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巻き戻されたテープのような

「村瀬、真樹さん、か」



僕は独りごちた。今日の彼女の仕草一つ一つを思い起こしていた。

正直、彼女の性格は、外見から予想していたものとは大きく違っていた。僕はもっと穏やかで、朱音さんが言っていたようにシャイな性格なのだろうと思っていたが、実際に話してみると正反対で、むしろ自分よりずっと頼りがいのある性格のように感じた。


でも、そうした男勝りな性格の一方で、時々見せる女性的なしぐさや感覚が僕が、僕には余計に魅力的に映った。


「…そうだ」

僕は、そこで、ふと今日の日を生み出してくれた朱音さんのことを思い出した。ポケットから携帯を取り出して、彼女にメールを送った。


“朱音さん、もう寝ちゃったかな

?今日は、ありがとう”

そう言う書き出しだった。


“始めはどうなるかと思ったけど

、予想外に彼女とうち解けてしま

いました。”


朱音さんからはすぐに返事が来た。


“こんばんは☆祐介さん。

まだ眠っていませんよ。ちょうど

ベットに入ったところ。

良かったですね。私は先輩が、知

らないところでお店を辞めていた

ことを、さっき友達から聞いて、

明日、不平を言って上げようと思

っていました。”


僕はそれを聞いて明日の二人のやりとりを想像し、一人でにやけてしまった。

彼女はそれから、メールの末尾に


“もう、祐介さんがお店に来なく

なっちゃうだろうなと思うと、少

し寂しいです”


そう書いていた。

僕は、少なくとも日比野と秋葉原に行くことは今後もあるだろうし、メールだけではなく実際に朱音さんに会って今日のことを報告したいと思っていた。そのことをメールに書いて返信した。


“また、行きますよ。朱音さんの

ネコミミメイドは特別です”


彼女から返事が来た。

絵文字で、怒りを表すマークが入っていた。


“もう!

でも、いいです。

また来てください☆”


僕は携帯を折りたたんでポケットにしまった。

幸せな笑みはいつまでも引かなかった。



   †

さて、僕はこうして真樹と知り合ってから、順調に交際を重ねていた。

そのほとんどは初めの時と同じようにお酒を介した付き合いだった。


真樹は、朱音さんの説明から受けた印象よりずっとオープンで、誰とでも仲良くできそうな印象の女性だった。あまり女の人と合わせるのが得意でないと感じていた僕にとって、彼女のこの性格は救いだった。僕と彼女は、始め飲み屋で頻繁に合うようになり、あちこち出歩くようにもなり、やがて彼女の部屋に上がり込んで飲むことも多くなった。


女の子の部屋に入ったのは、それが初めてではなかった。僕の印象では、女の子は誰も、自分の世界のようなものを部屋に持っていることが多くて、物もちがよすぎるのか、学生用の狭い部屋の中に過剰なほど多種多様なものが詰め込まれている印象があった。

しかし、真樹の部屋はまったく違っていた。


彼女の部屋は、物がほとんどなかった。テニス用品や、生活に使う雑貨類が、小さなケースに収まってぽつんと部屋の隅に置かれているくらいで、女の子の部屋でよく見たクッションやぬいぐるみや、化粧品類は、まったくなかった。


「殺風景だね」

初めて彼女の部屋に上がった時、思わずそう言ってしまったほどだった。

「普通、女の子の部屋って、もうちょっと化粧品とか、あるものだと思ってたけど」

「…一応、あるにはあるんだけど」

彼女はそう言って部屋の隅を指差した。

「朱音に、この前買ってもらったのが、そのまんま」

「...やっぱり、朱音さん頼み?」


「頼みというか、向こうが勝手に買いましょうって言い出して」

真樹は笑っていた。

「化粧って、それこそ成人式の日にやられたくらいで、普段しないから」

「女の人にも、そういう人がいるんだね」

冷やかすつもりで言うと、彼女は、

「現に、ここに」そう言って自分を指差した。


「...やっぱり、変わってるよね、私って。女として生まれたんなら、もうちょっと自分をきれいに見せることも、考えたほうがいいんだろうけど」

「必ずしもそうでもないんじゃない?女の人だからって、みんなお洒落なわけでもないでしょう」


それは慰めでも何でもなく、普段から僕が思っていたことだった。僕は、化粧の匂いというものがあまり好きになれなかったから、多少地味でも小ざっぱりした人の方がむしろ好ましいとさえ思っていた。

「でも、どうなんだろう。そういう意識が全くないっていうのも、ちょっと変なんじゃない」

彼女は、そのことが意外に気なっていたらしかった。

「そんなに気にするなら、お洒落したらいいのに」

「まあ、それはそうなんだけど」

彼女は困ったように笑っていた。

「なんというか...」


彼女は、自分の中で、何か適切な言葉を探しているようだった。

そして、やがて僕の顔を不安げな目で見上げて、

「…祐介はさ、鏡に映った自分は、自分だと思える?」

そんなことを聞いた。

思わず笑ってしまった。

「そりゃあ、そうでしょう」


「そうだよね。」言った彼女も笑っていた。

「私もそれが普通なんだろうなって、思う。...でも、時々わからなくなるんだよね。」

「なにが?」

「私、本当にこういう顔してるのかなって」

彼女は部屋の隅に置かれた小さな鏡を見ながらいった。

その鏡には、表面に薄くほこりが積もっていた。


「自分の顔って、自分の目では見えないでしょう。鏡で映るのは自分の顔だって教わってはいるけれど...」

「まあ、それが事実だからね」

「事実とは分かっていても...。なんていうのかな、受け入れられないんだよね。」

「受け入れられないって、自分の顔でしょ?生まれたときからの。」

「そのはずなんだけけどね...。なんて言ったら伝わるんだろう。あれかな、初めて、録音された自分の声を聞いたときみたいな違和感」


「ああ、あれ!」僕はようやく合点が言った感じがした。

「あれ、変な感じだよね。え、これ、僕の声?って、誰でもなる」

「そうそう。その感じ」彼女は笑った。

「まさにあれ。鏡を見るたびに、自分の中でイメージしている自分と、鏡に映る自分とに、なんかギャップを感じる」

「でも、さすがに慣れない?一年や二年の付き合いでもないんだし。自分の顔とは」

「...そういうもんなのかな。なんだか、根本的に違うんだよね。イメージと。どうしても、受け入れられなくって...」


「それは大変だ。魔法で豚にでも変えられた?」

「豚はないでしょう!」彼女は怒ったように眉を吊り上げて見せた。

「でも、この違和感がずうっと続いてる。私の場合には。...まあ、些細なことなのかもしれないけど」



    †

こんなことがあった。


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