楔形
雷光の如く、後頭部から水晶体へ突き抜ける。言葉には言い表せない衝撃と、これまで経験した事の無い光線が体の中を暴れまわる。視覚情報は網膜を通し、最終的に視覚野へ送られるが、真逆の理論を強制的に行われた様だ。時折、アニメや漫画等で頭部をぶつけた際に星が廻る場面を目にするが、この限りではない。突如として起きたこれらの情報に体が処理しきれず、ただ、薄ら目に見えるのは漆黒の中での眩い光の雨。私の身体の前面は、GW前にしては、冷たい外気温と同様なアスファルト。初期衝撃の頭部箇所より継続的に送られる危機信号の為、動くことすら困難である。不遇の身体へ追撃が加わり、漆黒へ誘われる。
不快な湿度、後頭部より持続的に起きる痛み、そして何より先程より感じ取れる異臭。そうこの異臭は、表現力の乏しい私には言い表す言葉が見つからない。単純な言葉では酸っぱいに分類されるであろうが、すえた匂いにも近親的な所である。そして、甘ったるい。この複合的な香りが私の身体を包み込み、そして椅子に座している感じを受ける。なぜ受身的表現かと言うと、目が開かないのだ。正確には目隠しをされ、椅子の背もたれの背部で手を拘束されている。太腿、足首も同様に椅子と融合している様に、しっかりとまた丁寧に固定、固着されている感じがする。見えない為、感じがするとお伝えする事しかできない。そして、最初の衝撃よりどれ位の時間が経過したのか、わからない。とりあえず、現状を把握するために、冷静に身体的にそして思考を張り巡らせ、直近の行動を思い出す事にした。新元号の発表があり、国内が平成から令和へと移り変わる直前、そして大型連休の手前である事は覚えている。また、大型連休前に頻繁に起き、報道されている交通事故。あまりにも理不尽にそして唐突として失われた複数名の命。これらは、国内では交通事故、国外では自爆テロとして、連日話題として、TV、web媒体で流れている。その中で、私自身にも不測の事態として、現在がある。ざっくりと思い出せる情報はこの程度であった。ふとした瞬間に頭部の痛みが身体を伝う。ここは何処なのだろう?そしてなぜ私はこのような状況に置かれているのか?考えてもわからない。その瞬間、感じる気配があることに気付いた。そういえば、口には猿ぐつわ等で塞がれていない事に気が付き、言葉を出してみる。「誰かいますか?」。前後左右のいずれかより返答があることを期待する。か細い今にも消えそうな声で、「なぜ?」とだけ聞こえた。今一度問いてみる事にした。「ここは何処で、あなたは誰ですか?」。その瞬間、拘束されて動かせない右膝に粘性のある液体が流れ落ちる。そう、私は服を着ていない事が今わかったのだ。足元より蠢くそれは、瞬く間に這いずり回る。オートで靴下を履く感じであり、違う点としては常に小さい何かが動いているのである。くすぐったいような小さな痛みが、永遠とも思われる時間を感じ取らせる。次第に小さい痛みは鋭い痛みに変わり、声を上げざる得ないほどに進化してきた。先程とは別の方向より、声が聞こえ始めたのである。これを聞き入る為に、自らの痛みより発せられる声を抑え、耳をすませる。「始まったばかりだ。」先程とは別の声に聞き取れる。「なぜ?何しているのですか?私が何を」といった矢先に、左脇腹から起きる激痛とバチバチと言う音。「ぐあっ、ぐうううっ。」痛みと熱さが、衝撃として身体へ悲鳴をあげさせる。ただ、私の身体はうずくまることも、この痛みから逃げることもできず、ただ、椅子に留めるばかり。「おおっ」「パチパチ」と非常に 遠い所から歓喜が聞こえた気がする。が、矢継ぎ早に背中に走る氷冷の悪寒。最初は少々冷えるくらいかと思ったが、継続的にそして冷気が身体を蝕む。子供の頃、似たような経験が脳裏をよぎる。これはドライアイスを当てられている。痛みが大きくなり、やがて感じなくなる。「俺が何をした。何故こんな事をする。一体お前はだれだ。」返答は無い。暫くの静寂があたりを包む。旧に視野が広がる。目隠しは外されて覚えは無いが、辺りが見渡せる。先程まで感じ取れていた場所と全く違う。