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第十九話 目的


 アクティノールに対峙する獣型の機体が動いたことによりトオジが反応する。相手の初動作の緩慢さはフェイクとでも言わんばかりに突如として音をも置き去りにするような目で追うことも困難なほどの加速からアクティノールへと迫る。

 トオジは完全に対処が遅れたことにより見て対処ではなくほぼ勘に依る動きになるも間に合わせるとばかりに、右腕を盾とするように肘を基点に右腕を畳みつつ左脚を引くように半身へと移行する。


 結果としてはアクティノールと獣型の機体の接触も起きず、獣型機体がアクティノールの横を通り過ぎるだけの形となった。

 これはトオジの操作が間に合ったのか、はたまた避けてもらったのかは本人たちのみが知るところであろう。


 追撃を懸念してかトオジはすぐさま振り向く挙動をするも相手に動きがない戸惑いからか身動きが取れなくなっている。


 両者行き詰まったように沈黙が続くかと思われたところ、これまた突然に音声コンタクトの合図が入る。どうやら外部スピーカーも使っての挨拶が入っていたようだ。


 「こちら、依頼により参上したプレアデスのフリストだ!」

 獣型機体から発せられる音声から、不意の襲撃者がフリストと名乗る人物であることが告げられる。


 「どうもはじめまして、こちら依頼主のトオジとサポートのアルマです」

 さも何事もなかったように返すアルマ。

 依頼により参上したとのことだが、トオジにはなにを言っているのか理解が及んでいないように、返事をするアルマを目を見開きながら凝視する。


 「なに? 例の如く俺だけ知らない的な?」


 「説明は彼らとの合流後にする予定でした」


 「いやいや、こんな形なら教えてくれない?」


 「流石に初回接触でこんな行動を取るとは思っておりませんでした」

 アルマから一応の謝罪の言葉が出てくるも何も問題ないと言わんばかりの雰囲気である。


 「ですが、向こうとしても彼の行動は想定外だったようですよ」

 アルマが更に続けた言葉から先程のフリストを見やると何やら通話越しに頭を下げているようにも見える。

 どうやら他の仲間を置き去りにする内緒の行動だったのか、通信越しにプレアデスメンバーから先程の行動を詰められているようであった。


 フリストがやってきた方角の更に遠くの方からはフリスト以外のプレアデスのメンバーと思しき集団が移動しているだろう砂煙が見える。


 アクティノールコックピット内、アルマはトオジに傭兵団プレアデスに対して今後の訓練に参加してもらう依頼したことを説明する。

 アルマからの説明によるものか、フリストが獣型機体から降りてアクティノールに寄ってくるのを見たからか、トオジはアルマを伴ってアクティノールのコックピットから出るとその足元に降り立つ。


 トオジ、アルマ、フリストが顔を突き合わした瞬間であった。

 「俺がトオジで、こっちがサポートAIのアルマです」


 「もう名乗っちまったが改めて、俺がプレアデスのリーダー、フリストだ」

 今回はトオジから名乗る。フリストは人好きのするような笑顔から此処に辿りつくまでどのように大変だったかをオーバーアクションも交えつつ一方的に話し始める。


 改めてフリストを見る。

 身長は高めのトオジよりも拳一つ分ほどの長身だ。その上、今は特殊なスーツに身を包んでいる格好からもそれなりに鍛えこまれた筋肉の鎧度合いが伝わってくる。

 髪は栗毛に少々癖のように波打ったショートを中分けにしているといったところ。彫りは深めでありその高い鼻、二重によるぱっちり開いた目は青く、やや厚めの唇から異性モテする容姿がこれでもかと主張している。


 「それにしてもあんたたちの機体、逆関節じゃない二足歩行タイプに乗ってるなんて珍しいな」

 一方的なお喋りが途切れたろうフリストからトオジ陣営の機体について話題が移る。


 「自慢の最新機です」

 アルマの自信溢れる言葉を聞きながら、フリストは眩しいものを見るように目を細めながらアクティノールを見上げる。


 「TOKYOに出た話題の機体とはシルエットが違うようだけど?」

 フリストは狙ってかどうなのかさらっと質問を入れる。


 「別件で出ております」

 アルマは知らぬ存ぜぬのような取り繕うこともなく、しれっと答える。一緒に並んでいたトオジは少々身構えるのだがどこ吹く風だった。


 「安心してくれ、依頼料満額前払いしている依頼者をどうこうするほど堕ちちゃいねえよ」

 駆け引き材料として探ったつもりだったのか分からないが、フリストはあまりにもあっけない答えに肩透かしを食らったと言わんばかりに両掌を上に向け肩をすくめるジェスチャーをする。


