11th 仲間
ガタンゴトン、ガタンゴトン。
基本規則的で、時折石を車輪に噛んで跳ねる。
荷台から外を覗き込めば森林が見え、鬱蒼とした空気がなんともいえない気分にさせる。
そんな馬車の上で、俺は何時もどおりにレイシアに魔術を教わったり、剣の手入れなどをしていた。
荷台に何人か依頼の同行者がいて、そいつらも大体同じようなことをしている。
「……お尻、痛い」
「仕方ないじゃん。まだ半日以上乗るんだぞ?」
前の町を出てから約四日。
俺達は、西北のムグルス帝国へ行く商人の護衛で、ムグルス帝国の国境へと移動中。
因みに依頼金は三ウィル。報奨金は一ソル。そこそこに高い金額だ。
というか、いい加減俺は馬車になれたけど、肉体労働がさして得意でもないレイシアには少しきついらしく。
「……いたい……」
「おいおい……」
何で涙目?
ていうか、元が可愛いからなぁ。破壊力が。
長い黒髪に、伏せられた長いまつげ。ヒスイの瞳がふるふると涙を溜めて揺れる。
……いかん。可愛い!!
こう、いつもは冷静で冷たい感じだけど今はなんというかああああああもう頭撫でたい。
「……もう、ヤ」
抱きしめていいですか奥さんっ!!
まあ許可なんぞ取りませんが。
「だったらこっち来る?」
「……なんで」
「俺の膝の上に座れば痛くないから」
事実である。でも無理強いはしない。これがミソ。
微かに熟考した彼女は、結局は胡坐をかいている俺の上に載ってきたのでありました。
感想。
軽ッ!!
ちゃんとご飯食ってんのかよっ!?
「ちょ、レイシアさん、貴女軽いな!?」
「……重いと思ってたの?」
「いやそうじゃなく!?」
そういう死亡フラグ立てさせようとするのは止めてッ!!?
「人が乗ってるとは思えないくらいに軽いんだって」
「……そう」
何故か握り拳を作る彼女。何がしたいんだか。
にしても本当に軽いな。荷物を置いてるくらいにしか感じないぞ。
「……ムスガル帝国のこと、分かってる?」
「いや、特には」
皇帝がいて、軍事国家って言うのは帝国の基本的なものだし。
それ以外はなぁ。
「……現在は、皇帝リオン様の元で各地での魔物などの討伐を行いつつ、鉱石等の産出によって成り立っている大陸きっての大国。……とは言え、領地は広いものの、国民数は他国と変わらず、それを軍事によって国民を守っている」
「……随分詳しいですねおい」
何でだよ。
……もしかして。
「レイシアって、帝国出身?」
「……」
首肯する彼女。だからか。
何がどうなって傭兵になったのだろうか。
踏み込んでいいもんじゃないだろうけどね。
「で、其処へ行って、どうするんだ?」
「……古代の魔王について調べてみる。……何処から出たとか、分かるかも」
「ん、了か――」
い、と続けるつもりが、行き成りの馬車の急停止に舌を噛んだ。いたい。
咄嗟にレイシアを抱き寄せ、身を立てた上で滑る。
衝撃を受け流し、抱き寄せたままで立ち上がり、
「……敵?」
「まあ、それ以外にないだろ」
荷台を降りて、前方を見ると、
「……盗賊、か」
およそ十人。二人の同業者が既に戦っているが、流石に分が悪い。
ていうか、なんというあからさまな悪役顔。キモッ。
「レイシアは後ろで援護。俺は突っ込む」
「ん」
背後での微かな動きを首肯と判断。
地面に降り立つと同時、固めていた術式を放つ。
式題は隆起。
剣の切っ先に纏わせ、地面へと叩き込むと同時に魔術が発動する。
「打ち上げろォ!!」
「う、うわっ!?」
「あんだぁっ!?」
幾つかの土の槍で三名を倒し、そのまま疾走。
地を這う連続跳躍。
「ヒッ!? く、くるなぁっ!!」
突き出された槍を身をよじることで避け、そのまま跳躍。
斜め下から切り上げ、そのまま後ろを視ずに駆ける。
視たら、足が止まってしまいそうだから。
「テメェ……!?」
「ッ、シィィ――――アァッ!!」
体ごと回転し、叩きつけられた斧を旋回によって回避。
鮮血を振り払い、同属殺し(マンイーター)の罪の重さから逃げるようにかける。
前へ。前へ! 前へ!!
「う、お、お、お、おあああああああああああッッッ!!!」
そりゃ、敵を倒すって言う覚悟はしたさ。
だけどさ。人間を殺すのは、また別だろ。
だから、みっともなく声を張り上げて、恐怖を祓う。
槍を避け、剣を払い、魔法を叩き落す。
ひたすらに前へと。敵へと。
ただ、倒すために。
「ッッああああああああああ!!!」
掌底で鼻を潰し、横薙ぎに斬って払い、それを蹴りつけて姿を隠し、下からの斬激で倒す。
無我夢中に。涙も無しに。
――ただ、生き残るために。
斬ると言う行為は、己の身を守るため。
古来から刀は魔よけの役割を担ってきたらしい。
その加護が本物かどうかはともかく。
その輝きを見ていれば、多少は落ち着くのだろう。
「……と、思ったんだけどなぁ」
野営地。
幾つかのテントを張って、性別、またはグループによって寝ている。
そんな深夜。
俺は一人で抜け出し、近くの湖畔、水辺で黄昏ていた。
いや、黄昏も何も今は夜だけど。
「全然笑えないな……」
下らない言葉遊びで自分を納得させようとしてみても全く駄目。
何時までたっても、暗い気分は振り払えそうには無かった。
項垂れた先にはくらい顔のブサイクが一人。
「ははっ……酷い顔が余計に酷くなってら」
本当に酷い。
まるで、泣きだしそうな子供だ。
「っ……!」
拳を叩き込む。
水面を虚しく叩いただけ。
――人殺し。
その言葉が頭を流れていく。
事実。
覆らない。
何か、自分は酷く間違ったことをしてしまった気がして、駄目な気がして。
途轍もなく、イヤだった。
「くそ……ッ!」
絞り出した声さえも震えていた。
そんな時。
「……タツヤ」
「ッ!?」
ビックリした。
背中が跳ねて、勝手に立ち上がり、そのまま顔を背ける。
「ど、どうしたんだ?」
「……少し、夜風に当たりに」
「……そっか」
そのまま彼女は俺の横に来て、俺の足元に座り込んだ。
「え? ちょ、何して――」
「……無理することは、ないと思う」
いきなりですかいっ!?
ていうか、何で分かったよ!?
「……そんな顔してたら分かる」
「……」
「……殺したのは、事実」
「っ……。だよな、はは。俺、人殺しだぜ? はっ、くだらねぇ……」
また、言葉が震える。
情けない。
「……でも、それを悔やむ必要が無い」
「……なんで」
「……正当防衛」
それは、只の大義名分。
「そんなの、意味無いって……」
「……じゃあ、こう言う。……どうしようもないことを、悩む必要は無い」
「でもさ……」
「……うだうだ言うな」
「うあっ?」
彼女の言葉が終わると同時に拳が俺の脳天に直撃していた。痛い。
「ちょ、何するんだっ」
「……それが、いつもの貴方」
そういうと、彼女は俺から背を向けた。
「……ソッチの方が、私にとって、いい」
「……」
思わず呆けて、
「……有難う」
苦笑して、彼女の後を追うのだった。
仲間は大切です。
だからこそ重いものを、背負っていける。
罪も、責任も、思いも。