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先輩、なんですっ!

質問の持つ意味は、僕にも瞬時に分かった。話に無関心を装っていた日比野でさえも、さすがに驚いた様子で、思わず妹の方を振り向いた。


「え、あ、あの...」

妹は、自分の言ったことよりも、むしろ二人の男の驚きようにすっかり狼狽えた様子だった。「あの、そういう、わけじゃ、...わっ、わたしはぁ、ただ…」

彼女は思わずうつむいた。両の耳が赤くなった。「...違うんです...」


「何が違うんだ?」日比野までが少なからず興奮しているようだった。興奮する理由が僕とは違っていたが。

「何が違うんだよ」「いえ、あたし、じゃないの!」

妹は赤くなった顔をあげた。


「あたしじゃなくって...、あっ、あたしの、....先輩の話!」妹は、迫ってきた兄の顔から逃れるように横へ飛びのいた。

「せっ、先輩のこと...、私、本気で心配しているんです。とってもかわいい人なのに、男の人と付き合ったこと、全然、無いらしくって」

「お前は、あるというのか?」

「お兄ちゃんは黙ってて!」

妹は赤くなった顔で、兄をにらみつけた。

「...祐介さん、あの、一度、先輩と会っていただけます?きっと….、好きなっていただけると思います。本当に、本当にかわいい、方、ですから」


「はあ...」

悪い話ではないが、急なことでもあり、はっきりした返事は出来なかった。僕は、そういうものからずいぶん長いこと遠ざかっていた。こうやって気ままに一人で生きていくのも悪くないかな、などと考えていた時期だった。朱音さんの申し出はうれしかったが、僕はあまり乗り気ではなかった。


「それは、その...、あなたの先輩という方が、僕をどう思うか、ですよね…。僕がここで決めて、どうなるものでも、無いんじゃないでしょうか」

僕は、そのときの生活が正直、気に入っていたのだった。だから、これを変えるような面倒は避けたいと思っていた。このまま、この話をやんわりと断る方法を心の内で模索していた。

「それは、心配ないと思います...。だから、私もお願いしてるんです。」

彼女は僕の言葉の真意に気がついていない様子だった。まっすぐな瞳で僕を見て訴えかけるように言った。


「実は、先輩、あのお店で、今、私と一緒にバイトしているんです。今日、見ませんでした?」

僕には、これと言って思い当たる店員はいなかった。

いや、気がつきませんでした。そう答えた。

「そうですか...。それなら、もし、よろしければ、後でもう一回お店に来ていただけますか?...こっそり、お教えします。」

「何もそこまでしていただかなくても...、」


彼女の積極性に、僕は気持が引いてしまうのを感じていた。

「...祐介さん」消極的な僕を前にしても、彼女はうろたえる様子がなかった。僕は思わず、そのまっすぐな瞳に吸い込まれそうになるのを感じた。

「...せっかく、ここで、出会えたんですから...、もう一度だけでも、お店に来て….、いただけませんか?」


僕は彼女に、すっかり気圧されてしまった。はあ、と生半可な返事を返してしまった。


「...本当ですか!」彼女の表情が、ぱっと明るくなった。

「じゃあ、また、来週にでも!」彼女は、そう言うと、すぐに僕にメールアドレスを教えてくれた。そして、もう一度、ありがとうございますと満面の笑顔でお辞儀した後、跳ねるような足取りで僕らの前から立ち去った。


僕と日比野は、その場に突っ立ったまま、彼女の後姿を見送った。

「活発そうな子だね。誰かさんとは違って」

「...まいった」日比野は、すっかり意気消沈していた。

「今日は、人生最悪の日だ」

「そうかな」

「君は、いいさ。新しい出会いの段取りを、つけてもらったもんな。...あからさまに、にこにこしてくれてるね」

「...ごめん」

自分でも気がつかないうちに僕は微笑んでいたらしい。


「でも、あんなにかわいい妹さんがいるんだから、君はいつも幸せだろう?」

「そうでもない」日比野はぼそっと言った。

「...一緒にいると、いろいろ大変だ」彼はこれ見よがしに、大きな溜息を吐いた。

それから、彼はとうとうと、朱音さんがどれだけ扱いに困る妹であるかを語った。彼の部屋に勝手に入ってきて、大切なフィギュアをみんな売りに出してしまった話や、ことごとく彼の振る舞いに文句をつけ、挙句の果てに、向かい合ってご飯を食べているだけで、気持ち悪いと言われた話など、彼はこれまでの彼女の悪行の数々を述べ立てた。


だが、彼がどれだけ彼女の欠点を述べ立てても、その時の僕の耳にはほとんど入ってこなかった。彼女が紹介してくれるという女性が、どんな女性なのか、だんだんに興味が出てきた。また、にやけたところを彼に指摘されないように自分の表情に気を払いながら、それからしばらく、彼の愚痴に付き合っていた。

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