 実際のところ、フリストがどれほどトオジ陣営の機体性能の異常さを把握しているかによっては身の危険なんてレベルではない。

 ただフリストは契約の形を遂行することを重んじるのが団体を維持する一つとして掲げているような返答をする。


 しばらくして、他のプレアデスメンバーが追いつく。

 やっとのことでフリストに追いついたプレアデスの面々が一斉に批難を始めたようだ。

 待ち構えていたフリストはメンバーと面々に詰められてたじたじになるも持ち前の人徳なのか、有耶無耶したのか、すんなりと場をおさめる。


 「リーダーと名乗ってたけど、あーいうタイプか」

 トオジはそれとなくフリストの人間性についてか、はたまた団体内の雰囲気を多少なりでも察したかのような物言いのつぶやきをする。


 そのメンバーから二人を新たに引き連れたフリストがトオジらの下へ歩み寄っていく。


 「もう名乗っちまってるから、連れを紹介する、こっちにいるのが副長のエスティとボルドだ」

 今日二度目のトオジ側自己紹介に合わせてフリストが連れてきたメンバーを紹介する。

 フリストから見て左にいる女性をエスティ、右にいるフリストよりも更に長身でありガタイもいい男性をボルドと伝える。


 「エスティ・アルドです、うちの団長がご迷惑をおかけしました」

 紹介されたエスティは自己紹介とともに団長の非礼を詫びる。


 フリストの左にいるエスティ。

 フリストに比べると彫りはそこまで深くないものの目鼻立ちがすっきりと整った美人。アッシュブロンドの髪は大半を頭の天辺でまとめて巻いているようだが、少し残した前髪は真ん中より左から右へ流すように垂れさせている長さから全体もそれなりに長そうである。

 しっかりとした二重に切れ長の瞳は角度により茶色くも緑色が混ざったようにも見えるヘーゼル色だった。

 フリストとボルドとでかいの二人が揃っているためエスティはだいぶ小柄に見えるがそれでも女性としてはそれなりの高さだ。周りが高すぎる。二人が筋肉質すぎる所為でなおさら細く見えるだろうが傭兵団の副長である以上は必要なだけ鍛えているであろう。


 「ボルド・ルペイだ」

 ボルドの方はこれ以上ないくらい簡潔な名乗りと完璧な沈黙だった。フリストからは”普段からこんな感じだから気にしねえでやってくれ”と補足を入れる。


 フリストの右にいるボルド。

 ボルドは一言、でかい。トオジからさらに頭一つ分ほど高い巨人だ。特殊なパイロットスーツを着込んでいるフリストをしてそれなりの筋肉を思わせていたが、ボルドは服の上からもしっかりと鍛えられている肉体の重厚さを醸し出している。フリストよりやや明るめの栗毛の髪だが、こちらはフリストよりもずっと短髪にしている。