「どう言う事だ?」身体で感じうる様相と全く違い、見えているのは、外であり、非常に天気が良く、花々が見渡せる。自然豊かな公園。混乱がより混乱を招く。そして、見える範囲に人はいないのだ。しかし、先程までの身体へのダメージ反応は相変わらず継続的に、危機感を増すばかり。「おい。誰かいないのか、そして此処は?いい加減にしろ。」賑わうはずの公園にもかかわらず、静寂が訪れる。むしろ、無音という表現が正しい。そう言えば、結構な時間が経過している感じがするが、食欲や尿・便意が感じない。何故だ?右腕にチクリと痛みが走る。ただ、先程までの明らかに攻撃的な痛みとは違い、どちらかと言うと、優しい痛みである。薄れゆく意識の中、またしても暗闇が全てを包み込む。
大きな衝撃音と共に悲鳴、怒号、季節外れの暑さが五感を撫で回す。手、足が動かない。隣からは誰かと連絡としている声が聞こえる。「すぐに消して。急いで。他のもお願いね。とにかく大至急。よろしく。」若く、色気が感じ取れる声。そしてその後に、「大丈夫」とこちらへ向けられた声。鳴り止まないサイレンに悲鳴、そして熱気が増す。体の感覚はふわっとしているが、胃部そして頭部の不快感は緩やかな傾斜を転がる。
どの程度時間が経過したのだろう。痛みは和らぐことがなく、私の全てを叩き起こす。視界にはぼやけながらも木漏れ日に大小の影を映し出す。ただ、この影の正体はわからない。見えているはずにもかかわらず、わからないのだ。ただ、非常に優しく、親しみが伝わる。幸せを与えてくれている様相だ。これにより先の痛みが和らぎ始めるかと思いきや、その考えは甘かった。耳元で鳴り響く大音響。脳の中心部に響き渡る轟音。あまりの音の響きにより、脳がシェイクされている。音の正体は音楽では無い。悲鳴や怒号、それに酷似した爆発音。大声で「止めてくれ。この耳元での音源をなくしてくれ。」懇願するが、相手に聞こえているか不明である。暫くすると、音が小さくなり、少しずつだが、音の内容が聞き取れそうになるが、そこで音はピタリと鳴り止んだ。もしかしたら、継続をしているのかもしれないが、最初の轟音で鼓膜へのダメージが大きく、聞き取れないのかもしれない。この頃になると、体に負った複数の痛みが、神経への影響に移り始めてくる。口元より唾液がこぼれ、伝い、付着部分への掻痒ができない状況である。私が誰なのか、そして何故この場でこのような仕打ちを受けているのか、相変わらず思い出せない。足元に軽度な振動を感じる。近場に電車か何かが走行しているのか?ただ、その振動は少しずつ、近づいてくる。とその時、左足の指先にとてつもない重要の何かが落ちてきた。「ごあっ」と声をあげる。足の指は動かない。おそらく折れているのか。ただ、衝撃はこれまでのものとは明らかに違い、壊す事に特化している。そう、私の現状は何者かにより、破壊目当てに色々と試されているのである。動ける限り、力が続く限りもがき、逃げようとするも、それを許さない拘束が私を締め付ける。兎に角、拘束が解ける事を望みに、動く体の組織へ脳より命令をくだす。が、それを認めない何者かが、囁く。「ショウ、トウ、シ、レキ、コウ、ダ・・・・」お経のような、呪文に親しい、またそれとは違う悍ましく、恨みの的への呪いの言葉を投げかけている。「ひっ」と声を上げた途端、左鎖骨部分周辺に叩きつける激痛。次に口腔内への金属を押しこまれ、無理やり開口させられ、水を流し込まれる。嗚咽をする間もなく腹部への衝撃、これに伴い上昇する吐瀉物。以前よりも手際が良く、次々に起きる身体への攻撃。思考が止まりそうになる頃合いを見計らう様に、これらは終了し、細い神経一本で辛うじて自己を維持できるライン。定期的に継続的な被る事のない、執拗な攻撃が繰り返される事、複数日を想定された頃、突如これは終わりを迎える。正確にはダメージを受けていない所が既にないと想定され、回復させることが目的であったと思われる。であれば、次にされる事として、精神的な方向に進むのが常である。視覚は現状も閉ざされた中で行われるのは、音での攻撃である。