第十七話 音沙汰
話はトオジがアルマとともに日本から夜逃げした日の翌日に戻る。
ここは首相官邸の一室。
「総理!」
連日の緊急入室が多かったからか既にマナーとなる入室行動すらも取られることなく官邸にある総理執務室へ呼びかけとともに現れる人影。
人影の主はアストラオー初戦後の報告を行った男性であり、総理たるゼンからも信頼置かれている人物その人であった。
「先程の地震は大きかったのかね」
ゼンは部下の行動を咎めるどころか重なる事態についての報告を受けることを第一とする姿勢を見せる。
ゼンの部下が飛び込むよりほんの少し前に官邸全体は地震のような揺れを感知しており、その事態について把握しようとしていた。地震のような揺れと断定できていないのは揺れ具合は震度二ほどになるかだったものの、揺れそのものの時間があまりにも短かったことに起因していた。
結果、速報にもなるようなことはなかったはずなのにこうして慌しくした人物が飛び込んできた以上は何かあると推測しているようである。
「いえ、あの! あの!」
「?」
アストラオー初戦後の報告以来の珍しい言葉になっていない声にゼンは混迷が増したと思わせるように片眉だけ上げる反応を見せる。
飛び込んできてから落ち着きのなかった部下はゼンの様子から自身が混乱していることを理解したのか、一度深呼吸をしテンションを落ち着かせた後に改めて報告を続ける。
「第二不明体が官邸前に姿を現しました! 先程の揺れはそれによるものかと」
「なにっ?!」
ゼンから出た言葉はとても短い一言だったが衝撃の度合いは全く違うことがその態度から鮮明に現れていた。
今までは老練な政治家らしくパフォーマンスも含めて茶目っ気ある反応など軽めの反応を見せることはあったものの体全体で驚く姿を見せるのはとても珍しいことである。
ゼンにとっても青天の霹靂である以上、官邸全体にとっても当然であろうことが伺える。
「ここが無事と言うことは攻撃はされていないんだな?」
「はい。それどころか機体から出てきたと名乗る人物がとエントランスに現れ、政府首脳との面会を希望しています」
「なんだとっ!?」
更に飛び出る衝撃の事実。
まず第一に周りを含めた安全面について把握しようとするのは国全体の安寧を第一に舵を取り続けていた者ならではの意識なのであろう。
そんな国のトップに本日二度目となる衝撃の展開が押し寄せたのはそのすぐ後の報告からであった。
ゼンやデン、それに藍ら政府首脳が焦がれていた第二不明体ことアストラオー陣営との接触の機会がこうも早く、しかも向こうからやって来たのだ。
望んでも易々と出来もしないことが勝手に出来上がる、まるで砂漠が一夜にして一大森林地帯にでもなったかのような衝撃。本人や報告した部下にとっても信じられない状況なのであろう。
「現在の時刻を以って官邸全体を最重要機密対象とし、外部漏洩対策実施と緘口令を発する」
「はっ!」
衝撃を受けていたゼンはそれでも些細なフリーズ時間から復活すると即座に取るべき対応を部下に指示する。
ゼンほどの人物でもなかったら、その場で頬を抓ったり目を擦ったりはては耳に指突っ込んで掃除の反応をした後に現実逃避の如くおちゃらけていてもおかしくはないであろう。はたまたゼンもしたかったのかもしれないが。
外の機体は目立つことこの上なく、そちらはどうしようもないことから官邸に訪れた人物及びこれから行なわれる重要人物と思われる相手との接触における点を外部に漏らさせることないようにと指示を出したようである。
「続けて報告です、面会希望者の存在を先んじて気づかれた官房長官より、特別応接室にお通ししたまま待機してもらっていることを総理にご理解いただきたい、との言付けがございます」
「相分かった、そちらはこれ以降、私が引き受けよう」
現時点で伝えるべき内容をゼンへ伝えきった部下は失礼しますの言葉とともに執務室を辞すると受けた命を果たす為、官邸を所狭しと駆けずり回る。
部下が去った後の執務室ではゼンが深く息を吐き切ったところで同じく執務室を後にし、面会希望者の扱いを差配したであろう藍の下へと急ぐのだった。
ゼンが廊下を歩いていると程なくして藍と合流する。官房長官たる藍も総理官邸内に執務室を持っており、場所としても総理執務室と同階な上にそこまで離れていないこともあったらからだろう。
その脇には既に待っていましたと言わんばかりの顔をしていたデンまで連れていた。
「総理、差し出がましかったかもしれませんが私の一存でことを進めさせていただきました」
「いえいえ、いつも助かっていますよ」
