セーブ8回目 混ざる感覚と説教と依頼クリア
続きました。難しいものをクリアしたときは最高ってもんです。
一部編集しました
ボス戦が終わって精神も肉体も疲弊しきっているが、やらねばならないことがある。モンスターからの剥ぎ取りはしっかりしなければ…素材集めを怠ればいざ武器や防具を作るときに足りなくなる。それで足りないから狩りに行くなんてことになればそれはただの二度手間だ…
「く…ぬぅおあぁぁぁ……あ゛ぁ゛、起き上がるのつっら………おかしいなぁ、ゲームしてただけだってのに…」
目の前にいる自機が起き上がるのと同時に自分の体を起こすような感覚を覚える、体の妙なだるさもセットで付いてくる。そうか…ここまで疲弊するほど集中してゲームしてたのか…
「にしてもひっさしぶりだなーこんな疲れるまでゲームしてたの…とりあえず剥ぎ取りだ」
倒した黒トロールの近くによると自機の近くに剥ぎ取りアイコンが出てくる。
いつもどおりAボタンを押し、素材を手に入れようとするが、先のトカゲ三匹のように黒い粒になり消えていった。
「…そういえばさっきのトカゲもこんな感じだったなぁ、この黒い奴らからは専用の素材は剥ぎ取れないってことか。だったら残ってるアイテムでも探して拾っとくか」
………
結局手に入ったのは金貨数枚だけだった。死体漁りで手に入れた金貨を眺めながら「どうしてこいつらの素材は手に入らないのか」と考えていると後ろのほうからおーいと呼ばれる声が聞こえた。
「おい!トロールもどきはどうなった?!」
角の生えた赤い人間が質問してくる。画面下のほうにメッセージウィンドウが出ている。…ひどく簡素なウィンドウだ。初代ポ〇モンじみている。
「そいつならなんとか倒したよ…チュートリアルクエのボスにスパアマ付けてオワタ式やらせるとかちょっと開発者はSなのかと疑いたくなるねハハハ………はぁ」
乾いた笑いとため息が出てくる。難しすぎるとか言いたいわけじゃないけど神経は磨り減る。
「おい…なにわけのわからないこと言ってんだ?それに、その死んだ魚のような眼はどうした?まるで別人じゃないか…」
「死んだ魚の目ぇ?ずいぶんひどい言われ方されてんなぁこの自機は…そんなにひどい顔ならちょとカメラいじって確認してみるか………あれ?右スティック、これCスティックじゃねーか…あ、そうかー。さっきまでキューブコンでス〇ブラしてたのかぁ。それならカメラ操作できないよ………………」
待て、俺は一体何を言っている?
「……大丈夫か?死んだ魚の目って言ったのが傷ついたなら謝るが…うわっ?!」
ガバと赤い人間みたいな奴の肩を掴みかかる。
「なあ?!俺今なんて言ってた?!」
「はぁ?…いや、カメラがどうのスティックがどうのとか言ってたけど…」
やばい。俺は今、とんでもない思考回路になっている。常人なら絶対にならないような感覚になってしまっている。
「おい、いきなり蹲ってどうした?………お前本当に大丈夫か?頭でも強く打ったか?」
「………さっきまでの俺は現実を見てなかった」
「は?」
「目に映るもの、肌で感じる感覚全て、画面の中のこととしか認識できてなかったんだ!!」
「おい本当に大丈夫か?!突然叫びだしてどうした?!」
体を起こしたのは自分ではなく自機、剥ぎ取れるものの近くに行くとアイコンが浮かび、他人の発言はメッセージウィンドウに表示され、自分の姿を映すためにカメラを操作しようとした………黒トカゲの時に感じた違和感の原因はこれか!そうか、あの時から傾向はあったのか…
「だめだ…現実にゲームを混ぜて考えるなんてのは…こんなこと絶対にやってはならないんだ!」
目の前の世界が二重三重に見える、それどころか自分の後ろ姿が見える…普段こんな混ざって感じることなんかねーよ…
これはどうにかしなければならない、考えの指標としてゲーム感覚でいるのは問題ないが残機があるとかセーブができるとかいう非現実的な勘違いをし始めるのはやばい………振り返り、困惑している赤い奴に頼みごとをする。
「なぁ…軽ーく殴ってくんねーか?」
「…は?」