以前のような轟音ではなく、他者への肉体的苦痛による悲鳴、怒号をひたすら聞かされるのである。ふと気づくと、悲鳴を上げている者は同一人物と思われる。若く、色気のある声に聞こえる。以前にも聞いた事のある、懐かしい声だ。ただ、詳細は思い出せない。最初は「痛い」から始まり、「気持ち悪い」「やめて」「何故私なの?」「私は隣にいただけ」「きゃー」「許してください」「熱い、痛い・・・」「もう殺して」「お前のせいだ・・・こう・・」と昇降が激しい様子だ。自らへの肉体ダメージもキツイが、これはそれよりも違う所に響いてくる。暫くすると、呼吸音が激しく、声にならない獣の荒々しい鼻息へと変わる。眩い光がラッシュで私の目を攻撃してくる。目の前には、椅子に拘束され、ボロボロの身体で項垂れる女性。元々は美人であったろうが、今はこの様相を呈していない。慌ただしく情報が脳へ無理やりねじ込まれてくる。周囲を確認しようと、目線を動かすと、右方向に鏡があり、映し出されるのは、同様な自分と思われる姿。腹部及び陰部など体の主たる部分へ直接内部また外部へと流動する液体。頭部は一部開放されて、コネクトされている配線が見える。掛けている椅子も頑丈で更に重装感が漂うもので、ちょっとやそっとでは動かないであろう。
ここは廃工場の一部であり、ねっとりとした、思い熱湿度が体へのしかかる。では、前にみたであろう公園はなんだったのか?この頭部よる接続されている配線により無理やり見せられた映像だったのであろうか?正面の女性は誰なのか?鏡に映る自分は本来の姿であり、名前すら思い出せない。視野が開放された為、一度に多量な情報が体をパンクさせる。目の前の女性に声をかけたくとも、口は開口されており、声にならない。女性は項垂れながら、「うううっ」と声が漏れる。まだ見ていない、左側に視界を移すと、そこには段幕があり、段幕が揺れている。暫く見ていると段幕端から1人の人間と思われる者がこちらへ向かってくる。おそらく男性であろう。顔にはパーティーグッズなので使用される、馬面のマスクをしており、これ以上の情報は読み取れない。正面に立つやいなや、金槌で膝を殴打する。手加減の無い、一振りに「うごっ」と洩れる事しかできない。ダメージに苦悶の表情を受け、首部を垂れている所、片耳を持ち上げ、無理やり上に視野を戻される。耳を持つ手とは別の手にある先の金槌を、後ろにいる女性に向かい投げつける。「ぐえっ」と腹部に命中し、声となる。空いた手にはポケットより折りたたみ式のナイフが握られている。持ち上げられている耳の根本に刃先を当てられ、顔を近づけこう言った「恨みつらみ、晴らす。早く思い出せ。」何のことかさっぱりわからないが、側腹部に冷気を帯びる。直ちに冷気は熱気になり、危機的信号を全身に伝える。呼吸が激しくなり、涙で視界がぼやける。ボタボタと赤、黒入り交じる液体が床に音を奏でる。今まで以上のダメージに体は恐れが先行し、震えが止まらない。「寒いのか?」と聞かれる。キャンプ用のガスバーナーでフライパンをあたためる馬面。料理でも始まるのかと思いきや、高熱のフライパンを先の切り取った耳があった場所へ押し付けたのだ。焦げる匂いと水分が瞬間に気体へと変化する様相が、自らの体で体現されている。悲鳴も上げることができず、複式により、肺に溜まっている空気を口頭より押し出す事しかできない。馬面は私に背を向けると、女性に歩み寄り乱暴に髪を掴み上げこちらへ向けさせる。女性は口を開け唸っている。本来、口にあるはずの歯が全て見当たらない。口元より溢れる血液、そう強制的に抜かれていたのだ。ただ、記憶の片隅でこの女性の面影が、脳裏をかすめるが、正確な情報がフィードバックされてこない。と女性が辿々しい声で発声する。「ご・・・じ。」意味はわからないが、何度も繰り返す。その後、女性は馬面より側面に液体をゆっくりと、味わうように垂らされた。顔から薄い煙があがり、女性小刻みに震えながら、言葉にならない重低音を発する。顔を下げる事、髪を持ち上げることにより拒まれ、見る間に液体が垂らされている部分が爛れているのである。