藍は独断で差配したことについて改めてゼンに一言詫びたもののゼンはしっかりと察していたことから藍の判断を褒める。
現状、最重要人物の一人となりえる面会希望者をエントランスに留めて置いて広く目に付かせるのは得策ではないと判断した上での対応だったのだろうことを理解したゼンはなにも非難することなく受け止めた。
ゼンにデン、そして藍の三人が揃ったことにより特別応接室に向け歩を進める。
状況に忙殺される者とは別に三人をただ見ているだけしか出来ない者達を遠ざけるように進んでいく。
ノックの後に特別応接室に足を踏み入れる三人。
三人が入った特別応接室は他にも存在する閣僚応接室や閣議室それに大会議室に比べると少人数での使用を前提としている為か若干小さめの作りとなっている。
床にはベージュタイプの色を基調に幾何学的な刺繍を華美になりすぎない程度にあしらわれ、明るさを前面に出すことにより室内に軽めの印象を与える絨毯が敷かれている。
実際は革靴で踏んでも衝撃を吸収するほどの分厚さがあるものの、重々しすぎる印象も与えない。
普段の特別応接室ならトップ同士の対談をするためと思われる一人掛けのソファが向き合う形で一つずつ部屋奥に陣取っており、周りには同席した側近らが座れるように壁際に配されている。
そのソファも今回は藍が面会者とゼン達が向き合う形になるよう変える指示をしていた。
セットされたソファの手前、そこには藍が特別応接室に通した人物が居る。
特別応接室にあるソファにも座らずに、やってくる人物たちと直立対面できる広さのある場所にて待つように佇んでいた。
その人物は身長は高くなく子どもと言われてもおかしくないほどの百四十cmあるかどうか。髪は黒く肩よりやや下まで伸びているくらいの長さを首の後ろで一つにまとめている。顔は3DCGから抜き出したと言われても納得するほどに飛び抜けて整っている少女のような存在。
そんな存在が水面に波一つ立てないほどの静寂さをまとっているかのように凛とし、ゼン達を待ち受けていた。
人からかけ離れるほどの造形美の顔に一瞬目を奪われるゼンたち。
しかしそれも一瞬であり、今この場面を撮影していたらスロー再生のコマ送りにして分かるかと言われるくらいであろう。
刹那の刻から再起動したゼンは特別応接室にいる少女の目の前まで歩を進めると名乗りをあげる。
「どうもはじめまして、日本国総理大臣を務めます倭座膳碁です」
「これはご丁寧な挨拶感謝致します。改めまして此度はお目通り叶えていただきましたこと心より感謝申し上げます。お初にお目にかかります、代理人のアルマと申します」
アストラオーから現れ官邸内部まで踏み入った人物は誰あろうアルマであった。
アルマはトオジと訓練しているときに説明していた通りにあくまでもAIだからかメインがいれば複数の場所に同時に存在することも可能なのは本当であった。
違うのはここのアルマはトオジのところよりも更に人に近い形を取り、身長も30cm満たないところから大きい形になっている。
またアルマは代理人を名乗ることでアルマが単独ではなく複数存在するメンバーの内の一人であることを暗に伝える形を取る。
名乗りを聞いた藍は一瞬のうちにアストラオー接触中止の連絡を送る。前からは見えないように手を重ねて組んでいた奥の手に隠し持っている連絡機にてあらかじめ信号を設定していた簡易信号にて。
「代理人であることを察していただけて助かります」
どんな方法であっても電波を飛ばしての連絡であったことにアルマは気づいたような物言いであった。アルマ自身センサーの塊なのか、特殊体のアルマが逃すことはなかったのであろう。
「なんのなんの、貴女方からの訪問は心から歓迎させていただきますよ」
裏での動きも把握してたゼンもアストラオー接触に釘を刺された言葉にさも何もなかったかのように敵対の意思がないことを表すのみに留め流してみせた。
「おっと、こちら側の自己紹介がまだでしたね。私の左にいるのが」
「同じく副総理を務める和奥田兵衛と申す、代理人殿よろしくお願い致す」
ゼンが話を流そうとする意図を明確に感じ取ったデンはゼンから視線を受けた瞬間を見逃さずにデン本人が自己紹介を行なう。
まさに阿吽の呼吸である。
そこにはゼンや藍だけの時に見せるフランクすぎるデンの姿はなく、あるのは政府ナンバー2の立場に相応しい存在感を放つデンの姿があった。
「そしてこちらが」
「同じく官房長官を務めます藍真衣です」
藍も同じように自分へ視線が集中した瞬間にゼンからのバトンタッチを流れるように自己紹介へ繋げた。
「これはこれは、お歴々の方々に歓待いただき恐悦至極に存じます」
アルマは三人の自己紹介を受けてから、お礼の言葉とともに恭しく一礼する。
