表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

彼氏の名前が思い出せない

作者: 相里紘香

みんなから「南くん」と呼ばれている彼の名前が、私は時たま思い出せなくなってしまう。


初めて会った時、彼は親友に連れられ、私の前に現れた。顔立ちは中の中くらいだったが、滲み出る優しさに好感が持てた。


その日から月に何度か、彼と会う機会があった。私たちはよく、タピオカ屋さんに行った。


南くんはいつも、ミルクティーを頼む。


「美結ちゃんは、今日もマンゴージュース?」


メニュー表を手に持ち、一応何にするか悩んでいた私に、南くんは聞いてきた。


「そうだね。新商品も気になったけど。このスイカ味は苦手だなあ」


「たまにはミルクティーとか、どうですか?」と彼は言う。


「ミルクティーも前飲んでみたけど、無理だった」


それは残念、と彼は言う。「美味しいのに」


「ミルクティーのLサイズ。タピオカ3倍で!」


彼はニコニコしながら注文していた。こっちを見て、3本指を立て、また笑った。


「3倍頼んでる人、初めて見た。それだけでお腹膨れるね」そう言った私に彼は「胃袋大きいから!」と、お腹をさすり、自慢げな顔をした。


「おすすめだよ」と彼は言うが、私は通常の量で充分だった。以前倍増してみた時、タピオカの食べ過ぎで気持ち悪くなったのだ。


彼と動物園に行った時は、「俺、鳥が怖いんだよね」とダチョウの前で人の後ろに、こそこそと隠れていた。


その癖、ライオンに餌をやる時は、臆することなくトングで掴んだ肉を、ライオンの口の前に運んでいた。


線引きがわからない。


そんな私は蛇が大の苦手で、しかし南くんは蛇を見たいと言い、私は彼の後ろに隠れ、目を瞑ったまま歩いた。


少し進むたびに「黄色くて、大きな蛇さんがニョロニョロしてます〜」なんて実況してくる彼の肩を、引っ叩くこともあった。


私たちは当時、同じゲームにハマっていた。毎日とは言わないが週に5日くらいは、夜に通話を繋ぎながらゲームをしていた。


「美結ちゃん!助けに来て!」ゲーム内でハンターに捕まった南くんを、何度助けに行ったことだろうか。


私は救助キャラを使うのが上手くなった。そもそもこのゲームは得意だった。


ゲームをしながら会話を楽しみ、話が途切れることはなかった。何時間も通話は繋がっていた。


彼は自分の話を色々としてくれる。彼の話は面白かった。南くんのことがなんとなく、分かってきた。


しかし、重要なことをまだちゃんと、知らなかった。


「LINE、交換しようよ」最初に、一緒にゲームをしようとなった時、彼が言った。「通話しながらじゃないと、意思の疎通取れないじゃん」


「そうだね」私はカバンからスマホを取り出した。「ふるふるして」


彼のその言葉に「ふるふるって何?」と私は返す。


「マジか」と笑った南くんは「貸して」と私のスマホを手に取り、自分のスマホと同時に揺らしていた。


彼とよくゲーム内で遊ぶようになった後に、ふと、あることが気になった。


「今夜もやろう!」とメッセージを送ってきた彼に、今更「下の名前なんて読むの?」とメッセージを送った。


LINEのユーザー名は「南 唯悠」だった。


「ただひろ」とだけ返ってきた。


続けて「よく、ユイトとかって間違われる」とメッセージが来た。


例外ではなく私も「ユイト」だと思った。


「美結ちゃんも、一瞬迷う」


たしかに、と私は返信した。


名前の話はそれで終わってしまった。


彼の名前をLINE画面で見るたびに一瞬、彼の名前が思い出せなくなる。


みんな「南くん」と呼ぶから、下の名前の印象が弱かった。


南くん。彼の名前はそれでしかないみたいだ。




初めて彼と会った日のことを思い返した。


「美結、紹介するね。この人が南くん。私の彼氏」


「南でーす。よろしく。美結ちゃん?」


あの時私の親友が、彼の下の名前までちゃんと紹介してくれていたなら、きっと今も、覚えていたんじゃないかと思う。


今夜も私と親友、そして南くんは、ゲームの中で3人で遊んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