液体の中身は強酸性の何かであった。何もない状態では、美人であろうと予想されるその姿は、今は無残にも四谷怪談のお岩さんへと変貌したのだ。女性はその状態でも何かを伝えようと、「ごっ」と繰り返す。その姿に、私も涙がこぼれてくる。馬面はこちら向き、「まだか」と言う。何を伝えたいのか、不明であるが、何故か私はこの現状に至るまでを思い出せないのである。馬面は苛立ちを隠せない様子で、女性の髪を離すと、「ちっ」と舌打ちをし、今までとは違い、純粋に自らの手足で私や女性に攻撃をするのであった。しばらく後に段幕より、別の人がこちらへ移動してきた。馬面とは違い、小柄な女性と思われる。馬面同様、猫のマスクをしているため、わからないが、親しい中であろうかと考えられた。馬面へ耳打ち後、二人で段幕裏へ移動をした。「ガラガラ」とキャスター付の何かを移動させているおり、こちらへと運び混んできた。モニターである。モニターには写し出され始める映像は、ニュースであった。このニュース、以前にみたものである。交通事故により複数の重症者や死者を出した内容である。頭部にある頭痛の種が、この映像を見ると激しい衝撃へと変貌し始めてきた。向かいの女性も同様なのか、先の発声よりも大きいものとなり、「ご・・・う・じ」と聞こえる。とモニターよりニュースの続きが読み上げられる。
「本日、午前7時45分頃に東池袋駅交差点で次々と歩行者を跳ね、最終的に別のトラックに衝突し、止まる事故が起こりました。」「なおこの交通事故で、死亡が確認されている方は4名、重軽傷者は11名となっております。」「亡くなられた4名ですが、2名は自転車で保育園に登園中の親子です。残りの2名は小学校へ登校中の小学1年生と3生の女児です。」映し出される映像には、無残にも飛ばされた新しいランドセルや、ヘルメット。ありえない事に切断された自転車であった。横断歩道で青信号を渡り、中盤に差しかかかった所、時速100 km/h以上のスピードで蛇行してきた高級車にて、目も当てられない状況になったのだ。もう数日後には、平成から令和へ時代が移り、これに伴っての超大型連休となるGW直前が悲鳴と怒号、サイレンの雨になったのだ。アナウンサーが次に喋った言葉は「高級車を運転していたのは、イイジマ コウジさん。現在、病院へ搬送されている。また、同乗者の女性も同様とのこと。警察は、回復を待ち、任意で状況の確認を行うと発表しております。」映像が切り替わり、後日別のニュースへと切り替わる。
「また、痛ましい交通事故のニュースです。本日、神戸市で市営のバスが突如交差点で歩行者を跳ねました。現在、心肺停止は4名、重軽傷者は10名とのことです。尚、市営バスを運転していたのは、オオト カズオ容疑者です。」拘束されて、思い出す前に起きた事故のニュースを何故、コイツラは流すのか?理解ができなかった。ニュースはこれで終わりかと思いきや、何故か、最初のニュースの続報を流し始めるのであった。「イイジマ コウジさん」は文部省に勤めている。東大主席。過去に表彰されている等の情報であった。また、事故後の対応は車から降りず、警察に持たれる形で救出をされた。同席していた女性が電話で身内に情報が洩れる事を嫌い、個人情報を含むアカウントの削除や停止を行っている。Webニュースコメントでの、何故、東京の事故にはさん付けで呼ぶのに、神戸は容疑者なのか?神戸のバス運転手は事故直後に人命救助を行ったにもかかわらず、東京のイイジマは直後に何もしていない、なのに、何故逮捕されないのか?等の対応の違いや不満が溢れていた。文部省に勤めているから、「上級国民」であり、対応が違うのではないかという憶測が次第に高まっている様子の内容であった。何故、これは私や女性に見せるのか、また、痛めつけることに対になるのか全く不明であるが、先の頭痛が次第に鈍器で殴られているように感じてきた。馬面と猫マスクが近づき、「最後」とつぶやくと、新しい映像が流れ始めた。