赤い奴は「何言ってんだこいつ?」という目でこちらを見てくる。しかし今は他人にどう見られているかなんてのは考えなくていい、なんとしても現実に戻らなくてはいけないのだ。
「よく漫画とかゲームで正気をなくした奴を殴って戻すだろ?そんな感じでこの状態を外的要因でなんとかするんだよ!」
「なるほどなぁ…わかった、やってやるよ」
…なんだこの赤い奴。妙に飲み込みが早いな。それに嫌な予感がする。
「いいか、軽くだからな。本気で殴るんじゃないぞ?」
「あぁ、軽ーくぶん殴ればいいんだろ?」
そういうと赤い奴は大きく拳を振りかぶり始めた。
「おいおいおい待て待て待て!!なんでそんな思い切り殴る体勢になってんだよ?!軽くでいいんだよ軽くで?!思い切り殴れなんて一言もゲブェ?!」
左頬に勢いの付いた拳が叩きつけられた。首が右後ろにグリと曲がり、体が宙を浮き吹き飛んだ。
………
やばい、頬と首と背中が痛い。脳も揺らされたのか吐き気もする。………でも、世界はしっかり見えてるし、自分の後ろ姿が見えるなんてこともないし、手元にコントローラがあるわけでも、画面の中に体力ゲージが見えることもない。
透き通った青い空を眺めながら実感する………
戻ってこれた。俺は現実の世界に戻ってこれたんだ。
◇
体の痛みを我慢しながらなんとか立ち上がる。それを見ている赤い奴…たしか赤田だっけ、が訪ねてくる。
「正気に戻れたか?」
そういいながらそいつは心配半分、やる気半分の表情をしながら拳を握っている。「なんならもう一発やっとくか?」というオーラを纏いながら。
「………一応、まともな状態になったよ」
目の前にいる畜生の全力パンチのせいでなクソがと口元まで上がってきた言葉をなんとか飲み込み返事をする。
そうかそうかと赤田はいっそ殺意すら湧いてくるような笑顔で笑ってきた。こいつ煽ってんじゃねーのか?と目の前の畜生に殴りかかろうかと一瞬考えた時、自分と畜生以外の声が聞こえてきた。
「あ、いたいた!マスター、こっちこっち!」
青い姿の奴……たしか青田だっけか。どうやら人を連れてきているらしい。こちらを見つけ、後ろにいる誰かを手招きしているのが見える。
青田の後ろを注視すると、土煙をあげながらこちらに猛スピードで走ってくる人影を発見する。その人影は青田を通り過ぎ、こちらの数十歩手前でブレーキをかけ、目の前までズサーと滑ってきた。
「トーシロー………お前………」
土煙のなかエプロン姿の大男、あの店の店主兼ギルドマスターが近づいてくる。声が少し震えているが、多分怒りとかそういうものでだろう。これは単独行動したことを殴られながら怒られるパターンだろう。ゲームでもよくあるものだと思い、殴られる覚悟をしたが、それは杞憂に終わった。
「無事で……本当に無事でよかったぁぁぁぁ!」
大の大人が自分より小さい人間の肩をがっしり掴み大粒の涙を流しながらわんわんと泣き出した。この状況を理解するのに数秒かかった。
………
マスターは泣きっぱなしだったので後から来たナイトに簡単な説明をされた。
店に戻りマスターに事情を説明しこのエリアに来てもらい、道中で青田に会い、奥で俺が戦っていることを知らされ、一目散にここに案内させたようだ。説明を受けながら青田のほうに視線を移すと、ぜぇはぁと肩で息をしている。
「グズッ…とにかく無事でよかったが、トーシロー!ナイト!お前たち二人に言いたいことが山ほどある!そこに正座をしろ!!」
その一言から長い長い説教が始まった。内容としては単独行動がいかに危険かということやうちのギルドは命を大切にするのが一番大事だということや自分の命を大切にしろということや他人の命より自分の命を大切にしろということや他人を助けたければ自分の命を大切にしろということを内容が微妙に変わりながら何回も何回も言われた。途中愚痴じみたことも言っていたし、何を話しているか自分でもわかってなかった時もある様子だった。
はたから見れば大の大人が鼻声で涙ぐみながら鎧を着た奴と来てないやつを正座させわけのわからないことを大声で喋っているというわけのわからない状況になっていることだろう…正直一番つらいのは崩せない正座だ。
