺さりやがりますよチクショー!!
ちなみに『紋章』の力に目覚めた時は、あの牛とも互角に渡り合えたからなぁ……。
「……結論から言えば、クレインの力に耐えうるような代物は、先ず市場には出ない」
「……どうしろと?」
おしえてレイシア先生っ。
「……簡単。……現状手に入り得る最上の剣を手に入れて、クレイン自身が『改造』すれば良い」
「ああっ! その手がありましたね!」
「え? え? アレを意識的に使えと? 言っとくけど俺、失敗する確率のほうが高いよ?」
「……そこは、まあ、クレインだから」
「ですね」
何だその確証の無い論はッ!?
ったくもう……でもさ。
「……この市場の中で、一番良い獲物を、ねぇ……」
眼前に広がるのは、ここ、帝国領でもかなりの発展を遂げている、商業の盛んな都市なんですが。
……どうやって探せと。
「……一番、いいもの」
「いや、そうはいってもなぁ……」
俺がモノを『改造』するには、いくつかルールが在るのが、一応わかってはいる。
一つ。
『改造』するものが、魔術的に加工の施されてないもの。
但し、そのものの製造過程ではなく、そのものの元の『モノ』の製造過程に魔術的加工が施されている場合はOK。つまりは素材に魔術的なもんがかかっててもOK。
二つ。
『改造』する場合に、出来る範囲があって、それがその対象物のキャパシティに比例すること。
……まあ、テンプレな設定で、コレくらいしか判ってないんだけどさ。
「……そうなの?」
「え? いやまあ、うん」
なにやら深く考え込むレイシアさん。おーい、何かあったんですかー?
「……判別、大雑把にならできると想う」
何っ。本当ですか?
「……ん。……魔力の反応――つまりは武具の反応を、魔術で己の知覚範囲を伸ばしたら、何とかなると想う。……だいぶ、絞り込めるはず」
「おおっ。そりゃ凄い!」
えっへんとばかりに胸を張るレイシアさん。いや、そんなことしなくても美人なのは知ってますから。
「んー……じゃあ、ちょっくらやってみっか」
――魔術は、想像が大切だ。
己の中の『現想』を、この『現実』へと叩き込む。そして、世界を『引っ繰り返す』のが、魔術らしい。
言った話が、魔力を造って、想像して、『現想』をこの世界へ叩き込んだら魔術は発動する。
だけど、それだけじゃ効率が悪い。
だから、精霊を使っての付加・詠唱軽減。言葉を厳選して効率上昇を図って、いまの魔術は学問となった。
だからこそ、普遍的な技術なんだろうけど――
俺には、どうも合わない。
だからまあ、ぶっちゃけ直感だ。ちょっかん。
「式題は探知。方式は魔力反射」
目的と方法を述べる。
「探せ。命ずるままに疾く疾く我が下に馳せよ疾風の精霊」
精霊を解しての魔術。
これを『精霊魔術』という。
「『栄光の機首』」
俺から放たれた風の精霊が、一斉にしてこの町を駆け巡る。
めぼしい反応を見つけては、俺へと返してくれる。
精霊魔術の最大のメリットは、彼ら独自の判断が在るということだ。
それにより、負荷の軽減、速度の向上など、様々な恩恵が在る。
……まあ、その分色々と制約も合ったけどね。
ん? っと、これは……?
「……何かあった?」
「んー……なんというか、これは……」
「え? え? 何かあったんですか!?」
いやその、コレはなんというか。
他にも、反応はあったけど、なんというか、その中でも一際コレが気になると言うか。
「まあ、言って見なきゃわかんないよな!」
「え? ってちょっとクレインさんッ!?」
「……何処へ行くの」
いやだって、なぁ。
男の子はこーいう武器とかに凄く惹かれるんだよ。
……判ってくれると嬉しいんだけど。
まあ、そんで入ったのが裏路地で。
適当に絡んでくる阿呆どもを殴り倒して進んでたら。
「なんともまぁいかにもな……」
超・怪しいお店。
蔦が張ってるし、なんか黒い魔力が眼に見えるってどういうこと。
「……なんか凄いヤな感じがするので帰りませんか? 帰りましょうよ? 帰りますよねっ!?」
「……ふふっ」
対照的なお二人ですね。
てかなんで笑ったのさレイシアさんやい。
「……どんな『モノ』がおいて在るんだろう……クスクス」
ひいいいいい!?
お、恐ろしい子ッ!?!?!
……ってそうじゃなく。
「えーと、お邪魔しまーす……」
中をのぞく。もちろん首だけを突っ込んで。
店内は薄暗い。
色々な、薬品やら武具やらが無造作に置かれていて、それら一つ一つから魔力が出てるんですが。
……これなんて死亡フラグ?
「――何だい? お客さんかぃ?」
「うおわあっ!!?!??」
う、う、後ろから声がッ!?
俺全く気付かなかったよ!?
「へぇ……珍しいモノもってるじゃないか。ふんふん……」
ひいいいいいいい!!!!?!?
いきなり首筋を嗅ぐなッ!?