視点は防犯カメラの映像と、現場に一番にたどり着いたカメラマンによる2部構成であった。防犯カメラの映像では、投げ飛ばされる人々、停車した車からは誰も降りてこないものであった。カメラマンの映像は助手席真横からの映像であり、女性とその奥にハンドルを握る男性が写つっている。女性は電話で何かを喋っている。男性はハンドルを握ったまま、口で何かを女性に伝えている様だ。女性、男性の横顔アップにハッとした。女性は目の前で項垂れている女性に似ている。男性は・・・視線を右側にある鏡に移すと。「があああああああああっ」馬面に顔を殴られる。「静かにしろよ。」「ようやく思い出したか?」「そうだよ、これはお前だよ。」右肩へ鋭角な深い衝撃と複数回振り下ろされるアイスピック。猫マスクに無理やり顔を起こされている女性は、頬へとナイフを滑らされている。「じゃあ、こいつは誰かも思い出したかな?」「そう、同乗していた、お前の婚約者だよ。父親が政治家で、この事故をもみ消すまたは軽くするために、便宜を図っていた女だよ。似たような事故が神戸で起こっていたが、こちらは直ちに逮捕されたにもかかわらず、お前らは何も無い。そして、事故がマスコミ等から下火になった後、病院から退院したわけさ。」高々と掲げた金槌は、怒りの震えが見えるほど、強く握られている。と次の瞬間にはぱっと手を開き、子供を優しく撫でるような様子に見える。支点を無くした金槌が迎えるのは、地面。ではなく、足の甲であった。鈍くそして高大なダメージを与えつつも、本体の生命活動には問題を与えない。「そろそろ、私達が誰か、思い当たるんじゃない?そして、その後がどうなるかも。」女が振り絞りつつ「ごべんなざい。おがねでほじょうしまずので、ゆるじっ」の最後まで声を出させる事を猫マスクのフルスイングが許さない。「ぎゃああああああ」声にならないほどにまた、言葉にできない音が響き渡る。「東大主席だから、クイズは簡単に答えられるよね。」TVモニターに映し出される数式。4+11=?馬面が指さしながら回答求める。「イイダ コウジよ。これの回答を言え。」目の前に出された数式は、小学校の低学年でも回答できる問題であった。「15だろ」即答したイイダ コウジの背後より「ハズレだよ」と複数の声。固定されている体とは別に、首から上の自由は補償されている為、振り向こうとした矢先に、指先に刺す痛み。爪と指先の間に針を差し込まれる。「くっ目的は、事故の復讐か?」苦悶の表情で問いただす。背部から笑いにも似た声で「今更わかっても。当たり前すぎるだろ。」「先のクイズの回答を教えてやるよ。4は死んでいった子供やその親、11は重軽傷者の数だよ。だから、足したら15じゃなくて、それ以上になるんだよ。お前に復讐を望む関係者の数が答えだ。」目の前が真っ暗になるとはこの事か。血の気が引くイイダの耳もとで、「楽に殺されると思うなよ。そして、簡単に死ぬなよ。」と囁かれる。「段幕の後ろにはまだ、お前に消された方々の親類が待っている。それぞれの思いを体に刻み、受け止めながら、反省をするもよし、命乞いをするもよし。」憎悪の声で示される本気の恨みを浴びながら、イイダとその婚約者は絶望を感じる。馬面が「ソウという映画のシリーズを見たことはあるか?代償を払えば、命は助かる話だが、お前らにはこの希望は無い。最後まで、此処で苦痛を味わい、そして亡くなった人、怪我をした人からの対価を刻む事になる。永遠に。」
事故現場には、現在も多くの花やお供え物が尽きない。途絶えることの無い悲しいニュース。日々事故によって失われる命や自ら絶たれる命。簡単に奪われ得る命。物は使い方によって、人々を幸福へ導く道具にも、不幸へ誘う凶器へもなりうることを、理解しつつ、使用者の許容に委ねられる。ある日、突然失われた命は、近親者には計り知れない絶望となり、終わりのない絶望と悲しみが途切れる事は無い。生活する上で、思い出し、涙する姿は容易に想像できるが、悲しみの深さは、当事者にしかわからない。少なくとも、このような方々が減るようになることを望み、また少しでも皆様の意識が変われればと思う。