21st 加速の始まり・下
タツヤが、死に掛けている。
あのミノタウロスの一撃をもともに食らって、多分骨が幾つも折れていると思う。
駄目だと思っても、足が何故かすくんでいて動けない。
「タツヤアアアアァァァァアァアアアアアアア!!!!!!?!?!」
喉から勝手に何かが叫ばれている。
濃すぎる瘴気が頭を揺らし、式を思い描いてもいつもの半分も実力を出せない。
がむしゃらに魔術を発動してミノタウロスにぶつける。
「タツヤさんッ! タツヤさんっ!!?」
ウルドが駆け寄ろうとしてもミノタウロスが此方に向かって突進してくるため、近づけない。
勝手に頭が式を構築して放っても、まったくの意味が無い。
無力。
ただ、それでも奴の意識を引く事くらいは出来たらしい。
血走った眼が私達を捉え、荒い鼻息が魔力を散らす。
奴の足が縮んだと思った瞬間、
「ッヴァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
その巨体に見合う爆発力によって、百は在るであろう距離を急速に零に近づけてくる。
勿論只で死んでなんかやらない。
ローブに隠して在る圧縮した現界魔術式を取り出す。
魔術の式を脳内からとあるものを媒介にした物質。
所有者の意志によってソレは解凍され、魔力を注ぎ込むことによって一人で陣制魔術を可能とする代物。
私はソレを、握りつぶした。
「……」
使用する時に重度の反動が脳に掛かるが、知ったことではない。
「っ!? レイシアさん、それ……!!」
「……高圧術式開放。……式題、『諦観する頂点』――」
光による縛鎖。
それは肉体だけでなく、精神、魔力的なものにまで及ぶ。
光という世界属性によるものと、邪を払うという人間の固定観念から抽出した概念。
切れはせず、縛り続けるものだ。
風による周囲一帯の浄化。
祓うという意志を入れた風は、その通りに当たりの瘴気を払っていく。
「ッ……!!」
膨大な魔術式が脳の処理速度の半分以上を持って行き、焼けるような感覚をもたらす。
無視。痛みなどにかまっている時じゃない。
魔力を捻出し、式に流して世界へと写し込む。
「ヴォォォ……!?」
牛が暴れる。どうやら危険を悟ったらしい。
いまさら遅い。
報いを受けてしまえ。
「――発射」
直後に、光が鎖から刃に変わり、風の殴打と真空による凝固。
連続して行う。
――だが、まだだ。
追加詠唱。
「……祖に在るのならば我が身を天啓とし厄災としての恭賀を捧ぐ」
音節の間に幾つかの語を挟む圧縮詠唱。
その意味するとことは相手の徹底破壊。
「……息絶えようとも己が思いの螺旋を築け」
さあ、くたばれ。
「――『未完の凱旋』」
魔力がからっきしになる。構わない。
只、ミノタウロスを倒す。
「……行け……」
縛鎖と同時に殴打さえも弾き飛ばして此方へと進もうとしているミノタウロスを、おし戻すように呟く。
ただただ、感情の迸りで。
「行けええええぇぇぇッ!!!!!!!!」
「ヴォオオオオオオオッッッッ!?!!!?」
拮抗していたはずの力が、ミノタウロスを押し、徐々に壊していく。
当然、その分の代償は来ている。
「!? レイシアさん、血が……ッ!?」
「……気にしないで」
「気にしないでって、できるわけ無いじゃないですか!!」
彼女が叫んだのは、口からの吐血だろうか、付加による両腕の出血だろうか。
判らないけど、でもやめることは出来ない。これで倒すから。
「……ッ!? ウルド、貴方……!?」
いきなり体が軽くなったと思ったら、彼女がとある魔術を発動させていた。
彼女も口から血を吐き出し、同じように出血をしている。
「あたしには、これくらいしかできませんから……」
苦笑して呟くウルド。
怒ってるのは、同じか。
頷きあい、直後になけなしの魔力を叩き込み、
「「行ッけええええええぇぇぇっ!!!!!」」
ミノタウロスの周囲が爆発した。
概念同士の相互拒絶による矛盾を利用した爆圧は、生半可なものでは防げはしない。
「タツヤ……」
そんなことはどうでもいいのだ。
タツヤ。彼が気になる。
「タツヤさん……!!」
駆け出したウルドの後を追って、私もかけていく。
――突如、地響きがあった。
「ッ!?」
「なっ、これ、まさか――!?」
「ヴォォォォォォォォオオオオオオオオアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
眼前にそびえたつ巨体は、所々の肉の薄利さえあるものの、未だその威容を誇っていた。
「何で……今のだったら、普通は……!?」
言葉さえ出ない。
もてる最大の力を吐き出したというのに、このバケモノはまだ倒れないのか。
牛面がにやりと笑ったかと思うと、
「ヴォ……ッガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」
凄まじい烈風が私を叩きつける。
それは恐らくこれから振るわれる巨斧の余波。
私は、死ぬのだろうか?
