20th 加速の始まり・中
そういえば、と、自分の右手の甲を見てみる。
此方に来てから、何時の間にかあったこの狼の紋章。
他のファンタジー的な要素が強すぎて忘れてた。
確か、コレ使うと凄く強いんだっけ。
使えたこと無いけどね!
何か自ずと使える時が来るみたいなアドバイスもら――って今考えればアドバイスでもなんでもないじゃん!? くそうっ! 騙された!!
で、まあ。なんでこんな無駄に頭使ってるのかと言うと。
「ちょっ!? ここここの魔物強すぎじゃないですかっ!?」
「……穿ち続くは世の意志となり、我が名は祖の名に緒を徹す――!!」
「ルゥゥオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッ!!!!!!!!!!!」
いやぁ、ついにミノタウロスに出会ってしまった~。
しかもほら、なんか身長が4メートルくらいありそうなヤツ。
……………。
だーいピーンチ☆
きゃはっ☆
……じゃねえよ俺!! ってかきもいっての!!!
いや、まぁ、事は昨日に遡るんだけどさ……。
「『黒迅』様――貴方様当てに、依頼が届いております」
なにその中二病みたいな二つ名!?
思わず脱力しかけた。
てかなんで周りも『ああ、あれが噂の……』みたいな雰囲気になってんの!?
「……だ、誰から?」
「エリカ・ウェルト・アーデンハイツ公爵様からです」
誰それ?
え? 俺ソンナ人知らないよ?
ってか公爵様て。どんだけ偉い人なのか。
……ん? いやまてよ?
エリカ? エリカって言えば。
「あの時の?」
「……」
こくりと頷くレイシアさん。
そうか。あのお嬢ちゃんが。
……なんか微妙に、ってかむしろ非常に嫌な予感が。
「依頼の種別としては、捜索になります」
「まって。と言うか待ってくださいお願いします。ええと……それ、こっちに拒否権無いの?」
「在りません」
何で間髪いれずに言うんだっ!?
依頼なのに拒否権無いって……それ命令じゃないか!?
「内容としては、アルガ山岳の谷間に在る、魔皇石の採掘です」
「……何ソレ?」
てかまた中二病ッぽいなぁ……。
「……此処から近辺の高い山岳地帯における、高濃度の魔物の血が凝固して固まり、結晶化したもの。……非常に高価な魔術の媒体として扱われ、年間産出量が極端に低いことでも有名。……理由は、とろうとしたものを、近くにいる魔物が殺してしまうから」
何ッ!!!?
俺死ぬじゃないかソレ!?
「あの、本当に拒否権は……」
「ありません」
即答かよ!?
まあ、法主金額もそんな高くはな――
「報酬は五十ソルです」
「やりましょう」
「早ッ!? 速いですよクレインさん!?」
「……」
いやだって。お金ないんだもん。誰かさんの所為で。
あと一ソルしかないんだよ? 誰がそこら辺の勘定をやってると思ってんのさ……
まあ、と言うわけで。
強制です。
「……何で」
「誰の所為でお金がなくなったと」
「……むぅ」
目的地の山岳は、一日程度でいけるらしく、敵らしい敵も無く普通にたどり着けた――のだが。
「うぉ……」
「えぇ……」
「……ぅぷっ」
待って吐かないでレイシアさんっ!?
いきなりそれかいっ!?
まあともあれ。
そこら中にある人とも判別のつかない骨。
ギャアギャアとわめき続ける大型の鳥形の魔物。
そのうえ、凄まじく濃い瘴気。
気持ち悪いことこの上ない。
魔力の通りも悪いし。
「で、確かここから上ったとこにあるらしいけど……」
「……そ、う……うっ」
「わあああああレイシアさん、こっち、こっちで、ね? ね!?」
……ま、緊張感のかけらもないのはいつものこととして。
上っていくわけだけど……大丈夫かな。
「……歩ける?」
「……うん」
無理だと判断しまーす。
顔真っ青で何言ってんだか。聞く俺も俺だけど。
まあ、後ろに回りこんで――
「うぃせ、っと」
「……!?」
とりあえずお姫様抱っこ。
コレが一番楽なんだよ、いやほんとに。
それにこっちの世界に来てから日毎に増している身体能力もそろそろバケモノ染みてきた。だから問題なし。
「よし、じゃあいく――」
「……おっ、おろして……っ!」
「がぇっ」
恥かしさからかレイシアの右肘が首に直撃した。
……なんで最期まで締まらないかなぁ。
で、行く途中に魔物と遭遇したけどフツーに倒して稼ぎつつ行けば。
なんかクレーターみたいなところに着きました。
で、その底に赤い石が在る。多分アレが――
「……魔皇石」
で、問題なのは。
祖のまん前にバカでっかいミノタウロス(仮称)がいることで。
……あ、こっち向いた。
ちょ!? 何でもう眼が血走ってんの!?