端から見る分にはしっかりとマナーを学んだ人が取るとても綺麗な姿であっても、それをAIを宿した存在が行っているなど言われても気付くかと思えるほどに堂に入ったものであった。
その後、ゼンから促される形で四人全員が特別応接室のソファに腰掛ける。
改めてお互いの話が始まる。
「して本日はどのような御用向きでここに?」
腰掛けてから第一声を放ったのはゼンであった。
いかにアストラオー陣営との接触を欲していたとしても足元を見られるわけにいかないゼンたち陣営は、然も切羽詰っていない体を取ることにより、あくまでもアストラオー陣営から下手に出させる形を促すところから始める。
「お互いに余計な話は不要かと思われるため、要件だけ率直に言わせていただきます」
「……」
返ってきた言葉には腹芸や駆け引きなど微塵も感じさせない無礼と言われても納得してしまうものだった。
立場上、あって当たり前の駆け引きの言葉もなく純粋な当事者の欲のみの言葉を三人は咎めることもなく受け止める。
国のトップに対する進め方としては得てして失礼に当たるであろう発言をするアルマに対しても三人はアルマがどんな話を切り出すかを無言で返すことにより促した。
「要件は貴国へ三つの要求をさせていただくことです」
アルマは先の発言どおりにストレートに続ける。
「一つ目は我が機体の存在と行動の許容或いは黙認、二つ目は貴国民、凱十字路の機密化、三つ目は同じく凱十字路による行動や交渉の優先化」
「アルマ殿、少々お待ちいただきたい」
矢継ぎ早に且つ短すぎるほど簡潔に提示されたことのどれもが即断の回答しかねるものであったことから、ゼンはそれぞれの内容について改めて深掘りしていく。
ゼンがアルマから引き出した内容としては一つ目は特に変わらずもっと言うと現在の日本では何も出来ないことが明白なので事実の追従でしかなかった。ただし、許容の要求となるとその壁は違ってくるものであるのだが。 二つ目と三つ目に出てきたのは自国民であり今も存在する人への対応であり特別化要請であった。
これについて深堀すると前回前々回において機体内に立ち合せた存在であることがアルマから告げられる。
ゼン達は急ぎ戻ってから情報をひっくり返したくて仕方ない程に気持ちが逸ったことであろう。
「アルマ殿、すみませんが特に凱殿の扱いについては今すぐどうこうできるものではありません」
その逸った気の結果か、ゼンは交渉の常套手段となる相手側からの要求への譲歩を持ち出させる方向へ舵を切ろうとする。
「それでしたら他の手段を取りますので貴国へ第一に話を通す筋はこれで済まさせていただきます」
舵を切る矢先にアルマからは強硬な姿勢とも思わせるほどににべもない言葉が出てくる。
流石にゼンをはじめ三人が三人とも面を食らう形になったようで返す言葉が出てきていなかったようだ。
だが、それでも何もなく引き下がるわけにいかないことは承知していたからか、海千山千の政治の場を切り抜けてきた面々は即座に方向性を交渉から会談へと変えようと動き出す。
「成る程、わざわざそのためにこの場へ足を運んでいただいたわけですね、それなら何も持たせずに帰らせては総理の名折れです」
「同じく」
ゼンの引止めの言葉に乗りかかるように藍が間髪入れずに同意の相槌を打つ。
「お忙しいところを割ってしまった自覚はありますので、無理にお引き留めするわけにも参りませんが……」
「まあまあ、そんな気遣いいただかなくてもアルマ殿らのご活躍のお陰でこちらは助かってますから問題ありませんよ」
今度はアルマが政府の首脳を引き留めていることへの認識から放った言葉へ被せるように藍までもが引き止めにかかる。
実際のところ、人的被害は最悪を免れているも物的被害は甚大なことから、ゼン含めた政府陣営は忙殺される勢いであった。だが、この貴重な時間を無碍にするわけにいかないことの優先度が勝ったことから出た法螺でもあった。
ゼンたちにとっては出来ることなら最善は陣営に引き入れることだが、せめてアルマ含めてアストラオーらとの明確なパイプを作ることが今後の為にもなることであると臨んでいるであろう。
交渉の場であっても一切舐めた態度を取らなかったところからも察せられた話ではあるものの、ゼンたちはアルマを一目見たときから見た目のような少女ではないとしっかりと胸に刻んで臨んでいたようだ。
見誤ることなく応対することも長としての資質を問われる部分になるが、しっかりと得る物を得ていく姿勢は流石の一言。
ただ、相手のアルマが持ってきたものは当初から大きすぎた。それだけである。
アルマとゼン達による会談は続く。




