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車に乗ってしばらくすると、先ほども見た小さな家があった。この辺りはアクセルやアーカムといった都市の周辺にできた住宅街であり、二階建ての家々が広い道路にいくつも連なっている。それでもかなり狭く感じるのは、家の前に並べられた車たちのせいだろうか。車は勇者が発明したものの一つで、それら数多くのものの中でも量産に成功し、一般に市民にも流通しているものだ。かつてはアサルトライフルやサブマシンガンと言ったものも流通していたようだが、“大防衛線”と呼ばれるエインヘルの戦争でそれによる何百人ものフレンドリーファイアが行われてから重火器の携帯、保持のすべては世界中で禁止となっている。
その家は、ほかの家々が二階建てなのに対し一階建てで、もう夕方だというのにいまだに電気の一つもついてやしなかった。確かに電機代というのは高い。それでもガス灯くらいはつけられるはずだった。大学に通わせるのにお金がたくさん必要なのは知っているが、そこまでなのか、と俺はびっくりした。俺は魔法のノウハウをすべて母たちから学んだが、そのレベルというのははたしてミスカトニック大学に匹敵するのだろうか。俺はなんとなく胸の奥にざわつきを感じながら、じっと灯りの点いていない窓を眺めていた。
家のドアをノックすると、先ほどと同様、長く、ウェーブのかかった髪が特徴の女の子がその隙間からぬっと顔を出した。少女はあどけない顔立ちをしていて、この人がおそらく自分やステラよりも年上だということは全く想像もできない。ステラは多少子供っぽい顔立ちではあるものの、幾分か大人っぽさを得たような、少女のような、女性のような顔立ちだし、俺に至ってはそこそこの老け顔だ。
「あ、先ほどの、かたですよね……どうなさいました……?」
と、ぼそぼそと聞き取りづらい声で話すマリーさん。
「あのですね、その……」
そう言ってこれまでのことを大きくかいつまんで彼女に話すと、彼女の顔色は見る見るうちに青くなっていき、しまいには泣き始めてしまった。
「その、ひっ、えっと、」
「……大丈夫だよ、泣かなくても。いったい何があったの?話してみなよ」
泣きじゃくる彼女に目線を合わせるようにして少し腰を曲げ、ゆっくりと、安心させるようにステラが彼女に語りかける。その二人の姿はなんだか姉妹のようにも見えた。
数分後して彼女は泣きやみ、たどたどしく話し始めた。
「そのですね、お父さんに言われた通りに、教会にハンナちゃんを連れていったんです。そしたら、ハンナちゃんが、ひっ、その、連れていかれちゃって、よくわかんないし、でも、私はお父さんに言われた通りにしただけで、その、別にそんなこと知らなかったし……」
時折しゃっくりをしながらもひたすらに彼女は自己弁護をし続けた。お父さんが悪いだの、教会の人のせいだの、自分は知らなかっただの。何を聞いても、何を言ってもそればかりだった。正直、気分が悪い。俺たちは事件を解決したいのであって、別にこの女の言い訳が聞きたいわけじゃない。
「お前なぁ―――」
クレイが何かを怒鳴ろうとした瞬間だった。先ほどまで努めて優しく、彼女に寄り添うようにしていたステラが突然、マリーの頬をはたいた。茶色く、肩くらいで切りそろえられた髪の毛を揺らした彼女の顔はここからではうかがえないが、きっと、やさしさと怒気を内包した厳しさというものが鮮烈に表れた、美しい表情をしているのだろうな、と思う。
信じられない。どうして私が殴られているの?というような表情で呆然としているマリーに対してステラがこう言った。
「逃げるな」
ただ、一言だった。それなのに、深く心に突き刺さる声だ。どれほど言葉を尽くしてもきっとこの一言にはかなわない。そう思った。
すると彼女はもう一度涙を流した。それでもすぐにごしごしと目をこすり、黒い瞳を赤くはらして、
「お願い、ハンナちゃんを、ハンナちゃんを助けて……!」