……まあ、ここで最初に戻るんだけど。
「ヴルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「うをおおお!?」
さすがにあの斧を食らったら剣が壊れなくても俺が壊れる。
とはいっても、まともに魔術も使えないような瘴気の中で、あいつに決定打を与えられるのは俺だけだけど。
なかなか近づけない。それがネックだ。
「『斬』れ……!!」
「ヴフォッ!!」
斬線を飛ばしても野生の勘か、斧で防がれるし。
「こっちですよっ!!」
「ヴ、グアアアア!?」
ウルドの強襲も尋常じゃない速度で防がれるし。あれホントに生物か?
俺の剣と槍も切れるっちゃあ切れるんだけど、直ぐに再生するし。
どうしろと。
「……克己せよ、己が罪を解し罪悪に囚われるのならば弾劾による粛清を……!」
「ちょ」
そこで光と風の複合魔術使う!?しかもそれだと俺を巻き込むよね!?
いや、何にやって笑って――
「……発射」
「うおおおおおおッ!!?!?!」
一気に解き放たれた魔力が、術式に乗って光による縛鎖と風による斬激と殴打に変わる。
光によってミノタウロス(仮)の四肢を締め上げ――
「ヴ、おおおおぉぉぉおおおおアオオアオオオヴォッヴォオオオ!?!?!?」
着弾した。
一気に砂塵が舞い上がり、視界が暗くなる。
いやぁ……さすがに死んだろ。
「これにて一件落着、か?」
「こ、これいじょう出てこられたら本当にしんじゃいますよぉ……」
「……うぷっ」
それは勘弁してレイシアさんッ!?
まぁ、あとはあの石を取って帰るだけ。
テキトーに中心部へと歩く。
いやぁ、それにしても面倒だった――
「ッヴァアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオッッ!!!!!」
!?
生きてやがる!?
「くそッ!!」
振りかぶられた斧に対して腰元の剣を抜き、遠心力とともに襲ってくる斧を切――
「か――ぁ?」
切れない。
剣を離すことは無かったけど、そのまま吹っ飛ばされた。
背中が地面と接したまま吹っ飛ばされ、幾つかの骨が折れるのが如実に感じられた。
「う――ぁ゛、かはっ」
肺が割れたらしい。胸が熱い。
纏めて血の塊が口をついて吐き出された。
……これ、やばいな……。
体が動かねぇ。
どーしよーもない。
レイシアとウルドが何か叫んでる気もするが、耳もやられたのか、全く聞こえない。
駄目だ。さっさと逃げんかい。死ぬぞ。
ああくそ、なんかないか。
せめて、あいつらだけでも逃がせれたらなぁ。
ずんずんと突進してくるミノタウロス(仮)。
さて、そろそろ終わりかね、俺の人生も。
意外と短かったようにも思える。
やりたいことはあるしやらなきゃいけないこともあるんだがなぁ。
……死にたくないよな。
まだ、できることが――
――おい。起きてるか?
……ヒィッ!? 誰だっ!?
――どこの小物だお前。俺だよ俺。
……お、オレオレ詐欺か!? あ、生憎とそんな金は持ってないぞ俺は!?
――いやそうじゃなく。まずお前の左手を見ろや。
……は? 左手?
……なんか光ってるんですけど。
――気付くの遅ェよ馬鹿が。それが俺。理解したか?
……腹は立つけど、何か普通に理解できた。何だコレ。
――気にすんな。するだけ無駄だし。まあ、取り合えず。これからどうするよ、お前?
……は? どうやったって俺死ぬしか無いじゃん。
―-このまま諦めるんだったらな。まあ、ちょっと視線をあっちに向けてみろよ。姫さんが襲われてるぜ。
…………。
――あのままだと先ず殺されるだろうな。さて、どうする?
……だから、俺にはどうも出来ない。体動かないし。
――あ? んなもんお前の意志でどうとでもなるんだよ。俺が聞きたいのはお前がどうしたいかだ。
……そんなの、決まってるだろうが。
――そう言うと思ってたよ我が主。力がいるか?
……寄越せよ。俺があの牛を叩きのめすために。
――ではどうぞ――加速が始まるぞ。
直後。
俺は、剣を握り締めて加速していた。