 ボルドに関しては容姿よりもその行動に特徴がよく表れている。

 紹介としてトオジと相対した時からフリストらよりも半歩前に出てる形を取り、いつでも二人の盾になれるような立ち位置を保っている。

 組織中に置けるボルドの献身度合いがよくよく伝わる出来事だが、それが当たり前か癖にでもなるくらい繰り返し身に染み込ませた無意識下行動なのかもしれない。


 トオジとアルマは建物へと入って話をしようと提案し、プレアデス側のフリストを含む三人を連れて場を移す。


 トオジが寝泊りに使用しているのとは別の空き部屋。

 なれど室内の構造は一緒の為、応接室などないことから使用されていない綺麗なリビングにあるテーブルを挟んで向かい合わせにしたソファへ陣営に分かれて座り合う。


 トオジ、それにフリストらプレアデスの三人。

 大柄のフリストと更に大柄のボルドを含めた三人で掛けても更に余裕のあるソファを見ると急増建物にしてもだいぶ広い作りをしている。


 アルマがお茶を用意している間に改めてトオジとフリストが軽く他愛もない雑談をする。

 ここにいる面々、トオジとプレアデスメンバでは使用言語が違う。アルマ以外、耳にかけているVEGα(ヴェガ)による翻訳機能を介した会話で意志疎通を成立させている。


 このVEGα(ヴェガ)は各々の利用者が使用言語を設定しおくと、どの言語とでも翻訳を可能にする機能も発揮する仮想型多機能電子機器である。


 アルマが人数分のお茶と茶請けを用意したところから本題に入り直す。


 「それで今回の訓練支援依頼において全額前払いした理由はなんだ?」


 「それは貴方がたプレアデスの面々にぜひ話したいことがあるからです」


 「ほぅ? それはなんだ?」

 フリストはアルマからの話を聞く意思を示すように片方の眉を上げならが先を促す。


 「今後の計画の要として是非とも仲間になってもらいます」


 「は? 依頼交渉どころか取り込みの話か」


 「そうです」


 「団長出ましょう!」


 「まあ待て、そもそも依頼の訓練すら何一つこなしてない内から抜けるのは癪だ」


 「団長! ですが!」


 「言いたいことは分かる、俺らはどこにも属さず、肩入れせず、受けた依頼をこなすことのみがモットーだ、こんな依頼初っ端から取り込み話が来たらいつも通りに蹴るだけだ」


 「でしたらっ!!」


 「だが、まだ元依頼の取り下げがない」


 「っ!?」


 「だいたいこういう時に蹴る時は、当初の依頼は餌で取り込み話だけする奴らばかりだが、まだ当初の依頼が嘘だとも言っていないどころか、前払いで全額払ってるようなイカレ野郎だ、話を聞くくらいはするさ」


 「分かりました」

 言い合っていたエスティは心の底から納得はいってない表情をするも団長たるフリストの意向に従う姿勢を見せる。ボルドは変わることなく口を閉ざしたままであった。


 「悪いな、話を遮ってしまって」


 「いえ、かまいません、当初の依頼の話に添えていた歩合に相当するところであるのも間違いないですから」


 「そうか、契約にあった歩合の話もするつもりだったが、そこに含まれるわけか」


 「はい」


 「で? 俺らを取り込むって話と歩合がどう繋がるか、続き聞こうか」


 「貴方がたに時代の先駆者の一員になっていただこうかと」


 「「「は?」」」

 これにはフリストやエスティだけでなくトオジからの疑問の声も重なった。


 「お、お前、計画丸々話す気かっ?!」


 「ええ、そうです」

 フリストらを差し置いてトオジとアルマの言い合いが始まる。


 「そうですって、もし断られて、その後言いふらされたどうすんだよ!」


 「問題ありません」


 「は? 口封じなんてできるわけないぞ?」

 トオジは知らんぞとばかりに放った不意の一言に、場が一気に凍りつくようなひりつく空気へと支配される。


 「言いたいなら好きに言いふらされても、一向にかまわないということです」

 アルマは空気など知ったことかと言わんばかりに、何一つ変わらない態度で話を続ける。

 アルマの言葉から幾分かは空気が和らいだものの、わかり易いほど睨みだしているエスティとその横にいるフリストも細めた目はまだ少しばかり細いままである。


 トオジはアルマの一言からまた口を閉ざし、アルマとフリストの会話の行く末を見守るようにフリストらへと向き直す。


 「話が逸れましたね」


 「構わないさ、ただ聞く前に言っとくが、下手な真似するようなら刺し違えてでも潰すぞ」

 フリストは先程までの戯けた軽い態度から一変し、銃弾が飛ぼうがナイフで切りつけられようが岩よりも硬く揺るぎない意思を示すかのように抑揚もなく底冷えする声色にて淡々と告げる。


 「プレアデスの方々には取り込む話を断られましても、当初の依頼分は完遂いただきますね」

 アルマは全く意に介することなく、なにも変わりない日常の会話のように間も置かずに話を進める。横にいるトオジは目を細めながら、何しているんだと言わんばかりに”お前……”と突っ込んでいた。


 「ククク…ハーッハハハハハッ」

 フリストは拍子抜けしたと言わんばかりに雰囲気を弛緩させて大いに笑い出す。

 本来なら余程の修羅場になり得たのであろうが、あまりにあまりなアルマの態度から意表を突かれたとでも言わんばかりに笑う。脅していたのが馬鹿らしくなったのかはたまたアルマの異常性が可笑しかったのか。


 「話しする気あります?」


 「悪い悪い、続けてくれ」

 アルマは心外だと言わんばかりに尋ねると、更に一笑いしたフリストはアルマに続けるよう促す。

 フリストの隣りにいたエスティも困った人だと言わんばかりに手を額に当て項垂れている。誰が困った人扱いなのかはさておくも。


 「我々の目標に宇宙進出と宇宙航があります、プレアデスの皆様には、その旅路の一員となっていただきたいのです」


 「正気……、ではあるみてえだな」

 フリストは一度言葉に詰まったものの、トオジとアルマを見つめ直すことで冗談から出された話でないことを理解する。


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