◇
「どにがぐ、これからは単独行動は絶対するんじゃないぞ!わがっだな?!」
「「はい…」」
二人揃って返事をした。そして返事が終わるのとほぼ同時に足を崩し後ろに倒れこんだ。
「あ……足が…足がががああぁぁあぁ…」
「ぐぉぉぉぉぁぉ………」
横たわりながら奇声を上げる、その姿を見て青田は笑い転げていた。あの畜生は絶対に一回ぶん殴らなければ…
「すまん、あいつは後で殴っておく。それとこれが依頼クリアの証明書だ」
赤田が近くで頭を下げた後、カバンの中から紙を渡してくる。そこにはでかく「合格!!」の文字だけが記されていた。
「こ、これをマスターに渡せばクリアなんだよな…?」
隣で足を抱えて悶えているナイトに尋ねる。コクコクと頭を振る動作があったため、これでクリアになるのだろう。
痺れて言うことを聞かない足を動かし、マスターの前まで歩き紙を渡す。
「これで…クリアですよ、ぬうおぁぁぁぁ足がぁぁっぁ…!」
渡し終わったと同時に崩れ落ちる。受け取ったマスターは顔を拭いながら宣言した。
「よし!これでトーシローの依頼は達成だ!そして!!我がギルド、『酒場の友』への入団を歓迎する!!!」
その言葉を聞き、心の中にとてつもない量の達成感が沸き上がった。その勢いは心の中にとどまらず仰向けになった体全体に行き渡った。右拳を空に掲げ、腹の底から湧き上がる勢いに任せ雄叫びをあげた。
「っっっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「ただし!!!単独行動によるペナルティとして三日間依頼を受けるのは禁止とする!!」
「…………えぇ?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
「大丈夫だ、三日なんて!土地勘付けたりなんだりしてたら一瞬だ!そんじゃ、このエリアの入り口で待ってるから動けるようになったらこいよー!」
そう言いながらマスターはずんずんと戻っていった。心なしか機嫌も治っている様子だ。
(まじかぁ…三日待機はちょっと想定外だなぁ。言われた通りに土地勘付けたりこの世界の知識仕入れたりして過ごすしかないかぁ…)
「なぁ!あのトロールもどきどんなチートスキルで倒したんだ?!」
これからどうするか考えていると青田が妙にキラキラした目で質問してきた。
「………チートじみたものは使ったけどチートかどうかと言われると微妙だな」
「ん?どういう意味だそれ?転生者は皆チート持ちが常識だろ?漫画やラノベの基本だろ」
本当にこいつメタ発言じみたもの多すぎないか?まぁ今はいいか…
「…漫画やラノベの主人公はそうかもしれんけど、俺はそうじゃないんだよ」
「なに?無能力系主人公目指してんの?」
「いや、そういうのでもなくて…」
なかば呆れ気味に言葉を返す。なんだろう、こいつと話してると調子に乗ってる中学生と話してる気分になる…
「じゃあどういうのなんだよ?」
青田が少しイラつきながら聞いてくる。正直自分のへたくそな説明を聞いて理解できるかどうか…でも簡単に説明しとかないと会話を切れそうにないな。
「………お前は初見ゲームをやる時チートを使うのか?」
青田は「はぁ?」と言いながら何を言ってるんだと書かれた顔をかしげる。
「簡単に言えばそういうことだ。ほんじゃ、俺はもう帰るわ」
まだ痺れの残る足をかばいながらぎこちない動きで立ち上がる。
「おい?!何言ってるかさっぱりわかんねーよ?ちゃんと説明しろよ!」
「悪い、俺説明へたくそだし色々確認したり試すことあるからまた今度な」
右手で謝る動作をしながら頭を軽く下げて、鬼二人に背を向けながら歩き始める。少し先にナイトの後ろ姿が見える、多分俺たちが話してる間に先に歩き始めたのだろう。
「今度って言ったからなー!また今度来いよー!!」
後ろからそんな声が聞こえた。その言葉に答えるように右手を振り歩いていく。
………変な約束しちまったなぁ。どう説明するか考えとこう。
続くといいな
多分続きます。クリアした後は次へ向けて反省会をするもんです。