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新米

注文から十分もしないうちに、僕らのメニューが運ばれてきた。

「お待たせしました、ご主人さま!」

運んできた女の子は、先ほどとは違い、随分小柄な子だった。

まだ、店の仕事に慣れていないようで、メイド役が板に付いているとはとても言えなかった。

「ご注文の...、あまあま...、るんるんブレンドと....」

「“あまあまるんるんここあ”」

彼女の方を一向に見ようとせず、窓の向こうを向いたままの日比野が、すかさず彼女の誤りを指摘した。

店員は、彼の不意の横やりに驚いて目を丸くしていたが、

「え?ああ、...あまあまるんるんココアですね...」と、素直に言い間違いを直した。


彼女は盆の上のコーヒーを狭いテーブルの上に乗せようとした。ところが、先に置いてあった水の入ったコップに手が触れ、危うくひっくり返しそうになった。

「ごめんなさい!」そう言ってあわてて、今度は銀盆の上に載せていたふきんでテーブルを拭こうとすると、今度は力が入りすぎて、テーブル全体が、がたりと傾きかける。はっと驚いて、彼女は思わず両の手をひっこめた。

慣れない仕事で彼女は明らかに舞い上がっていた。その上、日比野に不意打ちのように指摘されて、ただでさえ、上手にいかない仕事がますます、ぎこちなくなっているようだった。


何とかテーブルの上を拭き終ると、彼女はおそらく無意識に、ふうと大息をついた。それから日比野の方を見た。客である日比野が気を害したのではないかと、気になっていたらしかった。窓の向こうを向いたきりの彼の表情をのぞき込もうと、彼女は何度も首を伸ばしていた。

しかし頑なにも、彼は一向に彼女の方を振り向こうとはしないまま、窓の外を見ているだけだった。


僕は彼が恥ずかしがっているのかもしれないと察した。それに気づかず、気をすり減らしている彼女が申し訳なく思えてきた。

「...ごめんなさい、大丈夫ですから」

僕は小さな声で、彼女にそう言った。

彼女は、いえ...、と小さな声で答えたが、それでも、しばらくその場所にとどまっていた。しかし、やがて諦めたのか、僕に小さくお辞儀して下がっていった。


「...今の子、ちょっとかわいいね」

僕は窓の外を向いたままの日比野に話しかけた。

「...そう」

彼は気乗りしない、ぼんやりした表情のまま、頬杖をついていた。

「そうやって窓ばかり見てても、わかんないんじゃない?」

僕は彼を茶化すつもりで、そう言った。


彼は突然、立ち上がった。「...もう、帰ろう」

僕は驚いて彼を止めた。

「ちょ、ちょっと待ってよ。どうしたんだよ、急に。まだ、メニューが来たばかりなのに。」

日比野は立ち上がったまま、ちら、と僕の目を見た。

相当困った顔だった。

「まずいんだよ」彼は言った。

「何が?」

「今の...。」

「今の?」

彼は、先ほどメニューを持ってきた女の子を指しているらしかった。

「今の子が、どうかしたの?...君、まさか…、タイプ?」

「そんなんじゃない」思いの外、彼は真剣だった。

「あれは...。」

「あれは?」

「...あれは、僕の妹だ」

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