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そもそも、僕らは

この日比野と僕が出会ったのは、大学に入ってすぐのことだ。あれは確か、専門科目の時間だったと思う。植物生理学の分厚い教科書にうんざりした4月の話だ。彼は元来、とても真面目な学生なので、授業はいつも、一番前の席に座って聞いていた。狭い教室の一番前は、講義する先生の机とほとんど密着していて、そこに座ると、ほとんど先生の腹と、背中ぐらいしか見えないはずなのだが、そこに座ることで、彼は安心を覚えるようだった。


本格的な授業開始の初日から僕は悪癖の時間に無頓着なところが出て、授業に遅れそうになってしまった。自分の性格を呪いながら家から大学まで走って来た。教室に駆け込むと、もう席は後ろの方から埋まってしまっていた。

開いているのは日比野の隣だけだった。

「ここ、座っていいですか。」

遠慮がちに聞くと、彼はなぜだか少し驚いたような顔をして、

「...ああ。」

という、何とも曖昧な返事を返してよこした。僕はその返事を聞いてもなお、彼が座ることを許してくれたことがわかりかねて、そこに立ったまま、しばらく座ることを躊躇していた。


その日の授業は、まだ大学生活の第一歩ということで、これから行う講義の説明で終わった。単位、講義、シラバス、レジュメ。聞きなれない単語の羅列で僕らをひとしきり戸惑わせた後、担当教授は、目の前の視界をさえぎる灰色の前髪を掻き上げて、

「...じゃあ」

と言い残し部屋を去った。


礼も起立もない始まりと終わりに、右も左もわからぬ新入学生たちは戸惑い、しばらく授業が終わったのさえ分からずにいたが、やがて好奇心が騒ぎ出したのか、隣に座った他の学生と積極的に会話を始めた。僕は普段、それほど社交的な方ではなかった。だが、せっかくだから隣に座った日比野と少し話してみようと思った。大学の一年目には、それまでの不可能を可能にする恥ずかしいまでの世間知らずなエネルギーがある。


「あのさ、君はここ、地元なの?」

僕は大学に入るために、他県から出てきていた。

「..え?」

彼は、またも、きょとんとした顔で僕を見た。

「あ、いや…、何でも、無いんだ...。」

僕の最初の挑戦は、それっきり、だった。そもそも、出会ったばかりの彼の出生にそれほどの興味があったわけではない。話すきっかけが欲しくてした質問が相手に意外と受け止められてしまったら、それまでのことだった。


正直、僕のそれまでの人生で、こんなに会話の合わない人間と出会ったのは生まれて初めてのことだった。このとき僕は、彼とはずっと話す機会はないだろうと強く思ったのだが、それでも不思議と縁というものがあったのだろうか。選択する講義も、実習でのグループも一緒になることが多く、少しずつ話をしているうちに、ずい分仲良くなった。


日比野は、それでも言うまでもなく変りものだった。仲間からも多少際物扱いされていたところがあった。だが、僕はあまり構わなかった。僕もそれほど友人を多く作る方でもなかったし、彼はものの考え方が他人とは違っていて、見ているだけで新鮮で興味がわいた、と言うこともある。


そうして僕らは、週末になると、彼の聖地である秋葉原にフラリと出かけるようになった。秋葉原はオタクの街だというくらいはもちろん知っていた。だが、だからこそ、僕はこの街があまり好きではなかった。僕は外見上オタクに間違えられることが多かった。あまり格好にかまうほうでもなかったこともあるのかもしれない。実際にはアウトドアも嫌いじゃないのだが、どうもインドアに見られてしまうようなのだ。その所為もあって、僕はそれまでオタクというものを心の底で嫌っていた。不健全なものとして。


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