「……タツヤ……」
死にたくない。助けて、タツヤ。
「タツヤァアァァァァァァッッ!!!!!!!!!」
――直後。
巨大な魔斧が振るわれた。
「タツヤァアァァァァァァッッ!!!!!!!!!」
叫び声が聞こえた。
何と無く、助けを求めてる気がして。
加速。
速くなる。
何が加速するのか。
答は簡単だ。
俺の意志が届くもの全てが加速する。
意識も、速度も、魔術も、力も。
……俺自身も。
伏せていた状態から一気に跳ね起き、振るわれてきた無骨な巨大な斧に下段からの振り上げの一撃を叩き込む。
「ヴォッ!?」
牛人間(仮)も驚くが、それでも叩き潰そうと力を込めてくる。が。
「邪魔だッ!」
魔力を刃に徹す。飛ばすためではなく、純粋に切る為に。
『加速』はせず、ただ純粋に斧を切った。
手元を振り切り、満足げに鼻息を荒くする牛。
その隙に再び右手の紋章を光らせて『加速する』――
「シィッ――!!」
踏み込みもいらない。ただただ斬っていく。
加速する。足裏で地面を蹴り飛ばして、牛の周りを旋回して、足から斬っていく。
「ヴォ、ッアアアッガガガッガアアアアアア!!?!!!」
一応腱を斬っておいた。再生はするだろうけど、当分の時間稼ぎにはなるはず。
「……タツヤ……」
「タツヤ、さん……」
呆然としてる二人。
オイオイ、俺何にも変なことしてないぞ?
まあ、ともかく。
「――ごめん、ちょっと遅くなっちゃったな」
苦笑するしかないよ俺。
だけど、何でか彼女達は泣きそうな顔なんですがごめんなさい。
俺なんか悪いことした?
「ヴ、ォオォオオオ……!!」
……。
面倒くさいことにまだ死んでないらしい。
無闇に殺生をすることには抵抗が在るがここまでされて引き下がるつもりは毛頭ない。
「さてまぁ……――ぶちのめす」
「ヴォオオオオオアアア!!!!!」
斧を放り出してその肉体で殴りかかってくる牛野郎。
『加速』。自己身体能力補正発動。
そのパンチを真正面から受け止める。
「ヴォッ!?」
ほんと、よくもやってくれたよ。
思い切り頭に来てんだよ。
ぶん殴る。
「おおりゃあああああああああ!!!!!!!」
思い切り突き上げた拳は牛の鳩尾に突き刺さって。
確かに骨を砕いた。
「……うん、よし、まあ、終わった、かな?」
ず、と響きを残して倒れ伏した牛は無視して、後ろへと振り返って――
「無茶させて、ごめんな」
そういうと、何故か彼女達は泣きそうな笑顔で首を振る。
そのまま突っ込んできて――
……あ、これってもしかしてまたあの落ち――
支える力がなくなっていて、そのまま仰向けに――
衝撃。
そのまま意識が落ちていって。
……ああもう、ほんと最期まで締まらないな……。
思わず、膝をつくのだった。