「ちょ、や、やめっ……!?」
慌てて振り向けば。
「んぁ? ああ、ごめんごめん、おどろかせちゃったか?」
腰から下を長いローブで覆い、上をタンクトップに似た何かに包む、なんか、凄い美女がいた。
美人じゃなくて美女。コレ重要。
「いえあの、俺、此処に買い物に……」
「は? だったら入ればいーじゃない? ほらほら、後ろのお嬢さんも待ってるわよ?」
……後ろに視線を飛ばすのが果てしなく怖いので先に店内に入っておこう。
「んー……」
さっきもいったけど、薄暗いな。
でも、なんというか、売ってるのが、一級品ばかりだ。
「あー久しぶりのお客さんだねぇ……」
ふあああ、と大あくびの美女(仮)さん。
カウンターに入ると、頬杖をつき、
「――ま、アタシの店へようこそ。久しぶりのお客だし? イロイロと、サービスしてあげるわよ?」
「はぁ……」
いや、よくわかんないけど、取り合えず見繕う。
んー、こっちは斧と槍。いや、今持ってる槍はいいやつだからいい。
欲しいのは剣だけど……こっちはショートソード。短剣に暗剣、大剣!? それにバスタードソード!? 普通の剣無いのかよっ!?
「あのー……普通の片手剣とか、刀とか無いんですか……?」
「刀?」
うお? なんか食いつき激しいです!?
「……刀を探してるわけ?」
「え? いや、取り合えず片手と両手、両方で使える剣が欲しくて……」
「んー……」
悩む美女(仮)さん。
ところでレイシアとウルドは……?
「……!? ……これは、酷樹……?」
「え? これってなんですか? なんかぬるぬる……ひゃああああ!?!?」
……。
ほっとこう。
「そーだねぇ……ま、見せるくらいならいいか」
といってなにやらカウンター下をごそごそと漁る。
え? 何だこのまさしく危ない感じは?
「これとか――どうだい?」
「これ……ですか?」
どんっ、とカウンターに置かれた一振りの剣を見る。
そりの在る片刃の刃は、たしかに刀に酷似している。
だけど、ソレにしちゃ刀身が酷く厚い。どんなに当てても曲がらなさそうだ。
「……いいかもしれませんけど、今そんなに、お金ないですよ……?」
「あぁ、いやいや、これはなんというか、売り物じゃあないんだ。私が丹精込めて打ったものの一つなんだけど、なんというか、人を選ぶ奴でね、コイツは」
苦笑するように言うこのひと。いや、いきなりなんですか。
「試しに、握ってみれば判るよ」
「はぁ……」
正直嫌な感じしかしないけど。
取り合えず手を伸ばし、触れてみる。
……特に無いけど?
思いっきり握り、瞬時に構えを取る――!?
「ッ!?」
ちょ、なんだこれ!?
今までなんも無かったぞ!? 魔力なんて無かったのに、何でコレ、いきなり黒い魔力が!?
「ぐっ……ううぅ……!!」
暴れやがる、こいつ……!!!!
「ちょ、お客さん!? 離しなッ!? 危険だよ!!!」
取り合えず、うん、人を選ぶってのはいい。
だけどな、使う人に牙しか向けないってのは道具として間違ってるだろ。
モノには魂が宿るってのは在るが、だからといって俺の前に立つんなら拳の一発は、たたきこんでやるよ。
魔力が俺の腕に纏わり憑く。
徐々に感覚が薄れていくという、矛盾した感覚。
だから――
「ぶちかますって言ってんだろこの野郎ォッ!!!」
ぶちきれる。
いやぁ、ナンカフラストレーションでもたまってたのかね。
両手で『コレ』を握り、鞘走りを使って鞘を取っ払う。
黒い、黒い刀身と、ソレと正逆な純白の刀刃が見えた。
余りの美しさに、本来なら息を呑んでるだろうけど。
とりあえずは、コイツの『しつけ』だよなぁ?
「と・り・あ・え・ずおとなしくしやがれッ……!!!」
「お、おい、ちょっとお客さん……?」
「おお……!!!!」
自分の中の扉を叩き破る。
魔力でぶち殴ってやるッ!!
こっちの手に纏わり憑く黒い魔力を、俺の魔力で押しつぶして――
「おとなしく――しやがれッッ!!!!」
拳で刀身をぶん殴った。
ぴたりと、黒い魔力が静止し。
「へ? って、えぇ!? お、お客さんッ!!! 大丈夫なのかい!?」
「いや、大丈夫も何も……」
この通り、元気である。
でも殴った拳がちょっと痛い。当たり前か。
「いや、ちょっとそいつを寄越してくれ」
「へ? あ、ああ、ほい」
「……ほんとにコイツを手懐けてる。どういう魔力してんのさお客さん……」
……なんでこう、俺をそんな人外みたいな眼で見るんですかッ!
俺は普通の一般人ですっ。
「ってか、それ、もしくは壊れちゃったんですか……?」
「ああ、いやいや、そうじゃないよ。ただ、こりゃもうお客さんのものだね、ほら」
「へ? てうわあぁっ!? 鞘に入れてから渡してくださいよ!?」
殺す気かッ!?
「だーいじょうぶだって。ソイツはもうお客さんのものだよ。傷つけやしないさ」
「は……?」
わけわかんない。
どゆこと?
「簡単にいえば、ソイツはお客さんと契約したのさ」
余計に訳わかんないんですが。
てか、貴方何者ですか。
魔術師、じゃないだろうし、かと言って一般人でもなさそうだしなぁ……。
美女(仮)は口元を歪め、笑みを浮かべると、
「――ただの鍛冶師さ」
そうのたまいやがった。
……何かまた面倒なことになりそうなんだけど……。
はぁ……orz